1-7. 『色欲』、『強靭』を披露する。
約3,000字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
翌日。ケンは静かに起きた。
「おはよう、ソゥラ」
「ケン、おはよう♪」
ケンは寝入る前に罠をいくつか張り巡らせていた。
その罠が1つだけ発動している。それは彼にとって、予定調和でありながらも残念な結末であった。
「さて、ソゥラはいったい、何をやっているのかな?」
1つ発動した罠は、ソゥラを見事な簀巻きにしていた。
「えへへ。ちょっと……?」
ソゥラはミノムシのように宙ぶらりんの姿で、ケンをうるうるとした瞳で見つめている。
「……ちょっと?」
「……ごめんなさい。許してください」
ソゥラはうなだれた様子で素直に謝った。おそらく、誰かの寝込みを襲おうとしたのだろう。
「もうしない?」
「……いえ、約束できません……」
ソゥラは目を反らしながら小さく呟いた。
「……まあ、仕方ない。『色欲』の副作用だからね」
ケンはロープで簀巻きになっているソゥラのロープを解きながら、野盗たちを横目で見る。彼は寝る前に、ある範囲を出れば、ソゥラの相手をすることになる。その時の命の保証はできない。逆に一歩も出なければ、罠が君たちを守ってくれる、と野盗たちに説明をしていた。
野盗たちはまだ眠っている者もいるが、どうやら微動だにしていないようで、とても緊張した一夜を過ごしたようだ。彼らはよほど彼女に恐怖しているのだろう。
「おはよう、アーレス、調子はどうだい?」
「……おはようございます。なんとか回復しました」
「それは良かった」
その後、ケン、ソゥラ、アーレスは身支度を済ませて、地上に向かって出発する。
野盗たちはこのダンジョンを放棄して自国に戻り、真っ当な道にできるだけ戻ると言っていた。彼らは元々、アーレスに出会い、彼女の主義主張に共感した貧民街の住民たちである。
その彼女がいなくなる今、理不尽に洗脳を受けていたこともあって、野盗への未練はないとのことだった。
「みんな、世話になったな。私のわがままばかりに付き合わせて悪かった。私は勇者候補として、もう一度がんばってみるよ」
「いえ、こちらこそ、生き抜くための信念を教えてもらいました。今後はケンさんに言われた通り、別の形で貧しい人たちを助けられるよう考えてみます。頭、お気をつけて。私たちも私たちなりにがんばりますから」
しばらくして、3人はガーゴイルのいる広間の前に辿り着いた。
ケンがまだガーゴイルを倒していないことをアーレスとソゥラに伝えると、アーレスが通らなくてもよい抜け道があると2人に伝えた。しかし、彼はそれをやんわりと断る。
「手短に済ませられるかな? ただし、素手だけで」
ケンはソゥラにそう訊ねた。彼女は少し考えるような素振りをする。
「いいですよ♪」
ソゥラはそう言った後に、準備体操とばかりに屈伸を始める。
「アーレス。これからの道中で僕や僕の仲間たちは、君にいろいろと手の内を明かす。それは、君がこれから僕たちの仲間になることと同時に、君に手の内を明かしても僕たち全員を倒すことができないという確信に基づいている」
アーレスはケンの顔を見つめた。彼の表情からは今のセリフに、1つの冗談もなく、1つの過信もなく、ただただ本心から彼女に伝えていることが容易に読み取れる。
「あと、君はお客さんではない。仲間ではあるけれど、そもそもの練度が足りないので、半分以上は弟子のようなものかな。だからこそ、容赦なく訓練もさせてもらうよ。その見返りが、この世界での真の勇者という自信だよ」
「ケン、そろそろ、いいですかあ?」
ケンの長話にソゥラは甘ったるい声で水を差す。
「よろしく頼むよ」
ソゥラは、ケンのその言葉にニコッと柔らかい笑顔を浮かべながら、先頭になって部屋に入っていく。部屋の中央には、円を描いて残っているロープの燃えカスがあり、その中心でガーゴイル3体が鎮座していた。
