1-4-A4:世界が変わる日があるのなら……
ハーメルンは伸びるんですが、こっちは全く風が吹きません( ꒪ཫ꒪)
「ミクちゃんコスするって呟いてたからすぐ分かったよー! めっちゃ可愛いね! ……あ、隣の二人はお友達?」
「あ、えっと、うん。昨日丁度お泊まりしたから、一緒に連れてきちゃいました」
「フットワークの軽さえぐ」
──女の子の中でも少し高く、甘い声。明るく朗らかな雰囲気を抱かせる、ボリュームのあるピンク色のショートヘア。
コロコロと楽しそうに変わる表情は、そのどれもが屈託の無い笑顔が下地で、好奇心旺盛そうな大きな赤い瞳が印象的な……紛れも無い美少女。
(……滅茶苦茶若いな、同年代か?)
どこか狼狽えた様子のざくろから視線を切って、俺たちに向き直るM.Mと呼ばれたその少女は……何故か本当に嬉しそうな笑顔を浮かべて挨拶をしてくれた。
「──初めまして、M.Mです。つい知り合いがいたから話しかけちゃったけど、もしかして邪魔しちゃったかな? ……あ、この聞き方は卑怯だったかも?」
「いえ、開演まで待つだけだったんでお気になさらず。……上城です」
「エミよ。……ざくろ貴方友達居たのね?」
「エミちゃぁん!? それはどういう意味かなぁ!?」
「……確かに! ざくろちゃんは友達よりSNS上のフレンドの方が遥かに多そう……?」
「M.Mちゃん。その言葉のナイフ、遥かにって装飾する必要あった?」
初対面だというのにじゃれ合い始める女の子達は、顔面偏差値の暴力でここだけ別世界じゃね? と思うくらい華やかで、モブ男でしかない自分の肩身のまぁ狭いこと狭いこと。
方や異世界産美少女、方や現役女子高生コスプレイヤー。そこにまるで見劣りしない第三の美少女は……髪と瞳の色は特殊だけれども、服装に関して言えば特段コスプレをしている訳ではなかった。
ぽすっと被るというより乗せてる感じのおしゃれなベレー帽に、アポロチョコカラーのアウタージャケット。
エミより発育のいい胸(!?)に押された結果臍丈と化しているパンクな黒いインナーシャツは、そのマジでほっっっそい腰を大胆にも晒しており……紺色のショートパンツとスニーカーで仕上げられた彼女のファッションは、動きやすさが重視されたゴリゴリのストリート系だ。
ざくろの知り合いということから予想はついてたけど、どうやらただ見物に来てるという訳では無さそうだ。
「……それにしても、まさかM.Mちゃんも来てるなんて知らなかったな」
「有名な人なの?」
「え?」
「え゛……え、あ、うちのこと、知らない感じ……?」
……と、女の子同士の会話の邪魔にならないよう遠巻きに観察していたら、M.Mさんから不穏な言葉が。
まるで久しく聞いていなかった言葉を貰い、衝撃とショックにぶん殴られたかのように。ぎこちない笑顔から震えた声で問われても……
「イベントに来るのは今日が初めてだし……」
「……つい最近別世界から引っ越してきばっかだから、エミはこっちのこと殆ど知らないんだよね」
「ぐふぅっ…………!」
「あー上城くん、オーバーキルですそれ」
"言ってもいい?" と目で確認してきたエミから引き継ぎ、魔法使い相手だしいいでしょと身の上を話したところ、断末魔を上げてその場に崩れ落ちるM.Mさん。
ざくろが「おお可哀想に……」と背をさすっているが、言われたことが相当ショックだったのか復帰入るまで時間がかかりそうな様子。む、無知で申し訳無い……
「自惚れてた……最近ちょっと人気増えてきたからって調子乗ってた……! はは、そだよね、うちってまだマイナーコンテンツ側だよね……うわダメだ先輩風吹かせてた自分キモ過ぎる、死んでいい?」
「ダメだよ起きてー? ほら結構な人に見られてて恥ずかしいよー? ガチ目に心配されちゃうから落ち込むのは後にしよー?」
「結局この子は誰なの? ざくろ」
「売れないアイドル」
「あいどるって何?」
「歌って踊って見る人を楽しませるお仕事を自主的に選んだ人」
