2-14. 『罠師』、『刀剣生成』と土元素を司る者の模擬戦を見る(前編)
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楽しんでもらえますと幸いです。
ラースは治療が終わったようで、申し訳なさそうな表情でファードの肩に乗っている。
一方のファードはラースの鼻っ柱をきちんと折れたような気がして満足していた。ファードがラースは今以上に成長するであろうと確信した瞬間でもあった。
「次が最後だ。アーレスとバートさんだね」
メルの試合も終わると、いよいよアーレスとバートの模擬戦が始まろうとしていた。
「承知しました」
バートは静かな声色でケンの言葉に応じる。
彼は服装からして執事といった姿をしていた。洞窟内でもはっきりと分かる真っ白なシャツや手袋に、ネクタイや靴が黒と執事らしい無彩色だが、ロングテールコートやパンツ、ベストは黒ではなくダークブラウンで色付けされていた。
髪の色はコートよりも明るい茶色で、同色の瞳がキリっとした目の中で綺麗に浮かんでおり、几帳面そうな性格が全体の雰囲気から察せるものの眉目秀麗という言葉がピタリと当てはまる色男である。
「…………」
「アーレス?」
「あ、すみません! ちょっとボーっとしていました!」
「大丈夫かい?」
「はい、行きます!」
アーレスはしばし無言のまま反応をしなかった。もう一度ケンが声を掛けると、ハッと気付いたように彼女が謝りつつ返事をして、模擬戦の場へと駆けていく。
彼女は全身のほとんどをピタリと身体に張り付いているような藍色の布で覆っており、顔も目元から下の鼻や口を同じように藍色の布で隠しているため、暗殺者のようにも見える。
髪はバートと似た明るめの茶色をしたショートヘア、目は猫目がちでくりくりっとしたかわいらしい瞳が黄金色に輝いていた。
さらに、少しだけ見える肌の色は小麦色である。
「それじゃあ、2人の準備が済んだら始めてくれるかな?」
「私は大丈夫です。アーレスさんもよろしければ、始めましょう」
「あ、はい! よろしくお願いします!」
アーレスとバートがケンの言葉の後に、お互いを見合って深々とお辞儀をする。
「では、そちらからどうぞ」
「っ! いきます!」
手を前に出して、先を譲る動作をしたバートの言葉にアーレスが過剰に反応する。先を譲られた彼女は、彼に格下に見られたと判断した。
もちろん、彼にそういう意図はない。彼女がお辞儀の後に今にも飛びかかりそうな勢いで構えていたので、彼は彼女が行動しやすいように促したつもりだった。
彼女は次の瞬間には30本以上のダガーナイフを空中に出現させ、バートを四方八方から包囲している。これには彼も少し眉根が上がる。
「ふむ」
しかし、すぐにダガーナイフが放たれなかったため、バートはゆっくりと見回しながら状況を確認し、眉根が次第に戻っていく。
「これは中々」
「一気に決めます!」
その言葉を放つと同時にアーレスはダガーナイフを一斉に射出する。バートはナイフの包囲網に穴がないことから、無理に避けようとせずにただ口を開く。
「ヴァルゴファティリティ」
バートの言葉の次に現れたのは彼の周りを囲むようにして生えた無数の植物だった。
その中でツタやイバラといったロープ状の植物が、ナイフを彼まで通すことのないように互いに絡み合って壁を作っていく。
ダガーナイフは数本のツタやイバラを切り裂くも勢いが落ちてしまい、緑色の壁を突き抜けることができなかった。やがて、ダガーナイフをすべて受けきった植物たちが彼の腰辺りまで長さを短くし、臨戦態勢とばかりにアーレスの方に先端が向いている。
「まずは1つ」
「何か仰いましたか?」
アーレスは誰にも聞こえないほどの小さな声で1つと呟く。聞き取れなかったバートが話しかけられたのかと思い、彼女に聞き返すと彼女は首を軽く横に振った。
