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異世界転移し続ける『罠師』勇者ケンの英雄譚  作者: 茉莉多 真遊人
第1部7章 『罠師』、次の旅へ向かう。

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1-39. 『罠師』、王に報告し酒場で宴会をする。

約4,000字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 ウィルド城内。城と言えば、玄関から謁見の間までのびる赤い絨毯、天井を輝かせるシャンデリア、壁や床、階段の手すりにまで施される金細工などの豪奢なものばかりだと思われがちだが、元が砦だったことやリプンスト王が節制を心がけていることもあり、ウィルド城はそういったものが一切ない。


 唯一、謁見の間にある王座だけは周りの懇願もあって、少しばかり良い椅子を使っている。もし、懇願でもしなければ、酒場にある年季の入った丸椅子と変わらないものが謁見の間にちょこんと置かれることになっていた。


「そうか。風の魔将を退けてくれましたか」


 少し良い椅子に普段座っていない証拠に、リプンスト王はどこか座り心地が悪そうに何度も姿勢を変えながら、目の前にいるケンたちに少しぎこちない丁寧語で話しかけている。


「はい。残念ながら、風の魔将フリュスタン並びに魔王ヴァーフェを討伐することは敵いませんでした。また、風の魔将が何の意図を持って、神の創りし砦に立て籠もっていたのかも不明のままです」


 ケンやソゥラ、アーレス、ファードはリプンスト王に言われ、片膝をつくこともなく立っている。すべての説明はケンが行うようで、彼だけ一歩前に出て口を開いている。


「それは仕方のないことだ。まずは隣国との貿易路を完全に取り戻せたことを祝おう。まずは報酬だ」


 リプンスト王の言葉に反応した近衛兵の1人が、ケンの前で片膝をついて金貨が詰まっているであろう袋を差し出す。彼は袋を無言で近衛兵の方に押す。


「前金も十分にいただいて、それからこんなにはいただけません。その代わりにと言ってはなんですが、この世界の詳細な地図の複写をいただければと思います」


 ケンは地域の地図なら多く見かけていたが、世界地図が数えるほどしかないのか中々見ることがなかった。彼はとにかく情報が欲しい。地図は貴重な情報源であるため、彼は早々に欲していた。


「地図の複写で良いのか?」


 リプンスト王は少し不思議そうな顔でケンを見るが、ケンはリプンスト王を笑顔で見返す。


「ええ。もし可能なら、出自が分かるように、王家の家紋などをどこかに印字してもらえればなお嬉しいです」


「なるほど。では、地図の複写にケン殿に授与したものとの一筆と家紋を加えて、さらに、我が国の名誉勲章を与えよう。何、嵩張らないし、何かと便利になることもあるだろう。できれば2日ほど時間をいただけるか? あと、ランドンケラ王国に行くのだろう? こちらで移動用の馬車を用立てよう。ランドンケラまでは御者も付けよう。馬車は使えるか?」


 リプンスト王は近衛兵に命令し、早速手配する。


「至れり尽くせりありがとうございます。2日なら大丈夫です。馬車も多少の心得があります」


 ケンがそう返事すると、リプンスト王は満足そうな表情で立ち上がる。


「さて、これで最後だが、今夜、ささやかながら城下町の酒場でパーティーをしたいと思っている。あそこの方が気兼ねないからな」


 リプンスト王の手は既に乾杯の手になって、飲み干すポーズまで取っている。これには思わず、近衛兵たちもケンたちも笑みが零れてしまう。


「食事までいただけるのはありがたいですね」


「なに、余が皆と飲みたいだけだ。ところで、アーレスは具合が悪いのか」


 リプンスト王は思いつめたような表情のアーレスが気にかかって、見なかったことにしようかどうか迷った末に声を掛けてしまった。それほどまでに彼女の表情は重苦しい。


「…………」


「アーレス? 大丈夫か?」


 リプンスト王のさらなる声掛けに、ようやくアーレスはハッとして気付き、片膝をついて口を開く。


「はっ、リプンスト王、すみません。その……考え事をしておりまして」


「そ、そうか」


 アーレスが片膝をついていなかったのは、自分の言葉ではなく、ただ呆然としていたからかと理解したリプンスト王は少し面食らうことになった。しかし、彼は怒るような狭量ではない。


「すみません、リプンスト王。アーレスはどうもまだ疲れているようです。今回の経験は彼女にとって初めてのことも多かったので」


 ケンの言葉で、不敬だと少し憤っていた近衛兵たちも収まり、リプンスト王もまた首をゆっくりと縦に振って、笑顔でアーレスを見つめる。


「なるほど。疲れているところ、よく来てくれた。貴重な経験も経て、アーレスが立派な勇者となってくれることに期待している」


 リプンスト王がその言葉で締めくくった後、ケンたちは一度宿屋に戻る。ファードはケンの部屋で昼寝を始め、ソゥラは着ていく服を吟味し、ケンはソードブレイカーの手入れを行い、アーレスはぼーっとしていた。


