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異世界転移し続ける『罠師』勇者ケンの英雄譚  作者: 茉莉多 真遊人
第1部6章 『罠師』、風の魔将と戦う。
43/89

1-37. 『罠師』、異世界の魔王と戦う。(後編)

約4,000字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 ケンはソゥラを下ろす。彼女の膨れた頬が戻らないことを確認して、彼は溜め息を吐く。


「助けたのに怒られるのか……」


「もう少し、助け方がスマートならあ、私だって言いません!」


 ケンとソゥラのやり取りをヴァーフェが声を上げて笑う。


「はっはっは。ケンは今、2つほど失敗したな」


 ヴァーフェのその言葉に、ケンはピクリとした後に彼をじっと見つめる。ファードは面白そうな展開だと言わんばかりの表情をして、アーレスはケンの失敗がソゥラの扱い方ぐらいしか分からず不思議そうな顔をする。


「2つ? 1つも失敗した覚えはないけどね」


 あくまでソゥラの扱い方も失敗していないと言い切るので、ソゥラの頬はまるでエサを頬張った後のハムスターのように限界まで膨らみきった。


「むー」


「1つは女性の扱い方だな。女性というものにはだな、男が優しくし過ぎたかなくらいの優しさがちょうどいいものだと思っている。現に、ソゥラは怒っているぞ? お姫様抱っこをしてもよかったんじゃないか?」


 ヴァーフェの言葉に、ソゥラは首がもげるのではないかと周りが心配になるほどに首を縦に振って頷く。


「……なるほどね。それはたしかにそうかもしれない。で、もう1つはなんだろうね?」


 ケンは今度からお姫様抱っこをスッとできるように心がけることにした。しかし、実は前の世界でも周りから言われたことがある。それでも今なお実行できていないので、彼ができるようになるのは随分と先の長い話だ。


「もう1つは罠の出方だ。俺が早過ぎて慌てたな? 『罠発動』と言うより前に罠が出ているぞ?」


 ヴァーフェはニヤリと笑う。友達の隠し事を見つけた時の少年のような笑顔に、ケンもまた、友達に隠し事がバレた時のようなバツの悪い表情になる。


「……バレたか」


「え、なんですか?」


「ケンは、罠を何も言わなくても出せんだよ」


 アーレスがまだ分からないようで隣にいるファードに訊ねる。すると、ファードは聞かれたから答えるくらいの軽さで、ケンが今まで隠していたことをあっさりとアーレスに話す。


「え、じゃあ、今まで何故?」


 アーレスはケンがそのような面倒なことをしている理由が分からなかった。彼はアーレスの方を向いて包み隠さずに答える。


「簡単なおまじないさ」


「簡単な……おまじない?」


 ケンはゆっくりと肯いた。彼は再び口をゆっくりと開く。


「『罠師』のスキルが魔法のように詠唱を伴うものだと誤認識させておけば、口を塞いできた敵を油断させることができるからね」


 ケンは自分が考えたのであろうそのおまじないを嬉しそうに語る。


「そのためだけに、敵がいない時でも『罠発動』って言っていたんですか?」


「いつ誰に見られているか分からないんだから、それくらいの保険はかけておくさ」


 アーレスの質問に、ケンは当然とばかりにそう伝える。


「それ自体が既に罠なんですね……」


「そうなんだけど、しかし、一瞬で見破られるとはね」


 ケンは悔しそうな感情が微塵もなさそうに、むしろ、見破られたことを嬉しく思っているのか、笑みが止まらないと言った表情だった。


「ケンはどうやら俺と同じくらい、もしくは、それ以上に速く動けるようだな。それが仇になったと言わざるを得ない」


 ヴァーフェもまた自分と同じくらいに動けるケンという存在に興味を持っているようだった。


「なるほど。スピードね。たまにはスピード勝負といこうかな。アーレス、ショートソードを2本用意してくれるかな? ソードブレイカーは耐久力に問題があるからね」


「は、はい」


 ケンはアーレスにショートソードを2本用立ててもらい、手によくよく馴染ませる。


「ありがとう。扱いやすい良い武器だね。ソゥラ、アーレス、ファード、ちょっとだけ遊んでくるから、休んでいてよ。罠発動」


 ケンがそのような軽口とともに罠で出したのはバリアである。ソゥラ、ファード、アーレス、そして、フリュスタンにもバリアが張られ、自由に動けるのはヴァーフェとケンだけになった。


