1-1-A3:それは魔法と呼ぶにはあまりにも水筒過ぎた
「枕ってさ、生活の中で人間の息と体臭が一番染み付く、その人の命と最も長く付き合うアイテムじゃん?」
「うん」
「頭乗せる他に抱き締めたりもするし、人に見せない凄くプライベートな思い出の詰まった物って考えるとさ……枕の貸し借りってなんか凄くえっちじゃない?」
「そうですね。じゃあ買い出し行くか」
「はーい」
ある程度作業が片付いた折、ダンボールを捨てに行くついでに買い物に出掛けることにした。……燃えるゴミって月曜だっけか? 少し早いけど大目に見てくんないかなぁ大家さん。
さて、行くとして問題になってくるのは軍資金についてだが、これが意外にも俺はそれなりに持っていた。
意図して切り詰めていた訳では無いが、過去の俺の食事は飴袋やカップ麺などのコスパが良い軽食ばかり。物欲というものもそれ程なく、買っても漫画やラノベの新刊くらいなもので、支給される生活費の余りがそれなりにあった。
……まずは食生活から改善してかないと伸びるものも伸びねぇな。
(持ち帰ってきた物を換金出来れば暫くは問題無いだろうし、割と雑に使ってよさそう)
スマホのメモに必要な物を打ち込んでいく。ご飯と室内履きに布団とあとは……うわすげぇ! フリック操作の練度が赤ちゃんまで退化してる! どこでテンション上げてんの俺?
「髪ってこのままでいいと思う?」
「ワンサイドアップ? 可愛いけど?」
「いや色の話。なんなら黒に染めよっか?」
「そのままでいいでしょ綺麗だし」
「目立つんじゃ?」
「今更では?」
元々目立つ顔立ちしてんだから下手に黒髪にする方が違和感出そう。あ、別に似合わないとは言っていない。
日を梳いてキラキラと輝く銀髪。気持ち目深に被った帽子から漏れる一点の曇りも無い光の束。芸術品と並ぶそれをそんな雑な理由で染められたらどんな顔で生活すればいいんだよ俺。
「……そういえばあんたって白髪フェチだっけ? だから染めたら悲しいの?」
「いらんことばっかり憶えてるのやめてくれます?」
「何が人生に必要かどうかはその人次第、でしょ?」
「俺のこと好き過ぎだろ」
「だる」
****
「何この子? カーバンクル?」
「猫だよ」
街角に精霊を見い出すエミを連れて、日が落ちゆく街を歩く。
無防備にしゃがんで野良猫にちょっかいをかけているエミさんは、案の定飛んできた威嚇からの猫パンチを……片手で白刃取りした!?
その後肉球の感触を確かめてから解放するなどしているが、ナチュラルに化け物なのやめてね?
「(……一応聞くけど魔法使った?)」
「(? 使ってないけど?)」
"何を心外な"と言った顔で見返してくるフィジカルモンスター。驚きたいのはこっちだよ。なるほど? 身体強化無しでこれなら競走競技はやらせない方が良さそうだな。
「ぷにぷにしてた。あの子飼おう」
「鳴き声が近所迷惑なので駄目」
「つまり消音結界張ればいいのね!?」
「日常生活で不必要な魔法の行使は禁止です」
「お♡ね♡が♡い♡」
「スーパー着いたよ」
「わぁい」
軽口叩きながら来たのは家から徒歩五分の行き着けのトラ〇アル。
ショッピングカートに買い物カゴを乗せる俺をまるで儀式でも見るように観察しているエミは、視線が俺から店内へと移ると目を見開いて固まった。
「……デッッッッッッカ」
「期待してた感想ありがとう」
「ねぇ待ってこれ全部売り物? マジで言ってる!?」
「食品から家具や衣類まで大体あるよ」
「それってもう"答え"じゃん」
実際近くにスーパーもコンビニも少なければ、あるのは川と学校とガソスタ程度だったりする。都会よりは田舎寄りのこの街において、大型量販店は事実生活の"答え"である。
言いながら入店からすぐの野菜コーナーで既にカット済みの野菜パックと、次いで精肉コーナーから量と安さを基準に選んだ豚バラを籠に放り込む。調味料は封を切ってないやつが転がってた筈だからスルー、菓子はエミの反応から栄養を貰うためにメジャーなのを幾つかぶち込んで……後はインスタント麺も買っとくか?
