2-35. 『罠師』、次の国へ向かうことにする
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
ケンとランドンケラの女王ウィムスが密会を交わした夜の翌朝。
宿屋の入り口から少し離れた場所。
ケンは布地のシャツにズボン、その上に革鎧といったいつもの軽装姿に新調した革のマントを羽織っている。彼がミィレとソゥラに「もう出発しよう」とベッドの上で告げて、彼はファードやメルに、彼女たちはアーレスに旅立つことを話して集合することになっていた。
「決着したみたいだな」
着崩したスーツ姿の男、ファードはケンにそう問う。彼は爬虫類のような鱗がちらほら見える肌は少し浅黒く、一方で短い髪や切れ長の目の中に見える瞳は深紅で、ケンが何度羨ましがったことか分からないほどの男前やイケメンと呼ばれる部類の顔立ちだ。
「そうだよ、足止めさせてすまなかったね」
「いえ、ゆっくりと皆さんと訓練ができたのでよかったです!」
小柄で少女と見間違えるほどの愛らしい顔立ちをした少年メルが銃器を出したり消したりしながら呟く。彼は自分の頭より大きい派手なオレンジのキャスケットを被り、カーキのジャケットと黒のズボン、手袋にブーツという出で立ちだった。
今の彼はできるかぎり早く正確に『銃器生成』によって銃器を出し入れする訓練の真っ最中だ。
「それならよかった。お、女性陣も来たね」
ケンたちの方へと向かってくる3人は、ミィレ、ソゥラ、アーレスだ。
「おはよう、ケン」
ミィレは重騎士用の全身甲冑を身に纏った女の子であり、白い肌に釣り目がちな目の中に澄んだ青色の瞳が浮かび、金髪の長い髪が歩くたびに軽く揺れる。
「ケン、さっきぶりですね」
ソゥラは神秘の鎧というピンク色のビキニアーマーを装着した露出の多い豊満な身体つきをした女の子である。髪は桃色のセミロング、垂れ目がちの目の中にある瞳も桃色で、褐色気味の肌に可愛らしい顔つきが扇情的に映える。
「ケンさん、首に巻いている包帯は何ですか? 寝ている間にケガでもされたのですか?」
アーレスは少し明るめの茶髪、小麦色よりは白い肌、猫のような目つきとその中に浮かぶ満月のような黄金色の瞳が印象的な女の子だ。さらに印象的なのはその服装で、ボディラインが分かりやすい青色に近い藍色のタイツを文字通り全身に纏っていて、同じ色のマスクまでしているために目と耳、額、そして、髪の毛くらいしか露出がない。手先には黒めの手袋をしているので、まるで暗殺者のような出で立ちだ。
「いい質問だ、アーレス。だけど、僕は答えないよ? というか、答えなくても分かる気がするよ」
ケンはアーレスの質問に対して、自らの口を使わずにただ視線をソゥラとミィレの方へと向ける。
「ちょっとソゥラ……ケン、首に包帯巻いちゃっているわよ?」
「お姉ちゃんが挑発するからあ……私まで見える部分までマークしちゃったんじゃないですかあ」
「私のせいだって言うの!?」
「元はと言えばあ!」
ミィレとソゥラの徐々に声量の大きくなる内緒話が聞こえてきて、アーレスは薄目で若干眉尻の下がった表情で小さく肯いた。
「……なんとなく察しはつきました」
「説明する手間がちゃんと省けてよかったよ」
「さて、次はどうするんだ?」
ケンとアーレスの会話がさっと終わったタイミングでファードが話しかける。
するとケンはどこからか世界地図を取り出して、ランドンケラをじーっと見つめた。
その様子を見てメルがビシッと天を突くかのような真っ直ぐ綺麗な挙手をして口を開き始める。
「あの、ランドンケラからだと、陸路で2つ、海路で2つですよ」
「メル、詳しく聞かせてもらえる?」
メルはこの国の小さな村で生まれた勇者候補のため、この国のことならおおよそ知っているという雰囲気を出して、若干得意げにケンの広げた地図に指をくっつけて説明を始める。
「はい。どっちにしろ今は湖に囲まれているので、船は使うんですけど、陸路だと一旦湖の端まで船で進んでから行くことになって、国の9割以上が森でできている国フォーテス、逆に国の9割以上が標高の高い山々でできている国ニルタイモヌで、どっちも鳥や獣の亜人を主とする国です」
「鳥獣系の亜人か。それは興味あるね」
