1-3-A1:この時代でミームを日常会話に捩じ込もうとしてくる親がいたら戦乱時代の生き残りだと思え
「……お久しぶりです未遥さん、なんでウチに来てるんですか」
「ゴールデンウィークだから元気してるかな〜ってサプライズで会いに来たのよ。掃除出来てるかなぁ? とか、ちゃんとご飯食べてるかなぁ? とか考えて」
「出来てるし食べてます。ので、お帰りいただけたりなんて……」
「しません。説明なさない。この見た目完全に外国なお嬢さんは誰ですか」
親フラというものは、何時だって起きて欲しくない時に起こるものだ。
上城未遥、御歳38歳。俺の保護者にあたるその人は、たった今玄関マットの上で腕を組み仁王立ちをしておられる。
高校に上がるに際し一人暮らしが始まったが、その間彼女の連絡無しの来訪は一度としてなかった。
それがよりにもよって今日来るか。気が重く感情の整理が出来てないと後回しにしてたのが今来るか。
何れ解決しなければならない事案では確かにあった。けどサプライズの親フラだけは本当にちょっと待って欲しい。
しんどい、マジで心がしんどい。様々な感情がぐちゃぐちゃに入り交じって、ああ、こういう時にしんどいって使うのかなぁ等と知見を得るくらいにはしんどい。
「玄関に突っ立ってないで取り敢えず中入ったら?」
「バイト終わりでお腹空いたので話はご飯の後でいいですか?」
「掃除を理由に宿題を後回しにする子供みたいなこと言うんじゃありません」
「チッ……」
クリティカルに図星を突かれ無意識に舌打ちが出た。そんな俺と母のやり取りを見たエミは青い顔してあわあわと震えている。
……所在無さげに正座する彼女を見て、少し冷静になれた。……しっかりしろよ俺、今一番不安なのはこの子だろうが。
深い溜息を一つ。
ビクッと震えるエミに軽く手を振り、なんてこと無さそうに靴を脱いで玄関脇に小さな鞄を放り投げる。
……俺自身、今の母とどんな態度で話せばいいかは分かってない。ただ、釈明次第で俺だけじゃなくこの子の未来も決まると改めて認識すれば、自分でも驚くくらい頭が冷えた。
「何喋った?」
「な、何喋ったら大丈夫か分からないから、戻るまで待ってた」
「ありがと、お疲れ様」
「う、うん……」
……初めて見るな、エミのこんな反応。そうだよね、気まずいよね。異国の友達の家に居候してたら家主の母と唐突にエンカウントしたらどうリアクションしたらいいか分からなくて不安だよね。
……これがちいかわにハマる人達の感覚なんだろうなぁ。少し可愛いと思ってしまうのは流石に不謹慎か?
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「端的に述べると、先日異世界転移からこの子を連れて帰ってきました」
「でも新くん年取ってないじゃん」
え、ツッコミ所そこ?
