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奪ったのではありません、お姉様が捨てたのです  作者: 佐崎咲
第二章 夢

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第6話 ふたたびの夢。夢……?

 夢に続きってあるんだなって、思った。


 昨夜と同じように気づいたらレガート殿下の執務室でぼんやりと立ち尽くしていた私に気づくと、殿下は書き物をしていた手を止め、頬杖をついた。

 そしてにやりと笑う。


「ああ、来たか」


 夢の中では表情筋がきちんと鍛えられているようだ。

 口角もしっかり上がっている。 


「来た、というか、来てしまった、というか……」

「この時間ということは、今日はちゃんと早く寝たんだな」


 今日も私は寝衣のまま。

 夢なのだからドレスを着せてくれたっていいのに、まるでベッドから魂だけふわふわと抜け出してきたみたいに律儀だ。


「お務めが終わり次第すぐ殿下に馬車で送られ、侍女頭に『すぐ寝かせろ』と仰られましたので、何事かとあれよあれよと支度され、ベッドに押し込まれました」

「なかなかに優秀な侍女だな」


 辺りはまだ夕暮れ。

 執務室はまだカーテンも閉まっていない。


 会話もきちんと今日の続きだし、本当に殿下と話しているみたいだ。


「明日はまた学院がありますので、復習をしておきたかったのですが」

「しっかり寝て、朝早く起きてやる方が能率がいいだろう。だというのに、なぜおまえはまたふらふらとこのようなところに来た?」

「知りませんよ。寝て、気づいたらここにいたのです。昨日もそうでした。きっと殿下との婚約があまりに衝撃的すぎて夢にまで出るのですね」

「ふうん」


 目を細めて見られると、なんだが落ち着かない。


「まるで心の繋がりあった恋人のようだな」


 淡々としていながらなんて甘いことを言うのか。

 愕然と口を開けると、殿下が手を広げ、指輪を眺めた。


「ローラの両親の形見だというこの指輪に書かれていただろう」

「夢、とか、繋がる、とかですか?」


 まさかそんな指輪をお互いに嵌めたから夢が繋がりあったとかそんなことを思ったのだろうか。

 だとしたら殿下もなかなかにロマンチストだ。

 そう思ったのが顔に出ていたらしい。


「案外、俺はこの指輪には何らかの力があるのではないかと思っている。ただ、調べたところあの古語はどうやら違う意味もあるようだ」

「それって、どんな――?」

「まだ調べ中だ。それはそうと、今日の婚約のお披露目も反応は上々だったな」

「ええ。笑顔は得意ですから」


 そう返すと、頬杖をついたまま殿下は楽しげにふっと笑った。


「笑顔だけで押し通せるほど国民は甘くない。きちんとローラを見ている者はいる」

「とは言いましても……」

「貴族の令嬢でありながら、あちらこちら駆け回っていただろう。聖女の家の家紋はみなが知っているし、その馬車が通れば聖女に会えるのではと期待し、その動向を目で追うからな」


 確かにこのところ伯爵家の馬車であちこち駆け回っていた。

 そこから出てきたのがまったく正反対の人物であればそれが義理の妹であるとわかるし、何をしているのか気になって見ていた、ということか。

 どこで何をしていようと笑顔は絶やさず心がけていたが、あまりに必死で周囲の目など気にしていなかった。

 

 義姉の尻ぬぐいとして私に与えられた役目の一つは、農作物を肥料で育てる段取りをつけること。

 国民の祈りはあくまで城の防御壁の維持で、豊穣の祈りを捧げられるわけではない。

 元々義姉は『放っておいたって作物は育つでしょう? 実りが悪いならもっとたくさん植えればいいだけなのに、何故聖女が祈らなければならないの?』と文句ばかりな挙句、多忙を理由にまだ修行にも入っていなかったから、王妃殿下が休まずお務めを続けるしかなかった。


 しかし豊穣の祈りは心身の負担も大きいようで、いつまでも王妃殿下が担えるわけではない。

 放っておいて作物が育つわけではないし、たくさん植えるだけの土地と労力は誰が捻出するのかということを義姉は考えもしない。

 働けば働くだけ食料が必要になり、いくら作物が育っても栄養価が低いのではいつまでも豊かにならないし、農家が疲弊してしまう。

 作物が育つには時間がかかるからなおさら、早く肥料を使った栽培方法を広めなければならないし、それぞれの作物にあった肥料も研究しなければならない。


 それで私が急ぎ商会の取り纏めをしている連合長に取り扱ってもらえるよう、肥料がどのようなものか、またその必要性を説明しに行ったのだ。

 そこから取引のある業者を通じ、農家に話を繋げてもらう。

 だがそれだけではただの押し売りに思われてしまうから、いくつかの農家にも直接話をしに行くと、私に少なからず農作業の経験があることがわかったからか、感触は悪くなかった。

 それから各地の領主に集まってもらい、水晶の説明をするのと一緒に肥料についても伝えた。

 稼ぎに差が出てしまうから、偏りなく広めることも重要だ。

 大手だけが情報と物資を牛耳ることのないよう、本格的な導入まで各地を隅々まで様子を見ていかなければならない。


「何を持っているかではない。ローラはローラ自身に価値がある。今日はそれが認められたのだ」


 何故殿下はそんなことを言ってくれるのだろう。

 随分と都合のいい夢だ。


 何と言えばいいかわからずにいると、ドアをノックする音が響いた。


「殿下、今よろしいでしょうか」


 レガート殿下の護衛、カインツ様の声だ。


「ああ、かまわないが短く済ませてくれ」


 迷うことなく返事をしたレガート殿下にぎょっと目を剥く。


「ちょ……! 私はどうしたら?!」

「別に婚約者が私の執務室にいようと問題はないだろう」

「だけど今私は――」


 透けてる上に寝衣なのに!

