2-11. 『罠師』、古代龍と水元素を司る者の模擬戦を見る。
約3,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
模擬戦をすることになり、ケンは罠で柵を作って大部屋の中に円形の闘技スペースを形成する。
「初戦はラースとチェーエフさんでいいかな?」
「構わん」
ラースはそう言い放つと同時に翼をはためかせながら柵に囲われた中へと入っていく。彼は真っ赤な鱗にぎょろりとした金色の目、手足の黒い鉤爪をしており、大きさこそ普段ファードの肩や頭に乗るマスコットキャラクターサイズだが、数十mほどの大きさにも大きくなれる。
「…………」
チェーエフは無言のままこくりと肯く。
彼女はレンオのパーティーの中で身長が一番低く、冒険者や勇者一行らしからぬ料理人の服装をしていた。彼女の青いくりくりっとした瞳、薄橙色の柔らかそうなぷにっとした肌、後ろでちょこんとまとめられたおさげの青く綺麗な髪、そのすべてが愛らしいマスコットガールのようである。ちょっと腕まくりをしてやる気のある感を出しているのもかわいらしさを引き上げている。
「チェーエフさん、首を縦に振っているからいいってことだよね?」
「…………」
「はい、よいようです。チェーエフは話すのが苦手なため、大人数の前ではほとんど話せません」
ケンが再度確認すると、チェーエフは首を大きく縦に振る。しかし、言葉は出さない。不思議に思うケンに対して、バートが補足説明をした。すると、チェーエフは少し恥ずかしそうに頬を赤らめながらぶんぶんと首を小刻みにたくさん振る。
「なるほど。じゃあ、始めよう」
こうしてラースとチェーエフが柵の中で対峙する。チェーエフは意気込みを見せるためか、ガッツポーズを取るかのように両手を胸の前でぐっと握った。一方のラースは少し幼げな女性を前にどう手加減をしようかと考えあぐねていた。
「では、参ろう」
ひとまず、ラースはチェーエフと同程度のサイズに大きくなった。
「あのラースっていう竜、大きさを自由に変えられるんだね」
「面白い竜もいるものです」
「そうですね」
そのラースの変化にレンオ、ハーキィ、バートが反応し、世界にはまだまだ知らないことがいっぱいあると感じていた。
チェーエフは特段驚きもせずに自身の得物である両刃の双剣を手にする。双剣は両方とも刀身や柄、ナックルガードなどの剣のすべてが美しい真っ青な色をしており、不思議なことに両刃剣にも関わらず、刃の反りが存在していた。
「ほう、刃物が武器か。我が鱗に敵うかな? まずは我からいくぞ!」
ラースは深く大きく息を吸い込んで空気を喉から腹の方へと送った後、その空気を腹から喉へと戻していく。彼はそのまま大きな口を開き、炎のブレスを吐き出した。超高温のブレスが床を焦がしながらチェーエフへと迫る。
「……シャボンブレス」
チェーエフはラースのブレス攻撃を見て、ケンたちの前で初めて声を出した。彼女の小さな鈴のようなかわいらしい声が聞こえた後、彼女は双剣を親指と人差し指の間に挟んで持ったまま、両手を受け皿にするように合わせて口元に持っていく。次の瞬間、彼女の両手から泡がもこもこと現れ、彼女がそっと息を吹きかけるとブレスの方へと向かって無数の泡が煌めきながら飛んでいく。
炎のブレスと無数の泡がラースとチェーエフの間で激しくせめぎ合う。泡はパチパチと音を立てながら消えていき、炎のブレスもその泡とともに消えていくように威力が弱まっていく。やがて、彼らの中央で両方が同時に消失した。
ラースは笑う。チェーエフもそれにつられてか、にこっとかわいらしく微笑む。
「面白い! 古代龍のブレスに泡で相討ちにするとはな。次はお主の番だ!」
その言葉に合わせて、チェーエフが肯いてから動く。走り出した彼女はラースに対して直線的ではなく、横移動をメインとしてまるで渦巻きを描くような動き方をしながら、徐々に距離を詰めていく。
「……キャンサーハンズ」
「遅い! しかも、そんな単純な突き……がっ! な、なにっ!?」
「!」
「!」
「!」
「!」
「!」
「!」
チェーエフがラースの脇腹を刺そうとするように右手の剣を突き出す。
彼女の動きは、さして早くもない動き、むしろ、先ほどまでの足捌きやブレスへの反応の早さに比べると二段階くらい遅い緩慢ともいえる動きだった。
ラースは必要最低限の動きでそれを避けて、反撃に移ろうとした瞬間に斬撃を受ける。避けたはず刃とは別の方向からの斬撃に何をされたのか分からないといった様子である。
