3-9. 『罠師』、『毒生成』を習得する。
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
ケンが自ら毒スライムの相手をすると言い、仲間たちは少し離れた所でケンの罠によるバリアで周りを囲われていた。
バリアは半球形のまるでシャボン玉のように薄い膜でできており、アーレスやメルが指でつついていみると、衝撃を吸収するようにぐにゃりと歪んだ後に元の形に戻る。
「さて、ケンはどう動くかな」
ファードがケンをまじまじと見ている。
ケンはその視線を気にすることなく、じっと毒スライムの挙動を観察していた。
彼の瞳は左右上下と忙しなく動き回って、すべてを余すことなく捉えようととしている。
「え? スライムを焼き払ったら終わりなんじゃ?」
メルは、『銃器生成』でミニ火炎放射器とまで言えるかどうか怪しい拳銃型のライターのようなものを生成して、スライムを焼き払う仕草をしながらファードに疑問をぶつけた。
「そんな簡単な話なら、きっとお前やアーレスに任せると思うぞ」
「むー」
「倒すだけならってことですか?」
ファードがメルを少し小馬鹿にした笑みを見せると、メルは子どものように頬を膨らませて拳銃型ライターを消し、さらに自分の名前が出てきたことでアーレスも会話に参加し始める。
このタイミングで、ケンをずっと見つめていたミィレやソゥラも3人の方を向く。
「そうね。その方がケンらしいというか、あなたたちの修行になると思うわ」
「じゃあ、ケンさんは今何を考えているの?」
「毒の種類とかあ、中和の方法とかあ、後々の処理方法でしょうかあ」
「……ただ倒すだけではなく、今も苦しんでいる人たちを救おうとしている?」
「そう、ケンはあ、そういう人です」
メルやアーレスの疑問に、言い澱みもなく淡々とミィレやソゥラが微笑みとともに答えていく。
「勇者はね、敵を倒すことや脅威を退けることが目的じゃなくて、その先の平和と安寧をもたらすことが目的なの」
ミィレとソゥラがケンをうっとりと恍惚の目で見つめている一方で、アーレスとメルはケンを値踏みするように眺めている。
ファードはその4人の様子が面白かったのか、フッと口の端を上げた。
「平和と安寧ですか」
「ケンはあ、これまでのことで身に沁みているんですよ」
「……今度からケンさんにそういう部分も聞いてみたいですね」
アーレスはケンから過去の話、別の異世界の話を聞くことも多かったが、経験した知識や情報の共有のみに留まり、そのときに彼がどう思ったのかなどの心情的な部分を聞いたことがあまりなかった。
勇者の在り方や心構え。
アーレスが何かを決意した表情を浮かべると同時に、ファードがケンの動きを察知する。
「おっと、動くようだな」
「罠発動」
ケンが罠を発動すると、ファードたちの背後にあったこの空間の出入口になる部分に、彼らを囲うバリアのようなものと同じ薄膜の壁が突如出現した。
その後、ガリガリガリと土や石を削るような音がこの空間を上下四方から包み込む。
「どうやら場所ごと一旦隔離したな」
「罠発動」
ケンがさらに罠を発動させると、先ほどまでヒンヤリとしていた空気が徐々に温まっていく。
やがて、至る所から蒸気の薄い白煙が出始め、スライムもぐじゅるぐじゅると逃げ場のないところでどうにか逃げようと動き回る。
「これは……熱? 洞窟の床や天井、壁なんかの周りを熱し始めているのかしら」
「熱に弱いってことでしょうか」
「あ、見て、見る見るうちにスライムが小さくなってる」
メルがあちらこちらを指差して、蒸発して小さくなったり消えたりしているスライムの消えていく様子を真剣な眼差しで見る。
「熱で無毒化できるのか? じゃなければ、蒸発したら空気中にばら撒くことになるが」
「罠発動」
ケンの周りに風が吹き始め、彼を中心にして吹き溜まりになるように渦を作り、霧のような蒸気が風に押されて集まって色濃くなっていく。
その上、まだ蒸発していないスライムがまるで雨のようにケンの身体にびちゃびちゃと貼りつき始めた。
「まさかあ……毒を知るために、自分の身体に馴染ませていませんかあ?」