「……売れないは余計だよざくろちゃん」
そこはツッコむんだ。
……でもそうかアイドルか、通りでこんなに可愛い訳だ。なんでそんな子とざくろは知り合いなんだという謎は増えたが、『知らない』と言われてショックを受けた理由は理解した。
「因みにM.Mはオフの変装名。アイドル名は……」
「待って!? その紹介のされ方はちょっとうちのアイドルとしてのプライドが許さないよ!? この流れで名前明かしてSNSのフォローとかされたら情けなさ過ぎてうち泣いちゃうよ!?」
「こんな子です」
「いい子じゃん」
「生き辛そうね」
容赦ないエミの口撃に"うっ……"となりつつも何とか立ち上がったM.Mさんは、少し赤い顔で強がりを述べてくる。
「……まぁでも? その内有名になれば私の名前も自然と知ってくれる予定だから、今ここで紹介されなくても別に全然気にしてないし? ……知らない理由は想定外だったケド」
「じゃあ逆に、ざくろはM.Mとどうやって知り合ったの?」
「アニソンランダムダンスに私と同年代の子が居るのって珍しくて、勇気出して話しかけたら友達になったの。アイドルだったのは後から知ったよ」
「うち視点、歌もダンスも大好きなアイドル以外でアニソンランダムダンスに来てる同年代の女の子の方が異常だと思うけどね」
「……まぁ確かに、どっちがこのイベントに来そうかと言われればざくろちゃんよりM.Mさんの方が確率高そう」
意識してみれば簡単に気付けるくらいには、俺達の周辺は不自然にスペースが空いていた。
辺りに見える人は皆大人ばかりで、確認出来る範囲で一番若そうな人で恐らく大学生なこの空間は、そもそも中高生が見付からない。
微笑ましいものを見るかのような視線と共に、楽しんでくれと願われているかのように、雑踏は俺達の遠くに居てくれて。
何の気なしにM.Mさんに同意してみれば、彼女はキラキラとした瞳でざくろにダル絡みを開始する。
「ほらね!?」
「はいはいドヤ顔なんてしてないで、どうせ混ざってきたんならイベントの見所とかを初心者に解説して仲良くなったら? ──そろそろ始まる時間だよ?」
「え? ……うわマジだ、もうあと2分!?」
『──はーい! お待たせ致しましたー! ……アニソンランダムダンス! In! GW〇〇〇市コスプレフェススペシャルー!!!』
"それはお前の仕事では?" 辺りのツッコミ待ちの雰囲気を醸し出しているざくろへと口を開く寸前……各所に置かれたスピーカーから大音量の合図が流れ出す。
反響する鬨の声。ステージ正面にはセットの終わったDJ機材と、マイクを持つ法被を着た男性が居て。
雑踏、雑音、喧騒、退屈etc……その全てを吹き飛ばす熱気と熱量が……世界を、染めた。
「「「「「「「「「「──うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」」」」
"盛り上がれ"と言外に命令された無秩序が、バラバラに、されど統率された歓声を合唱する。
地面が震えたようだった。なんなら実際振動していた。ビリビリと肌に伝う、まるで物質化したような『熱』の叩き付け。
ビクゥ! と思わず震える俺とエミは互いに顔を見合わせ、『……マジ? ここまで?』と仄かに上気した頬に冷や汗を幻視した。
尚この間ざくろは顔を真っ赤にして焦っていた。ただ嫌な奴になっただけで可哀想。
『えー今回初めて見に来たよーって人、どれくらいいますかー!? 良ければ手を挙げて教えて貰えたりなんか…………あ、結構いらっしゃいますねー! 見に来て下さってありがとうございまーす! じゃあ初見の方も多いとのことで、簡単なルール説明からさせて貰いまーす!」
参加意欲が旺盛なエミが元気よく手を挙げ、俺もそれにおずおずと続く。
見れば俺達以外にも挙手する人はそれなりに居るのだが、初見勢の中で俺達は謎に最前列の方に陣取っている。うわ居た堪れなっ!? なんか周りの目が生暖かいし!?