ケンは『観察眼』を使い、即座に理解する。
「なるほどね。キャンサーは巨蟹宮、つまり、かに座か。とすると、推測するに見える刃と見えない刃がまるで鋏のように相手を切り裂くのかな。技名を都度言わなきゃいけないのか、一度言えば一定時間は見えない刃が機能するかで変わるけど、目視だけで戦えないのはちょっとやりづらい相手だね」
ケンの説明にレンオは少し興奮気味だ。
「ケンさん、すごいですね! 彼女の攻撃のカラクリにすぐ気付くなんて。彼女は水の元素に属する巨蟹、天蝎、双魚の力を有しています!」
「え」
「え」
レンオがまだ明かしてすらいないチェーエフの能力も含めた勇者スキルの根幹を打ち明けてしまい、思わずバートとハーキィが啞然とした顔で彼を見つめる。
「へぇ……じゃあ、レンオさんたちは、火の元素である白羊、獅子、人馬の力と、土の元素である金牛、処女、磨羯の力と、風の元素である双児、天秤、宝瓶の力、そのどれかを持っているってことだね?」
「そうです! 他の力も推察できるなんて、ケンさん、すごいですね!」
「えっと、レンオ様、ちょっと……」
「さすがに打ち明け過ぎです……」
ケンはすぐに12星座にまつわる能力だと気付く。彼はレンオの前の世界でも星座というものが存在したと知って、少し懐かしさを覚えた。そして、レンオの口調が丁寧語に戻っていることに気付く。指摘することも野暮と思い、そのまま続けた。
レンオは興奮し過ぎてテンションが上がっている一方で、その隣にいたバートとハーキィは仲間と思った人に隠し事のできない彼にテンションが下がり切っていた。
「もうすっかり仲間って感じね」
「レンオさんもバートさんも素敵ですよね♪」
「……やめなさい」
狙い始めているソゥラの目線と言葉に気付き、ミィレは早速釘を刺しておいた。
「ぐうっ……中々。さすが、1つの世界を救った勇者の仲間は伊達ではないな。見た目で手加減などと温いことを考えておった我が悪かった。本気でいかせてもらおう!」
ラースは2倍に膨れ上がり、チェーエフを押し潰そうと動き回る。しかし、チェーエフの横の動きは思いのほか素早く、まともに喰らえば即死級の攻撃も何度かは掠るも有効打にならない。
その代わりに、大きくなったラースの鱗はより硬くもなるようで、チェーエフもまた刃物による攻撃が有効打になりえず少し困った表情をする。
「……これは使いたくなかった」
「ん?」
「……スコルピオズスティンガー」
チェーエフがそう呟くと、彼女の小さな青色のおさげが急に彼女の身長以上に伸びて、硬質化した毛先がラースの比較的柔らかい腹を目掛けて突き刺さる。天蝎宮、さそり座の毒針は英雄殺しの毒針であり、その力を有する彼女の毒針は効かない敵を探す方が難しいほどの強力な一撃だった。
「ぐっ……毒……か? こんな切り札を隠していたとはな……それよりも、先ほどから目つきがなんか……」
「……食材」
チェーエフのその一言は一瞬にして、ラースだけでなく、チェーエフ以外の全員を凍り付かせる。
「……は?」
「……食材を毒に侵すのは良くない」
冗談かと思われたチェーエフのセリフは、ケンたちが横にいるレンオたちの方を見て、彼らが首を横に振っている時点で本気以外の何物でもないことを悟った。
ラースは大きいままではまずいと思い、小さくなって上空へと逃げる。毒で侵された身体を必死に動かして、彼女の攻撃が届かない天井まで辿り着いて張り付いた。
ラースはぶるぶると震えている。
「チェーエフ! 待った! その方は食べ物ではありません! 勝っても殺したり食べたりしてはいけません!」
「これで模擬戦終了! 終了だよ!」
「…………」
バートの制止と、ケンの終わりと言う言葉に、チェーエフは双剣をしまって柵の外へ出るとレンオの横でぎゅっと無言になって抱き着き始めた。
レンオはいつものことなのか「よくがんばったね」と優しく微笑みながら彼女の頭を撫でている。彼女の顔が嬉しさで眩しく輝いていた。
ラースはミィレに毒の治療をしてもらいながら、いまだにぶるぶると震えていた。
「はぁ……はぁ……これが……食べられるかもしれない恐怖……」
「古代龍に食材になるかもしれないという恐怖を与えるなんて……」
「あの子、かわいい顔して、けっこう怖いかも……」
ラースのぶるぶると震える様子に、アーレスとメルは憐れみ半分怖さ半分といった表情でラースとチェーエフを交互に見るのであった。
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