3-8. 『罠師』、異変の元凶を突き止める。
約4,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
ケンは仲間たちを引き連れて、地面を注視しつつ目的の場所へと向かっている。
地面は鬱蒼と生い茂る木々に陽光を阻まれてしまい、ぐじゅりという音を立たせてぬかるんでいた。
頭上や遠くから鳥や獣の鳴き声がいくつも響き渡って、木々の合間からも動物の視線がケンたちの方へ様子見といった様子で向けられている。
ケンたちが後れを取ることはないだろうが、決して歩きやすかったり安全だったりする場所でもない。
その中で進んでいくケンたちの目的の場所とは、今回の異変を起こしている何かがある場所である。
「うーん……ほんのちょっとだけ粘ってる? ケンさん、ほんとにほんと?」
メルはケンの隣までやってきて、自分の手のひらよりも大きい葉の上に掬い上げた無色透明の水を決して素手で触ろうとしないものの、時折じっと見つめて不思議そうな表情をしている。彼はケンから受けたであろう説明をあまり信じていないようだ。
ケンは自分が疑われていることに嫌な顔を1つもせずにうんうんと首を縦に振って頷いている。
「ほんと、ほんと。だけど、メルが見ても分からないと思うよ。僕だって『観察眼』なしではおそらく気付けないほどだから」
「そうなの?」
「それくらい難しいね」
「うーん……ところで、臭いや味が違うとかで分からないのかな?」
「試してみる?」
「うっ……えっと、ボクは嗅がないし飲みたくないかな……毒って分かってるんだし」
ケンはメルの次々と出てくる質問にも1つ1つ頷いてイジワルな返しも交えながら答えている。
その様子は教師と好奇心旺盛な教え子のようでもあった。
周りが2人を微笑ましく見ている。
「だろうね。それはそうと、もし臭いや味が違ったとしたら、この国の住人たちはすぐに分かると思うけどね。獣人は動物と同様に五感に優れているだろうし」
ケンは不意に口を噤んだ。獣人が動物たちとの同一視に嫌悪感を抱いていたことを思い出したためである。彼は周りに獣人がいなかったことに安堵の息を吐いてから再び道なき道を進んでいく。
自然と作られた獣道も歩きやすいわけではないものの、足元が見えるだけで安心感がまったく違うようで、ケンたちの視線も自ずと周りへと向かっていく。
やがて、少し開けた場所へ出ると、いつの間にかケンよりも前に出て先頭になっていたメルが何かを見つけて指を差した。
「あ! あそこに洞窟みたいな穴が開いてる!」
メルが指差した先には、まるで人を迎え入れるためとばかりにほどよい大きさの穴がぽっかりと空いていて、地下深くに繋がっているのか下の方へと伸びている穴がある。
黄土色の壁からは湧き水が染みだしているのか水の流れる道が幾筋も跡になっていた。
「ふむ、坂になっていて下の方に向かっているようだ。【ライト】」
「【ライト】で照らしてもまだ奥は真っ暗ですね」
ケンが【ライト】で洞窟の中を照らしてみるも、光は奥まで照らせなかった。
洞窟特有の陰気臭さが全容を明かされないようにと拒んでいるかのようだ。
「奥までは無理か……まあ、入ってみようか。メルとファードは後衛、僕とアーレスが前衛、ミィレやソゥラが中衛でいいかな」
「おう」
「はい」
「はい」
「わかったわ」
「はあい」
ケンの采配に誰も異議を唱えることなく、ケンたちは彼が伝えたとおりの隊列を組んだ後に洞窟の奥へと進んでいく。
「うっ、臭い……」
思わず鼻をつまんだメルの一言に、全員が同じような顰め面をして頷く。
「この洞窟には動物が多く住んでいるってことだね」
湿気の多い澱んだ空気が動物の糞尿臭さをこもらせていて、全員の肺は拒否しているかのように入っていかずに浅い呼吸を要求し続ける。地面のぬかるみについては誰も考えないことにしたのか転ばないようにしつつも下を向こうともしない。
「ケンさんは、どうして水だと予想していたのですか?」
気を紛らわせようとしているのか、アーレスはケンに先ほどまでの疑問を投げかけていた。ケンもまたそれに応じて、少し視線を上にしてから戻して小さく口を開いた。
「ん? ん-、城でも言ったけど、不調を起こす異変というものにもセオリーがあるんだよ」
「セオリー?」
アーレスは言葉そのものに聞き覚えがあるような雰囲気を出しつつも、どういう意味かまで捉えきれなかったようで眉間に少し皺を寄せて考え始める。
ケンがさらに説明を続けようと口を開いた。
「そう。もっと言えば、パターン化されているとも言える」
「パターン化ですか」
「まずは食べ物や水を疑うし、空気汚染や疫病とか、ほかにも集団催眠などもあるかもね」
「いろいろとあるのですね」
ケンは『観察眼』で地面の状況を確認しながら、足を滑らせないようにゆっくりと安定した足運びを見せる。
それを真似してほかの者たちがついていく。
今のところ危なげなく進めているが、徐々に空気は変わっており、高めの湿度こそ変わらないものの動物の糞尿の臭いが取れて、代わりにヒンヤリとした寒さが全員を包んでいく。
「たとえば、疫病の場合、媒介の原因となる動物が大量発生しているとか、何かしらの突然変異種が現れるとか。食べ物の場合、食物連鎖の中に存在していなかった変な虫が入り込んでしまったとか、ね」
