1-2-B3:オタクが死ぬ呪文を唱えてみよう
12時も24時だろ(暴論)
「…………」
「…………」
「そのメモ帳見せてくれる?」
「嫌。……あっ待って待って待ってくださいお願いだからぁ!?」
空気を手の形に固めて無理矢理強奪。少女に触れずに入手した女の子の秘密の1ページ目を開けば、物の見事にデカデカと『ネタ帳①』という主題と共に『未完成の目次』が書かれていた。
「ねぇちょっと!? 何勝手に乙女の秘密覗いてんの!? ていうかこれ何!? 私何されてるの!?」
「空間を希釈して俺までの到達距離を伸ばしてる。元ネタは無〇限術式」
「地味に凄っ!?」
言うても精々10倍が限界ですけど。酸素濃度とかも弄らなきゃ倍率は上がるけど、そうすると殺傷性上がって普段使いに向かないんだよね。
スローモーションで掴み掛ってくるざくろたそにメモ帳を返して魔法を解除。たたらを踏んで尻もちをつく少女は、恥ずかしそうに赤面しながらメモ帳を腕の中に大事に抱え、上目遣いで俺を睨んでいる。
実際悪いことはしたし、人様の秘密を無理矢理覗いた訳だから恨まれるのは分かるんだけど……一応俺、ここに家庭教師に来てるんスよね? 君が用意してた物、明らかに勉強で使う用途でここに置かれてないですよね?
「……変態」
「無理矢理見たのは謝る、それはごめん。それはそれとして説明は要求していい?」
「嫌」
「帰っていい?」
「あぁ待って待って待って!?」
踵を返すフリをすれば、焦りながら俺の服の袖を両手で掴んで止めてくる。そこまで力は込められていない、振りほどこうとすれば出来る程度のおずおずとした懇願。
俺肩より少し低い位置から上目遣いで、暫しの間を置いてから不安げにざくろはこう聞いてきた。
「……馬鹿にしない?」
「理由や関係値も無しには」
渋面。そっと裾から手を離し、祈りの仕草のように胸の前で両手を組んで、「うぅ〜……」と小さな声で少女は唸りながら思考する。
別に俺とて意地悪で聞いた訳じゃない。ただ、遅かれ早かれバレることならさっさと聞いといた方が良いだろうという、お互いの関係値のために強硬してるに過ぎない。
話せることなら聞いた方が力になれるし、話せない理由ならそうだと言ってくれればそれでいい。そんな面持ちで答えを待っていれば、やがて……
「…………あの、これ」
長い沈黙を経て、感情に折り合いが付いたざくろが恥ずかしげに見せてきたのは、スマホの画面だ。
……見覚えは、ある。そこに映っていたのはとても懐かしい、実に7年振りとなるあるサイトの一画面。
「……ネット、小説?」
「うん。……私、小説を書いてるの」
「へー! ……お、結構話数あるじゃん。どんな話なの?」
「……(無言の詳細タップ)」
良くある長文で内容を説明するタイプでは無い、一昔前のラノベにありがちな称号or2つ名+接続詞+なんかイケてるカタカナ横文字タイトルの作品なそれに対しての質問に返ってきたのは、作品に当然ながら設定されているタグ群の会場だった。
えー何何? 『異世界転生』『メタネタ』『パロディ』『魔法』『SF』『魔法』『主人公最強…………
「──ッスゥー……」
はぁなるほど? この要素を持つ作品をこの子は書いてて? 俺が呼ばれて? 俺の話についてメモしたのがネタ帳ね? あーなるほどそういうことね? 完全に理解した。
「……ざくろちゃーん?」
「しゅ、取材料出してはいるし!」
「焦ってる時点で悪いことしてる自覚はあるよね君?」
「うぐっ……まぁ、それは、はい……」
素直に認められて偉い。これで無かったら叱るとこだったぞお前。
罰が悪そうな顔の少女はやがて、ポツポツとこんなことをした経緯について語り始めた。
「……私、昔から筋金入りのオタクだったんです。アニメや漫画、ラノベが好きで、行動力だけは無駄にあったから、その時その時にハマってる物を中途半端に齧りながら生きてきたんですけど……中学生くらいのある時に、"あぁ、なんか将来働きたくないなぁ"って思い始めまして」
「……うん?」
なんだろう、今変な発言が聞こえたような? 聞き間違いかな?
