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マッチングアプリと出会い系サイトの違いって何?

がやがやとした人の喧騒と、肉の焼ける音が、少し古ぼけた焼き肉屋の中に満ちている。


「改めて、結婚おめでとう!」

九頭はそう言ってビールの注がれたジョッキを前に突き出すと、目の前の男も少し照れ臭そうにジョッキを突き出す。ガラス同士がぶつかる音がした後に、注がれた液体を飲む。目の前の男、田口のジョッキには彼が下戸であるためウーロン茶の注がれているのだが、まるでアルコールであるかのように豪快に飲んだ。


「いやーありがとう!」ジョッキを置き、てきぱきと肉を七輪に並べながら田口は言った。

営業職である彼は、細かい気遣いをするのが習慣になっているのか、同期の自分にもそういった気遣いをする。最初は九頭も何かしようと思っていたのだが、経理と営業という経験の差か、あるいは元の人格の部分であるのか、全て先回りされたので、今ではあまり気にせずに田口に任せている。


「それにしてもついに田口も結婚かー」目の前のナムルをつまみながら九頭はぼやいた。


「ほかにも結構結婚してる人とかいるん?」


「大学の友達も結婚したし仲良かった高校の先輩もこの前結婚したらしい」


「まあ25くらいで結婚する人多いよな」まさしく25歳で結婚した田口が他人事のように言った。


「九頭は結婚せんの?」若干の関西訛りのあるしゃべり方で、九頭の皿にタン塩を置きながら言う。無遠慮と気遣いを同時に行える事からも、彼が優秀な営業である事は疑いようもない。


「正直結婚願望があんまりないんだよね。結婚するメリットが分からないというか」だからといって他人の結婚をどうこう言うつもりはないけどね、と付け加えながら田口が皿によそったタン塩を口へ運ぶ。


「あーぽいな。彼女とかもしばらくいないんだっけ?」


「もう三年くらいいないなー。大学を卒業と同時に別れたのが唯一付き合った彼女。」


「え、性欲とかないん?」カルビを九頭と自分の皿に盛り、またも無遠慮に聞く。


「いやめっちゃスケベ」九頭がそう言うと田口はガハハハと笑った。


「なんかさ、彼女作るまでの労力がそういった欲求と釣り合わないんだよね。そもそも出会いとかないし」


「職場にも女の人いるやん」


「いやおばさんしか居ないでしょ」そう言うと、また田口はガハハハと笑う。自分のフリにちゃんと返してもらえると喜ぶ。とてもわかりやすい習性をしていて好感が持てる。


「よく大学時代彼女とできたな」そういいながら田口はカルビと白米をかきこむ。


「あれは運が良かったんだよ」もうすでに過去に4,5回はこの会話したよな。と思いながら、直接口に出さない程度の気遣いは経理でもできた。


大学2年生の時に、たまたま同じサークルの子が、自分のことが好きらしい、というのを聞き、別に好きでもなかったがそれほど嫌いでもなかったので、食事に誘い、その時に告白したらOKされた。なぜ告白したか?と聞かれると、三大欲求の一つ、所謂性欲に素直に従ったに過ぎない。


「お前……カスやん」付き合った経緯を伝えると田口は露骨に引きながら言った。


実際自分でもそう思う。まあ言い訳としては向こうも卒業までの2年間の交際期間で浮気を何回かしていたというまあまあの人物ではあったのだが、わざわざ付き合っていた女性を悪し様にいう必要もないな、と思い、「まあ、若気の至りというか……」と言葉を濁しながら、ジョッキに入った黄金色の液体で喉をふさぐ。わざわざ他人を貶さない程度の配慮はカスでもできた。


「まあとにかく感じでゴール手前まで運ばれたボールを入れただけだから」


「挿れたのは棒やけどな」


「最低!」いつの間にか3杯目に差し掛かっていたビールを持ちながら九頭はカラカラと笑った。


「まあそんな中学生みたいな付き合い方しかしたことないんだよね。で、その時も特に恋愛感情とかピンと来なくて、卒業と同時に別れた感じ」


「自分から好きな子にアタックしたりとかは?」


「ないない。どういう子が可愛い、とかはあるけど、付き合いたいとか思った事はないかな」


「じゃあ特に今まで恋愛で努力とかしたことないんや」


恐らく、何気ない一言であったし、九頭自身も言われたその瞬間ではそうだね、と同意しながら軽く流していたのだが、この一言が僕の人生の大きな転機であることは間違いなかった。