 しばらくすると近衛兵が彼らのことを呼びに来て、酒場へと全員で繰り出した。そこには既にリプンスト王もいて、既にジョッキ1杯を練習と言わんばかりに空けていた。改めて乾杯をし、酒場には入りきらない人たちが多く、他の酒場と協力して、料理や酒も運ばれ、人も代わる代わる王やケンたちと酒を酌み交わして去っていく。


 序盤は騒がしかった酒場のパーティーも終盤になれば、少しずつ落ち着き始め、ケンはアーレスの姿がないことに気付いて外へと出る。外はさらに落ち着きを取り戻しているようで、アーレスがポツンと噴水の前にいた。ケンは歩み寄る。


「アーレス」


「ケンさん」


 アーレスの頬には一筋、二筋の涙の跡が見える。ケンはそれについて何も言わずにアーレスの隣に座る。


「大丈夫かな?」


「あ、はい! いえ、……正直、参っています」


 ケンが優しく声を掛けると、アーレスは最初元気そうな顔を見せようとしたが、すぐにバレると勘付き、素直な自分を話し始める。


「そうだよね。不安だよね」


「はい。勇ましい部分は自分の中に男性が宿っていたからかもしれません。ちょっとだけ弱くなった感じがします」


「そうなのか」


 ケンはそんなことはないだろうなと思いつつ、アーレスの内心を考えれば、到底言えるわけもなく、ただ彼女に同意するように返事をする。


「あ、でも、皆さんと旅を続けたいですよ」


「それは嬉しいけど、大丈夫かい?」


 アーレスは微笑む。


「はい! 今、弱気にはなっていますけど、逃げるつもりはないです! もっと鍛えてほしいです。自分の手で決着をしたいものも増えましたから! かつての仲間、そして、自分の半身……」


「…………」


 アーレスの元気は言葉を出すほどに失われていく。まるで徐々に空気が抜ける風船のようだ、とケンは思った。彼は彼女の邪魔にならないように無言でただただ頷くばかりである。


「あー、なんでこうなるんでしょうね。あー、もう、弱っちゃいますね」


 アーレスが再び笑顔で振る舞おうとするも空元気さえ出てこないのか、先ほどよりも笑みが固い。


「そういう時は僕なりソゥラなり、他の僕の仲間なりを頼ってほしいな。自分だけで抱え込みたい気持ちも分かるけど、抱えきれないものは皆と、ね?」


 ケンがそう言った後、アーレスは一瞬顔が歪み、涙が出そうになるも必死に耐え、自然な笑顔を見せる。彼女はケンの横にピタリとくっつき、頭を彼の肩に乗せた。


「じゃあ、ちょっとだけ甘えさせてください」


「いつでもどうぞ」


 アーレスも美少女である。彼女にくっつかれて、そう言われたら大抵の男は様々な思いを巡らせるだろう。しかし、ここにいるのはケンだ。彼女が恋愛感情を抱いていないと理解して、父性を求めているのだと認識している。つまり、頼りになる男であればいいと彼は考えていた。


「…………」

「…………」


 しばらく、アーレスはやりすぎたと思ってドギマギしていたが、ケンが余裕そうな表情で優しく彼女を見つめるものだから、安心してそのまま寝入ってしまった。


「ああー、いい雰囲気になっています! 今夜はあ、私……って、アーレス、寝ていますかあ?」


 ソゥラは町娘風の服を着て近付いてきていた。彼女が片手にジョッキ、片手にチキンの揚げ物という飲み途中のおっさんのような手持ちでやって来るものだから、ケンは思わず笑ってしまう。


「そうだね。いろいろあって、本当に疲れていたんだろう。後、アーレスが僕に抱いているのは恋心じゃなくて父性か何かだと思うけれど」


「父性から始まる恋もあるかもですよ? また現地妻なんて作ったらあ、私もそうですけど、お姉ちゃんも怒っちゃいますよ?」


 ソゥラは少し苦笑い気味にケンを非難する。


「またって……現地妻って……もう少し言い方を……」


「……全員、言えばいいですかあ? えっとー……」


 ケンがソゥラに言い方を注意しようとする前に、ソゥラは少し怒り気味に畳みかける。既に5つの世界を救った勇者である。女性遍歴が多くても当然と言えば当然だが、ソゥラやミィレという仲間、しかも、彼のことが好きだと公言している彼女たちがいるにも関わらずとなれば、彼女たちからすれば怒りたくもなるのだろう。


「ごめんなさい……そうだね。気を付けます」


「私たちの気持ちに気付きながらもだからあ、とんだ大罪人ですよ。私やお姉ちゃんはそんなに魅力ないですかあ?」


 ケンはすぐさまに首を横に振った。


「2人とも魅力的だよ。いつかきちんと心から結ばれたいと思っているさ」


「その言葉、期待していますね」


 その後、ソゥラは再び酒場へと戻り、ケンはアーレスを宿屋まで運んだ。ソゥラを中心としたパーティーは夜通し続き、翌日、ファードが彼女を背負って宿屋に帰ってきたのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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