「その時丁度ハマってたのが小説で、"あ! これ書籍化させて小説家になれば肉体労働せずに済むじゃん!"と気付いてからここ数年書き続けてるんですが、これまた鳴かず飛ばずの毎日で……それで最近学園に異世界の子が転校してたのを見て"あ、実際に異世界帰りの人に話聞けば作品のクオリティ上がるかな"って思い付きまして」
「…………」
「知り合いでも無い学園の子にいきなり聞きに行く度胸は無いし、てかぶっちゃけクラスメイトに自分が小説書いてるのとか死んでもバレたくないし、学園の外かつ自分が優位な立場で帰還者に取材出来る手段を模索した結果、もうこれ家庭教師サイトで帰還者探すしかなくね? で、たまたまあなたを見つけて呼びました」
「そっかぁ、たまたま見つけちゃったかぁ」
一通り聞き終えた頃、気付けば俺の顔は天井を向き両手は顔を覆っていた。
色々言いたい事はあるけども、取り敢えず動機がダメな人間過ぎるだろこの女……! それに行動力が本当に変な方向に振り切ってやがる、クラスメイトに羞恥心は働くのによくこんな大胆なことは出来るな君!? てか俺も俺でなんでよりにもよってバイトの初回でこの子引いてんの? 運命がゴキゲンかまし過ぎでは?
「……一応聞くけど、魔法についての家庭教師に呼んだんだよね?」
「め、名目上は」
「そっちはいいの?」
「フッ……家庭教師付けたくらいで本当に成績跳ねてたら世話ないですよ」
何故だろう自然と深い溜息が出た。心拍数も謎に高い。恋かな?
……一応、時間が無いなりに教材や教え方なんかを調べてきたのに、求められてるのがまさか異世界の話だけだとは。
『指導内容は生徒からの指示に従うように』とは指示にあったが、流石に予想なんてしてねぇよこんな事態。クソ、異世界じゃないから油断してた、向こうだったらフラグ折れてねぇぞこんなんじゃ。
「……やっぱ、迷惑ですか?」
おずおずとそう聞いてくる頭痛の原因。まだ15歳の少女のその問いに対して、心の返す答えは歪みの無いNOだった。
迷惑か否かで言えばそこは別に。準備の取り越し苦労だったり肩透かしだったりはあるけども……まぁ別に子供のやったことだし、この精神的疲労は呆れから来るもので、怒りは微塵も介在していない。
時計で時間を確認させて貰う。早めに着きはしたけれど、既に授業の予定時間に突入していた。……ここでもし仮に帰ると言った場合、知らない子の家にただ雑談しに来ただけの人になるんすよね、自分。右も左も知らないエミを家に置いてきて。
それは、駄目だろ。
「……バイト代が出るなら、まぁ」
「──本当に!?」
だからこそそう答えて、用意されていたモノクロの座布団に座った。
これまでの表情から一変して、キラキラとした笑顔で顔をずいと近付けてくるざくろたそ。ガチ恋距離になって理解した、この子の青目ってカラコンじゃん。……異世界に毒され過ぎてんな、瞳の色をそんなものかと普通に受け入れてたの俺怖っ。
思わず虹彩を至近距離で凝視していると、この長いまつ毛もつけまつ毛なのだろうかとか、女の子だから化粧くらいするよなぁとか、気付けば取り留めの無いことを考えている。
自然と少女を観察していた。だからだろう、視界の端に見えた頬が次第に紅潮していくのを捉えられたのは。
やがてバッと勢いよく体を引いたざくろは、焦ったようにこう言い残してぱたぱたと冷蔵庫へ駆けていく。