ガーゴイル3体は、3人が入ったことに気付いて、一斉に動き出す。待っていましたと言わんばかりにほぼ同時に繰り出されようとする攻撃。
しかし、その攻撃は届かない。ガーゴイルたちは気付けば部屋の壁にめり込むほど叩きつけられていた。
「えっ、ガーゴイル3体を正拳突きの威圧だけで吹き飛ばした……?!」
「思ったより早くて、びっくりしましたあ。でも、これなら素手だけであの子たちくらいになら勝てますからあ」
『強靭』。ソゥラが持つスキルの1つ。膂力において、その世界に現存する自分以外の最強の存在を少し超えて、自身が最強になる常時発動型スキル。そのスキルは随時更新され、その範囲に魔王も適用されるため、後から最強の存在が出現すると、ソゥラはその存在を超えるように膂力が強化される。条件によっては、星1つ破壊することも可能である。
もちろん、その膂力を扱うために自身の身体も強化されるため、強すぎる自分の力のために自壊、ということにはならない。ただし、スキルを覚えた直後はいろいろな物を壊してしまい、加減を覚えるのに長い年月を要していた。
「少し遊び心が出てしまったようだね」
ソゥラが時間を掛けているのには理由がある。ケンの「手短に」は2つの場合があり、1つは迅速という本来の意味で、もう1つは力を見せつけるために余裕があることを示すという意味である。
彼女は彼が自分にその条件をつけてきた場合に後者の意味合いが強いことを知っているので、このように対応をしているのだった。
「うんうん」
ケンはその意図をソゥラが汲んでいることを理解して安心している。
「『色欲』だけでも敵わないのに、『強靭』ですか。ソゥラさん、強すぎませんか」
めり込んでいたガーゴイルが壁から出て、ソゥラを警戒して彼女の周りをゆっくりと囲み始めた。既にガーゴイル3体の眼中には、ケンやアーレスが入っていない。
それはガーゴイルが2人に意識を持っていこうとすると、ソゥラがもの凄い勢いで迫ってくるためだ。つまり、そちらにまで警戒を回せられないのである。
3体にとっての唯一の救いは、ソゥラの足がそこまで速くないことだ。
「ギギッ!」
もしソゥラが速ければ、あっという間に3体は粉々になっていただろう。ただし、彼女は常人より十二分に速いので3体に余裕があるわけでもない。
「ソゥラに限らず、僕の仲間はスキルの構成がバランス良くできている。君も知っているように、勇者も勇者候補も世界から必ず1つ以上、多いといくつものスキルと言う名のギフトを得られる」
「はい」
「捕まえたあ♪」
ソゥラは、ついにガーゴイルの1体に手を掛けることができ、そのまま思い切り膝蹴りをする。
ガーゴイルの体はその衝撃に耐えることができず、大小さまざまな石になって飛散していく。そのガーゴイルの体が飛散した瞬間、何かキラッとしたものが彼女の視界に現れてから端へと消えていった。
「あらあ♪」
ソゥラは宝石か何かなら後で回収しようと考えたのか少し口の端が上がった。その笑みがガーゴイルに恐怖を与えたのは言うまでもない。
「ギギギィッ!」
残りのガーゴイル2体は、強固なはずのガーゴイルの体が粉々に砕けるその光景に衝撃を受けて、思わず天井ギリギリの空中に逃げていった。その2体の顔には、まるで化け物と対峙したときのような焦りの様相が見える。
「ああ、言葉が分かるか分かりませんけど、待ってくださいね♪」
必死に逃げるガーゴイル2体とソゥラの追いかけっこが始まっていた。彼女の足では空中も縦横無尽に翔けるガーゴイルに追いつけない。
しかし、素手だけで倒すことを約束してしまった以上、まだまだ続きそうな長話の暇つぶしも兼ねて追いかけっこに興じていたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。