1-2. 『罠師』、野盗のアジトに向かう道中にて。
約4,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
勇者とは、この世界を救うために現れた人並みならぬ人であり、超人的な能力をその身に宿し、世界の危機に対応する者のことである。
勇者はその世界で生まれることもあれば、異世界より招かれることもある。勇者の目的はただ1つで、この世界をひと時でも平和にすることだ。そのための1つとして、平和を脅かす存在『魔王』を倒すことがある。
「ギシャァァァァァァァッ!」
突如、人よりも数倍も大きなサソリが鳴き声のようなものを上げながら、地面から這い出るように5匹ほど現れた。
「サンドスコルピオじゃねえか!」
「やべぇ!」
「助けてくれ!」
ロープに縛られている野盗たちは満足に動けずにしかも丸腰のため、大声を出して焦っている。
「サンドスコルピオ……単語は結構似通っているのかな。罠発動」
思案顔のケンがたった一言「罠発動」と呟いただけで、目の前の大サソリは全て爆散し、サソリの肉塊と体液が辺りに飛び散った。
一体、どういう罠がどのような起点で発動したのか。彼以外、誰も知る由がなかった。
「それにしても大人しくすると言っていたのに、どうして忘れてしまったのだろうね。そんなに虫のエサにでもなりたいのかな?」
「滅相もない!」
「じゃあ、静かに大人しくしてね」
「はい! ……誰だって、あんなん見たら声出るだろ……」
「何か言った?」
「いえ、何も!」
ケンは道なき道を野盗の馬に乗り、野盗たちを縛ったロープを左手で持っている。縛られている野盗の何人かは出発時に文句を垂れたようで、顔面が腫れ上がっていた。
彼の隣には、彼らを手引きをするために傭兵に紛れていた若い野盗がへらへらと笑いながら歩いている。
「……案外、君たち遠出しているね」
その若い野盗の頭上にウソという鳥が止まっている。嘘発見器なのでウソという言葉遊びのようだ。
「いやー、そうなんですよ。アジトの近くではすぐに見つかっちゃいますから。でも、もうそろそろですから。それはそうと、本当に全員を生かしてくれるんですかい?」
「もちろん。別に命まで取らないよ。聞いた感じ、誰かを殺しはしてないようだからね。このまま更生してくれて、誰かを助ける側に回ってくれる方が世界のためになるし」
ケンは、彼らのようによく連携が取れる野盗たちこそ、真っ当な傭兵になった方がよいと考えている。
「……昔に、助けてもらえていたらそういうこともあったかもしれませんねえ」
若い野盗は小さな溜め息と、聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。
「……話を戻すけど、アジトに連れ帰っちゃった女の子の方は、本当に僕の仲間ならちょっとまずいかもね。彼女は僕よりもずっと強い」
「うわ、それはヤバそうですね」
若い野盗がそう返した途端、頭上のウソが「ヒィホゥ」と鳴いた。
「はは、嘘だと思うのは構わないけどね。後悔するのは君たちだし」
ケンは小さく意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「あっ……へへっ。すいません。にわかには信じがたくてね。何せ、ケンサマでこの強さでしょ? それに、仲間からはそんなに強いだなんて聞いちゃいないですからね」
若い野盗はへらへらとした笑みを浮かべながら話を続ける。
「えーっと、仲間にざっと聞いた話じゃ、その女は乗っていた乗り合い馬車を逃がした後、大した抵抗もできず、すぐに捕まったとか。ケンサマのお仲間じゃないのかもしれませんね」
「抵抗ができなかった……ね……」
ケンは指でこめかみを押さえる。若い野盗にはそれが仲間の心配をしているようにも見えていたが、ケンの今までの言葉や声色から察するにその心配は野盗の方に向けられているようである。
「うーん……」
若い野盗は仲間との会話を思い出す。朝、交代の時間ギリギリまで眠っていた起き抜けの若い野盗は、すれ違う仲間たちに「上玉を捕まえてきた」だの「しばらくは楽しめる」だの嬉々としたセリフを散々に聞かされた。そこまで言うのだから、一目見てみたいと思った若い野盗は、最後尾の仲間が肩に担いでいた女に目をやる。
くの字になって担がれている女は、顔こそ見えなかったものの、やけに露出の多い女戦士用の鎧に身を包み、パっと見でそのスタイルの良さは分かった。その顔を覆っていたセミロング程度の長くもない髪は見たこともない艶やかな桃色の髪だった。
「あー……」
ただ、若い野盗がその時にふと思ったのは「なぜこの女は手足にかすり傷一つないのか」ということだった。彼は見えなかっただけと思っていたが、目の前の男の仲間とするなら話が違うかもしれないと思い始める。
「だ、だけど、ケンサマたちが異世界から来たというのは本当ですかい?」
現実に戻ってきた若い野盗は恐る恐る男に訊ねてみる。勇者、および、勇者候補はこのケンのように何かしらのスキルを持っている。そのスキルは神より与えられた超人的なものだ。スキルの数や性質は勇者によって異なることなど野盗たちでさえ知る周知の事実である。
ケン曰く、彼らは異世界から来た勇者ということだった。ちなみに、勇者候補とは、この世界で生まれたまだ勇者とは認められていない者たちを指す。勇者とは魔王を倒した者の称号である。
「そう、この世界の人間じゃない。この世界の神の願いに応えて、やってきた勇者だよ。目的はこの世界を平和にすること。そのために、この世界にいる魔王たちを倒すことや世界を滅亡させる鍵を取り除くことが使命になるかな。たまーに特殊な条件を達成しないといけないこともあるけれど」