「……あ! 飲み物、取ってくるね!」
「あ、うん」
……人の顔、不躾にじろじろと見過ぎたな。
****
「え!? じゃあ例えばCVくぎゅうのロリキャラとか居たの!?」
「ロリボのくぎゅうはいないけど、ショタボのくぎゅうならいたよ」
「は? 殺す」
管理局で職員さんにしてウケた話を取り敢えずしてみたところ、自己申告オタクなだけあってざくろの食いつきがかなり良い。
先の会話は俺の居た世界が原作ありきのゲーム或いはアニメの舞台で、声帯が凄く聞き覚えのあるものばかりという話から発展した物だ。
殺害予告までされちゃったよオイ、まぁ昨今レアだよねその配役。
「えぇ〜羨まし過ぎる……! 日常生活で声優の声帯の美男美女と会話出来る世界やばぁ……! あ! 上城せんせはCV誰だったの!? ほそやん!? みきしん!? ゆまたそ!?」
「ごめん、僕そっち方面詳しくない」
「つっかえ!!!」
もうこれほぼほぼ雑談なんだけど。取材という体が行方不明なのですが。
終始興奮しながら様々なことを聞いてくるざくろのネタ帳は、既に五分前から記載が止まっていた。話に熱くなりすぎて本来の目的忘れてません? 楽しそうで良かったね。
本心からキレてるざくろであるが、俺の声優さんへの認知は有名所の人の名前ならある程度、それ以外ならキャラで言ってくれれば"あーあの人ね!"ってなる人が偶にといった具合で、悪いけど本当に分からないんだ。アラン君は確かなイケボではあったけど……自分の声として常に聞いてるから脳がバグって比較対象も思い浮かべらんないんだよね。
「あと面白いネタだと……向こうって髪色に魔法の特性が反映されて、まぁ例えば名家の生まれとかめちゃ強い人とかは髪色がより鮮やかになるんだけどさ」
「それで?」
「髪に魔力が常に通ってるようなものだから、感情に合わせてアホ毛が動く」
「草」
「常に無表情の子が居たんだけど、当然の措置としてその子にはアホ毛が実装されてたよ」
「キャラ造形が余りにも行き届いている」
今でもあの日の記憶は鮮明だ。ワックスやらで固めたのとは明らかに質が違う、筋の通ったアホ毛が感情に反応して賑やかに暴れる様を初めて見た時、場面が的確すぎて(こいつ……動くぞ……!?)とガン〇ム見たこと無いのに思わず脳内でツッコんだのを覚えている。
……そういや久しく見てないな動くアホ毛。直近で✕✕✕と関わってないし、エミには生えてないし。
「……あ、ねぇねぇ上城せんせ、せんせって向こうで彼女とか居なかったの? あ、ごめん、彼氏でも可」
「彼氏も彼女もいないけど、一応許嫁は居たよ。昔から破棄予定なのは伝えてたし、日本に帰る前に手続きは済ませてきたけど」
「え? 異世界転生って言ったら普通美少女ハーレム作るものなんじゃないの?」
「人様の体無理矢理乗っ取って恋愛とかまともな神経で出来るか。アラン君が穢れるだろ」
「よく分かんないけど思想強くない? え、でもじゃあ性欲とかどうしてたの?」
「凄いこと聞いてくるね君……向こうってガチもんのサキュバスが居てさ」
「あー、よくある異種族〇俗的なのでなんとかかんとか?」
「言い方。いや、あの子ら精力とかいう知らない謎エネルギーを魔力に変換して生きてる生命体だからさ、術式の構成研究して汎用魔法化させた」
「言ってること化け物なんだけど」
生活する上で邪魔なんだよ、性欲。
