2-32. 『罠師』、ランドンケラの女王ウィムスに謁見する。
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楽しんでもらえますと幸いです。
「これはまた長い廊下を歩かされているね」
ケンは仲間と一緒に、応接間から城内を散々に歩き回って、女王ウィムスのいる謁見の間まで連れて行かれる。
「すみません。女王陛下は初めてお越しになった来賓へのもてなしとして、この城内をくまなく見てもらうことにされておりまして」
城内を見て回ってもらうという説明に一定の理解を示すものの、最短ルートを通らせないという意図も垣間見えているため、この時点でケンは女王ウィムスにきな臭さを覚え始めた。
「なるほど。たしかに、ここまで統一された内装は美しく映えますね」
「異世界も見てきている勇者さまにそう言っていただけますと至極光栄です」
ケンたちから見て城の内装は豪奢や絢爛、華美という印象がない。
金銀や宝石細工などの分かりやすいものは飾られておらず、自国の特産物か、はたまた、その逆で貿易によって得られた他国の調度品か、いずれにしても複雑な模様で織られた上で細かな刺繍を施された布がそこかしこに飾られていた。
よく言えば統一性のある雰囲気だが、悪く言ってしまえば、これ以外を認めないという主張をありありと表している。
「服にしたら綺麗かなあ」
「見た感じ少し厚手のようだから動きのあるものには使いづらいかもしれないわね」
「そうなると肩に羽織るような物とかならいいかなあ」
「衣類にするにはちょっと重そうですけどね」
「アーレスの言いたいことも分かるけど、ソゥラなら大丈夫よ。ソゥラは力自慢だから」
「ちょ、お姉ちゃん! その言い方はあ! だいたい、お姉ちゃんだってそんな厳つい防具着込んでおいて非力なわけないからあ」
「なっ! あんたと一緒にされる覚えはないわよ!」
「私だって!」
ケンと案内人が歩いている後方、少し離れたところでミィレとソゥラが騒がしくなるような言い合いを始める。
「あはは……騒がしくしてすみません」
「いえいえ、楽しくお話をされているようで何よりです」
やがて、ケンたちは謁見の間の前まで通される。そこには重々しい扉が用意されており、屈強な身体を持つ近衛兵が左右3人ずつの計6人で押して開いていく。
扉の奥、真っ赤な絨毯が更なる奥へと続いていくその先に、玉座に座る女性の姿があった。
案内人が扉の前で一度大きく会釈をしているところを見て、ケンたちもまた礼儀とばかりに会釈を行う。
「さて、行きましょう」
案内人が会釈を終えて、ケンたちについてくるよう促す。
ケンが周りをチラチラと見回すと、絨毯以外は案外質素なつくりだった。
多少加工された石が敷き詰められた床と壁、天井、一定間隔で壁に取り付けられた金属製の燭台、採光のための窓にはすりガラスが用いられているために外から中の様子を窺うことができない。
「なるほどね」
ケンはミィレと目が合い、小さく肯き合う。そこかしこに死角を作る柱や衝立が設置されており、近衛兵が隠れて待機することにちょうど良いスペースである。
そのままケンたちは案内人についていき、玉座の前まで歩みを進めた。
ウィムス女王は亜人や獣人と呼ばれる類ではなく、ヒト型のヒト族であり、見た目だけならケンとそう変わらない。
彼女は素朴ながらも整った顔をしているものの派手な化粧で顔を覆い、服装もピタリとしたボディラインを魅せる服装の上にゴワゴワとしたマントでその多くを覆い隠してしまっていた。
茶色の髪と瞳は至って普通の印象を与え、素朴さと派手さのちぐはぐな雰囲気にケンも不思議そうな表情を隠しきれない。
ケンたちは一度跪いて、頭を垂れる。
「顔を上げて、立ってください。よく来てくれました、異世界の勇者さまたち。本当であれば、私が出向き跪く必要があるのかもしれませんが、一国の女王という立場上、このような方法で許していただきたい」
ウィムス女王は玉座に座ったまま、申し訳なさそうな言葉だけを綺麗に並べていく。
