2-16. 『罠師』、火元素を司る者と模擬戦をする(前編)
約4,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
3戦すべての模擬戦が終わった。
結果として、レンオのパーティーが全戦全勝という形での幕引きになった。これはほぼケンの目論見通りともいえる。彼は勇者候補と1度でも世界を救った真の勇者との違いをアーレス、メルに肌で感じてほしかったからだ。
ラースがあっけなく終わってしまったことはケンの予想外だったが、あっけなく負けてしまったこともラースへの焚き付けとして十分だったようだ。先ほどまでは震えていた様子のラースも次第に、自身の不甲斐なさへの怒りからか、強くならないといけないと息巻き始めている。
これでいったん解散かと思いきや、ケンがレンオを見てみると、レンオは目を輝かせて、その良い体格もどこかうずうずして頻りに動いていた。
「それじゃあ」
「ケンさん!」
レンオはこのまま我慢することもできた。できたが、そう考えている間に、自然と彼はお終いにしようとしているケンの名前を呼んでいた。
「いいよ?」
ケンは小さく笑いながら、たった一言、そうレンオに告げた。
「まだ何も言っていないですが……」
「自分も模擬戦がしたくなってうずうずしているんでしょ?」
「分かりますか?」
「僕じゃなくても……周りを見てごらん」
レンオが周りを見渡すと、ケンの言葉に反応してうんうんと縦に頷いている人しかいなかった。レンオは少し恥ずかしそうにして、ポリポリと頬を掻き始める。
「あはは……バレバレか」
「じゃあ、最後の4回戦目だね。念のために聞くけど、相手は誰がいい?」
ケンの言葉に、レンオは再び見渡す。
重武装をしている防御型だと思われるミィレ、女戦士という感じの近接攻撃型と思われるソゥラ、スーツ姿で遠距離攻撃タイプだと思われるファード、そして、先ほどから罠を発動させて周りを守ったり場を制したりしているトリッキータイプと思われるケン。
レンオは視線をケンに向ける。
「ソゥラさんも魅力的ですが、ケンさんがいいです」
レンオが魅力的という言葉を使ったためか、ソゥラが嬉しそうにして、チェーエフが小さな頬をいっぱいにして膨らませながら周りに見られないように俯いている。
ミィレは彼を言葉で周りに誤解させる系だと理解した。
「……『罠師』は正々堂々な戦いだけをするわけじゃないよ?」
ケンの言葉にレンオは笑う。
「いえ、人質を取るとか、見知らぬ他人を巻き込むとか、そういう戦い方じゃなければ、卑怯とは思いません! 戦略を練って、自分に有利な状況へと運ぶことも戦い方の王道だと思います!」
レンオの言葉にケンは笑う。
「そこまで言ってくれるなら、僭越ながらお相手をしよう」
「お願いします!」
レンオが模擬戦用の柵に手を掛けて飛び越える。
彼はバートと同じくらいの長身に大きくなりすぎていない筋肉質の体格、燃えるような赤い短髪に、同じくらい赤い瞳を持っている。服装は勇者といった感じで、布地の服の上に軽装鎧を身に着け、動けば深紅のマントをはためかせて、額に着けた輪っかの頭飾りが何か由緒ある雰囲気を漂わせていた。
彼は腰に提げていたロングソードを抜き放つ。鍔や柄のあたりに多少の装飾が施されているロングソードは魔力をうっすらと帯びており、その存在感を遺憾なく発揮していた。
「アーレスに刀剣を生成してもらってもいいかな?」
「はい、構いません!」
「アーレス、ショートソードを2本、お願いできるかな?」
「はい、どうぞ」
ケンはアーレスにショートソードを2本、用立ててもらい、それらを握りしめて、模擬戦の場へと入る。