『ルールはシンプル! 今からDJが30分に渡って様々な……そう、本当に様々な曲を流しますので、踊りたくなったらこの前にあるダンススペースに出て好きに踊ってください! 基本的にはそれだけです! 知ってる曲でも、知らない曲でも、振り付けも何もかも、踊りたいと思ったら好きに! 自由に! 踊って貰ってOKでーす! ただ、隣の人が踊れる程度のスペースの確保はお願いしまーす!』
「……これスタミナ持つの?」
「大半がサビメドレーみたいな感じだから一曲辺りは短いよ。フルの踊ってみたが連続する訳じゃないから体力は基本的には心配無いかな」
『それと、この中にオタ芸しに来た奴は居るかー!? ……結構居るなー! 見た事ある顔ばっかだぞー!? お前ら自分が盛り上げる居場所は分かってるよなー!?』
「「「最前列ー!!!」」」
『最後列だよバーカ!!! 踊ってる人の邪魔にならないよう後ろで盛り上げ頼んだぞー!!!』
「ガハハハハ」だの「草」だの、アットホームな笑い声が辺りに起こる。訓練されたオタク達特有のコールアンドレスポンスなのだろう、そこに疑問を呈する者はこの場には存在しない。
『あと、フラッシュはご遠慮くださーい! それとタオルをそこらにほかる場合、ダンススペースの外にお願いしまーす!』
「流れる曲は多種多様。アニソンと謳ってはいるけど平気でボカロやJPOPも流れるし、インターネットで流行ったダンス曲なら古今東西大体何でも流れうる」
「……だからまぁ、インターネットに浸かってる人程踊れる曲多過ぎて体力が消し飛ぶよ」
「ざくろちゃんは毎回バテてるよねー」
「M.Mちゃんは修行が足りてないんじゃなーい?」
『……説明はこんなもんかな? て・な・わ・け・で。今回担当してくれるDJは"音刈"! アニソンランダムダンスゥ……スタートォ!!!』
「「「「「「「「「「イエエエエエエエエエエエエエエイ!!!!!」」」」」」」」」」
──嵐のようなMCが終わり、スピーカーが奏でるものが声から音へと変化して……声が、乗る。
イントロ。記念すべきイベントの一曲目。
歌詞の一行目を聞き取った直後、バスケットコート程の空白に、外縁を埋めていたオタクの群れが競うように突入していく。
割れ物を傷付けないよう、俺達……否、俺とエミにぶつからないように前へとすり抜けていく人の波。
俺とエミの出した声は、ほぼ同時──
「──初手アイドル!?」「知ってるこれ!」
******
サビ突入から数秒後、唐突に曲のボリュームが滅茶苦茶下げられ……
「「「「「「「「「「ゲッ〇ー!!!!!」」」」」」」」」」
「終わってるだろこの統率!」
「え!? 今の何!?」
まるで伝統芸能かのような鮮やかな手並みで行われた犯行に困惑するエミ。そうだよね、怖いよね、オタクの集団幻聴って。仮にア〇ガールのOP流したら途中で絶対ファ〇ナーに変えてくるだろこのイベント。
呆れを通り越して最早感心するまである一曲目を初見二人が見せつけられた訳だが、経験者の二人はと言えば……最前列から二列目辺りで楽しそうにこの祭りに参加していた。
(あっ一番で曲切り替わった。カウントとかは無しと。言ってた通り一曲辺りは短めだな)
踊りきってハイタッチを交わしているざくろとM.Mは、続く曲を聞き分けるや否や、ざくろだけ相方に軽く手を振って小走りでこちらに戻ってくる。
「おかえりー」とお出迎えするエミに「ただいま!」と満面の笑顔を返し、ぱんぱんと乱れた服を手で払っているざくろは……
「どう? 大体こんな感じ!」
「現代版のニコニコ組曲かな?」
「言い得て妙!」
「……凄いわざくろ、貴方本当に踊れたのね!」
「え、なんでディスられてる今?」
「ところで何で戻ってきたの?」
「え、無視? あーいや、私この曲の振り付け知らないし」
「さっき好きに踊っていいって言われたわよね?」
「いやそりゃ言われたけど! 振り覚えてない曲までアドリブしてたら体力持たないって!」
どこかで聞いた事があるような、無いような。少なくとも俺のプレイリストには入っていない、七年前にうろ覚えだった二曲目。
どうやらサビが本番らしいのか、踊る予定の人達がステージ内で思い思いのサビ前待機をする中……やがて、後ろの方から俄に盛り上がりが起きた。
「ざくろ、あれは?」
「連行」
「「え?」」
……今、何て?