「いくつか見当がつけられるのですか」
ケンはこくりと頷いた。
「それで、不調の該当者から原因を絞り込んでいくと分かるんだけど、今回、全域じゃなくて比較的広域くらいだけど限定されていて、かつ、食べ物が異なる者たちってことだから、一番あり得るのが水だった」
「水ですか」
「あとはその仮定に基づいて、気を付けて実地調査だよね。もちろん、ほかの可能性を完全に排除するわけにもいかないけど、こういうときは水がだいたい悪い」
ケンは決めつけるわけではないと言いつつも過去の経験から「水」を元凶として調査していたようだ。
だからこそ、『観察眼』で水を中心に注意深く観察していた。
「そうなのですか?」
「まあ、それがセオリーってやつだからね。特に万物に必要な水ないし空気に変化を与えることが影響も大きいし効率も良い」
「よくあることってことですね」
「よくあっちゃいけないことだけど、まあ、そうなんだよね……」
「アーレス、私たちともお話をしましょう?」
「お姉ちゃんとだけじゃあ、もうつまらなくて」
「それはこっちのセリフでもあるんだけど?」
「私で良ければ」
アーレスはケンから聞きたいことを終えた後、つまらなくなったミィレやソゥラに絡まれるように雑談も始め、しばらく洞窟内に女性3人の会話が続いた。
すると、再び空気が変わったのか、全員の表情も変わる。
「なんだか変な臭いが混ざってきましたね」
「そうだね、奥の方に原因……今回の元凶があるようだ」
ようやく1本道のような洞窟の穴を歩き終えると、そこには大きめの空洞が静かに待ち構えていた。
ただし、ただ静かなだけの空間ではなかった。
「GUJU……」
「うへぇ……あれは?」
メルが露骨に嫌そうな顔をして、周りを見渡すと、【ライト】に照らされた天井や壁、床の一部にぐじゅぐじゅとした粘液質の物体が広がっていた。
部屋の隅には粘液に覆われた動物の死骸や白骨がいくつも転がっている。いずれも洞窟に住むような動物たちであり、ここに来るまでに何にも遭遇しなかった理由をケンたちは理解した。
ケンがざっと近くの粘液を蹴ってみると、ほぼ水と同じような飛び散り方で薄青色の粘液が跳ねていく。
ふと彼はそのまま自分の靴の先を見ると付着した粘液が緩慢ながらも自ら動いていたので、さらに靴先を地面にこすりつけて粘液を減らすと微動だにしなくなった。
「これは……魔物か……まず不定形で粘性のある魔物といえば、これまた王道中の王道、スライムだね」
「スライムですか? スライムというともっと粘り気があるというか、物理攻撃も効きにくい弾性力があるというか」
「それにこのスライム大きすぎない? まるでスライムの部屋みたいだ」
ケンの「スライム」という言葉で、アーレスとメルはそれぞれが思ったことをそのまま口にする。
スライムは不定形の生物だが、無限に大きくなるわけでもなく、液体のように広がるにも限界がある。つまり、このスライムは普通ではないと直感的に認識されたのだ。
ケンは上から垂れてきたスライムを躱しつつ、こくこくと数回頷いた。
「言いたいことも分かるけど、どうもスライムで間違いないようだよ。このスライムの成分が地下水に少しずつ染み込んで、それが湧き水として地表に出てきているようだね。上からも垂れてきているから気を付けてね」
ケンがアーレスとメルにそう伝えている後ろで、ミィレとソゥラがスライムを見て話していた。
「どうでもいいけど、洞窟に入ってからずっとぐちょぐちょしていて気持ち悪いわね。で、最後がぐちょぐちょぐちょって感じね」
「お姉ちゃん、コアから切り離したスライムの粘液はあ、保湿力がすっごくたっぷりだからあ、美容パックに使えますよ?」
「え? ほんと?」
先ほどまで顰め面だったミィレが「美容」という言葉で青色の瞳をきらきらと輝かせる。ソゥラも同じように桃色の瞳を眩しいほどに輝かせていて、これだけあればしばらく困らなさそうといった様子で辺りを宝の山のように見渡している。
ここで、ケンが後ろを振り向き、ソゥラに向かって首を横に振った。
「ソゥラ、このスライムは毒付きだからパックなんかにしたらダメだよ……」
一瞬の沈黙。
「……危ないわね!」
「あらあ?」
「もう! ごまかさない!」
「あはははははあ……」
ミィレが騙されたとばかりにソゥラに起こった顔を近付けると、悪気のなかったソゥラはバツ悪そうにそっぽを向いた。
ケンは小さな溜め息を吐いてから、2人の仲裁に入る。
「まあまあ、2人とも喧嘩しないで。それに、2人ともパックなんてしなくてもすごく綺麗だよ」
「ん”っ」
「んふっ♡」
ケンの「綺麗」という言葉にミィレもソゥラもとても嬉しそうで、2人とも顔をにんまりとさせて、もじもじくねくねと身悶えているかのように身体が動いている。
ケンは2人の仲直りを確認した後、本題に戻ろうとアーレスの方を向く。
「ケンさん、どうしましょうか?」
「うーん……出方を見なきゃいけない以上、ひとまず汎用性のある僕が相手するかな。みんな離れてね。罠発動!」
ケンはいろいろと考えた結果、自分で対応するという結論に至ったようだった。
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