1-2-A2:魔道管理局に行けば私でも苗字が貰えました!(サクラ風)
外観で言うとそこは市役所だった。
「大きな魔力の流れを感じる」とスピリチュアってそうなエミの発言に従って暫く歩き、見えてきたのは装飾過多な体育館程の大きさの建物。
別段僻地にあるという訳でも無く、街中に堂々と聳え立つそれの周りには、飲食店や家屋が当然のように並んでいる。……通行人の誰一人としてこの建物を認識してないということを除けば、この『魔道管理局』と銘打たれた施設は本当に現実世界に溶け込んでいた。
「……認識阻害の亜種、かな。魔力を見れない奴だけに適用するタイプの」
「用途を特化させてる分強力かつ広範囲ね。代わりに魔道士なら幼児でも分かるくらい魔力反応がダダ漏れだけど」
魔法学の基礎となるのは等価交換だ。呪術風に例えるならそれは縛りに近い。
何か特性を増やすなら、それに釣り合う何らかを切る必要がある。今回で言えばエミの考察通り『阻害の掛かる対象を限定化』『魔力反応をまるで隠さない』を条件に、『影響範囲の拡大』『消費魔力の軽減』でも積んでる感じかな。
実際、魔法適性がカスなこの体でも500m先から認識出来たのだ。客には隠すつもりが無いというか、やましい事なんて何も無いと言外にアピールするにはこれ以上無い手段だと思う。
並ぶ受付カウンターとがらんとした待合室。若干ギルドの間取りを想起するものの、鬱陶しいくらいにあったあの喧騒は影も形も無く。……早朝というのもあるだろうけど、利用客が皆無なのが不気味だな。平日とは言え一応ゴールデンウィークなんだけど……思ってた以上に魔道士って少ないんだろうか?
「──魔道管理局へようこそ。本日はどうされましたか?」
「あー……っと……先日異世界からこの子を連れて日本に帰ってきたんですけど、ここって身分証の作成とか換金とかやってますかね……?」
「はい、対応しております。……失礼ですが、紹介では無くご自身でここに辿り着いた形でしょうか?」
「え、あ、はい」
「でしたら……魔道管理局についての簡単な説明から始めてもよろしいですか?」
「あ、よろしくお願いします」
取り敢えず『異世界課』と標識に(目を疑うことが書いて)あるカウンターに進むと、職員の人から先に話しかけられた。
優しい声音に問われて気付く、どうしよう俺ここのこと何も知らないわ。先に案内見て話す内容決めとくべきだったろ馬鹿野郎。
しどろもどろな返答に対して係員のお姉さんは気持ちのいい笑顔。慣れた様子で対面の椅子を指してきたので、勧められるまま二席にエミと並んで座る。
「お名前は?」
「上城新です」
「エミです。家名は無いわ」
「はい。では新さんとエミさんと呼ばせて頂きますね。……お二人はこの世界での魔法がどのような扱いかは知っていますか?」
「……特権階級が独占してる一般人へのマウント道具?」
「……知られるべきでないフィクション?」
「新さん正解です。この世界での魔法とは、一般にはフィクション……つまり、存在しない創作物として扱われています」
「……慣れないわね、その概念」
魔法があることが普通の世界で育ったエミにとって、魔法の存在が一般的に知られていない世界というのは想像が付きにくいのだろう。
対して俺は異世界に転移する前まで、魔法なんてフィクションの中だけの存在だと思っていた一般側の人間。帰還しても在る、見えると気付いた時には内心驚いたものだ。
「秘匿されてきた理由は幾つかありますが、代表的なものは大きく三つ。元より秘匿されていた名残と、知ったとして適性のある者がほぼいないことと、魔法で戦う相手が人間しかいないからです」
「──ああ、なるほど。思えば魔物がいないのか地球って」
「え、そうなの!?」