彼はレンオと似たような装備だが、どこか風合いが異なる。良く言えば、冒険者としてこなれた感じ、悪く言えば、どこかくたくたな様子の出で立ちと言ったところである。服の上に革の軽装鎧を身に着け、マントも茶色でぼろきれまではいかずとも綺麗なわけでもない。全体的に茶色かった。
その装備とは異なり、黒色の短髪と若干褐色にも見える薄橙の肌を見せている。
顔に精悍さはあるが、普通と言えば普通である。
「僕のソードブレイカーは打ち合いに向かないからね」
「僕には、どのような武器も無駄ですよ」
「……へえ? じゃあ、始めようか」
「はい! お願いします!」
ケンはレンオの構えと声を確認して、小手調べとばかりに一瞬で間合いを詰めた。レンオは目の前にケンが現れたことに驚きはするもそれ以上のことなどなかった。
「レオスキン」
レンオがそう呟くも何らかの変化があるようには見えなかった。ケンはそのままレンオの腹を目掛けて、足裏を押し付けるような蹴りを放つ。
「っ!」
ケンはビクともしないレンオに驚く。彼のその強靭さに、体格差や防御力の高さといったものではない何かしらの力のようなものを感じた。そこで彼は追加の試しとして、レンオの脇腹を目掛けてショートソードを振ってみる。
ショートソードは何か不思議な力で、彼の鎧すら傷付けることなく、折れた。折れてしまったのだ。アーレスの生成する武器は不壊というわけではないが、通常以上の強度を有している。それがいとも容易く半ばからポキリと折れてしまった。
「嘘でしょ……」
「ふんっ!」
レンオは防御の体勢を一切取ることなく、ロングソードを大上段からケンに振り下ろす。振り下ろされる風切り音の後に聞こえてきたのは、ロングソードが地面を抉る鈍い音と砂利が跳ねる小さな音たちだった。
彼はパラパラとぶつかる小石を気にした様子もなく周りを見渡す。
「なるほど、神話にあるネメアのライオンってことか」
ケンは既に後退しており、折れたショートソードを見つめてから何かに気付いたようにボソッと呟いて、その後にレンオの方へと向く。
「物理攻撃がほぼ無効ってところかな?」
「はい、レオスキンは矢や刀剣、棍棒などの攻撃をたいてい防げます。強すぎる攻撃には難しいですが」
獅子宮の逸話にあるライオンは、人々から不死身と呼ばれていた。かつて、英雄が繰り出す弓矢の攻撃や棍棒による殴打にもビクともせずに、英雄は倒すことに苦労したという。
この時点で、ケンは一つの解を得たが、それを試すよりも先にいろいろとそれ以外のことを試してみたくなる。
「それじゃあ、魔法はどうかな? 【フレイムアロー】」
ケンが唱えると、彼の手のひらから火球が伸びて矢のようになったものが飛び出し、レンオへと迫る。
レンオはこの流れを理解していたようで特段の驚きもなく至って冷静だった。
「いいですね。アリエスウール」
レンオの周りを金色のオーラのようなものが包み込む。うっすらと見えるオーラの形はもこもことした羊毛の塊のようだった。
「ウール……羊の毛? 羊毛が魔法攻撃を吸収したってことかな?」
「そうです。僕にはあるレベル以下の魔法攻撃も効きません」
「うーん。一般的な物理攻撃も魔法攻撃も無駄か。中々に厄介だね」
レンオには物理攻撃も魔法攻撃もある閾値を超えないとダメージを与えられない。おそらく彼が成長すればするほどその閾値も上がっていく。
ケンはミィレを一瞬見た後に、レンオも彼女同様の強さをいずれ持つのだろうと思った。
「まだまだこちらから行きますよ!」
レンオが駆ける。素早さはそれほど高くないようでケンが逃げ回ってしまえば追いつけそうにない。しかし、ただ逃げ回っても面白くないと判じたケンは素直に武器のぶつけ合いに応じた。
防御をしなくてもいいと思って攻撃に全振りしたレンオの勢いは若干の体格差もあいまって、ケンがまともにぶつかり合えるものではなかった。ぶつけ合った瞬間に軌道をずらし、横へと流れるように飛んでいく。
「打ち合いじゃ僕の方が力負けするね。罠発動」