「いえ、それは……植物を操る能力ですか」
処女宮、乙女座は豊穣の女神で語られることがある。そのため、バートの持つ処女宮の力が植物に関連したものになった。
「ヴァルゴファティリティ。正確には違いますが、そのようなものです。ただ本来は、ヴァルゴスピカ、こちらがメインですよ」
バートが別の言葉を言い放つと、彼を中心に周りから緑が生まれ、花が咲き、たくさんの野菜や果物、穀物が広がっていく。アーレスが床をちらりと見ると岩肌だったはずの洞窟の地面が腐葉土のように柔らかい踏み心地のする場所なっていた。
「……野菜や穀物ですか?」
「そう、本来は人々が食べ物に困ることが無いようにするための優しい力なのです」
バートが言う通り、植物を操る力はあくまで副産物であり、本来は五穀豊穣を願う女神が実りを与える優しい能力である。彼はこの能力が好きで、与えられた能力であることに誇りを持っている。
「そうですか。そちらが来ないなら、まだまだいきます!」
アーレスはそう叫ぶとバートの頭上に大剣クレイモアを出現させ、待機させることなく勢いよく射出する。ツタやイバラでは止めきれない力で圧倒しようとしたのである。
「ふむ。タウルスデュアルホーン」
バートが頭上のクレイモアを見上げ、両手を構えて武器を出した。それは二又の槍、バイデントとも呼ばれるような2本の角のような刃を持つ茶色の長槍だった。
彼は自分よりも柄の長い二角の槍を振り回しつつ、静かに躱し、勢いが乗っているはずのクレイモアをその側面を力強く叩くことでいとも容易く弾き飛ばした。
弾き飛ばされたクレイモアがアーレスの目の前に横たわって消える。
「2つ目」
アーレスが小さな声でカウントする。今度はバートにも聞こえなかったようでそのまま誰に気付かれることもなく、彼女の言葉はスルーされた。
「頭上からのとても重い一撃、とても良い一撃ですね。ですが、遊びはここまでにしましょうか。あなたは近接戦闘主体のように見受けられます。そのようなお手合わせを願えますか?」
バートはその生真面目さゆえか、何事も真剣に取り組む性格だった。模擬戦なので相手を倒しきってしまうような本気を出すわけではないが、ふざけるわけもなく至って真面目に、彼なりに模擬戦を楽しんでいる節があった。
彼は右足を後ろに退いて、二又の長槍を静かに構えつつ、真剣な眼差しで彼女の方を見つめる。
「っ! いいでしょう」
アーレスはその眼差しに若干気圧されるも自分を奮い立たせる。
彼女はショートソードを2本持ち、双剣使いのような構えを取ってから、バートの方へと瞬く間に駆けていく。
長槍の間合いをあっという間に越え、彼女はショートソードの間合いまで彼に詰め寄って、右手を上から下へと振り下ろす。
彼は彼女が手を振る一瞬の隙を見計らって後ろへ小さく2歩後退し、自分の間合いへと戻した上で、長槍を彼女の顔面に目掛けて突こうとする。
彼女は左側に身体ごと顔を逸らして長槍をなんとか躱すと、彼の感心したような顔が見えてしまい、思わず少し苛立ってしまった。
とっさにダガーナイフを1本だけ彼に目掛けて射出する。
ただただ彼を驚かせてその余裕そうな顔を崩したかっただけだが、その感情が彼女の攻撃のバリエーションを増やした。
彼はとっさに次の攻撃をやめて、右の方へと体勢を崩す。
彼女も好機と思いつつ追撃に転じられるほどの余裕がなく、4歩ほど後退して様子見をする。
「っとっと。攻撃中もナイフには気を付けないといけないようですね」
「決して退屈な思いはさせませんよ」
「……これは失礼しました。私は表情が変わらないだけでして、決して退屈だったり余裕綽々だったりするわけではないです」
バートはアーレスの言葉に気付き、彼女の気分を害していると察して、恭しくお辞儀をした。
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