「大昔……それこそ神話で語られるような時代には竜やら魔獣等が居たそうですが、現存している超常生物で危険性のあるものはほぼ居ないですね」
あ、いるんだ、超常生物。
横ではエミが愕然としている。異世界人からしたら衝撃だろうな、日々の生活に命の危険が無いのって。
「発展の必要性が無く、存在が知れ渡ったとしてプラスになる事項も少なく、無用な混乱しか招かないというのが現代における『魔法』への評価ですね。我々『魔道管理局』の仕事というのはつまるところ、魔法現象を一般に知られないよう管理し、知る者には現代でも快適に暮らせるよう案内・サポートすることになります」
扱いがSC〇みてぇだな。
「以上が魔道管理局についての説明ですが……話の中で何か気になったことはありましたか?」
「仮に大衆に魔法が曝露した場合は?」
「記憶処理が可能な公務魔道士を派遣して事態を鎮静化します。その後は規模や状況によりますが、拡散させた魔道士は厳罰に処す形になりますね」
「「怖っ!」」
「あ、日常での魔法の行使自体は問題ありませんよ。使うなら一般の方にバレないようにしてくださいね」
良かったー! エミに見られないよう気を付けろってこっち来る前に言っといて!? もし伝え忘れてたらワンチャン今頃お縄だったかも知れないの俺ら?
エミも青い顔でぷるぷると震えておる。恐らく自分の未来を想像してこのままだったらやらかしかねないと思ったのだろう、今日ここ見つけられてよかったよ本当に。
「そうですね……異世界から帰還して数日とのことでしたが、もしもが心配なら魔道保険に入ることをおすすめしますよ」
「……魔道保険?」
「魔道曝露保険、通称ですと魔険なんて言われているもので、これに入っておくと公務魔道士による記憶処理が必要な事態が起きてしまった場合、国がその費用の大半を負担してくれるようになります。……例えば"魔法の練習をしてたら操作ミスで家が倒壊したー"とかでも、復元依頼含めて保険が適用されますね」
神かよ。絶対に加入必須のサブスクじゃんそれ。隣を見てもこくこくと頷いている、加入に否は無さそうだ。
「エミさんの身分証とオブジェクトの換金が目的とのことでしたが、戸籍改竄含めてこちらも手続きされますか? 簡単な書類審査で入れますが」
「保護者の承認とかは?」
「魔法界は日本の法律の外、独自の法律で動いていますので必要無いですよ。……そうでなければ身分証の発行なんてしてないので」
それはそう。頼んでることが元々犯罪ではあった。
「……では書類をご用意しますので、こちらで少々お待ちください」
「はい」
「はーい」
そう告げて裏側へ歩いていく受付さん。
……知らずに力が入っていたのか"フゥー……"と無意識に息を吐けば、音程含めて綺麗にハモった。
同じタイミングで振り向いて、お互いきょとん顔で目を合わせる。……本当に姉弟みたいになってんじゃん俺ら、クスッと笑うまでの時間も一緒だし。
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「──新さん、宜しければあなたの居た別世界についてお話して貰うことは可能ですか?」
「え?」
「魔道管理局はこれまで応対した方々の別世界についての情報を、記録として可能な限り残しています。御協力頂ける場合、過去にあなた方と同じ世界からの来訪者が居たかどうかこちらで検索することも可能ですが」
「……そういうことなら、まあ」
保険用の書類を書き終え、エミだけ追加で身分証に必要な書類と格闘している最中、係員さんに想定外な話の振られ方をした。
……同郷の帰還者が居るかどうかか、割と気になる話題だな。一応聞くだけ聞いてみよう。
「世界や星に名前はありますか? ミッ〇ガルやアス〇ルティアのような」
「無いですね。大陸名も西大陸とかそんな感じで分けてて、名称の単位は国からでした」
