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奪ったのではありません、お姉様が捨てたのです  作者: 佐崎咲
第三章 それぞれの目論見
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第7話 想い合う人たち

 レガート殿下の手元を見下ろすと、きっちりと嵌った指輪が今もある。



 え。


 えっと。


 それは――



 私が、レガート殿下を好き?

 レガート殿下も、私を好き?



「好き――っていうのは、人として?」

「そんな生温いもんじゃないわよ。無防備な魂だけの姿で会うほどの相手なんだから」


 とは言われても、恋がどういうものなのか、人から伝え聞く限りでしか知らない。

 これまで誰かを好きになったこともない。――と思っていたけれど、自覚がなかっただけなのかもしれない。

 それなのに、いきなりそんな事実を突きつけられるって、ある?


 今日はなんて日なのか。

 これは走馬灯だろうかというほどに目まぐるしく様々な事実が押し寄せ、頭がいっぱいな上に感情まで忙しすぎる。


 私はいつから殿下のことが好きだったのだろうか。

 令嬢たちは筋肉がどうのという視点でばかり話すけれど、私はあまり気にしたことはない。

 殿下は誠実で、武骨で、だけど意地悪なところもあって――優しくて。婚約者となってからは、いつも私を気遣ってくれていた。


 そんな殿下を好きだとは思っていたけれど、それが恋なのかどうかはわからなかった。

 だって、好きになるとすぐに会いたくなるというけれど、私はつい距離を取りたくなったり、別れるとほっとしたりもしたし。

 ――いや、でもすぐになんだか寂しいような、妙に別れがたい気持ちにもなるんだけど。


 生徒会ではよく言い合いのようになっていたし。

 ――でもそれはお互いにこれまで過ごしてきた価値観や考え方の違いもあったし、違う人間なのだから違う意見なのは当然のことだし、よく話せば殿下の意見も納得できた。

 むしろ私とは違う物の見方ができる殿下を尊敬していた。


 だが恋は盲目という。別に私はレガート殿下のことしか見ていないわけではないし、いいところしか見えていないわけでもない、と思う。

 ――ただ、アンジェリカ様が言うように、仏頂面が嫌だとか、会話に心がないとか思ったことはないし、ただ立場に戸惑っただけで、一生を共に過ごす相手がレガート殿下であることを不安に思うこともなかった。


 そうだ。私は殿下に意地悪なところもあると知っている。

 ――それを嫌だとは思っていないけれど。



 待て。

 よく、よーく考えてみよう。

 レガート殿下の他に結婚したいと思う人はいるだろうか。


 いや、いない。

 今後そんな人が現れるような気もしない。


 もしもまたレガート殿下の婚約者が義姉に戻ったとしたら――そんなのは耐えられない。

 二人きりで殿下がネックレスを渡しているのを見ただけで、あんなにも心が乱されたのだ。

 他の誰かとレガート殿下が結婚するなんて、嫌だ。


 そう考えた時、腑に落ちた。

 そうか。私はレガート殿下が好きなんだ。


 そう気が付いて顔を上げると、そこには口元に柔らかな笑みを浮かべた殿下の顔があった。


「そうか」


 その一言に、一気に顔が熱くなった。

 なんてことだ。

 私の恋心は自覚するよりも先に当人に告げられてしまったのだ。

 なんて(むご)い。


「もっと時間がかかると思っていた。何年かけてでも、と覚悟していた」

「いえ、あの――」

「まあ、ハンナがいなければ何年もかかっていただろうがな」


 否定はできない。

 だって、母の指輪を嵌めた時には既に好きになっていたということで、それなのにいまだに気づきもしなかったのだ。

 自分のことながら否定しようもなく鈍い。


「少しずつ伝えていくつもりだったが。これからはもう我慢しなくていいということだな」

「ま、待ってください、あの、お手柔らかにお願いします」

「断る」


 にっこりと、初めて見る爽やかな顔で殿下が笑った。

 何その眩しい顔――!

 好きだって自覚した途端にそんな顔、心臓が破裂するんですけど!!


 自分のことばかりだったけれど、レガート殿下も私を好きでいてくれたということで、それを考えただけで心臓がばくばくとうるさくて耳がまともに機能していないというのに。


「やっと言える」


 レガート殿下は私の心構えもできていないうちに、真っ直ぐに私を見つめて言った。 


「好きだ」


 それはたったの一言で。

 なのに私の喉はカラカラになり、顔がこれまでになく熱くて。

 私は必死に声を押し出した。


「私も、殿下が好き、なんだと思います」

「――『思います』? この期に及んでか」

「だって、今ハンナに知らされたばかりで、たぶんそうなんだって納得したばっかりで、まだ追い付いてないんです! でも、優しくて、いつでも人の話を聞き、そして私の心を守ってくれる殿下が、好き、……です、たぶん」


 ヘタレめ!!!

 たぶんはいらなかったと思うのに、どうしても逃げ腰になってしまう自分が嫌になる。

 だがこれが精いっぱいだった。

 そんな私をレガート殿下が、ふうん、とでも言いそうに眺めていることがわかったけれど、私は萎れたまま顔を上げられなかった。


「『優しくて』、か。俺を野獣だなんだと言っていたがそれはいいのか?」

「結局いつでも私を尊重してくれていたことはわかっています。私が本当にもう無理と思うようなことは決してなさいませんでしたし」


 そりゃあ物理的に何もできんしな。と言いたいのはわかっていたが、そういうことではなく。


「夜にお会いする殿下も、昼に少しの距離を取って寄り添ってくださる殿下も、どちらも好きです」


 言った!