「バリアか。フリュスタンにまで張ってもらえるとはありがたい」


「遊びに他の人を巻き込んだら……ただただ迷惑だからね!」


 ケンの急な突進をヴァーフェは刀で容易く受け流す。


「俺の速さについて来られる奴も珍しい」


 ヴァッフェが刀を振り回すと、ケンは2本のショートソードを器用に使って刀の軌道を逸らす。ケンが蹴りを入れようとするも、ヴァーフェがそれに気付いて咄嗟に鞘を手に持ち弾き返す。ケンの体勢が崩れるが、その崩れる勢いを側転に切り替えて、横薙ぎの一撃を躱す。


「それは僕のセリフでもあるんだけどね。一応、『神速』ってスキルがあるんだよ」


『神速』。ケンが二つ目に得た能力であり、全ての速度が上げられる常駐スキルである。走るのも反応するのも罠を設置するのもすべてが速くなり、頭の回転率さえも上げる。


「『神速』、神の速さか。たしかに名に違わぬ速さだな。それにいくつかの流派の基本型を覚えているようだな。面白い」


「そんなことまで分かるとは、さすが、刀を極めた魔王だね」


 ヴァーフェは笑う。ケンは決して剣士としての腕が優れているわけではなく、剣士としての格は二流である。しかし、いくつもの流派の基本型を習得しているため、都度都度、型を変えては相手にリズムを悟らせず、逆に相手のリズムに合わせて動くことができる。


「しかし、どれも極めるに達していないな。つまり、上等ではない」


 速さはケンに分があるものの、力と剣の技量はヴァーフェに分がある。そのため、ヴァーフェとケンは切り結ぶだけなら互角だ。しかし、剣技だけで押し切るだけの力がケンにはなかった。


「参っちゃうな。器用貧乏でね。どれもこれも中途半端さ。ケンという名前の割に剣士になれなくてね」


「はっはっは」


 お互いに真剣である。しかし、どこか余裕がある。まるで子どもが真剣にチャンバラごっこに興じているような、死と隣り合わせのはずの擦れ擦れの一撃でさえ、どこかそれを感じさせないほどにお互いに危なげがない。


「すごい。というか、見えない」


「目で追うのがあ、精一杯かも。でも、どっちがどっちかあ、分かりませんね……」


 アーレスはケンとヴァーフェのやり取りのほとんどが見えていない。途中途中での斬り返しのために止まっている時以外、彼らの姿や武器を視認することができない。ソゥラでさえ、この速さには追いつくのが精一杯であり、どこまで理解できているかは怪しかった。


「こんなん、割って入った時点で斬られて終わるぞ。バリアのおかげで平然としていられるが、なけりゃあいつらの出す衝撃波で吹き飛ばれるからな」


 ファードはポリポリと頬を掻く。仮にこの速さのやり取りを前に、援護射撃ができるか。答えは否だった。2人ともをまとめて倒す技になら心当たりがあっても、1人だけを正確に射貫く自信はない。


「ケンさん、罠がなくても、普通に強いじゃないですか……」


 アーレスがそう言うと、ソゥラが肯く。


「そうなんですけど、『罠師』としてのプライドがあ、あるみたいですよ? あと、ヴァーフェが言うように、剣士としてはどの剣も中途半端なんですよね。基本型しかどうもうまくできないから、奥義的なものは覚えられていないのですよ」


