1-2-C:パニックが極まると一瞬だけどこか他人事のように冷静かつ狂った感想が出たりするアレ
一方その頃エミはというと……
「……ほっ……はっ…………あーダメだ! また振り落とされたぁ!」
異世界に来てからというもの、未知の体験には事欠かなくなった訳だけれども、撮影された現実の映像では無く、作られたイラストを超高速で切り替え続けて映像とする動画という技術は、私からすれば本当に面白い代物だった。
絵が人のように動かされ、そして人には出来ないような動きで、音に乗せて楽しく画面の中で踊っている。
偶然見つけた『曲の動画再生』指示のアイコンを押して出会った、とある曲の本当の姿。
見ずらいコメント表示を消して再度の再生指示を出し、もう一度画面の中の子に踊り始めて貰う。
もう何度目の挑戦になるんだろう?
身体強化無しでそれを再現する試みは、いつも私が速度に振り落とされて失敗に終わってしまう。
「難っ……」
元々音楽が好きだった。ただ、その感情はあのアホの願いを叶えるために人生を使うと決めてから、一度として思い出す暇なんて無くて。
音の明るさとテンポの良さに惹かれて気に入ったその曲は、忘れていた奥底の感情を呼び覚ますには十分過ぎて。
アランのリハビリで乱れもしなかった息が荒れるくらいの運動量で、学んできた体術の粋を最高効率でぶん回して尚、チェックポイントから体が次第にズレていく。
「……驚くと思うんだけどなぁー」
舞踏会とは全く違った形のダンス。楽しいからで始めたそれには、何時しか別の理由も重なって気付けばやめられなくなっていた。
見せたら驚いてくれるかな? とか、嬉しそうな顔してくれたらいいな、とか。自分の勧めた物から私が勝手にプラスアルファを覚えてきたらアイツ絶対喜んでくれるだろうし、なんとか物にはしたいんだけど、これ本っ当に難しいわね……
我ながらまるで乙女のようなサプライズ精神を乗せて躍動させる肉体は、まだまだ動画のキレには到底届かない。
現状フィジカルでゴリ押してるだけなのがいけないんだろうけど……うーん? これどう踊ればいいのかしら? 私の知らない技術は沢山あるんだろうけど、それを覚えたとてキツくない? このモーション。
ふぅー……と一息着く。煮詰まって尚ゴリ押しても進歩しないのはこれまで嫌という程学んできた。休憩がてら自己分析のためソファに腰掛けてみて、ふと気付く。
「……汗、結構かいちゃったな」
『あんたは最高に綺麗なんだから、好きな人が出来た時はその肉体美を惜しげも無く見せつけなさい』という亡き母の教えに従い、普段はキャミソールやショートパンツ等の薄着を選んで着ているけど、汗をかくと肌に張り付くのが鬱陶しい。
まぁ下着が透けたところであいつしか見ないからどうでもいいけど、感触が気持ち悪いのは紛れもない事実だ。今までこんなに疲れる場面って気にしてる余裕の無い戦闘や修行しかなかったからか、気が緩みきった今はそれが妙に気になった。
「でもこの後もどうせ練習するし、シャワー浴びるのもなんか違う気がするのよねー」
目を細め、ベランダから吹く風を堪能しながらそう独りごちる。
この世界の気温は妙に高い。その分、僅かなそよ風であったとしても気持ち良く感じるのは最近の小さな発見だ。
髪が靡く。祝福を受けてからすっかり透き通ってしまった、陽光のような銀の河。
元より執着は無かったけれど、改めて見れば随分と伸びたものね。
あいつが長髪の方が好きだと聞いてから何とは無しに伸ばし始めたこれも、最近洗うのが大変になってきた。
……思えば私の外見を構成するパーツって、大体がアランを理由に決めてるわね? 実際似合ってるから別に良いけど、自分に頓着が無さすぎるでしょ、私。
──ピン、ポーン
「……うん?」
自分で自分に呆れていると、唐突に聞いた事の無い音が鳴った。
出処は玄関から。軽く探知してみれば、ドアの向こうに荷物を持った人が居る。
成程? 察するに、今のは人の来訪を知らせる合図か何かなのだろう。結界組んでないから気付かなかったけど、こっちの世界ではこんな風に来客を知らせるんだ。
「はいはーい」
遠隔でスマホから流れる音楽を止め、特に警戒すること無く私は玄関へと歩いて行った。
家主という訳でも無ければ、まだこの世界の常識について詳しくも無いけれど、来客なのだ。
判断を要する事柄を求められたとしても、流石に煙に巻くことは出来るだろうと、そんな短絡的な思考でドアを開けた私は……
固まった。
「久しぶりー新く……ん……?」
……もしも時を戻せる力が自分にあったのなら、この人と出会すと分かっていたのなら、私は十秒前の自分をぶん殴ってでも止めにいくだろう。
親愛に満ちた話し方。そして余りにも似通った雰囲気と、外見から予想される推定年齢。
誤って見てしまったアランのスマホの数少ない連絡先が瞬時に脳裏に過ぎり、それを核として様々なパズルのピースが爆速で嵌っていき……現実時間にして一秒も満たない間に、私は彼女が誰かを理解した。
喉が刹那に渇き、冷や汗が滝のように背筋を伝う。
未だかつて無い緊張と共に思わず自分の格好を見直せば、脳内が『マズイ』と『ヤバい』で埋め尽くされ機能を停止。
成程、これが専門用語で言うところのパニックというやつね? お願いアラン早く帰ってきて助けて怖い怖い怖い死ぬ死ぬ死ぬ!!!
「──えっ!? 何この物凄い美少女!? ていうか誰!?」
かつて『蒼穿姫』と呼ばれ恐れられた姿なんて見る影も無く、何者だろうと叩き潰してきた自信と勇気も遥か彼方に消え失せて。
玄関先で驚きの声を上げた妙齢の女性を前に、ただ小動物のように震えることしか出来ない私は、ぎこちない笑顔で場当たり的にこう返すしかなかった。
極限を越える気まずさに絶望する。思わず泣きたくなるほどのプレッシャーを与えてくる、気付いてしまった目の前の人の正体は……
「……は、はじめましてぇ(小声)」
……この人、十中八九新のママさんだぁ……
備考:亡き母の教え
エミに恋愛だの親愛だの友愛だのの区別はありません
ただ取り敢えずコイツは好きだなと判断し、その上で共同生活するなら役得として見せてやるかぁ程度の認識で普段着を選んでいます
青少年の教育に悪いですね(他人事)
エミが何を踊ってたのか感想欄で予想してみよう!(本編から目を逸らしつつ)(答え合わせは暫く先)