 叫ぶ前にガチャリとドアが開けられてしまった。

 どこかに隠れようと思ったけれど、いかにもやましいことがあるような行動をすると後で見つかった場合に弁明を信じてもらいにくくなる。

 そもそも間に合わないし、堂々と居直ることに決めた。

 ところが。


「失礼します。来月、クレイラーンの王子が訪問される件なのですが――」


 部屋に入ってきたカインツ様は、私などいないかのようにレガート殿下へとまっすぐ向かい、てきぱきと話を始めてしまった。

 レガート殿下が確かめるようにカインツ様と私を交互に見て、「ふむ」と頷く。

 もしかして、カインツ様には私が見えていない……?

 すすすすっと移動してカインツ様の視界に入るようレガート殿下の後ろに回ってみるが、気づく様子はない。


 ほほう、これは夢ならではのご都合主義だな。

 しかし、だったら何故レガート殿下には私が見えるのだろう。

 他にも見える人はいるのだろうかと、好奇心がもたげた。

 そうしてレガート殿下とカインツ様が話しているのをいいことに、私はすーっと浮いて部屋のドアへと向かった。


「すぐ済む。だからそこで待っていろ」


 カインツ様を避けるようにこちらを覗き込んでいるレガート殿下と目が合ったけれど、ここは夢。私の自由だ。

 レガード殿下の眉が寄せられたけれどかまうまい。


「少々探検してまいりますわ」

「殿下? 何かご用事がおありでしたか?」


 どうやらカインツ様には私の声も聞こえていないようだ。

 これは楽しいかもしれない。

 私はドアノブを掴もうとしてすり抜けてしまうことに気づき、それなら、とドアをぶち破るようにえいやと頭から突っ込んだ。

 何も引っかかることなく、するりと通過して、廊下が見える。

 廊下にいる衛兵も、通りがかる女官も、誰も私に気が付いた様子はない。

 しかしずんずん進むうち、だんだんと意識が遠くなっていく気がして、戻ろうとしたけれどその時には視界が真っ暗になっていた。

 急激に体を引っ張られ、落ちていくような感覚の後、はっと目を開けばまた私は自室のベッドに寝ていた。

 二度あることは三度あるという。

 また同じ夢を見ることがあったら、次は何を試してみようか。

 そんなことをわくわくと考えながら、私は再び眠りについた。


   ・・・◆・・・◇・・・◆・・・


 翌朝。

 久しぶりの学院に向かう馬車にはレガート殿下が同乗していた。

 いや。正確に言うと、王家の馬車で迎えにきたレガート殿下が、私も一緒に乗せてくれたのだ。

 義姉は毎日そのようなことをされると窮屈だからとお断りを入れていたが、私はお言葉に甘えることにした。

 関係が良好であることを周囲にアピールしなければ、つけ入られる隙を与えることになってしまう。

 いくら王家にとって、そして二大公爵家にとって私が王太子妃となることが『ちょうどいい』としても、それを快く思わない層は一定数いるはずなのだから。

 そんな思惑で馬車に向かい合って座っているわけなのだが、今日のレガート殿下はどこか不機嫌そうに見える。

 何かしてしまっただろうかと考えて、昨日の演説の時に何か失敗があったのかもしれないと気が付いた。

 夢で言ってくれたことは私の妄想でしかない。


「レガート殿下。昨日のお披露目で私に何か至らぬところがありましたか?」


 来るなら来い、と覚悟を決めて訊ねると、レガート殿下は少しだけ驚いたように目を見開いた。


「いや。さすがああいう場こそローラは映える。堂々として見え、国民誰もがこの王太子妃ならば国を託せると思ったことだろう。それはローラ自身の価値を認められたのと同じことだ。不安に思うことなど何もない」


 あれ。

 今と同じようなことを夢の中でも言ってくれた気がする。


「……ありがとうございます」

「ただ、もう少し共にいられたらよかったと思っていただけだ」


 レガート殿下がそんなことを言うとは思わなかった。

 驚いたと同時にどうしたらいいかわからなくなりそうで、私は慌てて口を動かした。


「しかし昨日は殿下が早く帰って休めと」

「そうだな。単なる私のわがままだ。気にすることはない。ただ、私が何を考えているのかわからないのは疲れるとローラが言っていたから、正直に話しただけだ」


 そんなことを言われてしまうと、私自身を想ってくれているように聞こえてしまって困る。

 まだ私たちは婚約したばかりで、始まったばかりの関係のはずなのに。


「互いに自然で、自由でいるためには好奇心くらい大目に見ろという話なのもわかっているが。魚が釣れたと思ったらすぐに針から外れるとつまらないだろう? そういう話だ」


 さっぱり意味がわからない。

 だが、昨夜の夢の影響だろうか。

 たとえが。なんとなく。肉食だなあと思った。

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