1-1. 『罠師』、風吹く荒野で人助け。
約4,500字でお届けします。
楽しんでもらえますと幸いです。
「ここは風が強いね……」
仰げば太陽があり、雲が1つもないような空が広がっている。大地はただ岩と乾いた土で覆われて黄土色をしている。その土の上に少しばかり人の手が入った程度の道が1本だけあった。
薄茶色のぼろきれマントで体全体を覆っている黒髪の青年が独りごちる。彼の言う通り、風は強くて彼の長居を拒むかのようだ。
「しかし、ミィレ、ソゥラ、ファード、シィド……全員と離れ離れになるとは思わなかったな……」
黒髪の青年はケンである。5つの世界を救った勇者であり、この6つ目の世界を救わんとして異世界より転移してきたのだ。
「あと、町まで大人の足で丸1日と聞いていたけども、それまでは本当に何もなさそうだ……」
ケンは20歳前後の若者の姿をしており、ぼろきれマントの隙間から見える装備は軽装の冒険者や旅人といった出で立ちである。
「水は魔法で出すとしても、携行食でも買っておくんだった。しまったなあ……ケチらずに馬車にでも乗ればよかったかな?」
ケンはおもむろに腰に提げていた筒を持って口に当て、少し中の水を零しつつも喉を潤した。
「まあ、今は考えていても仕方ないね。まずは皆を見つけないと……ん?」
ケンはある光景を目にする。かなり遠くで幌を付けた荷馬車らしきものが数台ほど止まっている。止まっている理由はどうやら、その荷馬車の周りを囲う複数の人影が原因のようだ。
「お。これはイベント発生だな」
ケンは咄嗟に岩陰へと隠れて、どこからか取り出した望遠鏡を使う。
まず、10人ほどの人間がなめし革の防具を身に纏って、片手剣を構えて馬車を守るように囲んでいる。状況とその装備から荷馬車を守る傭兵たちのようだ。
次に、その傭兵たちを囲むように30人ほどの馬に乗った野盗らしき姿も見える。野盗たちは革の胸当て以外にこれといった防具を装備しておらず、武器も半円状の片手剣や投げナイフ程度の装備である。
しかし、ケンが見る限り、人数はもちろん、場数の経験も野盗に分がある。
「やれやれ、どの世界にも野盗やごろつきの類はいるようだね。まあ、『勇者』である以上は助ける必要があるね。……ということで、あくまで、ついでってやつだけど、野盗たちの身包みを剥がして資金調達と、謝礼の代わりの足を確保できるぞ。いやあ、正義の味方も慈善事業じゃないからね」
ケンは言い訳のような独り言を呟いた後、フードを被ってから一気に馬車に向かって加速した。彼はよほど馬よりも速いのではないかという速度で、あっという間に距離を縮める。
「な、なんだ!?」
野盗の数人が走ってくるケンの姿に気付いてナイフを投げつけるも、彼は半歩ほど身をずらして躱す。
「おっと。割としっかりとした投擲精度だね。おかげで、躱すのも割と簡単だけど」
野盗たちが何事かと次々にケンの方に目を移す。彼は数人の野盗をすり抜けて、荷馬車の前でマントを翻す。
「ちっ、速いな……。何者だ、てめぇ!」
「いやいや、僕は名乗るほどの者ではないよ。ただの旅人さ。強いて言うなら、君たちよりは正義面をしているくらいかな」
ケンはフードを取り去った。彼は、精悍な顔つきと言えば聞こえは良いが、少し整っている程度の平凡といえば平凡な顔である。
「てめぇ……、自分の顔を見たことあんのか!」
「…………」
ケンは言い返す言葉が見つからなかった。彼は顔の上にある黒髪が短髪で多少切り揃えられているが、全体的に少々野暮ったい。
髭がないだけ、歯が綺麗にそろっているだけ、野盗たちよりは彼の方が少しマシといった感じである。
「うーん……」
ケンはもう少し身なりを整えておけばよかったと今さらに思う。