魔王とは、勇者と対の存在であり、平和を脅かす者である。彼らは並大抵の勇者を圧倒する力を有し、勇者の前に立ちふさがる。この魔王もこの世界で生まれることもあれば、異世界より招かれることもある。魔王の目的はただ1つ。この世界を支配すること。そのために支配に邪魔な存在を倒す。
『勇者』と『魔王』。彼らが世界に互いの対として現れることはある種、世界が求める自浄作用とそのための必要悪といった様相だ。
「……なんだか、やけに説明慣れしてますね」
「何度も同じことを説明していれば、嫌でも慣れてくるよ。嫌になっても答えてあげることが様式美の一つでもあるけどね」
ケンはおどけたような仕草をする。
「苦労してるんですね……」
「伊達に長生きはしていないからね」
「へぇ……長生き……なんですかい?」
若い野盗が見る限り、ケンは20歳前の若い男でしかないし、若い野盗よりも若い可能性だって十分にある。ケンの話し方に落ち着きがあるのは間違いないが、長生きというワードはにわかに信じがたいもののようだ。
「ところで、もし、その女がお連れさんだったら、今頃はどうなってるんですかい?」
若い野盗が小難しい話になる前に話を女のことに切り替えた途端に、ケンは表情が曇りがちの思案顔になる。
「……人数によるけど、まず勝てないのは確定だね。並大抵の攻撃は効かないし、拘束はほぼ無意味だし、逆に捕まったら逃げられないと思うからね」
「そんなに強いんですかい?」
「30人くらいだと死人が出るかもしれないね」
「……ん? 人数で死人の出る出ないが変わるんですかい? 今の聞いた感じだと、30人くらいなら1人くらい生き残っているような言い方だと思いますがね」
このケンのように手心を加えるなら、誰も死にはしないだろう。また、逆なら皆殺しになっていてもおかしくはない。叩きのめした上で一人を見せしめにするとしても、ケンの言っているようなセリフにはならないだろう。
若い野盗は曖昧なケンの言い方にどうにも今一つ理解できずにいた。
「まあ、体力の問題だからね。丸1日経ってないから大丈夫だと思うけれど」
「……体力?」
「そう。体力。皆、自信あるかな?」
「……そこそこ、ですかね」
結局、若い野盗は未だにケンの言葉の意味を図りかねている。
「っと、ここですね」
やがてアジトの前に着いた。
ケンと野盗が出会った一本道から外れて徒歩で1時間半ほど、荒野に佇む少し小高い丘の裾に位置し、自然の洞穴を利用して作った、いかにも、といった感じのアジトが目の前にある。
彼が穴の奥の方を覗いてみると少し下り坂気味になっている。おそらくどこかで上り坂になっていて、雨風がアジトの最奥に流れ込まないようになっているのだろう。
「見た目が分かりやすい洞窟だけれど、さっき話していた軍隊とかによく捕まらないね」
「おかしいですね。普段は魔法仕掛けの大岩が塞いでいるんですがね。仕掛けが外れちまってる。ですがね、へっへ……洞穴の中は無数の罠で埋め尽くされていて、俺たちじゃないと無傷で出入りできないですからね? だったら何の問題もないってもんですよ」
「無数の罠……ね……」
「いくらケンサマが罠を扱うスキルを持っていても、中々骨が折れると思いますがね。まあ、任せてくださいよ。俺がお連れしますんで問題ないですよ」
ここでふと若い野盗は罠のことを思い出し、一発逆転を狙い始めた。罠をわざと発動することでこの男を倒せないか、いや、倒せないまでも逃げる時間を稼ぐことはできないか、と考えている。毒矢、落とし穴などのいずれかに引っかかってくれればよい。
女がヤバいと言ってはいるが、見てないものをやはり信じきれない。無駄な抵抗をさせないための脅し文句かもしれない。若い野盗はそう思い始めている。
ケンはふと鼻に入ってくる微かな匂いを感じ取った。その匂いを嗅ぎ取って、少しの安堵と大きめの不安が綯い交ぜになったような表情に変わる。
「うーん……元気過ぎるな……」
ケンは野盗たちに目を向けて、「追加でこの人数なら……」と呟く。その後、彼は野盗たちを縛っているロープに合図のようなものを送ると、野盗たちを縛っていたロープが独りでに緩み始めた。
「なんだ、ロープが解けてきた」
「何が起こった?」
「ん? あれ?」
武器を取り上げられ、圧倒的な力量差を散々に見せつけられているため、いまさら、刃向かおうとする野盗はいない。むしろ、なぜこのタイミングでロープを緩められたのかが不思議でならなかったようだ。
「いやいや、無数の罠は怖いからね。僕だけを狙って罠を仕掛けるかもしれないしね。だから、仲間を連れてきてもらおうかな。時間はそうだね、もし陽が落ちても君たちが帰ってこなければ、仕方ないから気を付けて入ることにしよう」
「一緒に来ないんですかい? 俺らがお連れさんを殺すかもしれないし、新しい武器や仲間と一緒に仕返しに来るかもしれませんぜ?」
若い野盗のその問いに、ケンはゆっくりと首を横に振った。彼は決して野盗たちを信じているわけではなく、彼らがどうしようと、これから何が起こっても問題にならないといった表情を浮かべている。
「こちらとしては助かりますが、後悔しても知りませんぜ? じゃあ、まあ、皆さん、勇者サマの厚意に甘えて、さっさと行きやしょうぜ」
野盗たちは、その余裕ぶったケンに苦虫を嚙み潰したような顔を向けてから、馬を連れながら、アジトの中に入る。彼はいくつかの罵詈雑言も浴びせられたが、特に気にした様子もなく、近くの日陰に身を寄せた。
そしてしばらくして、先ほど若い野盗が言っていた魔法仕掛けの大岩がアジトの入り口を塞いだ。
「たしかに立派な大岩だね」
ケンは誰に言うでもなくそう呟いた。
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