「では……この用紙に覚えてる限りの簡単な地図と、国の名前をお願い出来ますか?」
「……主要国家だけになりますけど」
白紙の紙を渡されるが、俺絵心無いんだよなぁ……本当にサラッと大陸を3つ書き、雑な国境線で分けて国名の注釈を付ける。
「アルバロイ……リベルグラム……ハラル……ローエンタリア……イルドルシア……ロマルサナル……コルネア……魔族領…………魔族領は兎も角、国名でのヒットはありませんね」
「……そっかぁ」
地図を見ながらパソコンにカタカタ打ってくれたものの、どうやら過去にあの世界から帰還した人は居ないらしい。
嬉しいのやら、悲しいのやら。まぁ仮に居たとて反応に困ってるだろうし、なんとも言えない複雑な感情が心中に渦巻いている。
……あいつら、俺を探しにこっちに来たりしないよな? エミが寂しくなくなるとはいえ、ちゃんと自分の幸せを追ってくれてるといいよなぁ。
「──続けます。転移や転生等の形がありますが、向こうの世界に新さんはどのような形で着きましたか?」
「既存の人間へ意識だけの憑依転移の形で。名前はアラン・アーバント、肉体の制御権は俺側です」
「元の人格は?」
「心中に同居してました……俺を庇って消えましたけど」
「……すみません、聞くのが仕事ですので」
「分かってますよ」
何か言いたげなエミを制すように手を重ねる。
気にしなくていいから震えてないでさっさと用紙書きなさい、こっちの話を聞いてるんじゃありません。
「その姿は帰還の際に戻ったんですか? それとも視覚偽装でしょうか?」
「戻る際に再構築しました。借り物の体を借りパクするのは良くないですから」
──それに彼との約束もあるし。
お陰で鍛えた魔力も才能も神威も無くなったけど、別に日常生活に要らんしな、それ。
「ご自身が転移対象に選ばれた理由は分かりますか?」
「俺を彼に降ろす儀式をした張本人曰く『魔法学への適性が極めて高い魂の内、アランと波長が一番合う者』を条件に選んだとのこと」
「帰還方法について伺っても?」
「大昔に使われてた異世界人召喚装置を改造して。理論構築にかなり時間を喰いました」
「……滞在期間は?」
「七年ほど」
ぶっちゃけ問題だったのは理論の方より運命の妨害の方だ。神の予定外の行動を取ろうとする度に大陸最強の魔道士で物理的に止めに来るんだもん、アレが無きゃ後三年は早く帰還出来たわクソが。
「……その他、特徴のあることはありますか?」
「なんだろう……原作は知らないけど、多分ゲーム世界だったことくらい?」
「それはまた何故?」
「まず、言語が日本語」
横で頭を抱えてる女の子が読むのも話すのも書くのも全部日本語だ。そのクセ人物名や地名が英国式なのだ、最初の違和感がやばかったよマジで。
「それだけなら創作物の世界としか絞れないんスけど、出会うイケメン美少女全員がなんかどっかで聞いたことある声帯してましてね。──例を挙げると裏切りそうな糸目の友人の声が、なんかすっっっげぇ渚カ〇ルに似てるんですよ」
「ぶふっ……し、失礼」
あ、ウケた。まぁウケるよなぁそれ。
他にも病弱で幸薄そうな途中退場する子の声がなんか私服のセンスをdisられてそうな人に激似だったり、エミだってなんか聞き覚えある声してんだよな……生憎その界隈に詳しい方じゃないから、有名などころしかパッとは名前出てこないんだけど。
ボイスレコーダーに録音して持って帰って来たら一山稼げてそう。
「次に設定とシナリオ。メタ読みしたら実際に当たるんですよ、次に何が起こるのか。
例えば(起承転結で考えたらこのタイミングで大ボスの襲撃来そー)とか、(唐突に新キャラ増えたから章のラストでこの子が突破口になって逆転するんだろうなー)とか、悉くがオタクの読み通りにトラブルが展開するんで、ある程度未来予知が出来るんですよあの世界。