「……ありがたい、助けてくださるのか。しかも、先ほどの動きからして、旅人殿は相当にお強いと見受ける」
傭兵の中でもリーダー格おぼしき人物がケンに近寄り、少し安堵した声で話しかける。
「いえいえ、お気になさらず。人助けと悪党退治は趣味のようなものですからね。微力ながら野盗を追い払うお手伝いをさせていただこうかなと」
「はっはっはっは」
「ひひひひ」
「あーっはっはっは」
その言葉を聞いた野盗たちは大きく笑う。それを聞きながら、ケンは静かに次の準備を始めた。
「うーん。思ったより場慣れもしているし、油断も少ないようだね。傭兵向きだと思うけど、勿体ない。今からでも改心を勧めたいところだね。どう?」
「おいおいおいおい、まさか、本当に正義の味方気取りか? ははっ、見たところ、ガキって歳でもねぇだろう? いい歳をして、夢を見るのはどうかと思うがねえ。旅人というより勇者候補サマだな」
その野盗のセリフに、ケンは少しばかりニヤリと笑った。
「どうして中々に鋭いね」
「あん? もしかして本当に勇者候補サマってやつか? ……特殊スキル持ちか……、お前ら、一応警戒しとけ! ……ふんっ、まあ、勇者候補もピンキリのようだからな。仲間が捕まえた奇抜な髪色の女も勇者候補サマらしいが、大したことなかったらしいからな」
「……奇抜な髪色? あー、もしかして、桃色の髪をした女性かな? それなら……」
ケンの顔が少し曇り、それを見た野盗たちは少し警戒が緩む。
「ははっ、もしかしてお仲間だったか? やっぱ、大したことなさそうだな。まあ、てめぇが詳しく聞く必要はねぇさ。この場で死ぬんだからな!」
ケンの曇り顔は奥に潜み、再び不敵な笑みに戻る。
「仮に知り合いだからって、同じ強さとは限らないよね。何事も相性だってあるし。そんなことも分からないわけじゃないだろう?」
「ちっ、なめんじゃねえ!」
話していた野盗が合図をすると、準備が整った野盗たちが四方から一斉に襲い掛かってきた。ある野盗は手から魔法を発動し始め、ある野盗は馬に乗ったまま手に持つ片手剣を大きく振りかざし、ある野盗は馬から飛び降りて低姿勢で攻撃を仕掛けてきている。
「いい連携だ」
ケンはそう独り言を呟いていた。しかし、特にそれ以外で目立った反応をしていない。そして、傭兵たちは野盗が仕掛けてきたことを見て、応戦の準備を始める。
しかし、経験の少ない若い傭兵たちは動きがガチガチに固まっていて案山子同然の棒立ちだった。
「はっ! 旅人殿!」
突如、リーダー格の傭兵の横から若い傭兵の一人がケンに襲い掛かる。どうやら傭兵の一人が野盗の仲間で、今回の手引きをしていたようだ。
「用意周到だね。だけど」
ケンは後ろから迫りくる凶刃を意に介した様子もなく、ただただ深い溜息を吐いてから小さく呟いた。
「罠発動」
次の瞬間、無数の長く太いロープが荷馬車の四方八方の地面から現れた。
「っ!」
「うわ、なんだこれ!」
「おおっ!」
無機質なはずのロープはまるで意思を持っているかのように野盗たちおよび野盗たちの馬をすべて絡め取る。放たれていた魔法も馬車や傭兵に届くことなかった。
「ひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ロープは何故か、傭兵たちや荷馬車、荷馬車の馬までも絡め捕らえていた。荷馬車の中で縮こまっているだろう商人の悲鳴が最も大きかった。
「えっ……」
「なんで、俺たちまで……」
罠を発動したケン以外、そこにいた全ての人間が目を丸くして驚いたまま動けない。
「あ、しまった。設定ミスした……」
野盗たちはロープを解こうと必死に身じろぎし、傭兵たちはどうして自分たちまで縛り上げられているのかが理解できずにただただピタリと止まって石膏像のように固まっている。
