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奪ったのではありません、お姉様が捨てたのです  作者: 佐崎咲
第一章 最後の尻ぬぐい
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第7話 婚約者同士

「うむ。では早速、演説の際に新たな婚約者のお披露目をするとしよう」

「え……早すぎません?!」

「いくら国の守りは万全だといっても、聖女であり、王太子の婚約者であるクリスティーナがいなくなったという衝撃に国民は不安を抱くだろう。それに代わる『めでたいこと』が必要だ」

「案ずることはないわ。あなたの笑顔に国民たちも心から安心し、祝ってくれることでしょう」


 なんだか逃げ道を絶たれている気がしたけれど、承諾した以上は否やはない。


「国民のみなさまが安心して私にまかせていただけるよう、精一杯務めさせていただきます」


   ・・・◆・・・◇・・・◆・・・


 いまさら前言撤回なんてしない。けれど、そんなあっさり開き直れるほどおめでたい頭はしていない。

 正直に言って、不安しかない。

 御前を辞すとうろたえる気持ちが蘇り、頭はずっとぐるぐるするばかりで。

 気づけば歩き出したはずの殿下がぴたりと足を止めていた。


「怒ったか?」


 私の沈黙をそう取ったのだろう。

 そう言われて、やっと言葉が出た。


「それは先程この廊下でされた質問の意図がどうであったかによります。私が王妃殿下から聞いていると思い、いきなりあのような質問になったのですか? それとも私が知らないことはご存じの上での質問だったのですか?」

「ローラにはまだ言ってはならぬと口止めされていた」


 やはり。

 勝手に言えないことはわかるが、当事者としてはやはり事前に聞いておきたかった。


「話したら動揺するだろう。そうすれば周囲にそういう打診があったとわかってしまう。その状況で断れば非難の目を浴びると考えて、ローラは断れなくなるのではないか?」

「……確かに。ですけど、どちらにせよ、あれでは断れるわけがありません!」

「私の妻となるのは嫌か?」


 じっと見つめられると、途端に言葉が出なくなる。

 殿下の瞳はいつも真っすぐで、なんというか、逃げられないのに逃げたくなるから困る。


「いえ、その、考えたこともありませんでしたので、戸惑っているのです。事業だけでなく、他にやりたいこともありましたし」

「それは王太子妃となってはできないことなのか?」

「そういうわけではありませんが、個人的なことに時間は割けなくなるかと」

「そんなことはない。立場があるからこそできることもあるだろう。何をしたい? 私もローラの望みは極力かなえたい」


 殿下の真っ直ぐな瞳に捉えられ、私は悩みながらも小さく口にした。


「叔母を……探したいのです。私と実の両親を支えてくれた人で、母の再婚が決まって姿を消してしまい、どのように暮らしているのかもわかりません。義父のことは悔いなく見送ることができましたが、両親は既におりません。ですから、幼い頃私を両親と共に育ててくれた叔母に、生きているうちに恩を返したいのです。下町での暮らしは大変なことばかりでしたけれど、毎日を安心して楽しく暮らせたのは叔母のおかげでもありますので」


 下町の長老でも知らないだろうというほどに博識で、寝物語に隣国クレイラーンの歴史などをまるで見てきたかのように話して聞かせてくれて。

 どんな苦労も笑い話にしてくれた。

 世の中を知らないような両親に代わって、叔母があれこれと世話を焼いてくれた。

 そんな叔母が今どこで何をしているのか、せめて無事でいるのかだけでも知りたい。


「それならば、王太子妃となったほうが打てる手も増えるだろう」

「でも、手掛かりも何もないのです。これまでも探していましたが、国内にいるかどうかもわかりませんし。店を始めれば、いろいろな話も入ってくるでしょうし、偶然会えばわかるだろうと思っていたのですが」


 叔母に何か目立つ特徴があるわけではないし、年を経て容姿も変わっているかもしれないから、誰かに頼むとしても渡せる情報が少ない。

 だから自分の目と耳で探したいと思っていた。


「わかった。それなら民の暮らしを知るためという名目で共に町に下りればいい」

「え?」

「私も共に探す」

「いえ、でも、これは私の個人的なことで」

「ローラに望みがあるのなら叶えたいし、憂いがあるならば取り払いたい。これから共に生きるのだから」


 そんな風に言われるとは思ってもいなかったし、もはや『私の願いは穏やかに暮らすことなので、王太子妃などその正反対まっしぐらです』とは言えなくなった。

 どうしよう。


「王太子妃になるなど、自由を奪われるに等しいことだと感じているのだろう? だがその分の自由は私が与える」


 なぜかバレている。


「だからこれからは私の隣を歩いてくれないか」


 陛下に了承を告げた後だ。いまさら後には引けないこともわかっている。

 何より、真摯な目でそう言われて断れる人がいるだろうか。


「――はい」


 小さくそう答えると、レガート殿下の口元が嬉しそうに緩んだ。

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