表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/88

0. 『罠師』、5つ目の世界を救い、6つ目の世界に向かった

約3,000字でお届けします。

楽しんでもらえますと幸いです。

 この物語は、自身の願いを叶えるために異世界を救い続けるチート勇者のお話。




 ほぼ瓦礫と化した建物の中、かつて神と呼ばれた者は変色した肉塊のような異形な姿をしていた。その肉塊は、目の前の動く者すべてに肉片を飛ばしたり、肉塊から出る触手のようなものを鞭のようにしならせたりして攻撃を繰り出している。


 その肉片の前方に、人影は全部で7つあった。内2つは気絶していて部屋の隅で横たわっており、肉塊と2つの人影の間には重装備の若い女騎士が大きな盾を構えながらすべてを防いでいく。


 残りの4つは、肉塊の右側をハルバードでぶった切る若い女戦士、肉塊の左側を魔力の込められた掌底で破壊していく老いた男魔法士、中央上部を魔法の矢で射続ける若い男弓士、そして、静かに佇む黒髪の青年だった。


「これで終わりにしよう。……ごめん。罠発動、罠発動、罠発動……罠発動!」


 黒髪の男が微動だにせずに罠発動と連呼する。


 その瞬間から彼の周りで不思議なことが起こった。


 肉塊の動きがピタリと止まり、何もなかった所から無数の有刺鉄線が現れ、肉塊に巻き付いたかと思うと次々に細切れの肉片へと変え、その肉片が火のない所で突如爆発し始める。極めつけは残りの小さくなった肉塊の中央部も不自然な溶解を始めたのだ。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


 肉塊の中に包まれていた顔のようなものがけたたましい悲鳴を上げて、ゆっくりと形が崩れていく。最後にその顔は目を見開き、黒髪の青年を見て、優しく微笑んだ、ように彼には見えた。実際にそうだったのかは誰にも分からない。


 すべての肉塊が消え去った後、そこに残ったのは綺麗な光を放つ白い球だった。人間の大人の頭ほどもある白く光る球は、その場で落ちず浮き上がらず、支えがなくともふよふよと浮かんでいるといった状況だった。


「……終わった……か……ぐっ……ううっ……」


 黒髪の男は膝から崩れ落ちる。悲しみと安心が綯い交ぜになった様な複雑な表情で静かに涙を流していた。


「ふぅ……勝った? って、まだコアが残っているのね……仕方ないじゃない……世界がそういう流れだったんだから……まったく……ケンは最後の最後は甘いんだから……」


 女騎士は金色の長い髪を揺らしながら、黒髪の男ケンの方へと向かった後に彼の隣に座り込んで背中を擦り始める。その彼女の青い瞳は優しく彼を見つめていた。


「はあい、これで涙を拭いてくださいね」


 その後にケンの前まで駆け寄って来たのは桃色の髪をした女戦士だった。ほわほわっとした柔らかそうな表情と妖艶な桃色の瞳をしており、少しもぞもぞとした後に綺麗な布切れをケンに差し出す。彼はそれに気付いて布切れをゆっくりと受け取った。


「ありがとう、ミィレ、ソゥラ」


「ちょっと、ソゥラ! ここは私が布切れをそっと渡す雰囲気じゃない?」


 女騎士ミィレは女戦士をソゥラと呼び、不平不満を口にしている。


「お姉ちゃんがボーっとしているからあ、私が渡したんですよ」


 ソゥラはミィレを姉と呼んで、自分の主張を返す。


「お前さんら……こんな時も姉妹喧嘩とは仲が良いのう……ケンが男泣きしとるのにのう……」


 男魔法士は2人を嗜めるようにボソッと呟く。


「うっ……」


「それにしても、何度も何度も世界を救っても最後の方はあ、やはり苦労しちゃいますね」


 ソゥラは男魔法士の言葉を意に介していないようで、彼と会話を始める。


「そりゃそうじゃよ。相手だって強くなっておるからの」


「って言う割に、シィド様は本気を出していないんじゃないですかね」


 ゆっくりやって来たのは男弓士だ。彼は男魔法士をシィドと呼び、様付けの割に軽い口調で会話に参加する。


「ファード……知っておいて言うな……ワシは本気を出せんのじゃから……世界を救うつもりで世界を壊しかねんからのう……」


「んなこたあ言わずに、ちったあ、本気を出してみたらどうです? 上手くいきゃ全てが簡単に丸く収まるわけですから」


「そんなギャンブルはこれまでも打っとらんじゃろ? これからも打たんだろうよ」


「まあ、そうかもしれませんけどね。まあ、余興にはいいじゃないですか」


「人の本気を余興扱いするな。というか、余興と言う言葉の意味、分かっとんのか?」


「なんとなく?」


 シィドは男弓士をファードと呼ぶ。シィドとファードの上下関係があるようなないような軽妙ですっとぼけたやり取りがいくらか続けられた後、ケンは感情が収まったようですっくと立ちあがった。


