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奪ったのではありません、お姉様が捨てたのです  作者: 佐崎咲
第三章 それぞれの目論見

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第8話 企む人たち

 確か、エドワード殿下たちが与えられた部屋はこの辺りのはず。

 エドワード殿下ご一行の部屋だとか名札がかかっているわけもないから、手あたり次第に中を覗いて確認するほかない。


 私は失礼しますと心の中で頭を下げ、まず手近にあった扉をすり抜け部屋に侵入した。

 ぱっと見てエドワード殿下が見当たらなければ次へ行こうと、すぐにくるりと扉に向き直り、いや待てよと動きを止めた。

 そして九十度体の向きを変え、隣の部屋と接している壁に向かう。

 そうして廊下に沿って歩き、次々と壁を突き抜けながら部屋を横断していくと、思ったよりもすぐに項垂れるエドワード殿下に遭遇した。

 向かい側では側近が天井を仰ぎ見ている。


「やっと行ったな……」

「はい……。途轍もなく疲れました」


 エドワード殿下は組んだ手の上に額を載せ、長い長いため息を吐きだした。


「婚前で寝室を共にするつもりだったとは。しかもこんな隣国の王宮でだぞ? 私がそんな人間に見えていたということがまずやるせないのだが、そもそも何故彼女は私の婚約者だなどと言い出したのか」

「殿下が『あなたはクレイラーンにとって大切な人になるかもしれない。待遇は保障する』と言ったからではありませんか?」

「それだけで??? 確かに誤解されるような言い方だったかもしれない。だがそれだけで???」


 え。まさか本当にそれだけ? 求婚もしていないの?

 義姉の話だろうとすぐに察せられたものの、あらゆる単語が引っかかる。


「持って回った言い方になったのがよくなかったのでは?」

「クライゼルの聖女であり、クレイラーンの国王の妹で聖女とも呼ばれた人の娘であるなら、今の我が国を救えるかもしれない、だからクレイラーンに来てくれ、とは言えないだろう」


 たった一言で知りたかったことは全部わかった。

 けれど救うとは? クレイラーンで何かあったのだろうか。


「たしかに私は報われないクリスティーナの境遇に同情し、もっと相応しい場所へ連れて行ってやりたいとは思った。心はぼろぼろだろうと思ったからこそ、これ以上傷つけることのないよう、慎重に伝えたつもりなのだが。言葉とは難しい……」


 エドワード殿下は頭を抱えてしまったが、まあ確かに誤解する余地はあったかと思う。

 ただ、『もしかして……?!』の段階が存在しなかったのではないかというほど強固に婚約者として求められたのだと義姉が思い込むのは想定外というのもわかる。


「しかし、あの様子からするに、クリスティーナ様が仰っていたことはほとんど嘘……という自覚があるのかないのかはわかりませんが、とかく事実とは異なるのでは?」

「そう……なんだろうな。わざわざ顔を隠している淑女のベールを剥ぎ取るような令嬢が、何もかもをみすみす奪われるというようなことがあるとは思えんし。よしんば奪われたとてあの行動力があれば何でも取り返せる気がする」

「黙って奪われているような方ではありませんよね。むしろあれだけけたたましく文句を垂れる方から奪えたとしたら、その方は女傑か心の筋肉を鍛えすぎた方だと思います」


 だな……というように二人は顔を見合わせ、再び大きなため息を吐きだした。


「マーガレット様の娘も、おそらくローラ様のほうなのでしょうね。何故マーガレット様の肖像画に描かれていたネックレスをクリスティーナ様がお持ちだったのかはわかりませんが」

「形見分けで譲り受けたのだろう。クリスティーナがクライゼルの聖女だということもあって、マーガレット様の娘に違いないと早合点してしまった」

「さんざんに泥棒だと聞かされていたローラ様のほうがクリスティーナ様よりよほど冷静でしたね。泥棒というのも、まあ、よくよく聞けば確かに捨てたものを拾っただけ。というかもはや尻拭いですね。捨てたままにしていたら大変なことになっていたのですから。それがわかっていて、何故クリスティーナ様は捨てたのでしょうね。今またクレイラーンの王子妃になろうとしているのも不可解です」