「はぁ〜……新くん? 別に彼女が出来るのはいいのよ。問題はね、知らない地で何も分かってなさそうなお嬢さんにこんな薄着をさせて同棲してるところなの」
「すいません、その服はその子の趣味です」
「そうなの?」
「えっ急にこっちに矛先向くの!? えっ、いや、その」
リビングでテーブルを挟んで只今事情聴取の真っ最中。俺の隣にエミ、対面に母が居る状況で、ジャブからとんでもないカウンターが飛んできた。俺の趣味でエミがこんな服着ているだと? はははそんな訳ないじゃないですかやだなぁもう。
流石にそこは否定しないと俺の沽券に関わるので事実を告げれば、質疑の先は唐突に隣へと。
あわあわと口を開いては閉じを繰り返し、見るからに狼狽えているエミは……うん、可愛い。初めて見るから新鮮だなぁこんな姿。実に心が落ち着くわー。
「ほら見なさい焦ってるわよ。なんか汗かいてたしエッチなことさせてるんじゃないの?」
「汗については知らないけど、でもこの子別に常日頃からこんな服ですよ?」
「だとしたらただの痴女じゃない!」
「痴女!?」
「それはそう」
「それはそう!?」
いや現代基準で貴方の服装は痴女ですよ? こっち来た当初に言ったじゃん、俺。
「アラッ……た! 君は私のことそう思ってたの!?」
「エミ、事実の確認だ。それは良く着るタイプの私服か?」
「…………私服、ですけど」
「「痴女だ……」」
「ご飯! 作って! 来ます!」
ブチ切れである。感情的で可愛いね、こっちに合わせてアラタって呼び直してくれるとことか本当に微笑ましい。借りてきた猫みたいだ。
「……日本語が上手ね? イントネーションが完璧だわ」
「転移先が創作物の中だったから言語が同じだったんですよ」
「はぁ……この期に及んで誤魔化そうとする姿勢は何なんですか? 付くならもっとマシな嘘ぅおおおぉぉぉぉぉぉ!?」
一般人へ魔法の曝露に関しての条項を思い出していたが、確か大衆に露見せず身内内で留めるに限り問題は無かった筈だ。
息子が厨二病に罹った際の当然の扱いをしてきた母に対し、目で見せた方が早いので取り敢えず浮いてみる。
重力軽減と空気抵抗加算の式を組み、風の余波を出来る限り廃した自己流の飛行術は、それはもう母を驚かすに至ってくれる。
「浮いてる……す……すげぇ……」
「ここぞとばかりにミーム使ってふざけるのやめてくれます?」
「いやここは言うでしょこれ絶対。ていうか本当にどうやってるのそれ?」
「魔法」
「……他には?」
「火は危ないから……ああこれが一番分かりやすいか」
「ポルターガイスト!?」
せめて念力かサイコキネシスじゃないのそこは? あんた幽霊物件を俺に貸してんの?
まだトリックの線を疑ってる母に対し、エミの異次元バックを魔法で取り寄せる。
大体ランドセル程度の大きさのそこに手を突っ込んで、取り敢えずデカイものを対象にして掴み、引っ張り出していく。
「魔剣、魔槍、アガートラーム、ヒュドラ、俺の制服、記録水晶、トロフィー、マナタイト、トロフィー、トロフィー…………ん? なんだこの水槽?」
「……分かった、分かったからちょっと待って。一回待って。一回頭の整理させて。受け入れるから、受け入れる準備するから」
「降りても?」
「どうぞ…………えぇぇぇぇぇぇ!? 異世界から帰ってきたのおぉぉぉぉぉお゛っ゛……ゴホッゴホッ……ダメだ久々すぎて大きな声出゛ない」
「リアクションのやり直ししてあまつさえ噎せないでくれますか?」
「ありがとぉ……」と涙目で背中をさすられる母・未遥(38歳)、今も元気にオタクをやっているこの人は、言っちゃなんだがかなり思想が強い。
21世紀初頭から今に至るまで。市場の開拓が為されていないオタク黎明期から二次元を追ってきたと豪語する彼女は、それだけの期間界隈にしぶとくこびり付ける程の矜恃がある。
故に、"自身の反応がオタクとして許容出来るものじゃ無かった"として、"異世界から帰還したと伝えられたモブキャラの反応"のtake2へとシームレスに取り掛かろうとしたのだろうが……悲しいかな、どうやら体が着いてこないらしい。
せんでいいし求めてないけど。
「……ごめんねぇ一大イベントなのにこんなリアクションしか出来なくて、お母さん異世界帰還物の親の反応には疎くて……」
「異世界帰還物の親の反応に疎くない母の方が子供として嫌なんですけど」
「お、いいワードセンス。大喜利としてツイートしときな?」
「指鳴らしがやかましい」
ドヤ顔でほざきよってからに、この人本当に昔っから変わらないな……
「…………あれぇ?」
用語:浮いてる……す……すげぇ……
漫画・チェンソーマンのとある一コマのセリフ
映画はまだ観れてませんが、Xの阿鼻叫喚見てるだけで楽しい今日この頃




