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第2話 すべて置手紙で済ませようとする人

 大丈夫、あてはある。

 というか、生徒会副会長に相応しい人といったら、一人だ。

 そう思い、私が向かったのは義姉と同じ、一つ上の学年の教室。

 しかし――


「お断りするわ」

「えぇ……」


 一言ですげなく断られ、思わず情けない声を上げてしまった。

 翌日。生徒会副会長になってほしいと頼みに行ったのは、炎の公爵令嬢と対をなして語られる、氷の公爵令嬢オリヴィア・サデンリー様。

 常に成績も上位で、とても理知的なオリヴィア様なら適任だと思ったのに。


「当たり前でしょう? 第一、他の役員のみなさまは私がその任に就くことを望んでいるの? 大方、あなたが副会長になれと言われて、平民の自分には相応しくないからと断ろうとしているだけでしょう」


 見てたのですかと言いたいくらいに言い当てられ、言葉に詰まった。


「拍子抜けしたような顔ね。『あなたなんか相応しくないわ!』とでも言われると思っていたのでしょう。でも誰も言わない」

「その通りです……」

「だって、あなたと関わると面倒なのだもの」

「面倒!? 私、何かしましたっけ」


 思わずぐるぐると考え込む。


「昔からそうよ。あなた、陰口を聞くとその人のところにすたすた歩いていって、その場で『それは違いますわ』ってにこにこと論破していたじゃない。見当違いで根拠のない批判にも感情的になることなく相手の文句が出尽くすまで一つ一つ潰して。そのうち大体の人が『あの子と関わるのはやめるわ。面倒くさいもの』と敬遠するようになったのよ。それにあなたは間違ったところがあれば素直に認めて謝罪していたから、『話してみたら悪い子じゃないのね』って見方を変えた人もいるし」

「誤解は早々に解いたほうがその先が過ごしやすいと思いましたので……。そういえば最近はあまりあれこれ言われなくなったと思っていましたが、みなさん私に辟易されていらっしゃったのですね」


 まあ、認めたというほうが正しいかもしれないけれど、とオリヴィア様が小さく呟いたのが聞こえて、なにそのツンデレ! と胸がときめいてしまった。

 冷静で理知的なオリヴィア様にそんなことを言われ嬉しくて舞い上がってしまいそうなのをなんとかなだめた。


「『平民風情が!』とか『この泥棒猫!』とか謗られることを覚悟しておりましたので、ほっとしました」

「まあ、確かにあなたがレガート殿下の婚約者になったと聞いたときは、クリスティーナ様から奪ったのだと思った人は少なくないでしょうね。けれど今朝のあれを見れば、そうではないことくらいわかるわ」

「今朝の……? それはどういうことでしょう」


 そういえばマーク様もそんなようなことを言っていた。


「まるで十歳の子どもが初めて婚約者と会ったみたいなぎこちなさではないの。あれで殿下に色仕掛けだなんて到底無理だということは誰にでもわかるわ。これまでそんな関係ではなかったこともね。だって、初心(うぶ)を超えてもはや不器用。まどろっこしくて見ていられないわ」


 すみません。

 そういうことでしたか。


「それに、私は馬に蹴られたくないもの」

「いえ、ですから、私と殿下は恋愛関係にあったわけでは」

「わかっているわ。殿下は誠実な方だもの。不器用と言ったのは殿下も含めてよ」


 ですってよ、殿下。

 私だけじゃなくてよかった。

 しかし、あれ……。二人とも不器用だと仲を深めるのにとんでもなく時間がかかるのではないだろうか。

 そんな心配をしていると、オリヴィア様は付き合っていられないというように細くため息を吐きだした。


「あなた、人のことはよく見ているくせに、自分のこととなると全然ね。けれどご愁傷様。誰も生徒会副会長なんて引き受けはしないわ。あなたは成績が良いことを隠しているくらいですもの、目立たず暮らしたいとでも考えているのでしょうけれど、もっているものを出し惜しみするのはよくないわ。せいぜいこの国のために尽くしなさい」


 そう言ってオリヴィア様はこの話は終わりとばかりに教科書に目を落としてしまった。

 私は人のことをよく見ているつもりだったけれど、自分もまた見られていたのだなと思う。

 そして、知らない自分のことをあれこれ言われると、なんだか迷子になったような気分になる。


 しかし、生徒会副会長についてはもう腹を括るしかない。

 そもそも義姉が迷惑をかけたのだし、その尻ぬぐいは私の仕事だ。

 新しい学年になれば正式な生徒会副会長も決まるのだし、それまでのこと。

 義姉が遅らせていた仕事も片付けて、次の方に引き継がなくては。

 そう気合いを入れ直し、授業が終わった後生徒会室へと向かった。

 中には殿下が一人、今日片付けるべき書類を整理している。


「断られたのだな?」

「はい……」

「そうだろうな」


 そう言って、レガート殿下は、ふ、と口元を緩めた。

 まるで今見てきた光景が簡単に想像できるとでもいうように。


「少しずつでいい。私の隣にいることに、慣れてほしい」

「不器用ですが、頑張ります」


 殿下って、こんなに笑う人だったっけ。

 これまでは疑われやすい立場だからこそ、距離を取らなければとばかり思っていたから、気づかなかったのかもしれない。

 しかし、武骨だとか表情筋だけ鍛え漏れているとか言った人は反省してほしい。

 とにかく今は殿下の微笑を目の当たりにして顔が熱くて仕方がないので、まずは窓を開けようと思う。


   ・・・◆・・・◇・・・◆・・・


 殿下は優しくて、誠実で、私を婚約者として尊重してくれて、何よりも大事にしてくれる。

 本当にマメな人で、会いに来るときは必ず花やちょっとしたお菓子を持ってきてくれて、忙しい時にはそのまま帰るけれど、時間があれば一緒にお茶をしていってくれるから、私もだいぶ慣れてきた。

 時折真っすぐに目を向けられると、今でもどうしたらいいかわからなくなるけれど。

 だんだん沈黙が続いても何か話さなければと強迫観念にかられることもなくなり、話すことがないなら別に話さなくてもいいか、と自然でいられるようになってもきた。


 今日も殿下が持ってきてくれたお菓子と一緒にお茶をしていたところに、ためらいがちなノックが響いた。


「ローラ様。あの、少しよろしいでしょうか」


 侍女のアンの声だ。来客中だというのに、どうしたのだろうか。

 レガート殿下が黙って頷いてくれたので了承を告げると、アンは恐縮そうにしながら「あの……、こちらなんですが」と私に一通の封筒を差し出した。


「クリスティーナ様のお部屋を整理していたら、引き出しにローラ様宛てのお手紙がありまして。もしかしたら居場所がわかるような、大事なものかもしれないと思い、急ぎお持ちした次第です」

「手紙……? 何故あの書き置きとは別に置いたのかしら。しかもこちらはご丁寧に封までされて」


 その理由は、中を読んですぐにわかった。

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