しかし、そこに感情を伴っている様子はなく、彼女の視線は目の前の勇者を品定めしているような印象しかなかった。ここでもまた彼女のちぐはぐさが際立つ。
アーレスは「女王とはいえ、さすがにこの対応はないだろう」と表情で語っており、先日会ったウィルドッセンのリプンスト王の豪快ながらも恭しい丁寧な対応と比較してしまっていた。
メルは自国の女王ということもあって、気まずそうに俯き加減にして視線を外している。
「ウィムス女王陛下、このような機会をいただきまして感謝いたします」
ケンはウィムス女王の態度のことなどおくびにも出さずにただ淡々と言葉を返す。
ケンの恭しく礼節のある態度に、ウィムス女王は気を良くしたのか、数度首を縦に振って嬉しそうな顔をしていた。
「ところで、先日、我が領地で魔王と戦いを交えたとのことですが、詳しく聞かせてもらえますか」
ウィムス女王の問いに、ケンは了承の意味を込めて首をゆっくりと縦に振った。
「はい。先日、異世界から来た魔王およびその配下である火の魔将と一戦を交えました。被害は最小限に留めたものの完全になくすことは叶いませんでした」
ケンは嘘偽りなく、必要な情報だけを要点として女王に伝えていく。情報を隠すことで対応や対策が遅れたりできなくなったりする方が後々魔王攻略に響くこともあるためだ。
ウィムス女王は頷きながら、時折、別のことも考えているのか、まじまじとケンとファードを交互に見ていた。
「なぜあのような場所で魔王と戦うことになったのでしょう」
「おそらく、古くからあるダンジョン、それも神々が創りしダンジョンに魔王が何かしら企みをしているのだと思います。ただし、まだその企みの全容は分かりかねます」
ケンはウィムス女王の視線の不自然さに気付くも、敵対する意志を感じられないこともあって、そのまま放置することにした。
ただし、ミィレとソゥラは訝し気な表情になる。
「なるほど。ウィルドッセン王国との間にある関所の砦、あそこもたしかに古くからあるダンジョンでしたね」
「仰るとおりです。ウィムス女王陛下、このランドンケラにまだ、このようなダンジョンはありますか。あるのであれば、対策が必要です」
ケンの言葉にウィムス女王は安心した表情で首を横に振る。
「それなら心配ないでしょう。私たちが知る限り、ここにはもうあのような古くからあるダンジョンはありません」
「それはよかった。では、私たちは引き続き、別の国へと渡り、魔王を追うことにします」
ケンの交渉はここからである。
旅の軍資金、他国までの移動方法や手段などの提供をしてもらえるか、また、ウィルドッセン王国のように裁量や権限などのバックアップがあれば御の字だ。
得られるものは多い方がいい。
その引き換えに、ケンたちから何かしらを提供しなければいけない可能性もあるが、難しそうならお互いに求めないということで平行線にして終わらせればいいだけである。
「なるほど。異世界の勇者よ、このウィムスからお願いがあります」
ケンは想定の範囲内とばかりに表情を一切悪くせずににこりと笑顔で応えようとする。
「内容によりますが、女王陛下の頼みとあらば、できる限りのことはいたしましょう。しかしながら、私たちもまた何かをいただくことになりますが」
「よいでしょう。まずは私のお願いから。今話してくれている異世界の勇者よ、私との間に子を設けてください」
ウィムス女王の要求はケンとの子どもだった。
「はあ?」
「あん?」
「はい?」
ミィレ、ソゥラ、そして、アーレスの声がいつもの数段低い状態で口から漏れ出ていた。もちろん、表情はとてつもなく険しく、並の相手ならそれだけで逃げたくなるような恐ろしさだ。
「は?」
「え?」
ファードやメルもまた予想外のお願いに目と口が半開きになっている。
「……子どもか」
ケンだけは溜め息混じりに悩まし気な表情でウィムス女王を見るのであった。
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