2-Ex1. 『罠師』、神々の愛する酒ネクタルを飲む
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楽しんでもらえますと幸いです。
模擬戦を全て終了したケンたちとレンオたちは全員で親睦会と称して夕飯を囲むことになった。レンオが自らもてなすと張り切ったので、バート、ハーキィ、チェーエフたちが彼をケンたちと話すようにと釘を刺して準備を始める。
自分から何でもしようとする主人を持つ使用人たちも決して楽ではないということだろう。各人に各人の領分があるのだ。
もちろん、客になるアーレスやメル、ミィレが手伝いを申し出たのだが、バートが丁重に断っている。
「先ほどは本当に申し訳ない。お願いした人間が言える言葉じゃないのは分かっているけど、無理に危険な技を放たなくてもいいのに」
ケンたちとレンオは地面にピクニックシートのような厚手の大きな布を広げてそこに座り込む。
ケンは先ほどの苦しそうなレンオを見てから、自分のお願いで悪いことをしたなとバツの悪そうな様子でいた。
一方のレンオは快活な笑みを浮かべてから、首を横に大きく振る。
「いえ、ケンさんに言われたからだけじゃないです。むしろ、ケンさんがいたからこそ出さなきゃって気になったってくらいですから」
「僕がいたから?」
レンオはケンの問いに首を縦に振る。
「バートのカプリコーンパニックでの対処を見て、これなら誰も危険な目に遭うことがないと確信しました」
「なるほど」
レンオは模擬戦ももちろん見ていたが、何よりケンたち異世界から来た勇者たちの一挙手一投足を見ていた。彼は直感的に信用してもいいと考えて手を組むことを提案し、その直感が正しいかどうかを改めて確認したのだ。
その結果、彼は自分の直感が正しかったと確信した。実力はもちろん、人当たりも良く配慮もあり、何より自分たちよりも弱い相手に対しても侮ることなく真摯な姿勢だったことが好感を持てた。
誰かを守る際もそれが決してパフォーマンスでなく、心の底から守らなければならないという態度が見られたのもよかった。
「それに何より、自分たちの力が変わってないかとかいつかは確認しなきゃと思っていたので、確認するちょうどいいタイミングだと思いました」
「まあ、スキルの質が変わっていたら確かに困るね」
「そういうことはありましたか?」
「うーん。少なくとも僕たちの方で、あからさまに質が変容することはなかったかな」
レンオたちからすれば、今回は自分たちの世界を抜け出してから初めての異世界である。自分たちにどのような影響があるのか、どうすればいいのか、などを手探りで答えを探し当てるほかなかったのだ。
そこに異世界勇者としての大先輩が偶然にも現れたのだから、聞きたいことや知りたいことはたくさんある。
「そうですか。考えすぎだったようですね。ホッとしました」
「ただし、スキルのレベルアップや他のスキルを覚えたことによる組み合わせや応用が生まれたことがある。レンオさんたちもこの世界で新たなスキルを得た際にそういったことは起こるかもね」
「ふむ。そういうことはありますか」
「特にこの世界のスキルは、生成系や変化系が多いようだからね」
「生成……変化……ですか……うーむ……生成……変化……」
レンオは思わず唸る。
彼はこの世界で得られるスキルに興味が尽きない。自分たちの世界で得たスキルに愛着はもちろんあるが、新しい力がどのように有効的なのかも知らないとこの世界では後れを取ってしまう。
そもそも彼のいた世界は、異世界勇者も異世界魔王も出現せず、彼しか勇者候補がいなかったというある意味特殊な世界だった。そのため、ほかの勇者と競争などもしたことがないし、自分たちより圧倒的に強い相手と戦ったこともない。
「皆さん、ご歓談のところ申し訳ありませんが、食事の支度が整いました」
レンオの唸り声は続いていたが、それを断ち切るかのようにバートが現れて恭しいお辞儀とともに食事の用意ができたと告げる。
彼の後ろの方では、真剣な眼差しで料理を次々と作っては盛り付けるチェーエフと、食器類を手早く準備しているハーキィが忙しなく動き回っている。
「あ、ありがとう。バートさん、ハーキィさん、チェーエフさん、いろいろとしてもらって申し訳ないね」
「いえ、お気になさらないでください。レンオ様のお客様をもてなすことも私たちの本分でもありますから。ハーキィ」
「ご準備いたしました」
ハーキィは丁寧でありながらも目にもとまらぬ速さで食器類やチェーエフの作った料理を次々と並べていく。
「今日も手際がいいね」
「今日はいっぱいがんばった」
「チェーエフありがとう」
「うん」
料理を作り終えたチェーエフがレンオに褒めてほしそうにしていたので、彼は最大限の労いの言葉を掛けて笑顔を送る。
その隣でハーキィはどこからか取り出した美しい陶器の瓶から赤い飲み物をレンオとケン、ソゥラ、ミィレ、ファードの目の前にある杯に注いでいく。その後、アーレスとメルには似たような飲み物を別の容器から取り出して注ぎ、バートやチェーエフ、自分にはまた別の容器から別の飲み物を注いでいく。