「今流れてる曲ってとあるVtuberさんのオリ曲なんだけど……ほら、あんな風に、その曲歌ってる人のコスプレしてる人がいた場合、自曲でしょってことで周りの人に最前列まで連行される文化がアニソンランダムダンスにはあるの」
「蛮族の生贄の儀式か何かか???」
「あっ実際に踊れてる! しかも上手っ!?」
そして最前列に連行されたコスプレネキを見て思い出した、これマリ箱だ。
恥ずかしそうにしながらもしっかり踊りきって周りから拍手されてるの、なんか良いなぁ好きを全身で表現してるみたいで……連れていかれてるという事実がノイズではあるけども。
「次は……お、テレパシじゃん! しかも冒頭から?」
「あやばいポンポン忘れた!? まぁいいや行ってくるっ!」
「……ねぇアラン。曲、アニソンマジで関係無いわね」
「一曲目だけだしね、現状」
やっぱオタクカルチャーランダムダンスじゃね? なんてことを思いつつも、俺は目の前の光景に目を奪われる。
みんな一様に、楽しそうな表情で、前を向いて踊っている。
全身で"好き"を表現するように……正のエネルギーに溢れたこの場所は、あまりにも眩しくて。
腕や脚の角度は人それぞれで違っていて、なんなら振り付けそのものが違ったりして。
滅茶苦茶キレの凄い人が居れば、想定してた振りを間違ってしまったような顔の人も居て。
後ろの方では歴戦の猛者たちがペンライト両手に、刹那に消えるそれぞれのアートを複数人で空に描き。
動きやすい私服で来てる人と、コスプレをしてる人が、平等に隣合って、自分の好きを音と共に踊っていた。
「……見てるだけでも楽しいなぁ」
──独り言のように呟いたその言葉に、エミは答えなかった。
ただ、真っ直ぐに。
彼女は目の前にある光景を、その動体視力で学習していたのだから。
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「ねぇM.M……大抵の人は同じ振り付けで踊っているけども、別にそれは揃えなきゃいけない必要は無いのよね」
「え? うんそうだよ。大抵の人は今一番流行ってる振りを覚えるからある程度皆で揃うけど、結果自然とそうなるだけで誰も揃えようとしてる訳じゃない、かな」
──練習していた曲があった。
最初、ざくろにこのイベントに誘われた時。その曲が流れるかもしれない……なんて、期待はまるでしていなかった。
ただ、語感から"楽しそうだな"という感情4割、"アランとお出かけ出来る"という感情4割、そして"踊りの参考になるかな?"という残りでもって、私は家を出た。
内容を知らない物事の詳細を聞いて、知って、そして始まって。
期待していなかった事に『もしかしたら……』という、止めようのない想いが募っていく。
確率的に起こりうると判断したからこそ、それは私を呑み込んだ。
『生きてれば必ず何処かで奇跡にはぶち当たる。……でも、それでも負けたくないのなら、絶対に逃したくないのなら、それが何時来てもいいように備えるしかないんだよ』
それは君が何時だかに言った言葉だった。
奇跡を何度も捩じ伏せてきた君が、私にした数え切れないほどの雑談の内の一つ。
名言かのような言い方なんてして無くて。
ただ、コイツの言ったことの大半を覚えているから引き出せるだけな、取り留めのない会話を、今。
学ぶ。
『楽しむ』も『お出かけ』も捨て去って、君が見る筈だった姿を裏切って。
『残った物』を只管に検証する。
手の動きを、足捌きを、体幹の使い方を、体重の移動の仕方を。頭と経験でもって、論理的に、徹底的に。
『もしかしたら』が起きた時に、その『奇跡』を『奇跡』として出力するために。
私に足りなかった技術を、頭で覚える。
「……ねぇアラン」
「うん?」
「もし、奇跡が起きたのなら──」
思う通りに身体は動かせる。
それは言い換えれば、頭で設計図さえ引ければ何だって体現出来るということで。
フィジカルにしか頼れなかった今までに、設計図が漸く組み上がって……出来る。
どれだけの人の踊りを見たのだろう。
どれだけの曲を無下に観たのだろう。
備えはそうして間に合って、何曲目かの切り替わりが訪れて。
──そうして、奇跡は訪れた
「あーやっぱり流れるかぁ……って!?」
「え!? エミちゃん行くの!?」
ざくろの驚くような声が、M.Mの困惑してるような声が、耳を通り過ぎていく。
これまでのどの曲よりも人の進出は疎らで。後列のパフォーマー達の方が踊る人よりも多いその空白地帯のド真ん中の最前列へ……軽やかに、自信満々に、私らしく舞い躍り出る。
「──あなたの世界を、焼いたげる」
向こうで着ていた、アランに合わせた漆黒の制服。
その胸元にある赤く大きなリボンを勢い良く解き、サビが始まる前にサイドテールの根元に結ぶ。
それは私のトレードマーク。
この世界に来た時に飾り付けていた、本気を出す前にやるルーティン。
特待服に袖を通すことを許される前に彼から貰った、子供だった私にはまだ大き過ぎたリボンが、彼に手入れを任せる内に大分伸びた銀髪に……唯一の彩りを灯す。
ただ、一人。
お前の驚く顔だけのために、さぁ降ってきた奇跡を踊ろう。
「いや、幾ら振りは自由って言ったって、だってこれっ──」
──世界から雑音が消えていく。
──奇異の視線も、横からのざくろの言葉も。
──何もかもを意図して意識から漂白していく私に、聞こえるものは………
「メズマ……ライザー?」
──そして世界が彼女に染まる。