その後、くだらない話をしながら、焼き肉と締めにビビンバを食べてそこそこの酒量を飲んだ九頭は結婚祝いだから、と普段より明るい調子で会計を支払った。


12月の1週目の金曜日の今日は焼き肉屋を出ると、騒がしい音と熱された空気が遠ざかり、寒々とした冬の空気は外套を羽織っていても体に刺さる。


「じゃあ自分こっちなんで」路線が違うため、田口が地下鉄の改札前でそう言う。


「うん。また会社で!」軽く酔っ払った調子で九頭は言った。


九頭は別の駅から改札に入り、各駅停車の電車に乗った。

都内の路線とは言え、遅い時間になるとなんとか座れる程度には空いており、最寄り前の20分くらいを寝ようと目をつぶった。


ふと、先程の一言を思い出す。

『今まで恋愛で努力とかしたことない』。その通り。別にそれでいいと思っていた。だが、とふと思う。自分は結婚願望がない。そのため、特に恋人を作る努力をしないまま過ごし、このまま一人で過ごし、一人で死ぬ。そのことに不満はない。介護してくれる人が、とかそういった話もあるが、介護が必要になった場合は出来るだけ人に迷惑をかけずに死にたいので、そういった面でも特に思うところはない。


性欲に関しても解消する方法がいくつもある。人の温もりが欲しいという感情は、今まで特に耐えられないというほどは感じたことはない。友人と過ごすときに楽しいと感じる感情と、元彼女と付き合っていた時に感じた感情に大きな差異は感じなかった。


もちろん、恋人がいると、結婚しないの?とか彼女作らないの?であったりの煩わしい質問から解放されるというのはあるが、だからといってそのために何かしようとは思わなかった。


ただ、このまま何もしないと、一生恋愛感情が分からないまま死ぬ。恋愛感情と、性欲からくる情動の違いが分からないまま。他人には理解できて、自分には理解できないものがあるというのが、どこか恐ろしくもあった。


電車内に、最寄り駅を知らせるアナウンスが流れる。目を閉じていたが、結局眠れずに駅についてしまった。列車を降りて駅構内から出ると再び12月の寒空に投げ出される。


歩きながら、先ほどのことを考える。

25歳という年齢は、純粋に恋愛をするなら最後の機会かもしれない。

もう少し先になって恋愛を体感したいと思い、上手くいって恋人が出来たとして相手も同世代の場合は恐らく結婚を意識することになる。

もちろん、自分も恋愛感情を理解し、その人と一緒にいたいとなれば、結婚することも十分に考えられる。

だが、もし理解できなかった場合、相手の貴重な時間を無駄にしてしまう。そしてその時間は歳を重ねる程価値が重くなる。これから他人となる人生の責任を取る方法を、九頭は知らなかったし、知っていたとしてもさらさら取る気は無かった。


で、あればだ。

恋愛に挑戦するならば、今しかない。酔いでぼんやりとした頭で考える。

でもどうする?知り合いの女性に片っ端から連絡する?いや、そこまで仲のいい女性はほとんどいないし、迷惑になる可能性のが高い。では街でナンパ?絶対に嫌だし、そもそもできる程顔もスタイルもよくないしそんな積極性はない。あと迷惑になる。クラブで声をかける?これもナンパと同上の理由で無理だし、これも迷惑になる。というか、恋愛知識がない奴が恋愛しようとすると迷惑行為になることが多すぎる。


そんなことを考えながら、九頭の今の住まいであるアパートの『サンメリー流山田』の301号室に入る。


着ていたスーツを脱ぎ、上下黒の肌着のみの、棒人間を思わせる姿になると浴槽を軽く洗ってお湯を入れる。普段は湯船につからないが、酒を飲んだ後はお風呂に入りたくなる。(飲酒後の入浴は危険ですので、フィクションの人物でない方はしないでください。)


お湯が貯まるまで座椅子に座ってスマホでSNSを眺めていると、普段は目に留まらない広告が目に留まった。『利用満足度No.1!!マッチングアプリ アップル』

なるほど、広告というのは、興味のあるものを検索履歴から表示される、というが、まさか心の中も見れるとは。そんなくだらない冗談を考えながら、とりあえず恋人を探す努力をすると言う意味で、やってみるのにちょうどいいかもしれないと思った。


という事で、九頭はマッチングアプリを始めることにした。とりあえず、迷惑にはならなそうだし。







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