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異世界転移し続ける『罠師』勇者ケンの英雄譚  作者: 茉莉多 真遊人
第2部5章 『罠師』、女王ウィムスとやり取りをする。

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2-Ex2. 『罠師』、逃げられない。

約3,000字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 夜が深まった頃、ケンがウィムス女王との会話の後、彼はようやく建物が居並ぶ街中にある宿屋の入り口付近まで戻ってきた。彼が宿屋の中の気配を軽く探ってみるも、特に異常らしい異常を見つけられず、ホッと一息を小さく吐く。


「さて、今日はもう寝ないと……その前に罠発動」


 静かな夜、数少ない火の明かり、虫の鳴き声、心地良い夜風の音、そのさまざまな小さな音の中に紛れるわずかな衣擦れの音。


 ケンの罠によって出現した長すぎるロープが、その衣擦れの音を頼りに素早く路地裏や屋根の上などの音の出どころへと伸びていく。


「ちっ!」

「あっ!」

「なっ!」

「おっ!」

「うっ!」

「くっ!」


 7つの伸びたロープの内6本が何かを捕えてピンと伸びきったかと思えば、次の瞬間にロープの先が黒の衣服を身に纏う者たちを連れてくる。しかし、残り1本のロープだけは少ししてからへたり込むように地面に全てを預けていった。


 ケンは顎に手を掛けて、神妙な面持ちで力を失ったロープの先に視線を送る。


「ふむ。手加減したとはいえ、中々見どころのあるのもいるようだね。でも、仲間が捕まったのだから出てきてもらえると助かるかな」


「あぐっ」

「ぐぐぐうっ」

「あっ……がっ……」

「いぎっ……」

「おっ……おぉっ……」

「ぎゃっ……ああっ……」

「ううっ……」


「…………」


 意思のないはずのロープに縛り上げられている6人の小さなうめき声が夜の静けさに小さなヒビを入れる間、ケンに呼ばれた7人目はより一層闇夜に紛れるように気配を消している。


 しばらくその状況が続くと、ケンは諦めたようにフッと小さく息を吐く。


「なるほどね。よく訓練されているようだ。君たちは自分が死ぬ覚悟も仲間を切り捨てる覚悟も持ち合わせているのか。では、もう一つ。先ほどウィムス女王と話して、無事に和解したよ。そろそろ、君たちの耳にも入るんじゃないかな? つまり、そろそろ君たちはお役御免になるってことさ」


 ケンの言葉がまるで予言のように、気配がいくつか増えて虫の音ほどの小さな会話がなされた後に、再び気配が1つに戻る。


 その後、1つになった気配がようやくケンの前に現れた。その姿は捕らわれ済みの6人と似たような黒い衣服を纏っている。


「……たしかにそのようだな。では、お互いの理解が一致したところで仲間を離してもらえるだろうか」


 7人目の声はかなり渋めの低い男の声だ。


 ケンは実力や雰囲気からこの7人目が隊長格だと理解する。


 その隊長格の男の口調は、ケンに対して、「対等である」という雰囲気をありありと出していた。


「うーん、お詫びの言葉の1つもあると気持ち良く解放できるのだけど?」


 ケンはそのまま6人を解放してもよかったのだが、少しばかりイジワルをしたくなったのか、対等な立場を示してくる男に対して詫びを要求する。


 男はしばらく押し黙っていたものの、何かを決め込んだ顔で口を開く。


「……知らなかったとはいえ、和解後まで監視していたことを詫びよう。すまない」


 詫びの言葉は限定的な部分に留まっていた。


 あくまで、情報伝達の遅さ、そこから生じる状況の行き違いによって与えた不快感のみを詫びている。故に、そもそもの監視行為については一言も言及せず、裏を返せば、自分たちの仕事は当然のものだという言い分にもなっていた。


 ケンは口の端を若干上げて薄い笑みを浮かべた。


「まあ、そこらへんが落としどころかな。ちょっと舐められている気もするけどね」


「器の大きさを見ているつもりだ」


 ケンの不快感を隠さない物言いに、相手の男はそれでもケンなら寛大に許すだろうと暗に伝える。


 ケンが参ったと言わんばかりに肩を竦ませて6人の拘束を外すと、6人は拘束が解かれた瞬間に無言で夜の闇に消えていく。


「ははは、言い方が上手いね、許す以外できなくなった。そう言えば、四方に散らばると合図が遅れがちになるとはいえ、全員がバラバラになるならもう少し散らばった方がいい。それと、強襲ではなく監視が目的なら、一網打尽を警戒して各々の距離ももう少し変えた方がいいね」


