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異世界転移し続ける『罠師』勇者ケンの英雄譚  作者: 茉莉多 真遊人
第1部6章 『罠師』、風の魔将と戦う。

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38/89

1-32. 『罠師』、風の魔将と対峙する。(前編)

約3,000字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

ガチャリ。


 自ら銀色に発光するカギは2階の鍵穴にはまり、ケンが回すとガチャリという音がする。彼は扉を開けずにゆっくりと眺めている。しばらくして、彼は再び2人に合図をした後に、罠のロープを使ってゆっくりと扉を開く。何も起きないことを確認してから部屋に入る。


 そこは広々とした部屋だった。戦うにしても十分に広く、フリュスタンが待ち構えていてもおかしくはない場所だった。しかし、がらんどうでもぬけの殻といった静けさが彼女は今ここにいないことを物語る。


「いないですね。ところで、こういう扉に罠を仕込むことは割とあるのでしょうか」


 アーレスが警戒を少しだけ緩めて、目の前の開いた扉をコンコンと叩いてみる。何の変哲もない扉は乾いた金属音を奏でるだけだった。


「うーん。敵によるとしか言いようがないかな。昔、至る所に罠を仕掛けてきた敵もいたからね。で、本題だけど、僕が調べた限りでは、この扉に罠は付いていなかったね」


 ケンもまたアーレスとは逆の扉をコンコンと叩き、特に罠が設置されていないことを説明する。少しだけ残念がっているのは、自分の見せ場が思ったよりもなかったことからきているのだろう。


「ケンさんが言うなら安心です」


 アーレスは口当て越しに笑顔を見せる。口元は隠されている者の、目元がはっきりと笑みを浮かべている表情になっており、信頼を寄せている仕草もあった。


「罠に関して誰にも負けるわけにはいかないからね。『罠師』としての矜持だよね」


「さてさて、いきますかあ」


 ケンが鼻高々に説明しているのを横目に、ソゥラがズンズンと進んでいく。彼が罠の話を始めるととてつもなく長い自慢が始まってしまうため、彼女はそれを避けるべくささっと事を進めてしまうのだった。


 部屋の中央まで3人が歩いてみると、急に取り巻く空気の質が変わった。ピンと張りつめる雰囲気に、ケンやソゥラは警戒を高め、アーレスは高め過ぎた警戒心により呼吸が少し浅くなっていた。


「アーレス、落ち着いて。大丈夫だ」


「は、はい……」


 そのようなやり取りを知ってか知らずか、寝ぼけ眼でふよふよ浮きながらフリュスタンが寄ってきている。


「ふわぁ……こんにちは。だいぶ早かったわね。昼寝もそこそこに切り上げられちゃった。えっと、たしか、ケン、ソゥラ、アーレスね?」


 風の魔将、フリュスタン。彼女は、容姿が中高生の女子だった。幼さを残しつつも整った顔立ち、濃い緑色の髪の毛は立ち姿なら背中どころか太ももあたりまで隠せるほどに長く、ウェーブの掛かった長い髪が彼女の周りで吹く風になびいて波打っている。


 さらに容姿を説明するとなれば、その瞳は髪の毛よりも青みがかった色で青緑色といったところである。また、肌は健康的な色合いであり、張り艶がよく、とてもきめ細かい。服装も特徴的で、いくつかのベージュ色の長い布が幾重にも彼女を覆っているようなものだった。風を表すのにこれほど適した容姿と服装をしている者は稀有ともいえる。