特にあの世界基本的に美少女か美人しかいねぇし、この魔法開発出来てなきゃエミと四六時中共同生活とかしてられるか。
当初は無人島のトラウマで自制出来てたけど、シナリオ君が定期的にエロ同人のネタを無差別に撒いてくるから、人に教えるためにも死ぬ気で組む必要があったんだよねコレ。催淫効果のある花粉なり液体なりを雑に精霊界に配置しやがってからに……俺が何回人の発情治した(意味深では無い)と思ってんだよクソが。
「因みに汎用術式にして学会に提出したら数ヶ月後くらいに夜を彩るための逆式が他の人の手で開発されたんだけど、そっちの方だけ一大ムーブになった挙句に何故か開発者が僕ってことにされて身内から干されたりもしたよ」
「………………ぐふっ」
「おい、笑うならちゃんと笑え。堪えようとした上で耐え切れず吹き出される方がダメージ食らうわ」
「ふふっ、あははははははっ! ひ、酷過ぎる……w 大変だったねぇ上城せんせ……w」
そこまで笑えとは言ってないが? 日本語とはかくも難しい。
笑い過ぎて噎せ始めた少女に飲み物を勧め、俺も俺でくすりと笑う。エミに話してもちんぷんかんぷんな日本人から見た異世界のツッコミどころを共有出来る人に話すのは、自分でも思った以上に楽しくて。過ぎる時の流れはあまりに早く、そしてそれに気付いているのは俺だけでは無い。
切り上げ時だなーと判断し、なんて事は無いようにその言葉を口にした。
「そろそろ時間だけど、参考になった?」
「うん! サイト暇があったら眺めてて本当に良かった!」
そういう割にはメモ取ってませんけど。後でちゃんと思い出して書けるのかなこの子……?
ともあれ、彼女の要求には可能な限り答えたつもりだ。大分打ち解けたと思うざくろへと、そう言えば気になっていたことをふと尋ねてみる、と……
「やっぱり珍しいの? お……僕みたいな帰還者って」
「ん? めっっっちゃ珍しいよ。絶対数が少ないっていうのは勿論だけど、大体の帰還組ってチートなりなんなりでゴリ押してきた人達だから、そもそも魔能に受かる人が少数派なの」
「え、マジで?」
「オマケに変に自信家だったり距離感がバグってたり若過ぎたりするから、家庭教師を頼むにはぶっちゃけかなりハズレ寄り。正直私もインタビュー目的じゃなかったら上城せんせ選んでないし」
「マジで!?」
本心から驚いた。じゃああの即日マッチングって相当珍しいことだったんだなぁ………………待てよ?
(ん? じゃあこの子逃したら俺って家庭教師のバイト先見つからないのでは?)
ざくろの語ったことを事実とした場合、俺の需要を考える。
魔能二級持ちではあるがこれといった指導実績は無く、異世界からの帰還組というのに加えて、肉体年齢はあまりにも若い15歳だ。この子みたいなイカれた動機を持つ人間が二人も三人もいる訳ないし、異世界ネタも面白いのには限りがあるし……あこれ想像以上に不味い状況だな?
刹那、ざくろの過去の発言を思い出す。『フッ……家庭教師付けたくらいで本当に成績跳ねてたら世話ないですよ』等と吐き捨てていたが……なら俺がこの子の成績簡単に爆盛りさせれば、少なくともざくろから切られることは無くなるんじゃね?
即座に思考がスタートを切った。
あまり面倒臭いのはダメだ。簡単に実演訴求出来てかつ効果が高い……要は今日勝てる戦法的な魔法理論。時計は〆まで残り五分を切ったが、アレなら多少の延長で魅せれはするか?