 ケンのこの忠告に意味はほぼない。


 一瞬で複数人をまとめて拘束するような芸当ができる者などそういないからだ。


「ご忠告痛み入る」


 男はケンの忠告に口を挟むことなく礼を述べる。


「別に構わないよ。むしろ、この程度の監視しか付けてもらえないなんて思われたら、僕としてはまだまだ精進が必要なのかなと複雑な心境になってしまうからね。次に会う時は、もっと必死になれる罠を用意してあげるよ」


 ケンの言葉を聞き終わるかどうかのタイミングで男の姿が消える。


「もうあなたとこのような形で出会わないことを祈るばかりだ」


 男の声が遅れてやってきた後、宿屋の周りが再び静寂に包まれた。


「やれやれ、仕事とはいえ自分から来ておいてひどい言い草だね」


 こうしてケンは目立った被害を出すこともなくウィムス女王の放った監視部隊を追い払うことに成功した。


 ウィムス女王とのやり取りも含めてそれなりの時間がかかったものの、まだまだ夜は長い。ささっとベッドに入り込んで寝てしまえるなら、体力を回復させるには十分の時間がある。


 ただし、このまま静かに寝られれば、の話だ。


 ケンは宿屋の中に入り込み、音も立てずにこそこそと、誰にも気付かれないように慎重に慎重を期して自分の部屋の前まで戻っていた。彼が部屋に侵入すれば、同室であるファードは気付く可能性も十分にあるも相手がケンだと分かれば深く追及することもない。


 そう考えたケンが一瞬気を緩ませた。


「ケン? どこに行っていたのかしら?」


 不意にケンを呼ぶ女性の小さな声が聞こえる。その声は小さく抑えつつもただただ低く、落ち着いているよりも怒りを堪えているといった雰囲気の方が近かった。


 ケンが声のする方を向くと、白いネグリジェ姿のミィレが仁王立ちで構えている。


「っ!? おっと、ミィレに……それとソゥラじゃないか」


「あらあ、私にも気付きましたか?」


 上下の肌着だけで仁王立ちしているソゥラもミィレの後ろに立っていた。


「もちろんね。えっと、ミィレの問いに答えるなら、僕はちょっと夜風に当たりたくて散歩をしただけだよ。それよりも2人もこんな夜更けに姉妹仲良く散歩かな?」


 3人は就寝している他の客を起こさないように小声で話し込む。


 もちろん、ケンに逃げ場など用意されているわけもなかった。


「そうですね。お姉ちゃんとはあ、とっても仲良く散歩しましたよ? ところで、ケンはあ、一人でこそこそ、何をしていたんでしょうかあ? しかも、ウィムス女王のところまで……ねえ?」


 2人とも笑顔だが、まるでこれから戦うかのような威圧感も全身から発していた。


「な、なんで、ウィムス……いや、僕はほら、監視をやめてもらうように交渉にね」


 ケンはそこまでバレているなら、と正直にウィムス女王の下へと向かった理由を説明した。


 しかし、ミィレとソゥラの威圧的な笑顔に変化が見られない。


「へえ……夜に、女の部屋に、お話を……ね?」


 ミィレとソゥラがケンの行く手を阻みつつ、彼に密着するように身体を寄せる。


「いやいや、待って、こんな短時間で帰ってきたんだから、分かるよね?」


「だとしても、不安にさせた代償はあ、重いと思いませんかあ?」


 ソゥラがケンに身体を押しつけつつ、逃がさないとがっちりと彼の身体を捕えていた。


「いやいやいや、それはごめんね。先に言っておけばよかったね」


「お仕置きが必要ですね」


「……えっ? あっ! そ、そうよね! お仕置きが必要ね!」


 ソゥラは当たり前のようにそう宣言して、ミィレは恥ずかしがりながらもソゥラにつられて口走る。


「ええ……2人も相手にするの……?」


「はい♪」


「そ、そうね!」


 多くを語ることは叶わないが、ケンの夜はまだまだ長く、朝までミィレとソゥラのご機嫌取りをしていたことだけは事実である。

お読みいただきありがとうございました。

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