1-2-A3:「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」とオタクの名言集にあるように
元々異世界から帰る際、俺は何も持ち帰るつもりは無かった。理由は単純、普通に日本の高校生やるなら魔法も大金も必要無いからだ。
どっちもぶっちゃけあればある方が良い物ではあるけれど、別世界の頑張りの報酬を何の関係も無いこっちで受け取るというのは、筋が通らないというか、卑怯に感じてしまうというか……良心の呵責という重大な問題によって、当初は捨てる判断をした。
考えが変わった……というか変えざるをえなくなったのは、帰る直前になってエミが俺についてくると言い出してからだった。
流石に彼女も日本に来るとなりゃお金が要らないとかほざける筈もなく。時間もリソースも無い中で用意したのは売って問題無い幾つかの私物と、質量を無視して物を出し入れ可能な最高級の異次元バック。
実家や知り合いにバレたら計画が詰むので、詰め込めた物は全財産の一割も無いが……
「……鑑っ定に、暫くお時間を頂いても、宜しいですか?」
……冷や汗垂らして震え声でそう告げる買取窓口の職員さんを見るに、結構な高値が付いてくれそうだ。
「こういうお土産の買取って慣れてるんじゃないんですか?」
「魔道具や薬剤となると操作や取り扱いのミスで何が起こるか分かったものじゃないですからね。それと彼女が新人と言うのもありますが……どれくらいかかりそーう!?」
「に、二時間以内にはー!」
「……結構かかるのね」
「も、申し訳ありません……」
バツが悪そうにそっぽを向くさっきまで担当してくれていたお姉さん。小声で「案内順ミスったな……」と呟いてるのが聞こえてしまったが聞かなかったふりをしよう。落ち度があるのはこっちだし。
「じゃあ……待つ?」
「そうねぇ……あ! 丁度いいから待ってる間に運動しまs「お姉さん! 何か他に俺達に案内出来ることは無いですか!? あっそういえばさっき言ってた法律だの公務魔道士だのが気になって来たなぁ気になるぞぉ!?」
「……必死ね、あんた」
もう今日の分は十分運動した! 貧弱もやし体質舐めるなよ!? これ以上歩いたら明日が運動出来ねぇんだよ!
あっこらルンルン顔で腕掴んで引き摺んな無理無理無理ですこれ以上体力持ちません誰か助けてフィジカルに殺される!?
「えっと……でしたら資格を取るのはどうでしょう?」
「「……資格?」」
「はい。異世界から帰還された方ならそちらがおすすめとなっています」
……そんな簡単に取れていいものなのそれ?
****
(本当に日本の光景なのだろうか……あっケモ耳。居るんだ現実に)
魔道管理局は市役所に近い外見をしているが、かと言って内部もまんま市役所という訳では無い。
二階に併設されている資料室。そこはパッと見図書館のようにずらりと本が並んでいて……緑や赤等の色とりどりな髪色の人間達が、皆一様に何事かを調べていた。
俺達がここに来る前から居たのか、はたまた説明の間に利用者が増えていたのか。
すれ違った長髪の男性が獣耳だったことに軽く驚きつつも、空いている机に貰った用紙を並べて席に着く。
「……さて?」
『魔法能力検定』と銘打たれたこの用紙は、簡単に言えば魔法版の漢字検定のようなものらしい。
職員のお姉さん曰く、魔法分野に触れて生きていくのなら持っているとかなり役に立つ、魔法学についてどれだけ理解しているかの分かりやすい指標になるとのこと。
こっから先の人生にエミが関わることが確定してる以上、未来がどう転ぶかは分からない。故に、資格なんて無いよかある方が絶対に良いだろうと取り敢えず三級、準二級、二級まで貰って来たが……果たしてどのくらい解けるのだろう?
(資料からその場で調べてもいいとは言われたものの……一応俺、魔法王国の首席なんですよね)
だからか割と自信があったり。
借りたボールペンで答案用紙を埋めていくが……うん、別に要らないな。三級は多分話にらならない。
(生きるために必死に覚えたからなぁ…………お、知らない単語だ。でもこれ文章の前後的に神威のこと言ってるな?)
世界が違えば名詞も違う。なるほどそういう違いもあるのかコレ。
『固有魔法』『固有属性』等の異世界で使われてない単語が度々出て来はするが、単語の名前が違うだけで理論も法則も全て知っているものばかり。
一部、ガチで分からない単語もあるが……後でまとめて調べれば理解して解けるだろ。
「──三級終わり」
次、準二級。こちらもさして難しくは無い。
サラサラと脳死で問題を消化しながら、手持ち無沙汰な意識は別の観点に着目し始めていた。
(……学習進度の差が面白いな、これで高校範囲なんだ?)