「む、ロープ? こんなもの!」
数本のロープがレンオの周りから伸び出て、そのまま彼の身体に絡みつく。ギチギチと締め上げるロープに多少焦りはしたものの、レンオはその膂力で締め上げてくるロープを逆に引き千切った。
「おぉ。ロープを引き千切ったか。罠発動」
「この程度の攻撃なら効きません!」
次にケンが試したのは、無数の銃器による一斉掃射である。しかしながら、銃弾はレンオの身体に食い込むことなく、ぶつかった後に無情にも床に力なく落ちていく。
「じゃあ、これならどうかな? 罠発動」
「同じことです!」
さらにケンは罠を発動する。無数の刀剣類をレンオの周りに配置し、一斉に突き刺しにかかった。だが、銃弾同様にレンオの身体に届くものはなかった。
「なるほど。じゃあ、魔法じゃないならどうかな? 罠発動」
「この程度であれば、魔法同様に効きませんよ!」
「ははっ! すごい! 防御力がかなり高い。先ほどの攻撃力も申し分ない」
ケンが銃器、刀剣の次に繰り出したのは再び銃器のような形をしたものだった。ただし、そこからは銃弾ではなく超高熱の炎が吹き出し、熱と炎がレンオを容赦なく襲う。
この攻撃にもレンオは無傷だった。これにはケンが笑った。
「アーレス、メル、ラース。分かるか? ケンはお前たちの攻撃だとレンオにまったく効かないってことを試しているからな?」
「うんうん」
「やっぱり、そうですよね」
ファードがレンオとケンのやり取りを眺めつつ、近くにいる3人にそう声を掛けた。彼を含むミィレやソゥラには、ケンの攻撃の意図が読めていた。
ケンなら既に攻略法を見出していると思われているし、ケンもまたその期待に応えられるくらいの実力を持っている。
「そのようですね」
「あ、そうか!」
「そういう頭が回るのか」
アーレス、メル、ラースはそれぞれの言葉を口にする。
「ケンさん! 本気を出していないというか、僕への対抗策を既に理解していて、いろいろとやっていますね?」
「うん。せっかくの模擬戦だからね。罠発動。いろいろと試さないと」
「おっと、風! これは厳しい!」
ケンは風で吹き飛ばせるかを試すために、突風をレンオにぶつけてみる。さすがのレンオのスキルも吹き飛ばしには対応できないようで、ロングソードを地面に突き刺して自身が吹き飛ばされないようにしていた。
「さて、だいたい分かった。僕は素直にお願いしちゃおうかな。人馬の力も見せてもらえるのかな?」
「いいですよ! 人馬には大きく2つ能力があります。1つは相手が一度僕に近付いてから、ある一定の距離を取った場合に使える遠距離攻撃、サジタリウスアロー」
「離れるのか。罠発動」
ケンは最大限離れるために、罠で空中に足場を作り、地上から空中へと移動していく。
「ありがたいです! サジタリウスアロー!」
「おっと、的確な遠距離攻撃だ。さすが射手座。だけど、ファードほど脅威には思わないかな。罠発動」
その弓は大きさが攻城兵器バリスタのような代物であり、レンオがそれを難なく引き、ケンに目掛けて撃ち放つ。
大きめの風切り音とともに矢がケンに迫り来るが、彼はそれを壁のようなものを出して防いだ。
「ふむ。何の変哲もないパワーのあるだけの矢だから壁があれば防げるね」
「遠距離攻撃はちょっと苦手なんです。正確で強力ですが、あまり早く矢を継げないので」
「ふむ、なるほど。ところで、もう1つの人馬の能力ってのは?」
ケンが何気なく訊ねると、バート、ハーキィ、チェーエフがビクッと身体を震わせた。
「ちょっと危険ですが、では、期待に応えて、お見せしましょう。人馬の能力、自爆技を」
「自爆技?」
レンオの言葉にケンは不思議そうな表情を隠せなかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。