「……ざくろちゃん、ここの庭って認識阻害の結界張ってあるよね?」
「え? あ、うん、安めのやつだけど……なんで?」
安めとかあるんだ結界に。
大体自前で作ってたから考えたこともなかったが、そんな商売あるんだなぁ……じゃない、そんな雑考は後にしろ。
「──いやなに、折角来たんだし、帰る前に一つ魔法のコツを教えていこうかなと」
──無責任にも言い放ったこの発言を後々死ぬ程後悔することになるなど、この時の俺は予想だにもしなかった。
****
「確認なんだけど、魔法学園って魔法の上手い下手で成績が決まるんだよね?」
「筆記テストとか模擬戦闘とか、それら全部引っ括めて上手ければ好成績が取れると言えばそう、だけど……」
模擬戦闘って何だとツッコミたい。ここ魔物も呪霊も妖怪も暴れてない現代の日本だぞ? なんで戦闘が平然とカリキュラムに組み込まれてるんですかねぇ。
移動しながら確認を取ったが、聞いた限りこの世界の魔法学園も野蛮なようだ。やること的に好都合だけどなんだかなぁと思いながら、絞りカスみたいな魔力で自分の腕に火を着ける。
上腕全部を燃やしているが、別段熱いということは無い。そして、それを疑問に留める人間は当然ながらこの場にいない。
「見ての通りこれは炎です」
「まぁ、はい」
「魔法の原則は等価交換。何かしらの特性を与えようとするなら、それ相応の対価を払う必要が出てくる。……ぱっと例を出せる?」
「……一番身近なのは威力を上げるという特性の対価に、魔力の消費量を増やすとかですか?」
「うん、正解。基礎中の基礎だね。じゃあここで問題なんだけど……この炎、何で僕の腕を焼いてないと思う?」
「……ん?」
まだピンときてない様子のざくろ。魔能の試験問題や裏You〇ubeで確認した通り、この知識はまだ一般化していないな?
一度腕に着けた火を、魔力供給を止める形で消す。続いて、今度は風を竜巻ほように腕に纏わせ、そこを発射台に風の刃を地面に放った。
トッピング無しの切り裂く風。バスンと音を立ててそれは少し地面を捲りはするが、跡は大した深さにならない。
目測20cmくらいだろうか。間違っても人に向けちゃいけない火力ではあるけども……
「見ての通り今放った魔法は地面を簡単に切り裂いたけど、今僕はその風を腕に纏っている。竜巻のように渦巻かせているこの斬撃の風は、じゃあなんで僕の腕をズタズタにしてないか分かる?」
「……? 自分の魔法だからじゃないの?」
「なんで?」
風を消し、再度炎を出す。
赤くメラメラと燃えるそれに匂いは無く、熱さもなく。されど揺れも外見もそれは炎姿に違いなく、当然のようにそれは俺の腕を焼きはしない。
「炎は酸素を燃やして維持され、人体に有害な量の二酸化炭素をその場に作る。温度で言えばこの赤い炎は凡そ1700から1900℃の現象の筈で、人体が浴びれば火傷じゃ済まない怪我になる。……でも僕達魔法使いはこの炎を自身には無害で、相手にだけは炎という特性を押し付けながら、酸素や二酸化炭素と関係無く、魔力だけで作れてしまうんだ。……一つ聞くけど、じゃあコレ、何?」
説明するだけなら誰でも出来る。教えるのに重要なのは、相手にも思考を促すことだと俺はエミで学んでいた。
問いと同時に火力を上げ、色は青へと変わりはするが、然し体感温度に変化は無い……俺には。
感じる熱に嫌そうな顔で少し後ずさるざくろは、下がってから何かが脳裏に引っかかったようにきょとんとした顔になる。
「この炎は相手だけに原本の持つ現象が作用し、然しながら現象の維持には魔力のみを用い、酸素及び二酸化炭素等には干渉しない物とする……これが、学校で初歩の初歩として習う火付けに、僕達が無意識で付与していた特性の羅列」
魔法や異能を使う作品を見て疑問に思ったことはないか?