「レガート殿下とは相性が合わなかったのではないか? 独占欲の塊のようだったからな。あれでは女性も逃げるだろう」

「エドワード殿下は女性というものをわかっていませんね。そういうのを喜ぶ女性は多いのですよ」

「そうなのか……? ではローラ嬢に同じようにしたらクライゼルを見限ってクレイラーンに来てくれないだろうか」

「あのお二人に割り込む隙などないように見えましたよ。だから殿下はおこちゃまなのですよ。恋愛の機微というものをわかってらっしゃらない」

「うるさいぞ」


 なかなかに仲の良い主従のようだ。

 もしかしたら乳兄弟のような関係なのかもしれない。


「すべてはクレイラーンのため。なんとか以前のように緑を取り戻さねば、動物も減り、食糧が減っていってしまう。それもこれも、マーガレット様が妖精を連れて出て行ってしまったからだ」

「木を伐採せねば家は作れない。橋だって店だって作れない。必要なことであるのに。綺麗ごとだけを言っていても国は発展していきませんからね」


 なるほど。

 母と妖精たちがごっそりいなくなった後も、変わらず森を切り開いてきたのだろう。

 それで動物たちが住めなくなり、実りも減ったと。

 確かに国の発展のために開拓が必要なこともわかる。

 けれど、むやみやたらとどこの木でも切っていいということではないはずだ。

 間伐材を使うとか、なるべく影響の少ない開拓をするとか、もっと考えて計画的に進めることで共存していくこともできるだろうに。

 木を切るのは必要なことでそれ以外は仕方がないと、最初から諦めるのも違うように思う。


 実際、クライゼルでは保全すべき場所や木の伐採をしてもよい場所を定めているし、木を切るだけでなく苗を植えて育ててもいる。

 王都に緑が少ないのは元々そういう土地だったからで、街を作る場所、道を作る場所など、利便性だけでなく総合的に検討した上で都市計画が練られている。

 そういったやり方がクライゼルには代々根付いているのだろう。


「ローラ嬢は肖像画のマーガレット様にも先王陛下にもよく似ていた。ローラ嬢でまず間違いないだろう。なんとか彼女にクレイラーンに来てもらい、妖精たちを呼び戻してもらえないものか」

「しかし……。クライゼルが聖女に頼らず国民の力で国を守ると決めたのは、一人の人間に依存することの危険性がクリスティーナ様により証明されたからなのでは? その点、我が国はずっと聖女などおらずとも国として成り立ってきましたし、マーガレット様が例外だっただけです。国王陛下は聖女にも妖精にも頼らず国を立て直す方法を模索しておられるのですから、ローラ様を連れて帰ることは逆行していませんか?」

「それはわかっているが……。妖精は川を堰き止めるほどの力を持っているのだぞ? 木々の生育を早めたり、森を復活させることもできるかもしれないだろう」

「いや、それができるなら『森を元に戻せ』と怒って大挙することもなかったのでは」


 たしかに。


「妖精も万能ではないのでしょう。それにその機嫌を保つ方法など、普段その姿が見えない人間にはわかりません。妖精をあてにするのは危険だと思います」

「だが私が次代の王として認められるには、それなりの功績がなければならない」


 やはり王位を狙ってのことだったのか。

 しかし壁に張り付くようにじっと息を潜めながら様子をうかがうと、エドワード殿下の目には苦悩の色があった。


「兄上たちは優秀だが、側室の子だ。長らく子に恵まれなかった正妃の子である私を担ぎ上げようとする者たちと兄上たちを推す派閥の争いも激化してきている。誰かが命を落とすような事態になる前に、誰もが納得できる次代の王を陛下に決めてもらわなければならない」


