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第3話 それは怪盗

『父の形見のネックレスはもらっていきます。私のものはすべてローラのものになるのだから、いい加減にこれくらいは返してもらうわ』


 手紙に書かれていた文字を目で追った私は、思わず手紙を握りつぶしそうになった。


「いや、よくない! それはお母様の物だと何度も説明したのに……」


 なるほど。あの書き置きには書かず別にしまっておくわけだ。封もするわけだ。

 きちんと伝えたからいいとでも思っているのだろうが、取り返せないような状況になってから時限式で伝わるようにするだなんて、こんなのは泥棒と同じだ。


 前から義姉はそのネックレスを義父の形見だからと自分の物にしたがっていたのだが、大きな赤いルビーが嵌められたそれはこの家にやってくる前から母が持っていたもので、母の形見だ。

 母はそれを身につけることなく大事にしまっていたのだが、母を亡くし、塞いでいた義父が母を悼み、母の姿絵の前に飾るようになったのだ。

 だが何度そう説明しても、義姉は『平民であった義母がこんな大きな宝石のついたネックレスなど持っていたはずがなく、父が贈ったものであり、義母が亡くなってからは父が管理していたものなのだからこれは父の形見である』と主張した。

 それで、それなら互いに持たず義父の姿絵の前に飾るということで決着していたのに。


「殿下、少々失礼します!」


 私は慌てて断りを入れると、足早に部屋を出た。

 亡き義父の自室に入るが、やはり義父の姿絵の前に飾られていたはずのネックレスがない。

 義父の部屋に勝手に入るのは躊躇われて、近寄らずにいたから全然気づかなかった。

 一縷の望みをかけて義姉の衣裳部屋など、ありそうな場所を探すがやはり見当たらない。


「入ってもいいか? 何を探している」

「はい! 先ほど手紙に書かれていたネックレスというのは、母の形見なのです。義姉は最後までそうとは認めず、父が贈ったものなら義姉のものだと……。まさか、あれも!?」


 再び部屋を飛び出すと、ドアを開け放したまま自室に駆け込む。

 チェストの二段目を急いで開けると、小さな布の袋が一つ。

 それから三段目を開けると、こちらにも同じような布の袋がちゃんと入っていた。

 それぞれの袋から取り出したものをそっとチェストの上に置き、無事であることを確かめてほっと胸を撫でおろした。


「あった……よかった」


 二段目にあったのは女性物の指輪で、小さな水晶がはめ込まれている。

 三段目にあったのは、男性物の指輪。こちらは水晶より一回り大きなダイヤモンドで、部屋のささやかな光を受けてきらりと光った。

 材質とそのデザインから二つが対になったものだということは一目でわかる。


 レガート殿下が開けっ放しのドアを律儀にノックするのに応え、追いかけてきた侍女たちと一緒に中に入ってもらう。


「これも母君の形見なのか?」

「はい。実の父と母がつけていたものです。叔母の話によると、結婚する前からつけていたそうで、母は義父と再婚するまで外しませんでした」


 それからは箱にしまって大事にしていたのだが、母も義父も亡くなり、義姉が遺品整理の時にすべて自分のものだと言い出すに至り、慌ててこの袋に入れ換えた。

 価値のあるものだと思われると狙われかねないから。


 隣国クレイラーンには婚約指輪、結婚指輪というものがあるが、この国にはない。

 だからそう説明しても、義姉には平民がこんな指輪など持っているわけがないと信じてもらえなかったことだろう。


 指輪のことからしても、叔母の手紙の送り先を考えても、おそらく両親は隣国の出身なのだと思う。

 祖父や祖母、親戚について聞こうとすると悲しい顔をしていたから、きっと駆け落ちだったのだろう。

 となるとわざわざ国を越えてまで逃げなければならないほど許されない結婚だったということになるが、詳しい話を聞いたことはない。

 両親はそうして三人で逃げてきたが、義姉は一人だ。

 協力者がいたとは思えないし、念入りに計画を立てていたようにも思えない。

 路銀が尽きるのも時間の問題だろうし、お金の価値もわからずぼったくられている可能性は高く、そもそも盗まれて一文無しというのが濃厚だ。


「どうしよう。お義姉様が換金できそうなものを取りに来るかもしれない」


 あの義姉の性格では、お金がなくなったからといって素直に帰ってくるわけもないし、町で生きていく手立てなど考えてもいないだろう。

 わざと見つかるのを待って、『見つかってしまったから仕方なく』という体で戻ってくることはあるかもしれないけれど、わかりやすく見つかるのは格好悪いしあがけるだけあがくに違いない。


「それはありえるかもしれないな。肌身離さず身につけていたほうがいい」

「そうですね……。たぶん義姉は真っ先に私の部屋を漁ると思います。義姉が持っているものは価値が高すぎて町で換金するのは難しいですから。でも父の指輪は私の指には大きすぎますし、どこかに隠すと言ってもこの部屋じゃ……」

「では私が預かろう。ローラが嫌でなければだが」

「ありがとうございます! それなら安心です」


 義姉は他にもいくつか自分の装飾品を持ち出していたみたいだが、早速換金の壁にぶつかって今日にでも忍び込んでくるかもしれないと気が気ではなかったから。

 ありがたく、父の指輪をレガート殿下に手渡した。


「殿下の部屋に義姉が上がれるわけではありませんので、隠さずともどこかに置いておいてもらえれば十分です」


 母の指輪は自分の小指に嵌めてみたけれど、ぶかぶかしていてすぐに抜け落ちてしまう。

 やはり母と同じく左手の薬指がいいだろうか。

 嵌めてみると、ぴったりだ。

 いや、嵌めた瞬間は少し緩いかなと思ったのだが、何故か今は隙間もない。


「これは、内側に何か文字が彫ってあるな」


 顔を上げると、レガート殿下は受け取った指輪を右手に持ち、目の上にかざすようにして内側を覗いていた。


「ああ、クレイラーンの文字だと思うのですが、文章の意味がわからないのです。『夢』『繋がる』という単語は読み取れたのですが」

「これは古語のようだな」


 そうしてレガート殿下が目を細め、顔に近づけた時だった。

 指からするりとこぼれ落ちそうになった指輪を、殿下は慌てて掴んだ。

 しかし、ほっとして握られた手を開いたそこに指輪はなかった。

 光っていたのは、殿下の右手の人差し指だ。

 ちょうど指先に引っかかったのだろうけれど、それにしてはしっかりと奥まで嵌まっている。

 ごつごつとした関節をすとんと落ちていったにしては、そのぴったり具合が不思議だ。


「すまない。大事な父君の指輪を勝手に嵌めるなど」

「いえ、それはまったく問題ありませんが。――抜けます?」

「――抜けない」


 レガート殿下は何度も指輪を引っ張ったが、ぴくりとも動かない。


「こういう時には石鹸ですよね」


 さすがにこのように質素な指輪をレガート殿下に嵌めていてもらうのは気が引ける。

 しかし何をどうやっても、殿下の指からそれが抜けることはなかった。

 かといって、キツいわけではないという。


「申し訳ありません。まさか、こんなにぴったりだとは」

「失くさないようにするにはちょうどいい。このまま嵌めていてもいいか?」

「はい、それはもちろん。一国の王太子にこのような指輪で申し訳ありませんが」

「クレイラーンのことは詳しくないが、これはおそらく歴史的価値があるものだろう。それにローラの両親の形見だ。大事に預かろう」

「ありがとうございます」


 両親の数少ない形見をこれで守れる。

 そう思いほっとした。


 だがその夜から異変が起こるようになった。

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