 今度こそ、『たぶん』も『思います』もつけていない。

 やり遂げた感いっぱいで殿下を見上げると、そこには黒く短いツンツンとした髪があるだけ。

 何故だか殿下は私に背を向けていた。


 思わずひょいっと覗き込むようにすると、そこには片手で顔を覆った殿下の顔があった。

 はみ出た頬と耳が赤い。


 いや、待って! 言うように仕向けたのは殿下では?!

 そんな顔をされたら、こちらまでまた顔が熱くなるじゃないですか。

 そう文句を言いたいのに、喉が詰まって全然言葉にならない。


「はいはい、よかったわね。めでたい、めでたい」


 そんな声にはっとして花瓶を見ると、ハンナが花束の上で寝そべり、「もういい?」というようにこちらを眺めていた。


「とりあえずさ、私を緑のあるところに連れて行ってくれない? 王宮なら園庭もあるだろうけど、ローラもまた何か育ててるんでしょう?」


 まだ力を取り戻せていないのだろう。

 十年ぶりの再会となるわけで、話したい事や聞きたい事はまだまだたくさんある。


「あ、うん。野菜と、花も育てているわ。今もファルコット伯爵家のお屋敷でお世話になっているから、そこに連れて行くわね」

「そうして~」


 そう言ってハンナはふらふらと飛び私の肩にすとんと下りた。


「ではレガート殿下、これで失礼いたします。また新しいことがわかったらお伝えしますので」


 何と言えばいいのかわからなくて、そんなことしか言えなかった。

 けれど。


「ああ。待っている」


 まだ頬が少し赤い。そんな殿下にどぎまぎしながらも、私は礼をして――そしてハンナがぐえっと落っこちて、慌てて拾って――執務室を後にした。


   ・・・◆・・・◇・・・◆・・・


「せっかく指輪にこんな力があるのですから、有効活用しないとと言っているのですよ。夢だと思っていましたが、夢ではなく現実なのです。こんな最強な間者がいますか?」

「本当にその姿が見えるのが俺だけだという保証はないだろう。カインツが鈍いだけかもしれんし、勘の鋭い奴には見えなくても気づかれる可能性だってある」

「いいえ。私はやります。自分のことですから、自分で片をつけませんと」

「俺が信用できないか?」

「そういうことではありません。やれる方法があるのならやるまでです。ですから、今宵私はエドワード殿下の元に忍んでまいります」


 家に帰り、私が野菜を育てている庭にハンナを連れて行くと、うとうとしていたらしい目をぱっと開けて、飛び込んでいった。

 羽をぱたぱたさせ生き生きと飛び回るハンナは「今日はずっとここにいるわ」と葉の間に姿を消した。

 いろいろと聞きたいこともあったが、回復が最優先だ。

 私は寝る支度を済ませるとベッドに入り、こうして今夜も殿下の元へとやってきたわけだが。

 誰にも見られずに動き回れるのであれば、それを活かさない手はない。


「婚約者がありながら、他の男に夜這いをかけるのか。俺のベッドには来てくれたこともないのに」

「それですよ。レガート殿下は一体いつ寝てらっしゃるのです? いつもいつも私が来ると執務室で仕事をしていますよね。あと体もないのですし夜這いではありません。エドワード殿下の意図を探りたいだけです。今日のように後手後手に回ると情報ばかりを取られ、不利になりますから」


 反論は許さないとばかりに私がまくしたてると、レガート殿下は明らかに不満そうに口を結んだ。


「面白くないな」


 気づけば私はレガート殿下の腕に閉じ込められていた。

 背中はソファ。

 眼前にはレガート殿下の仏頂面――のように見えて瞳の奥がなんか楽しそうに見えるのはなんだろう。


「面白いとか、面白くないとかではなく――」

「昼間、想いを通じ合わせたばかりなのに」


 それは、そうだけど。

 昼間の今だからこそ、顔を合わせているのがとっても気まずいのであって。

 なのに眠れば強制的に魂だけとなって連れて来られてしまうのだから、ハンナにはちょっとなんとかしてほしい。


「少しくらい、浸らせてくれてもいいだろう」


 そう言って、レガート殿下の手が私の頬にそっと伸びた。

 このままだと心臓が爆発する。

 そんな生存本能が働いたのだろう。

 私はソファからずるんと体を滑り下ろし、レガート殿下のゆるくてがっちりとした拘束から逃れ、部屋のドアまで一気に距離を取った。

 こんなことができるのも生身の体ではない今だからこそだ。


「持っているものは有効活用、ですよ! では!」


 そうして扉をするりとすり抜けた。


 正直、まだレガート殿下と顔を突き合わせているのは、気まずいというか恥ずかしくてたまらない。

 だから逃げたかったのもあるけれど。

 誰だって憧れるものなのではないだろうか。

 もしも誰にも見られず自由に動き回れるとしたら?

 冒険心が疼かないわけがない。


 何よりも、明日になればまたエドワード殿下や義姉が何か仕掛けてくるかもしれない。

 後手に回り、囲い込まれるような事態だけは避けたい。

 私はこれからもずっとこの国に――レガート殿下の側にいたいから。

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