設定面も色々あるけど極めつけは『次元の穴』かな。簡単に言うと他世界と繋がる門のことなんですけど、これ、仮にゲームだとしたら、すっげぇ他社IPとのコラボに都合のいい現象だと思いません?」
「視点が捻くれ過ぎてません!?」
「俺、展開的に多分主人公のライバルポジだった臭いんすよ。モノローグ形式で話が進む作品とかだと他キャラの時間経過や修行パートとか雑に流されがちですけど、その手のヤツだったのか滅茶苦茶雑にエミと二人で無人島に遭難とかさせられましたよ。三ヶ月。学園に居ると邪魔だったんでしょうね、シナリオの都合とかで」
ミステリーでは無いが、運命の流れはノックスの十戒のような"物語として通るべき筋"はちゃんと通していた。
展開を章で分けた時に伏線はちゃんと最初に埋められてるし、UFOエンドのような脈絡の無く唐突なイカれたオチが用意されてることもない。
俺のような凡人のメタ読みでも事件を先回りして潰せたのは、俺の知らない原作が丁寧な作りだったというのが大きい。不幸中の幸いと言えるかな。
「最後にネーミングセンス。まんまギや北の神話から武器の名前持ってきてますね。例えばエミの武装名はアガートラームとヒュドラですし」
「あぁ……それまた大層なものを……」
「──ここで出そうか?」
にゅっと横からエミが生えてくる。呼んでないよー?
「結構です。……ていうかエミ、それまだかかる?」
「名前どうしよっかなーって悩んでるのよ。苗字? が無いと変なんでしょ?」
「あー……」
エミの用紙を覗くと、確かに名前以外の空欄は全部埋まっている。……さっき頭捻ってたのってこれか、道理で時間が掛かる訳だ。
「ハーフ設定で横文字……英語とか国聞かれてボロ出るか。クォーター設定で日本語しか喋れませーん日本名でーすが丸いんだろうか」
「こっちのセンス分かんないからアランが決めてくれない?」
「…………うーん」
「あ、もうお話は大丈夫ですよー」といった顔でこっちに手を振る係員さんに甘えて少し考える。
苗字……苗字か。イメージから取るのがいいか? なら蒼は確定で入れるとして……
「もし私と結婚したら、あんたその苗字に出来るのよ?」
「マジかよ、じゃあ伊集院とか神宮寺とかにしたろかな」
「えー? 可愛くなーい」
下らない冗談はさておき、エミの可愛くなーいから思い付いたわ。俺の知る限り一番可愛い娘から一文字貰ったればいいんじゃんか。
「──これで良し」
ノリと勢いのまま代わりに書いてフリガナを振る。……うん、響きも悪くないし、何よりこの子のイメージに合ってるや。
確認を目線でするが、返答はシンプルな笑顔だった。
用紙を返却すれば、その時点から彼女の苗字は──
「蒼音エミ……いい名前ね?」
……気に入ってくれたなら良かったよ。
備考:声帯
本当に何かの間違いでこの作品がアニメ化した場合アレなので完全指定はしませんが、作者脳内でのエミの声は内田真礼さんに近いです
備考:無人島での遭難
後々本編で詳しく触れますが、この二人は一時期なんだかんだあって"各学園のエース同士二人"で無人島に漂着、遭難してたことがあります
展開の都合上コイツらまで学園に居てマトモに成長されてたら主人公君の邪魔だったんでしょうね、シナリオライターの
用語:SCP
異常な能力を持つオブジェクトの確保、収容、保護を目的とした組織についての怪異物創作サイト、見てるだけで一日潰せる
この単語の世界観及び著作権は"SCP_Foundation"のクリエイティブ・コモンズ表示-継承4.0ライセンス (CC BY-SA 4.0) に基づきます。
用語:渚カオル
CV石田彰、察せる人はそれだけで察せる
用語:私服のセンスをdisられてそうな人
もしかして:花澤香菜