 なるほど。あくまで国の安定のために王に立とうとしているのか。


「まあ……正直私が王になれるものなら王になりたい」


 やっぱりか。


「だから妖精を操る力を持つマーガレット様の娘を連れ帰り、私と婚約すればもはや揺るがないはず」


 はあ? である。


「エドワード殿下。クリスティーナ様には婚約を持ちかけなかったのに何故」

「クリスティーナは……同情はした。だが正直、合う気はしていない。だから聖女として崇め、神殿でも作ってそこにいてもらえば他の王子も利用できず、私が一番の功労者となれるだろうと……」

「ゲスいっすね」

「だっておまえ、あれ強烈だろう!! なんとなく危険な匂いがすると思ったがあまりの境遇のかわいそうさにそれをねじ伏せたものの、さっきのあれを見ては私にはもう無理だ、付き合いきれない!! 一生一緒とか嫌だ!! 女性にずっと傍にいたいと言われてぞっとしたのは人生で初めてだ!!」


 側近と同じく下衆だなと思ったけれど、同情はする。


「でもローラ様も実は同じような人かもしれませんよ。義理とはいえ同じ家に暮らしていた姉妹なのですし」

「いや全然違うだろう。顔も好みだし。私はいつも明るく笑顔で傍で支えてくれるような相手がいい」


 残念ながらそういう意味では私も義姉と同じだ。

 それは外面でしかない。


「けっこう性格キツそうだなって思いましたけどね……」


 ご明察。


「あのクリスティーナと長年暮らしていたのだから、自然とそうなったのだろう。レガート殿下が現れてからのローラ嬢はかわいかったぞ。わたわたとして、狼から逃げ惑う羊のようだったではないか」


 イラッとした。

 側近も同じ気持ちのようでよかった。


「殿下……。大人しく陛下の決めた方と婚約されたほうがよろしいかと思います」

「それならそれでいいんだが、ひとまずはローラ嬢を婚約者として連れ帰るほうが利は大きい。それをみすみす逃すわけにはいかない。何か接近するいい手立てはないか?」

「私はどうなっても知りませんよ……」

「いいから。何かないか?」

「……学院の音楽祭はどうでしょう。王宮よりも学院のほうが近づく機会もあるのでは?」


 諦めたように側近が言うのを、エドワード殿下はぱっと明るい顔になり「それはいいかもしれんな」と頷いた。


「クリスティーナから、競い合うことで腕を磨けるだとかクレイラーンの威を示すためだとかで私が優勝者を決めることにさせたと聞いた時は、なんてことをしてくれたのかと思ったが。ローラ嬢を評価し、クレイラーンに留学に誘うという口実ができる」

「ローラ様も参加なさるのでしょうか。それに、ものすごく下手だったらどうします?」


 その通りだ。

 胸が痛い。


「確かに……。だがその時は、素晴らしい感性だと褒めればよいのではないか? 磨けば光る原石だ! と」


 感性は既にアンジェリカ様に正しい評価をいただいている。

 そんな上辺だけの言葉に、しかも全部裏側を聞いていて鵜呑みにすることはない。

 この会話を聞いておいてよかった。

 何故そんなことを言い出すのかと不審げな顔を隠しきれないところだったろうから。


 その辺りまで聞いたところで、私の意識はだんだんと遠のいていった。


   ・・・◆・・・◇・・・◆・・・


 翌日。

 学院へと向かう馬車の中で、昨夜聞いたことをレガート殿下に共有した。

 不服そうな顔ではあったが、顎に手を当て考えるようにしながら聞いてくれた。


「どうしましょう。わざと下手な演奏などしたらアンジェリカ様の評価を下げさせてしまうことになりますし」


 きっと扇で往復ビンタをされる。


「その場合もどうせ感性を評価すると言っていたのだろう? だがそもそも悩む必要もない」

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