「へぇー……薄い膜張ってお肉包んでるんだ? てかこの袋ってどうやって中にお野菜入れてるの?」
「地味に考えたことなかったな、それ」
サランラップとビニール袋に興味津々な異世界人の独特な視点から来る質問。悲しいかな、高一程度の知識しか無い俺に答えられるだけの雑学は無ぇ。
魔法の一言で片付かない世界だからこそ、彼女にとっては不思議で目につくのだろうか?
手に取ったスーパー〇ップを籠に入れてふと気付く。あれそういやこの子、字読めてね?
「エミこれ読める?」
「んー? うん。だって言語同じじゃない?」
「あー……やっぱそっちから見てもそうなのね」
「……てかこれ何? 部屋に残骸はあったけど熱湯3分とこの絵になんの関係が?」
「ああ。これはカップ麺と言ってだね、お湯入れて三分待つと蓋に載ってるラーメンになる化学の結晶だ」
「いやお湯だけで出来るわけないでしょ!? そんなの出来たら魔法じゃん!」
速報、カップ麺は魔法の食べ物だった。すげぇ、人類皆魔法使いになれるじゃん。
……まあ冗談はさておき、この子俺がマジでボケてると思って突っ込んでるのがより味わい深い。早くも今日の夕飯はこれで決まったか?
そのまま食べ物から雑貨エリアにカートを進めていくと、おすすめゾーンのような場所に並べられた水筒が目に付いた。
「あ、魔法瓶だ」
「それのどこに魔法要素が!?」
「この中に入れた物は時間経過が1/10になって温かさが長時間維持されるんだよ(大嘘)」
「水筒に高度な技術詰め込み過ぎでしょ!……うわしかも安っ!?」
態々買うこと無いからどれであったとしても高ぇよ。
寝巻き……は流石にあるだろうし、私服は……俺の方がセンスがねぇし、最悪俺のシャツをオーバサイズ気味に貸せばいいわけだから、後は本当に布団くらいか?
「……ああ、これも買っとくか殺風景だし」
「お? クッション?」
「向こうより遥かにふわふわだぞー」
「まじ!?」
水色と黒色のクッションを少々、家出る前に何か言ってたので枕を一つとスリッパを二組、折り畳まれているとはいえ凄まじく嵩張る敷布団を籠の縁に乗せる。
見切り発車で来たけどこれ持って帰るのだっっっる……異次元ポーチで感覚麻痺してたけどそうじゃんこれ、"持って"帰らないと駄目じゃんか!?
「……まあいいや、エミなら持てるでしょ」
「任せなさい♪」
サムズアップしてくれる相棒。パワータイプなのが実に頼もしい。そして俺は情けない。
手持ちで払える合計なのを確認してから無人レジで会計を済ませ、宇宙猫状態で見守っていたエミに布団を渡して袋詰め。布団抜きにしてもクッション嵩張るなぁ……今更ながら自転車で来ればよかったか? あぁでも俺のやつって確か籠無かったしどっちにしろ変わらんか。
「まぁでも重量自体はそこまでも"ッ……!?」
レジ袋を腕に掛けテーブルから離した途端、左肩ががくんと外れて荷物が床とこんにちは。わぁ小さな音さんですね、この程度でバランス崩すとか身体能力ナナフシかよ!?
「重っっっっっっも」
「……いやいやいや、あんた流石に非力過ぎない?」
ガチトーンのツッコミやめて……! 元から無かった自信が更に塵に変わっちゃう……!
「……異世界人って暮らすだけでも大変なのね?」
「俺がっ……レアケースの方ではあるからねっ……!?」
ひょいと袋を奪い取られ、思わず前につんのめる。渋い顔で確認すれば、そこには今日一引いてるエミが大量の荷物を余裕そうに持って立っていた。
「……あの、」
「クッション」
「はい」
……流石に悔しいし筋トレも始めなきゃ。
備考:体重
現状エミの方がある(新が軽いのが主な原因だが、エミも見た目以上に重い)