俺の生まれ育った国『リベルグラム』は、魔法王国と呼ばれるくらいには魔法学の研究が盛んだった。
15歳、つまり日本に直すと高校1年に上がるとほぼ同時に俺は帰還したワケだが、準二級の問題は異世界基準だと中等部1~2年で消化する内容でしかない。
(知らない法則も特に無し。俺の居た世界って先進国だったんだなぁ)
ラスト、二級。……さすがに少し考える時間が生まれてきたな。
無駄に言い回しが迂遠だし、数学の証明みたいな長文を回答に求めてくるのが鬱陶しい。別に解けるけどこれ解いて意味あんの? といったマニアックな問題がそれなりの頻度で出てくるが、最早雑学ゲーと化してない? つか何問あるのこれ? 余裕で4~500超えてない? こっちの受験生大変そー。
(……精霊学と魔法物理学に関してはかなり発展が遅れてるけど、これ多分内陸国で水産業が発展しないのに近しい理屈だな)
異世界と地球を比べた場合、大きな差異は魔法が一般化しているかどうかだろう。
田舎の村民でも概念を知っていて、生活の一部に神や精霊信仰が自然と混ざっている世界に対して、現代は異常や超常を認めない圧倒的情報社会。
スキルツリーの違いとでも言うべきか、魔法を研究する総人口の差の表れか。検証に環境と数を要する学問が発展していないのは、物理的に仕方が無いことなのだろう。
(──なんだかんだ法律以外は簡単だったな、少し調べて出しに行こう)
イキってるような感想だが、この程度で難しがってたら異世界から帰ってこれてねぇんだよ。逆に二級程度なら朝飯前で解けなきゃ、俺が倒してきた天才達に失礼だし。
(……何かズルしてる感じがして嫌だな)
ふと、視界の端に同年代程の女の子が居るのに気付いた。
本来スルーしてるような日常の出来事の一つに暫し目を止めたのは、難しそうな顔で頭を抑えながら何かの用紙を睨んでいたからで。
勉学か、それとも別の事柄なのかは分からないけれど。刹那、脳内に過ぎった景色は、同年代の子らと俺が同じ魔法の試験を受けている姿。
努力と苦労を重ね、青春の貴重な時間を費やし、真剣な顔で思いを込めて望む少年少女と、異世界で叩き上げられた俺が、同じ一定の基準で比べられる世界線を想像して。
何の感慨も無く受かる俺のせいで漏れる一人を妄想して、感じたのは明確な自身への嫌悪感。
もし俺がただの魔法使いでしかなかったのなら、肉体が同年代なだけの人間と優劣を競わされることになれば、きっと理不尽であると神を呪うだろうな、と。
「エミは……もう暫くかかりそうかな」
口寂しくて意味も無く突いた言葉。すぐに視線を切って席を立つ。
邪魔するべきでは無い。あの子も、想像の世界線に居た同年代の子達の戦場も。
簡単に解けてしまった試験用紙の束。人生経験が20年を超える、肉体年齢16歳の少年が殺した問題の山。
勧められるまま手を出したそれが、今は嫌に重く感じた。
****
「どう? 技能」
「特級まで突破したわ!」
「ひゅう化け物」
俺と違って『魔法技能検定』なるものを受けて時間を潰していたエミさんは、ほっかほかになりながら笑顔で戦果を報告してくれた。うん、流石は俺が作った化け物だ。
魔法で作った仮想空間で戦闘技能を測る試験があると聞き、目をキラキラさせながら突撃していった彼女ですが、説明段階で特級って日本に二桁しかいないって言われてたよな? 表情と声音から楽しかった以外の感情が読み取れないんですけど。
「新さんの結果が出ました、二級まで合格です。認定証の郵送は後日になります」
「……こういう検定ってその場で合否出るものなんですか?」
「ここ、魔道管理局なので。資格も表の世界で使えるところはありませんし、そこら辺法も規則も大分都合のいい形に出来てます」
グレーどころか真っ黒だぁ……
「という訳で……こちら、魔法能力検定の合格者に案内しているものです。まぁ、有り体に言えば仕事の案内ですね」
「仕事」
「仕事です。ハロワも兼ねてます、ここ。他にも検定の取り扱いについても纏めてありますが、問題文で大方は学んでられますよね?」
「まぁ」
それなりの厚みの資料をバインダー毎渡された。手触りで分かる、これ魔法で物自体をコピーした奴だ。ほぼタダみたいなもんだからこの形式で渡してるんだろうけど、少し面喰らうなコレ。バインダー毎渡すって。
少し気になるけど読むのは一旦後回し。エミのバックに容量を無視してするりと突っ込んで、さて本題。
「……そしてお待たせしました。こちらが最終的な鑑定結果のまとめと、身分証の偽装及び魔道保険、資格検定にかかる費用です」
「…………身分証高いすね」
「戸籍改ざん等の手間もありますので……」
「サラッとえぐいこと言ってる」
向こうで金銭感覚バグってるからそれ程慌ててないけどさ、気付けば普通に7桁単位で数字が動くイカれた世界に来ちまったよ。
当然お金は口座に振り込んでもらうとして……Switch2、PS5、スマホ辺りもこれで用意出来るかな、パソコンまで行くと流石にキツイけど。
「あとお渡しする物としてはこちらの……魔法界隈のみで使われる秘匿回線の設定方法が載っている魔道管理局のパンフレットで最後です」
「なにそれかっこいい」
「大仰に言ってますが、要は魔法を知る人のみが使えるただのSNSですね。……使い方を誤ると公務魔道士が記憶処理に向かいますのでお気をつけ下さい」
「はい」
最後にとても怖いことを言われたが、これでここでやることは終わった。
大人しく待っていたエミと二人で「ありがとうございました」と挨拶をし、会計を済ませて管理局から出る。
スマホを確認すると既にお昼時、座り疲れて痛む腰で空を見やれば、いつの間にやらその模様はかなり崩れていた。
音が鳴る。
叩くというより跳ねるに近く、擬音にするならパラパラが丁度いい。
雨だ。
「傘ねぇや」
「視覚偽装して弾きなさいよ」
「……コンビニ寄ろう、魔力が持たん」
あなた、サラッと周りから見えないよう屈折率歪めながら同時に雨を体から弾いてますけどね、それ常人がやったら一分も持たないんですよ。
幸いにもコンビニは横断歩道渡ったすぐ目の前だからそこまでは持つけれど、マジで魔法使うのに向いてないなぁこの体。
「ねぇアラン」
「何?」
「信号にはもう慣れたわ。でも一つだけ気に入らないことがあるのよ…………あれ、どう見ても青じゃなくて緑よね!?」
もう誰も突っ込まないようなことに疑問を持ってくれるの、異世界人ならではで相変わらず面白い。
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