1-33. 『罠師』、風の魔将と対峙する。(中編)
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楽しんでもらえますと幸いです。
「さて、いつでも掛かって来なさい」
フリュスタンの不敵な笑みに、アーレスは背筋が凍る。それを見透かしたようにケンが前へと躍り出る。腰に差していたソードブレイカーを抜くと大きく跳躍し、フリュスタンへと切り掛かる。
「へー、大した速さと跳躍力じゃない」
フリュスタンは少し驚きつつも表情は崩れない。ケンの攻撃の軌道が予め分かっているかのように自身の周りに纏わせている風を巧みに操り、難なく避ける。
「罠発動」
ケンの罠であるロープがフリュスタンに襲い掛かるが、突如、その動きを止めてしまう。引力と斥力が働いているようなその場で前後に小刻みに動いて進むことができない。
ソゥラがそのロープを器用に使って、フリュスタンの前まで進み、ハルバードを大振りする。しかし、その攻撃さえもフリュスタンには当たらない。
「ロープが束縛しない?」
「ああ、やっぱり、ダメですかあ」
アーレスは目の前の光景に驚きを隠せず、降り立ったソゥラがアーレスの近くでボソッと呟くように話し始める。
「魔王や魔王の配下にはあ、直接的な罠が効かないことが多いんですよ。もしくはあ、罠を当てるための条件があるんですよ」
ソゥラはアーレスにそう解説した後に、再びフリュスタンの方へと向かう。彼女は武器を鎖付き分銅へと形状を変えて、伸ばすように攻撃を仕掛けるが、単調な動きではどうしても避けられてしまう。
「そんな……」
「罠なんて勇者らしくないものを使うのね。まるでハンターみたい。毒や麻痺とかも使えるのかしら?」
フリュスタンは次々と繰り出されるソゥラとケンの攻撃を紙一重で全て躱していき、ケンの罠に興味を持ったようで話しかけてくる。
「もちろん。僕が出せない罠はないよ」
ケンは会話に応じる。手では激しく刃を向け、口では優しい口調で言葉を向ける。そのちぐはぐな状況に、アーレスは呆気にとられ、ソゥラはいつものことなのかケンの攻撃に合わせて、自身の攻撃を重ねていく。
2人のコンビネーションは息がぴったりと合っており、アーレスは舞踊を見ているかのような錯覚に陥る。
「本当に勇者らしくないわね」
フリュスタンは小さく溜め息を吐く。魔王勢でも戦闘中に罠を使う者は少ない。勇者勢であれば、なおのことであり、少なくとも彼女は今まで罠を多用する勇者を見たことがなかった。
「よく言われるね。だから、勇者らしくない戦い方を極める必要があるわけさ。罠発動」
いくつかの高さの異なる足場が形成される。その足場は弾力があり、跳躍力も上昇させるものだった。
「なるほど。足場を作って、私の飛行のアドバンテージを減らしたいわけね?」
フリュスタンは足場を減らそうと風をそちらへ向けようとするも、ソゥラとケンの攻撃のテンポが良くなったことで徐々に余裕が減っていた。
「中々当たらないね。なるほど、風使いらしく空気の流れを読んで軌道を把握しているわけか」
ケンはようやくいろいろと見えてきたようだ。『観察眼』も万能ではなく、瞬時に観察完了することもあれば、しばらくしないと読めないこともある。相手の強さが強ければ強いほど、時間がかかることが多いようだ。
「っと、アーレス、そろそろ動けるかい?」
棒立ちになったままのアーレスに、ケンは優しく声を掛ける。そして、この時に彼はある確信を得た。
「す、すみません!」
「いいさ、初陣だ。しかも、格上も格上の相手に緊張するな、は無理がある。援護するから攻撃してごらん」
アーレスはフリュスタンの方へと視線を向けると、空を飛ぶ彼女との間にダガーやチャクラムを50個ほど生み出していた。
その様子に、ケンはアーレスの成長を実感した。
「たあああああああっ!」
その叫び声とともに、武器たちは生み出された後に高速回転を始め、軌道もまっすぐではなく、様々な軌道でフリュスタンへと向かっていく。
「なるほど。手数で押しちゃうタイプね。確かに私との相性はいいかもしれないわね。だけど、攻撃が軽いわね。風で一発よ?」
フリュスタンは纏う風の範囲を広げ、強さを強めた。横薙ぎに吹く風にダガーもチャクラムも軌道が不安定になり、壁や床へと虚しく刺さって終わってしまう。
「すべてを弾かれた?」
「上出来だ! ボサッとだけはするな!」
「はい!」
アーレスの失意に、ケンは檄を飛ばす。彼はいつの間にか、フリュスタンの目の前まで再び移動していた。吹き飛ばされていたはずのダガーを両手にそれぞれ持って、フリュスタンを切りつけようとする。
「ぐっ……危ない、危ない」
フリュスタンは自分とダガーの間に圧縮した風を生み、ダガーの動きを止める。
「罠発動」
「油断大敵ですよ?」
ケンは落ちざまに罠を発動し、大きな植物を召喚する。それに合わせて、ソゥラはフリュスタンのさらに上空から大上段に得物を振りかぶる。
「なっ! ハエトリグサに、ハエ叩きっ!?」
防御の風が間に合わず、フリュスタンはハエ叩きで思い切り叩かれ、ハエトリグサの中に放り込まれた。ハエトリグサが閉じた後、すぐさまフリュスタンがハエトリグサを内部から八つ裂きにして現れる。
「ぐぐっ……よくも私をハエ扱いしてくれたわね……」
フリュスタンにダメージはほとんどないが、怒りのボルテージは上がっているようだ。
「休ませません!」
「罠発動」
アーレスが今度はフリュスタンの四方八方から武器を生み出していく。それに合わせて、ケンが同じようなダガーやチャクラムを生み出す。一斉に発射された武器たちはまたもや軌道に法則性がない動きをする。
ケンの罠はフリュスタンに当たることはないが、アーレスの攻撃の目くらましや風よけになっていた。
「くっ、全方位! っらあっ!」
フリュスタンは先ほどよりも早くに自分の周りの風を激しく動かす。すべての攻撃を防ぎきれないと悟った彼女は一方向だけ完全に無効化した後にそちらの方から逃げ出す。
ようやく、フリュスタンが大きく場所移動をすることになった。
「割と絶え間なく攻撃しているのに大したダメージを与えられないのは辛いところだね」
フリュスタンの笑顔が徐々に消えていくのに対して、ケンは相変わらずの小さな笑みを浮かべている。彼女はそれが気に食わないといったこともなく、むしろ、つられて笑みを取り戻す。
「言ってくれるわね。私は結構いっぱいいっぱいで、余裕なんてないわよ?」
そう言ってフリュスタンは両手をひらひらとさせる。手一杯という表現をしたいのだろう。しかし、ケンやソゥラには煽られているようにも見える。
何故なら、フリュスタンはまだ一度も自分から攻撃をしていないのだ。あくまで全てを捌き切っているだけにすぎず、彼女の攻撃がどの程度のものか、まだ全容が把握されていない。
「なるほど。じゃあ、我慢比べといこうか? 僕はとことん嫌がらせでもしようかな」
ケンはニヤリと先ほどとは違う笑みを浮かべる。その笑みはまるで魔王のようだった。
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