1-1-A2:相棒、或いは姉弟
エミとの付き合いは凡そ五年になる。
最初はただの敵だったのが三ヶ月の無人島遭難生活を経て仲良くなり、中等部への進学を機にバディを組んでからはずっと互いに相棒だ。
「……宿?」
「アパートだね、認識は概ね間違ってないけど」
──四年程前、この子の家族は故郷諸共モンスターの大群によって滅ぼされた。
以来、天涯孤独の身の彼女は向こうの世界で縛られるものも特に無く、俺が築いた関係全てを捨てて一人帰ろうとしているのに気付いた際、さも当然のように付いて来ようとした。
同居なんて今更ではあるけども、女の子を家に招き入れるのってなんか緊張するな。
「一人暮らしなの? 親は?」
「……まあ一旦置いとこう」
「了解?」
異世界から女の子持ち帰って来ました! とかどの面で紹介すればいいんだよ。面倒事は後々考えるとして、今注力すべきは目の前の問題だ。
ポストから唯一の合鍵を取り出してエミに渡し、ズボンのポッケから見つけていた本鍵で扉を開ける。
……男一人暮らしだからスリッパ買ってねぇじゃん、メモしとこ。
「ただいまー。うわ懐かし」
「お邪魔しまーす…………」
「あ、靴脱いでね。後で室内履き買ってくるからそれまで素足で我慢して」
「気にしないわよ?」
「気にしてください女の子」
ゴソゴソとブーツのベルトを外しているエミを置いて一人先にリビングへ歩く。
ざっと見床に目立つ埃は無い。掃除が行き届いているというよりは汚れてないが正しいか。普通に情けない理由なのやめてね?
(生活感無っ……)
小さなゴミ箱に捨てられた飴の袋とカップ麺の残骸、流しにはそもそも何も無く、確認した冷蔵庫には2Lの麦茶が燦然と並ぶだけ。野菜室に野菜が無いのは置いとくとして、冷凍庫に肉すら無いのは終わってないか?
……ああ大体察した。これ着替えるのが面倒だから制服のまま寝た後、食べる物が無いのに気付いて制服のまま鞄と財布だけ持って買い出しに出掛けてたって所だろう。何してんだよ上城新。
「生活感無っ! 本当に人住んでる!?」
「人より虫の方が住んでそう「やめて」……じゃ、一旦荷解きしますかぁ」
「ん。言うてもそんなに無いけどねー」
「いやエミのじゃなくて」
「……?」
言いながら開け放ったある部屋の扉。
そこは俺がここに越してきてから全く手を付けていない……面倒臭がって開けてないダンボールがめちゃくちゃに積まれた物置部屋だ。
窓を遮る高さまで積まれた荷物を見て後ろからは呆れのオーラが漂ってくる。突き刺さる引きを多分に含んだジト目、それを無視して俺は努めて無表情に事実を述べた。
「はい、じゃあ、こちらがエミの部屋予定地になります」
「片付けなさいよ!?」
「という訳で荷解きすんぞ、片付かないと部屋ねぇから。さぁ! この家に家具で生活感を取り戻そう!」
「舐めんな。……ねぇこれ梱包材? 普通に開けていいやつ? うわベタベタする」
「ガムテープを横から普通に千切るな怖い、切れ端から剥がしてくれ」
「ん。……てかこれ、見るからに紙なのに思ったより分厚いわね」
エミはシルエットが細い割に体重はそこそこある。魔法で強化してるとかではなく、シンプルに筋密度が高いのだ。
片や俺の方はと言えばまるで筋肉の無いもやし体型。身長負けるわ自然と猫背だわ終いにゃ作業速度でも負けるわと、男の子としてなんか悲しくなってきた。
「引っ越して直ぐなの?」
「……一月も経ってないかも。最低限度の生活用品だけ出して学校と往復だけしてた記憶」
「え゛、じゃあ部屋が片付いたとして布団無くない?」
「アイテムバックに?」
「無いわよ」
適当に雑談しながら解体を進める最中、結構不味いことが判明した。
まじかよ、じゃあ今日俺ソファ確定じゃん。
「絨毯もふもふだから毛布あれば全然寝れるけど……」
「無人島基準の発言やめてね。今日は一旦俺の部屋で寝てくれ」
「二人で寝れるの?」
「ナチュラルに同衾する思考なんなの?」
「トラウマに魘される度に添い寝してあげてたのは誰でしたっけー?」
「テンマとレインとサフィル」
「……待って、サフィルの件は聞いてない」
「お前を交流戦でぶちのめしたあの日。弱り目に優しさがスっと染みて危うく惚れかけた」
「許嫁相手に惚れてないのそれはそれでダメでしょ」
「お互い将来解消する気だったよ? そうでなくとも親父が処刑されて結局は流れたし」
「お似合いだと思ってたんだけどなー。……で? 結局一緒に寝るの?」
「この話の流れでよくその話蒸し返せたな? 一人で寝ますー」
──ある程度荷解きが終わる頃には気付けば既に夕方で、住めるスペースが生まれた元物置部屋から出てきたのは組み立て式のテーブルや棚、洋服、漫画等。
つまるところエミが使う・使える物は数少なく、そして既に寝具が自室にある中、荷物に予備の布団など混ざってる筈も無く。
脳内買う物リストに敷布団を書き加えたところで、休憩がてら自分の部屋にエミを案内する。
数年ぶりに帰還した自室の風景は……うん、実にオタクの一室だ。
壁に備え付けられた本棚には上から下まで漫画とラノベまるけ。元の用途が勉強机だった筈のテーブルは専らパソコンを弄るためだけの作業スペースになっていて、他はやる気の無い衣類タンスとベッドのみ。
「何してんの?」
「いや、思えば当然なんだけど、匂いが落ち着かないなぁって」
「……なんか恥ずかしいから嗅ぐのやめて貰っていい?」
ルームシェアしてた関係上エミが部屋に来るのはよくあったが、それはアランであってただの高校生上城新の部屋じゃない。
俺の体臭も違えば、エミの匂いもまるで混ざってなくて、一度意識してしまうと俺まで落ち着かなくなってきた。なんだこれ感覚がバグる。
「知らない男の子の部屋に初めて来たみたいで、なんかちょっとドキッとするわ」
「わざと意識させるようなこと言うのやめてね???」
「さぁてエロ本はどこかなーっと」
「或る意味俺らがいた世界の連載媒体が少年専用エロ雑誌ではあったよ」
「都合が悪くなると私の知らない単語で誤魔化すクセは相変わらず治ってないわねー?」
うるせぇよ。
それと探したところで物体として持ってないから、異性の部屋を好き放題散らかすのは頼むからやめてくれ。
用語:ヤングなんちゃらやドラゴンなエイジ
ネット小説やライトノベルがコミカライズされる際に掲載される大手企業。
他にはアプリ等も主流だが、物によっては週刊誌に掲載される化け物もいるらしい。
遠い世界のお話ですね。