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奪ったのではありません、お姉様が捨てたのです  作者: 佐崎咲
第一章 最後の尻ぬぐい
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第6話 国王という人

 殿下は知っていたのか。

 なら何故教えてくれなかったのか。


「いえ、私は平民の生まれです。ただの連れ子で、ファルコット伯爵家とは血のつながりもございませんし、現ファルコット伯爵とは無関係ですから平民に戻る予定で――」

「問題ない。現ファルコット伯爵の養女とするよう話がついている」


 いつの間に。

 そんな話も聞いていない。

 呆気にとられる私の前で、王妃殿下は楽しそうにふふふと笑った。


「あなたは行動力もあって、発想力もある。クリスティーナは『聖女一人が犠牲になるなんておかしい』と文句を言うだけだったけれど、あなたは見えていなかった問題点を指摘し、具体的な対策を提案し、実現までこぎつけた。宰相や騎士団長など名立たる者たちが集まる中でも臆することなく、けれど和をもって、方々との調整もつけた。そのような人に王妃となってもらいたいの」

「いえ、あの、私は――」


 何も私がすごいというわけではない。同じことを思っている人は私以外にもいたはずだ。

 普通だったら聖女なんていらないなどと言えるわけがないし、すらすら代案が出てきたら何かを企んでいたのかと怪しまれかねないから、うかつに口には出せない。

 私はただ義姉がレガート殿下の婚約者だったから、聖女制度の見直しが検討されていることを聞いた上で、意見を求められ、話す機会があっただけのこと。


「農地改革のことだって、聖女の祈りの代わりに作物に肥料を使えるよう、どの作物にどの配合がいいかまでまとめてくれたでしょう。この国にはそんな知識はないもの、調べるのは大変だったはずよ」

「いえ。他国では当たり前のことばかりですから」


 基本的なことは叔母が伝手で入手してくれた隣国の農業に関する本を読んで勉強しただけだし、隣国の文字はこの城の文官だって読めるのだろうから、調べればわかることだ。


 この国では聖女が豊穣を祈ることにより、実りがもたらされる。

 魔力により生育が促され、安定して収穫できるのだ。

 だが以前から皮膚病や貧血などが他国に比べて多く、風土病かと思われていたのだが、実際は作物に栄養が足りていないことが原因だった。

 肥料を撒いたりせず魔力によって生育だけを促されているせいなのだろう。


 それがわかったきっかけは、平民として暮らしていた頃、食べる物に困った時に叔母が手紙を書くと隣国から届く食糧だった。

 長い旅路を経て辿り着いたはずで、保存食が多かったけれど、いくつか生の果物や野菜も混じっていた。

 それがこの国で食べるものとは段違いのおいしさだった。

 隣国の食糧を食べていると、肌荒れやちょっとふらふらするな、という体調の悪さが落ち着いた。


 両親の稼ぎがあてにならないこともあり、私は家の裏に畑を作って自給自足を目指していたのだけれど、枯らさずに成長させるだけならできた。

 だけど「自分で作ったものはおいしく感じるね!」なんてとても言えない出来だった。

 隣国の野菜のおいしさを知ってからは、叔母にも隣国ではどのように育てているのかを教えてもらい、肥料を作ったり、土を改善したり、あれこれと試行錯誤した。

 ファルコット伯爵家に来てからも庭の一角を借りて研究を続け、実った野菜を収穫しては調理してもらい、それをみんなで食べるのが楽しみだった。

 最初は隣国のものほどではなかったけれど、徐々に収穫量も味も向上し、安定するようになり、それがまた楽しかった。

 学院を卒業したら肥料や土地にあった作物を育てて店を作り、それが流行ったらそのやり方を教えて収益の一部をもらうという事業を興すつもりで準備を進めていたのだ。


「ローラ自身がこの国の気候に合う野菜を調査した結果もあったじゃない」

「それは……趣味のようなものですから」

「趣味で書き上げた内容ではない。あれは事業計画書の抜粋だろう。卒業したら事業を興すつもりだったのではないか?」

「いえ……ですが、義姉がこの国を危機に晒した罪を償うにはそれでも足りませんから。それに、聖女の祈りのように確実でも均等でもありませんので、土地や作物によって試行錯誤が必要で、私がまとめあげたのはまだまだ一部でしかありません。途上なのです」


 安定的な供給は難しくなるから、その分、これまでこの国にはなかった保存食を備蓄するという考えも広めていかねばならない。

 農作業には手がかかるようになるから国民たちに受け入れられるには時間がかかるだろう。

 だがこれまでは自国の作物で十分賄えていたから他国からの輸入が少なく、国民たちはその違いを知らずにいただけ。

 栄養だけでなく味も段違いであるとわかれば、まずは富裕層向けに取り入れる人が出てくる。

 そこで私のお花畑笑顔で培った人脈を使い、そのおいしさを広めてもらえば、一般向けの作物も余裕がある農家から取り入れ始めるだろう。

 そんなことを考えていたのだが、王家主導ということになれば浸透の速さは段違いのはず。


「作物を育て試行錯誤するというのは、並大抵ではない時間がかかっているはずだ。それでもなお個人の益より国の益を取るなど、誰にでもできることではない。そなたは義姉の尻ぬぐいというが、それこそもはや、前ファルコット伯爵が亡くなった時点で縁も切れているだろう」