ケンが最初に異世界転移で着いた国、荒野の国ウィルドッセン王国も、次に来たこの王都が湖に浮かぶ国ランドンケラもケンたちと似たヒト族を主とした国だ。どちらの国にも亜人がいるにはいるがまばらであり、ケンは別種族が主とする国に興味を見出す。
「海路だと舟で湖から大きな川へと向かってそのまま海へと下り、港から船で行くことになって、水と氷の国バージス、もう一つはでかい火山が有名なカヌールブです。バージスは魚や水生生物の亜人が主で、カヌールブは竜系の亜人ですね」
竜系の亜人。
その言葉を耳にして、ケンは不意にファードの方を見る。
ファードもその視線に気付いて、肩を竦めて首を横に振った。
「竜系の亜人か。似たような種族として、それも気になるが、まずはシィド様と合流したい」
ファードはいまだに合流できていない仲間であるシィドのことが気掛かりのようだ。シィドとファードは後からケンと合流したケンの仲間であり、彼ら2人はそれよりも前から緩い主従関係にあった。
「そうだね。それで、ファードだったら、シィドの位置は分かる?」
ケンの言葉に、ファードはゆっくりと右手をある方向へと指し示す。
「だいたいの方角ならな。こっちだ」
「あー、その人がいるのは、それだとフォーテスか、さらにその奥にあるロブラーですかね」
メルが太陽の位置をちらっと確認してから、ファードの指し示した方角に顔を向けてそう言い放った。
「ロブラー……」
アーレスがぶるるっと身体を一度震わせてからぼそっとその国の名前を口にする。かつて、彼女が住んで生きていた国でもあり、あまり良い思い出のない国でもあった。
ケンはアーレスを一瞥してから目を閉じて顎に手を掛けて、やがて何かを決めたように目を開いた。
「……まあ、じゃあ、シィドと合流する方向で行こう。目指すはフォーテスだ」
ケンの言葉に、ファード、メル、アーレスが了解とばかりに首を縦に振る。
それと同時に遠くの方から、8人ほどの騎士の出で立ちをした者たちがケンたちの方へ向かってくる。
メルとアーレスは構えようとするが、ケンが手で制止するため、中途半端な構えで突っ立つことになった。
「異世界の勇者の方々、次へ向かう場所はお決まりになりましたか? 私たちがお送りしましょう」
「あなたたちは?」
ケンが当然とばかりにそう問うと、騎士然とした者たちは一斉に直立に整列して一礼する。
「これは失礼しました。ウィムス女王の命により遣わされた使者です。女王が皆さまに渡し忘れたという諸々の物をお持ちしまして、さらには次の国までの旅路をフォローするように仰せつかっております」
ケンは騎士の代表者であろう話をしている騎士から地図や軍資金、食料、ウィムスの一筆と印が押された書状などを受け取った。
アーレスとメルは目をぱちくりとさせている。
「それは助かった。フォーテスに向かう予定なのですが、お願いできますか」
「承知しました。では、馬車と船を手配しますのでもう少々だけお待ちください」
騎士たちは深々と一礼をして、馬車と船の手配のために一斉に動き出した。
「あれ? 何かあったのですか?」
「ちょっと仲直りの話し合いをしただけさ」
アーレスのきょとんとした口振りに、ケンはいたずらっぽく返答する。
「いつの間に……あれでどうやって……」
「いつの間に……あれでどうやって……」
アーレスとメルは異口同音にそう呟く。2人は先日にケンが女王に行った仕打ちを思い出して、どうやって仲直りの話をできるのだろうかと思うに至ったのだろう。
ケンはニコッと笑う。
その瞬間、2人はそれ以上聞くことをやめた。
「だいったいねえ、アンタはいつもズルいのよ! 昔から臆面もなく、ケンに媚び媚びに媚びちゃって」
「お姉ちゃんだっていっつも抜け駆けするじゃないですかあ! 知っているんですからね? いっつもいっつも清楚ぶってるくせにー!」
「おーい、そろそろ、もう終わりにしてくれないかい?」
ケンは先ほどから全然会話に参加せずに姉妹喧嘩をしているミィレとソゥラにそう注意するのだった。
ご覧くださりありがとうございました。
これにて第2部は完結です。
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