例えば炎を使うキャラが服含む全身を燃やしたり、
例えば氷を使うキャラが全身を氷で鎧のように包んだり、
例えば雷を使うキャラが全身に雷を纏って何故かスピードが上がったり等。
相手にダメージを与えられるのは、それは人を傷付けるに足る物理現象の再現だからだ。
なのに、物理的に考えてそんなことすりゃ自分に死ぬレベルの反動が来るはずの有り得ないことをして尚、相手にだけ傷を与え地震は無傷なソイツらを見て、何故コイツらは傷付かないのだろう? と。一度でも考えたことは無いか?
「僕はこういう自分に都合のいい無意識の特性付与をセーフティって呼んでるんだけど……さて、ここでざくろちゃんの出してくれた例を思い出して欲しい。魔法に特性を付与する場合、一番身近に使われる対価って何だったっけ?」
「……もしかして」
延焼したら厄介なので火を消し、もう一度竜巻を右腕へと纏う。
服が破けるのは面倒なので袖を肩まで捲れば、見るだけで不安になる細さの自分の腕が。それを中心に回る風刃は先程見せた物と何もかもがそのまんま。
「こちら、さっきと同じ構成で組んだ風の刃です」
「どうしよう凄く嫌な予感がする」
「あ、スプラッタ注意ね」
神経系から痛覚を切り、本来あるべき物理現象を正確に想起する。
それはスイッチの切り替え。途端に自分の魔法によって切り刻まれる右腕を振れば、一陣のカマイタチが血を吹き散らしながら先の傷跡の横を深く深く抉りとる。
魔力消費は同じにしたけど、こっちは目測1mくらいかな? 思ったよりデカイ傷跡になって自分でも少し驚いてる。
「これがセーフティを意図的に切った時の威力になります」
「腕から血だらだら出てるんだけど!?」
「そのくらい危険なことしてるから、練習にはマジで気を付けてね?」
「え、なんで何事もなかったかのように会話続けるの……?」
「そりゃ別に治せるので」
ボロッボロになった一応の利き腕をエーテル体からバックアップを取って再生させる。ダメージ直後だから副作用は少ないだろうけど、暫く魔法は使わないよう気を付けねば。
「……え、そっちの魔法の方が気になる」
「下手すりゃ体が魔素に分解されて消失するから、こっちは人に教える気は無いかなぁ」
「さっきからあんた平気な顔で何してんの!?」
青い顔でドン引きが止まらない様子のざくろちゃんですが、一回しくじったらどうなるかはちゃんと教えないと先生として駄目でしょ? 俺だって目に痛いから別にしたくねぇよこんなこと。上城新の体だからやってるだけで、アラン君の体なら流石に実演まではしてないし。
「セーフティの解除はあくまで余剰リソースを伸ばす方法だから、これ覚えるだけで威力だけじゃなくて魔力の消費量を削ったり、後は誘導付けたり速度上げたりを凄く効率良く出来るようになるよ」
「はい先生! 理屈は分かりましたがやり方が分かりません! あと怖くてぶっちゃけやりたくないです!」
「でもこれ覚えれば簡単に成績跳ねるよ?」
「…………せんせ?♡」
「今日はもう時間だから、知りたいなら次回も呼んでくれたら教えるね」
「唐突に魔法教えようとしたのそれが目的かよ! ……まぁいいけどさぁ!?」
ぷんすこ怒られながら許可を貰った。チョロくて助かる。よし、これでバイト先の確保は完了だな! ほな帰るかぁ……あ、宿題とか出した方がいいんだろうか? いや、何言ったとて一人でやらせるには危ないか?