「……みんな、待ってくれてありがとう。これで最後だ!」


 ケンは腰に差していた2本の櫛状の刀身をした武器ソードブレイカーを抜き放ち、コアと呼ばれた白く光る球へと突き立てる。コアは数秒ほど眩しすぎるほどの光を放った後に、光が弱まるのと同時に霧散していった。


「やっと、5つ目の世界も救えたわけね……まさか勇者側なのに魔王を名乗ることになるなんて思わなかったわよ……」


 女騎士は全てが終わった安堵からか、そのようなことを口走り、それをソゥラは面白そうに見る。


「ぷぷっ……『強欲』の魔王ミィレ……だもんね……ぷぷっ……」


 女騎士はミィレと呼ばれた。これで起きている5人すべての名前が判明した。


「そうね、そういうあんたは『色欲』の魔王ソゥラよね? 色ボケになって、ケンに近寄るなんて、本当信じられないんだから! あまつさえ……あまつさえ……」


「お姉ちゃんだって、おこぼれもらったじゃないですかあ」


「お、おこぼれですって!? 言うに事を欠いて、おこぼれ!?」


「やめんか……それじゃ、『強欲』というより『嫉妬』じゃぞ。『色欲』も『傲慢』と見えるな」


 シィドは再度2人を嗜める。2回目ともあって、ソゥラもバツ悪そうにしていた。


「そういや、『嫉妬』と『傲慢』はどうすんだ?」


 ファードは部屋の隅で横たわっている2人の方を親指で指す。


「2人は元々ここの世界だから、置いていこう。ついていくとも聞いてないからね。それに、この世界を立て直すには2人でも足りないくらいだよ。僕らが抜けた後は大変だろうけど、こればかりはどうしようもない」


「この秩序も何もない状況で全てを投げ捨てていくとは、少々ひどい気もするがのう……」


 ケンがファードにそう答えると、シィドは2人を不憫に思うような言い方をする。


「まあまあ、さすがに、もうそろそろ願いを叶えてくれるかあ、次のステップに進みたいですね……」


 ソゥラが淡い希望のようなものを口に出したその時である。5人の前に突如、灰色の仰々しい扉が現れ、ゆっくりと自動で開いていく。


「ちっ……残念ながら、次の扉が開いたようだぜ? いつも見ている普通の扉がな」


 ファードは苦虫を嚙み潰したような表情で扉を見つめる。彼が何度も見たと言ってのけるその扉は、異世界への扉だった。


「えぇ……まだ世界を救わなきゃいけないんですかあ?」


 ソゥラはがっくりと肩を落とす。


「ごめんね、ソゥラ、僕に付き合わせちゃって」


「ああ! いやあ、いいんですよ。私はずっとケンの側にいたいだけですからあ。次も2人でもがんばりましょうね!」


「ソゥラ、勝手に私を外さないで! ケン、私だって同じよ!」


 ケンが申し訳なさそうにソゥラに言うと、彼女は元気いっぱいに答え、それを聞いたミィレも同じように彼に向かって言い放つ。


「まあ、ワシも最後まで付き合うと約束したし、こんな所で身を寄せても仕方ないからのう」


「俺はシィド様についていくと決めてるからな」


 シィドは特に良いとも悪いとも思っていない表情で呟き、ファードは彼に従うと言う。ケンはゆっくりと頷いた。


「いつもみんなを巻き込んで申し訳ないと思っている」


「大丈夫!」

「大丈夫!」


 ケンの言葉に、ミィレとソゥラが答える。


「だけど、僕には叶えたい願いがあるんだ」


「知っとる、知っとる」

「なんだっけか?」


 ケンの言葉に、シィドとファードが反応する。


「元の世界を復活させたいんだ。僕にとって大事な世界を」


 ケンがそう言って、異世界への扉に入り、それに続いて、ソゥラ、ミィレ、シィド、ファードが入っていった。

最後までお読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