 そういえばそうだった。

 だがそれは戸籍の上での話であって、まだ一緒に暮らしてもいたし、それを他人のこととして放っておくことはできない。

 しかし、なんだかとっても褒めて褒めて囲い込まれている気がする。

 素直に喜べない。


「ですが、高位貴族の方々が黙っておられないのでは……」


 そう口にすると、王妃殿下は何故かにこりと笑った。


「逆よ。アルシュバーン公爵家とサデンリー公爵家には年頃の令嬢がいるけれど、どちらの家からも選ぶことはできない。これまで均衡を保ってきた力関係が一気に崩れてしまうもの。だからクリスティーナを選んだことはローラも知っているでしょう? それがローラに代わるだけよ」

「何より、生まれもったものや立場で王太子妃を決めれば誰もが容易に納得してくれるが、減らせるのはそこの軋轢だけで、結果としてこの国のためにはならぬ。今回のことでそれがよくわかったからこそ、中身が伴った者に立ってもらいたいのだ」

「ですが、元は平民である私が選ばれたとなれば、それこそ大騒ぎになるのでは」

「納得させるのですよ。あなたが」


 無茶ぶりきたー。


「なーんてね。いまやローラは『救国の賢女』だもの。誰も文句なんて言えるはずがないどころか、あなたを差し置いて他にふさわしい人などいないわ」


 救国の賢女とか。

 どうやらお二方は国民への演説で『次代聖女が病に倒れた。王妃も聖女としてはもう長くもたない。そこに次代聖女の義妹が大改革をもたらし――』という筋書きを考えているらしいのだが、そんなお茶目に言われても、畏れ多いばかりだ。


「誰もが納得する家柄だろうと、それだけではこの国を守ってはいけぬ。この国では王が亡くなればその子が育つまで王妃が女王として国を治めねばならんのだからな。本来王妃に求められるべきものがなんなのか、ローラから学び取り、高位貴族たちにも今後そのように励んでいってもらわねばならぬ」


 だめだ。話が大きすぎる。頭が追い付かない。

 顎髭をしごく国王陛下に王妃殿下も「その通りよ」と大きく頷く。


「ただ行儀マナーと知識だけを詰め込んで、あとは他人を蹴落とすことに注いでいた力を別のところに向けるようなれば、貴族全体がよいものに変わっていくことでしょう」

「そのような重責を負いきれる気がいたしません……!」


 真っ青であろう私に、王妃殿下はさらににっこりと笑みを増した。


「では、こう言いましょう。『聖女であり、王太子の婚約者であったクリスティーナ・ファルコットが役目を放棄し逃亡したことによる国民の動揺は避けられない。聖女に対する信頼が揺らいだ今、それに代わり国を支える力が必要であり、その知見を持つローラ・ファルコットは王太子妃として立つに相応しい。この国の危機を好機に変え、さらなる繁栄に尽力することを命ずる』」


 今度は脅しがきた。


「本当はこのような言い方はしたくないけれど。あなたにはこのほうが楽でしょう?」


 小首をかしげて微笑む王妃殿下に唖然として何も言えないでいると、国王陛下がゆっくり諭すように口を開いた。


「この国は今、重大な転換点にいる。良くも悪くもこれまでの王家の考えに則ってきたレガートだけでは乗り越えることはできないだろう。そなたのように既存の枠組みにとらわれず、実利を考えられる人間が必要なのだ」

「――ありがたい、お言葉です。ですが、お時間をいただけませんか?」

「わかった。ではこの場で十数えよう。一、二――」


 それはお時間と言えるのでしょうか。

 いやそんなことを考えている場合ではない。

 十の間に考えなければ。

 しかしこれ、断れる話なのか?

 既に決定事項として進んでいないか?

 というか、断ったらどうなるのだろう。

 お二人のことだから悪いようにはしな……いや、いくら優しくしてくれているとはいえ、一国の王と王妃だ。

 そもそも義姉がやらかしたことは事実で、貴族の均衡がとか言われると確かに――


「――九、十」


 早い!

 え、今、五から飛んでこなかった?


「ということで、よいな?」


 しかし国王陛下にそう問われれば、「はい。謹んでお受けいたします」と深く頭を垂れることしかできなかった。


「よかったわ! 前から思っていたのよ。ローラが娘になってくれたらなって」


 王妃殿下はパチンと手を合わせ、それは嬉しそうににこにこと笑みを浮かべた。

 確か王妃殿下は侯爵家の三女で、陛下との結婚も子供の頃から決まっていたわけではなかったため、結婚前はわりと自由に過ごしていたと聞いたことがある。

 あまり堅苦しいことが好きではないとも言っていたし、私となら気安く話せると思ってくれているのかもしれない。


 しかし。

 なんだか結果として義姉の手紙の通りになっていないだろうか。

 いやいや奪ったのではないし、捨てたから私に割り当てられただけなのだが。


 だが私は引き受けた以上はきちんとまっとうする。

 義姉のように捨てたりはしない。

 覚悟を決める私の隣で、殿下が私に合わせるように深く頭を下げた。


「全身全霊をもって、ローラ・ファルコットと共にこの国を繁栄させていくと誓います」


 この落ち着き様。

 やっぱり知ってましたよね?


 思わず凝視すると、それに気づいた殿下が私を振り向き、ふ、と口元を緩めた。

 殿下。

 その微笑の意味を教えてください。

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― 新着の感想 ―
自分達の無様を全部他人に背負わせる厚顔無恥さがさすが王様って感じ 聖女1人が〜とか言ってた癖にローラ1人に押し付ける王妃も同族の厚顔無恥だで本当にクズだな
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