 彼女は自らが放つ雰囲気と全く異質の少しばかり陽気な感じのセリフを吐いている。


「こんにちは。フリュスタン。まさか君がそんなに見目麗しい女性だとは思わなかったよ」


 ケンが一歩前に出て、彼女との対話を始める。いつも彼が敵との会話役を務めていた。『観察眼』で解析をするための時間稼ぎでもある。


「あら、お世辞が上手ね。私のお……魔王様は褒めるのが苦手だから見習ってほしいわ」


 フリュスタンは器用にくるくると回りながらもその場に居続ける。見えない風が彼女を浮かし続け、精密な操作によって、その何気ない状態を維持できるのだった。


「僕ならいっぱい褒めてあげられるけど、僕たちの仲間にならないかい? 勇者として人助けも褒められるから魅力的だと思うけどね」


 ケンは笑みを浮かべて、フリュスタンにそう申し出てみる。もちろん、本気ではない。ただ、万が一でも戦う理由がなくなるのであれば、それを試さないわけにはいかない。


 一方のフリュスタンもそれは承知の上である。彼女も戦いを避けられるなら避けたい。彼女の、そして彼女が仕えている魔王の望むものが手に入るのであれば、それでも構わない。ただ、すぐに要求はしない。彼女もまた、異世界からの勇者であるケンを大いに警戒している。


「残念ね。私は魔王様を裏切りたくないの。魔王様が勇者になるならともかくね」


 フリュスタンは魔王を心酔しているようだった。彼女からは長い間を魔王と連れ立っているようで、何かを思い起こすように遠くを見つめる表情になる。


「そんなに魅力的な魔王なのかい?」


「そうね。見た目はとてもかっこいいし、配下を思いやってくれるわ。まー、たくさんの女を侍らすのだけは少し思うところがあるけどね」


 フリュスタンは見た目相応の女の子らしく、表情がとても豊かで自分や周りの発言でコロコロと変わっていく。


「顔か……。それは敵わないね」


 ケンが少し落ち込んだように見えたので、アーレスもソゥラも彼を励まそうと口を開く。


「ケンさん、男の良さは顔だけじゃないですよ! 器の大きさです。たまにえげつないこともありますけど、私に優しく接してくれるじゃないですか」


「そうですよ。ケンは少しねじ曲がっている部分もありますけど、性格が素敵なんですからあ」


 2人とも結局、励ましているのか貶しているのか分からなくなっている。


「……ありがとう。ちなみに、顔は?」


 聞かなければ傷付かずに済むと分かっていても、ケンは思わず聞いてしまう。


「……普通です」

「……普通かなあ」


「ぐっ……そこはもう少し慮ってくれてもいいと思うんだ」


 ケンは容姿のことを考えると、異世界転移よりも異世界転生した方が良かったなと思うばかりだ。


「嘘は人を傷付けますからあ」


「本心も人を傷付けるんだけどね……」


 更なる追い打ちにケンの心は戦闘前から傷つきに傷ついていた。


「……さすがに目の前でコントまで許したつもりはないけど」


「おっと、失礼したね。ところで、フリュスタンはここで何をしているのかな?」


 フリュスタンの呆れ顔と言葉に、ケンは気持ちを切り替える。


「切り替えが早いわね……。っと、そんなことべらべらと喋ると思う?」


「思わないね。だけど聞きたいんだ」


 ケンは笑みを取り戻しながら、自分とフリュスタンの話を引き延ばしていく。


「ずいぶんと強引な男ね。どこが性格良いのよ」


 フリュスタンは小さく溜め息を零す。


「無理やり聞かないだけ優しいと思うけどね。仕方ない。分かっていると思うけど、僕たちは君をここから追い出すために来たんだ」


「でしょうね。それで?」


 話の終わりが近付いていると考えたフリュスタンは、自身の身体を風で持ち上げて高度を上げていく。


「理解が早くて助かるよ。ここに君が陣取ってしまうと困る人が多いからね。つまり、理由は聞けずとも出て行ってもらうさ」


「やっぱり、とても性格が良いとは言えそうにないわね。こんなか弱い女の子を放り出そうというのね?」


 フリュスタンの見た目はか弱い女の子で間違いはない。しかし、風の魔将と呼ばれるだけの雰囲気と風を纏っており、一筋縄ではいかない強さを周りに感じさせている。


「だから、言っただろう? 僕たちの仲間にならないかい? ってね」


「選択肢はまだまだあるわよ? 私があなたたちを追い払っておしまいって選択肢もね!」


「交渉決裂か。仕方ない。戦って勝ち取るしかないようだね」


 そうして、戦いはお互いが見つめ合う形から始まった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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