「……ちょっとやり方強引過ぎない?」
「俺に家庭教師としての価値は低いって脅してきたの君だからね?」
「理由それ!? 別にこれからも定期的に呼ぶつもりだったけど!?」
「マジで? じゃあやっぱ簡単に魔法が上手くなる方法教えなくていい?」
「ごめんそれは教えて、本当にあるならちょっと話が違う……次いつ空いてます? てかdisc〇rd入れてます?」
そこはL〇NEじゃないんだ。まぁチョイスがこの子らしくて可愛いけども。
「入れてるけど今この場にスマホが無い」
「え? あなた現代人?」
「同居人に貸してるんだよ。異世界から持って帰ってきt──」
「生の異世界人!? え!? お家遊びに行っていいですか!?」
「ここまで嬉しくない女の子の家行きたい宣言初めて見た……」
「え!? どんな人!? 男の子? 女の子? 向こうでどんな関係だったの!? てかじゃあ今何させてるの!?」
好奇心全開な少女をどうどうと宥めようとするが、勢いに押されて塀まで追い詰められる。この子興奮すると距離感バグるよなぁ、さてはカプ厨だな貴様?
「あー……」
背に石肌の硬い感触。
視線を少し下げれば、そこにはマリンブルーの瞳の奥に光の銀河を浮かべたざくろが、"早くっ早くっ"と少し鼻息荒くこちらを見上げて俺の言葉を待っている。
なんか今日一の興味関心に見えるのがお兄さん悲しいよ、あと流石にちょっと離れてね? 今俺あんま魔法使えないから触れるの躊躇われるんですけれど。
「……女の子、向こうでの関係は幼馴染みたいな感じの相棒、今は初めて見せるアニメが決めきれてないから繋ぎに俺のプレイリスト聞いて貰ってる」
「は? つまり同棲じゃんえ゛っっっろ」
「いの一番に出る感想それでいいの君?」
可能な限り優しく肩を押し返しつつ簡潔に答えたところ、ざくろから返ってきたのはあまりにも性欲に塗れた感想。この子よくもまぁ異性に対して平気でえっっっろとか言えるよな? 次の授業はまず性魔変換魔法の式を教えよう。恥じらいを知れ。
「やばい、俄然わくわくが止まらなくなってきた。ねぇこれ一生のお願いなんだけど、アニメ初布教のタイミングが来たら私もその場に呼んでくれない? 最悪録画データの取り引きでも可!」
「初見の反応に飢え過ぎでしょオタクちゃん……気持ちは分からんでもないけどさ」
「だって異世界人が初めてアニメ見た反応なんて超絶希少コンテンツ面白いに決まってるじゃん!? え!? じゃあ逆にあっ……上城せんせ、は! 好きなアニメの同時視聴反応集とか見たこと無いの!?」
「いやあるけども」
寧ろ無いオタクの方が少ないだろそれ。……でもそうか、録画という手は盲点だった。あの子顔面最強だしアニメの同時視聴動画とか出したらワンチャン一山稼げたりするんだろうか? ……一旦要検討だな。
「でもそれで今スマホ持ってないのね……上城せんせのプレイリストかぁ──」
ざくろの呟きを耳が捉えて意識が現実に引き戻された。
授業が終わってから気付けば大分話し込んでいたようで、ちらと見えた彼女のスマホが指す時計は、終了予定時刻の10分過ぎ。
振り返ってみれば楽しい時間だったと断言出来る彼女との会話は、されど一先ず今日のところは終わりである。
生暖かい乾いた風が庭に吹き、風鈴のようにざくろの括られた黒髪が揺れる。
綺麗だなあとか、気の抜けた頭で呑気に思っていた俺は、続く彼女の言葉を聞いて……
「ごはっ……(吐血)」
死んだ。
備考:瑞希ざくろ①
実はこれまでに一つ、結構大きめの嘘をついている(まだバレてない)
備考:声帯
愛称で敢えて明言は避けてます、よって解説は無し
用語:エーテル体
その内本編で解説するのでここでは流してもろて
用語:プレイリストにラブソング無さそう
禁句。作者が人生の中で一番"効いた"友人からの言葉
好きだったアニメやゲームの主題歌、キャラソン、推しのボカロPが挙げた新作を取り敢えずプレイリストにぶち込んだ以外で、プレイリストにラブソングが無いやつはニキ先生と握手しよう!