ソゥラのその言葉のとおり、ケンはスライムの飛沫を全身に浴び、少しだけ表情を曇らせて全身を震わせていた。
毒を自ら全身に浴びる。
その自殺行為にも見える狂気に、アーレスもメルも思わず喉を鳴らしてしまった。
「……まだ分からないな。仕方ない」
ケンは先ほどとは違う顔の曇らせ方をして、自分の手に集まっている野球ボール大のスライムの残滓をじっと見つめる。
その後、彼は意を決し、大口を開けて、スライムを食べた。
「なっ!?」
「えっ!?」
「食べたあ!?」
「ええっ!?」
「うわっ!?」
毒を自ら喰らうという、これ以上ない狂気中の狂気。
ケン以外の全員がケンの突拍子もない行動に唖然とし、瞳孔を大きくして彼の大口と同じくらいにあんぐりと口を開いている。
「…………」
ケンは目立った動きをしていないが、彼の身体の中は警報が鳴りっぱなしだった。喉を通った粘液が胃の中で灼熱の塊へと変貌し、そこから滲む毒が血管を伝って、針の筵で覆われたような激痛が全身の神経を駆け抜けている。
ドサリ。
数秒も経たずに、そんな大きな荷物が無造作に放り投げられるような音を立てて、ケンが受け身もまともに取らずに倒れた。
「自分を実験台にしたのか!?」
ファードがそう叫んだ瞬間、ミィレとソゥラの眼光が鋭くなり、自分たちを囲っているケンのバリアを即座にぶち壊す。
「ケン! しっかりして! ねえ! ねえってば!」
「ケン! やだあ! 死んじゃやだあ!」
2人はケンの下へと駆け寄り、彼の身体を素早く起こしてから揺らしに揺らす。
ケンの目がゆっくりと開いていく。
「……あれ? 出てきちゃったの? って、ちょっと揺らしすぎだよ。うっ……気持ち悪くなる……」
意識が戻ってきたケンが、再び気を失いそうになるくらいに揺らされ続けて、船酔いした人のように口元に手を当てて何かを我慢している。
ミィレと一緒に抱えていたソゥラが彼女からひったくるようにしてケンを自分の身体の方に寄せて、彼の顔を自分の胸元に押し付ける。
「ほんと、バカじゃないですかあ!?」
ソゥラは涙が目から溢れ出て、ぼたぼたとケンの後頭部に零していく。
「ぼぅば、ぼぼばばば、ぼぶびびぼぶびぶぶ……ぶはっ! はあ……はあっ……」
ケンはケンで鼻と口をソゥラの胸で覆われてしまい、じたばたしながら必死に離れようとしてなんとか脱出した。
ただし、次にミィレが交代とばかりにケンをひったくり、彼の胸元掴んで鬼のような形相を彼に見せつける。
ケンは思わず身を竦ませて、叱られ待ちの子どものように口をへの字にしていた。
「そうよ! なんとかしたい気持ちは分からないわけじゃない! だけど、いくら毒の成分を知るためだからって! だからって……ぐす……」
ミィレにまで泣かれてしまい、ケンは困った様子で駆けつけていないファードやアーレス、メルにヘルプの視線を送るが、3人ともさすがに彼の独断専行を容赦しないとばかりに睨みつけており、彼の取り付ける島が見当たらなかった。
「ひっく……えぐ……ばかあ……ぐずずっ……ばかあ……」
「大概にしてよ……もう……すん……ぐすっ……心配したんだから……すん……」
しばらく、ミィレとソゥラの嗚咽する声がこの静かな空間に反響していた。
「ケンさんや皆さん……異世界の勇者であろうと無敵じゃない……魔王との戦いだけが危険というわけじゃない……死の危険はあくまでも平等……そう……ですよね……それでも……ケンさんは自分を死に瀕するほどに傷つけてでも……」
アーレスは当たり前のことを失念していたとばかりに独り言ち、ケンの覚悟をまざまざと見せつけられて戸惑いさえ覚える。
「ははは……心配かけたね。でも、おかげで、毒の中和成分もなんとなく分かったし、僕もこの世界で新しい能力を得られたよ?」
ケンはミィレやソゥラをなんとか宥めたくて、朗報として、自身の能力が開花したことを告げる。
「新しい能力?」
「新しい能力ですかあ?」
目を真ん丸にする2人を見て、ケンはゆっくりと頷いた。
「『毒生成』……これが僕の新しい能力のようだよ」
ケンが片手を見つめて意識を込めると、その指先から一筋の紫煙が立ち昇っていた。
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