「まず、いっぺんに料理を出させてもらって申し訳ないです。彼らにもゆっくりと食事を摂ってほしいですからこのようにさせていただきました。……さて、では、手短に。この出会い、そして、親ぼくが深まったということで、乾杯」
主催であるレンオが無作法を詫びた後に、親ぼく会の開催を掲げた杯とともに声をあげて宣言する。
「乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
「乾杯」
全員がグイっと飲み干して杯を空にする。まさに乾杯である。ケンたちは注がれた飲み物に驚きを隠せなかった。
「……美味いね。ここまでの酒は中々ないね」
「美味いな」
「美味しい!」
「味があ、すごい美味しいです!」
「……そんなに美味しいのですか?」
「……そこまで言われると気になっちゃうけど」
ケンたちが口々に美味しいと呟くので、アーレスやメルもお酒が気になるが、飲めないわけでもないものの何となく避けてしまった。
全員が話をしながら、料理を食べ始める。
「このお酒は本当に特別ですからね」
「これが宝瓶の力、アクエリアスネクタル、です」
宝瓶の神話。ある美青年が神々の宴の給仕係となる話。その美青年が持つ宝瓶からは神々が愛する酒ネクタルが満たされており、その酒は無尽蔵に生み出され続けて決して宝瓶の中から消えることない。
「宝瓶から注がれる神酒ネクタルか……え、待って、ネクタルということは不死になる?」
ケンはふとネクタルの効果を思い出す。
その酒は無尽蔵に生まれ出ることから不死の象徴とも言われる。
「あはは。そうだったらいいのですが、さすがに不死にはなりませんね。ですが、疲れから何から、まるで生まれ変わったかのように完全に回復します」
「たしかに力が漲ってくる感じがする」
レンオの笑いにケンも笑顔で返す。
「今ならあ、何でもできそうです」
「……世界を壊さないでね」
「世界!?」
「世界!?」
「世界!?」
ソゥラが元気になって腕を小さくぶんぶんと振り回すので、ケンが釘を刺す。そのケンの言葉にレンオたちは大げさなという気持ちで驚く。チェーエフは声を出すことがなかったが、レンオにピタッとくっついた。
「そこまではあ、さすがにしないですよ……」
「できるんですね……」
「あ! そうしたら戦闘中に飲めるなら、無限に体力を回復できるんじゃないですか? だったら、ボクも飲もうかな」
メルが話を遮るように思ったことを口にして、ハーキィの隣に置かれている宝瓶をまじまじと見ている。アーレスもたしかにという同意の表情を浮かべて、メルと同じようにその宝瓶へと視線を向ける。
「このアクエリアスネクタルには、副作用がありまして……」
「副作用?」
ハーキィが副作用と呟き、アーレスがその言葉に反応する。副作用の程度が分からないが、度数が高いから二日酔いになるというわけではなさそうだと理解する。
副作用も強いものや毒の類ではないだろう。であれば、主人であるレンオが飲むことなどありえない。
「一口でも口にすれば、体中に力が漲るのですが、しばらくするとどんな酒豪でも酔いが回って気持ち良くなって強制的に寝てしまうのです」
「強制……睡眠?」
「はい。なので無闇に使えな……すぅ……」
「早っ!」
説明の途中でレンオが寝たため、メルがツッコんだ。
「レンオ様はお酒に強くないため、すぐに寝ます。半日くらいは寝っ放しですね」
「え? 半日?」
「通常の方なら8時間、お強い方なら4時間程度で済むと思います。ですが、その間は何をされても起きないです」
「えへへ……何をしても?」
何をされても起きないという言葉を聞いて、ソゥラがにやりと妖艶で危険な笑みを浮かべる。
「……まあ、晩酌にはちょうどいいかもね……アーレス、メル」
「はい」
「はーい」
ケンの呼びかけにアーレスとメルが返事をする。
「ごめん、罠を張っておくから問題ないと思うけど、後はよろしく。僕もしばらくしたら寝るだろうから」
「はい」
「はーい」
「ソゥラは既に縛ってあるから」
ケンの言葉でアーレスとメルが視線をソゥラの方へと向けると、グルグル巻きにされた彼女が悲しそうな表情で座っていた。
「早っ!」
「早っ!」
「ううっ……まだあ、何もしてないのに……」
「ソゥラさん、まだって言う時点で処置としては適切だと思います」
「ううっ……すぅ……すぅ……」
「ソゥラさんも寝てしまいましたね……」
その後しばらくはケン、ミィレ、ファードも眠らずに、ネクタルを飲まなかったアーレス、メル、バート、ハーキィ、チェーエフたちと楽しく談笑した。
それも片付けが始まる頃にはネクタルを飲んだメンバーが眠りに落ちてしまう。飲まなかったメンバーが寝床の準備などをして、親ぼく会は大きな問題もなく終わって、その日は終わりを迎えた。
最後までお読みいただきありがとうございました。