「ひゃあああああああっ! た、たた、助けてくれええええええええええええええええええっ! 荷物なら全部くれてやるから命だけは助けてくれえええええええええええええええっ!」
中にいる商人は一人縛られずにいたが、荷馬車の軋みに外を見る余裕が全くなかった。
「申し訳ない、申し訳ない。荷馬車と傭兵さんたちは解除するから待ってほしい」
「てめぇ、何をしやがった!」
「……やれやれ、まさか、君たち野盗の準備を待っている間、こちらはのんびり談笑をしているだけだと思ったのかな? それはちょっとばかり間抜けだね」
ケンは荷馬車と傭兵たちのロープに手を当てて拘束を解除しながら、野盗に得意げな顔を向けてそう言い放つ。その後、傭兵の一人が商人を宥めたようで、商人の悲鳴は聞こえなくなった。
「設置型のくせに詠唱動作がなかったってことは魔法じゃねぇな?! 特殊スキルか!」
「ただで教えるわけがないでしょ? でも、まあ、お気付きの通り、魔法じゃなくて、ただの罠を扱うだけのスキルさ。ただし、君たちのレベルじゃ対処もできないくらいには練度を高めたスキルだけどね」
ケンは自慢げに話している。彼は多少手違いはあったものの事が上手く運んでご機嫌なようだ。
「まあまあ、話は道中にしてあげるから、君たちのアジトに連れて行ってくれないかな。もちろん、奇抜な髪色の女の話も聞かせてもらうよ? 君たちも僕も仲間を大事にした方がいい。あと、道中は煩くない方が嬉しいね。分かってくれるかな? 理解できないようなら、ここに放り込むよ?」
ケンがそう言いながら、目線を道の外れに向けると、いつの間にか、馬車が4つほど丸々入ってしまいそうなほどの大きさの穴が開いていた。
「……大掛かりなハッタリだな。あんな一瞬で深く掘れるわけがねぇ……あっ!」
今まで話していた野盗とは別の野盗が一人、強がってそう言った瞬間に、ロープが野盗ごと穴へ飛び込んでいった。周りの野盗は意表を衝かれて微動だにしなかった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
長い絶叫が徐々に小さく遠くなっていく。
どこまで深いのか。周りの野盗はたとえ縛られている状態ではなかったとしても覗き込む気にもなれなかっただろう。数人は驚きのあまり腰が抜けて立てなくなっている。
「見るより、考えるより、試した方が分かるでしょ? さて、そろそろ引き上げるか」
やがて、涎の跡が口から頬を抜けて耳まで伸びきった野盗が放心した顔で下半身を臭わせながら穴の傍に座り込んでいた。
野盗はもちろんのこと、傭兵たちも身震いした。
「さて、道案内をお願いしたいのだけど、その前に、大人しくできない人いる?」
「…………」
「よろしい。分かってくれて、僕も非常に助かるよ」
ケンは野盗や馬どうしをロープで結び、一列に並ぶようにした。彼は野盗のことを預からせてほしいと言って、荷馬車に先へ行くように促した。
「これはお礼です。どうか受け取ってください」
商人は荷馬車から出てきて、食料と謝礼金をケンに手渡した。ケンは断ることもなく受け取る。
「旅人殿、ありがとう。助かった。何か困ったことがあれば、この先の街で頼ってくれ。私はグームという」
「ありがとうございます。僕はケンです」
「よろしくな、ケン」
リーダー格の傭兵、グームは他にも何か言いたげな顔をしていたが、商人の安全を考えて先を急いで行った。
「まったく。足の確保ができたと思ったら、大幅な予定変更だよ。これで彼女じゃなかったら無駄骨だけど、彼女だったらこの野盗たちが危険だからね」
「……へっ?」
ケンの言葉に、若い野盗の素っ頓狂な声がやけに響いた。
最後までお読みいただきありがとうございました。