「それにしたって、あの速さでなら、大抵負けないでしょうね」


「その大抵に魔王が入らないから、お互いに遊びみたいなもんなんだろうな」


「これで遊びですか……」


 アーレスががっくりと項垂れる。


「さて、そろそろ遊びも終わりにするか」


 ヴァーフェが突きを繰り出し、ケンは半身でそれを躱す。その躱した勢いそのままに半回転でショートソードを振ってみても、次の瞬間に鞘がショートソードを弾く。


「ふぅ……たしかに充分に楽しんだね。っと、さて、倒されてくれるかい?」


 ケンが軽く荒い息になりつつも、軽口を叩く余裕はまだまだあるようだ。


「そうもいかない。だが、迎えが来たようでな」


「っ! 罠発動」


 ヴァーフェがそう呟いた後に、ケンが咄嗟に罠でバリアを発動する。ケンは背後から魔法の矢が飛んできて、バリアに弾かれたことを確認した。


「ヴァーフェ? 遊んでいたの?」


「ヴァーフェ? フリュスタンは大丈夫?」


 真っ白な髪、真っ白な瞳、真っ白な肌、真っ白な服、すべてが純白に包まれたような少女が感情を表すことなく話す。その次に、純白少女の隣にいる真っ黒な髪、真っ黒な瞳、真っ黒な肌、真っ黒な服、すべてが漆黒に包まれたような少女がやはり感情を表すことなく話す。


「シュートラ、ナハート。フリュスタンならあそこだ」


 ヴァーフェは、白い少女をシュートラと呼び、黒い少女をナハートと呼ぶ。そして、彼はフリュスタンの方を指差す。


「敵に捕まっているの?」


「いや、バリアを張ってもらっている」


「何を言っているの?」


「そのままの意味さ」


 シュートラとナハートは状況が理解できていない。敵にバリアを張ってもらう状況など通常は理解できないだろう。


「まあまあ、それは追々話すさ。さて、と。ケン、どうだろう。こちらも人数は同じになった。このまま、全員でサシの勝負をしてもいいが、それだとそちらが困らないか?」


 ヴァーフェはアーレスを見る。彼女は居心地が悪くなる。どう考えても彼女が弱点に間違いない。ケンはしばし考えた後に、構えを解いた。


「たしかにね。諦めておこうか」


「ヴァーフェ、彼女、面白いわよ?」


「ヴァーフェ、彼、もらっちゃえば?」


 シュートラもナハートもアーレスを見る。ヴァーフェはピンとくる。


「……なるほどな。ケン、ちょっとしたものをお見せしよう」


 ヴァーフェの言葉にシュートラとナハートが肯き、何か唱え始める。その後すぐにアーレスが膝から崩れ落ちて悶える。


「うぐっ……あっ……あ、熱い……身体が……あああっ!」


「ケン、アーレスがあ」


 ソゥラがアーレスに近付いて叫ぶ。


「罠発動」


 ケンがシュートラとナハートの口を罠で閉じさせる。しかし、アーレスの様子は変わらず、床を激しく転がっている。


「詠唱を止めても……っ! そういうことか!」


 シュートラとナハートの詠唱は見せかけであり、無言で発動できるスキルを使っていた。ケンは次の罠をなりふり構わずに無言で出そうとするも、その刹那の瞬間にヴァーフェの居合が繰り出され、集中力を乱される。


「そう、おまじない、さ。今は考える暇すら与えんぞ?」


 ヴァーフェから繰り出される高速の連続突きをケンは避けるので精一杯だ。


 他の仲間もボーっと立っているわけではない。ファードが魔法の矢で狙い、ソゥラが直接叩こうとする。しかし、シュートラとナハートの周りをフリュスタンが風で捻じ曲げて、彼女たちを包み込んでいるため攻撃が通らない。


「近寄れない!」

「ちっ!」


「私だってこれくらいの活躍はするわ」


「くっ! アーレスに何をしている!」


 ほぼ万全状態のシュートラとナハートには、罠での直接攻撃が効かない。ケンが効果的な間接的な攻撃を考えようにも、ヴァーフェの激しい攻撃の前では『観察眼』で彼女たちを捉えることができない。


「安心しろ。死にはしない。面白いものを見せると言ったろう?」


「うぐう……あああああああああああああああっ!」


 突如、女性型のアーレスから男性型のアーレスがセミの羽化のように分離する。


「アーレスが2人になった?」


 ケンが驚き、ヴァーフェが笑みを浮かべた。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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