ぱふゅーむ!
私?
私の職業はぱふゅーむ!
何それって?
私がぱふゅーむって言ったら、ぱふゅーむなのよっ!
――まあ、正確には調香の専門学校に通ってる、ただの学生だけど。
ヘアメイクはバッチリ、高校の時に通信で美容師免許も取得済み。
ぶっちゃけ、そんなのコスプレでもやってりゃいいじゃんって話かもしれないけど、
そうじゃない。
私は二次元になりたいの。
なれないなら、
やらなくていい。
☆
手に職を!
その気持ちだけで、日本唯一の調香師育成機関に入るために上京してきた。
東京フレグランス学院は、御茶ノ水にある。
オレ達は実技で最初のペアが一緒だった。
オレは、幸運だった。
クラスメートを大幅に待たせていたから、階段五階分走って登った。
居酒屋‘海の雫’。半個室だった。
「お待たせしました……由姫さん……」
普段座っての作業が多い専門生活だから、運動量は自然、不足する。――オレまだ19なのに。
「おそーい! のろまっ」
四つ上の由姫さんはいつでも、口が悪い。適当にオーダーする。
「スミマセン……ちょっと就活してたんで」
「しゅうかつ~? ドコよっ」
「デパートですよ」
「ふーん。あっそ!」
もう、興味が無いらしい。
「由姫さんは? 就活進んでます?」
オレと違いちょっとしたお嬢さんである由姫さんは、大学の薬学部卒。香粧薬学を学んでいたらしく、そのせいかは不明だけどクラスの二十人中、一番調香のセンスがある。
オレ達が飲み仲間みたいになってもう一年以上経つけど、相変わらずヘンな組合せだとは思う。
片や丸の内にでも居そうなOL風美女。
一方、まだまだ東京の雰囲気に馴染めない、下僕っぽいオレ。
「ねーねー! デパートってドコの」
(また、飛んでるよ……)
どこまでもマイペース、それが由姫さんクオリティ。
「SEIBUですよ。……オレ、スクール講師目指すって言ったでしょ」
「ああ、アンタ似合いそうだもんねそーゆーの」
めちゃくちゃ軟骨をパリパリいわせながら、言われても。
(うう……微妙)
「……卒制進んでます?」
話題を変えてみた。途端に身を乗り出す由姫サマ。
「ちょっときーてよっ。私ったらまた最高傑作造っちゃってさー!」
トンっと、小さな小瓶とムエット――香りを確かめる棒状の紙を机に置いた。
ムエットを小瓶の中身に3~4ミリ浸し、空中でパタパタしてから、嗅いでみる。
彼女は既に500の香りを覚え、自由自在に操るスキルを持っている。オレを始めとするクラスの奴らは、まだやっと400がいいところなのに。
(――この香りは……)
切り裂かれるような、分裂した個性。
「まーた、アニメ化ですか?」
「まァたとは何よっ。‘Two dimensions’は立派なアートよ!」
確かに、由姫さんの造り出す香りは芸術品だった。でも、いつもいつもテーマが変なのだ。
普通オレ達は、「女性向け男性向け」とか、「△△の気分」とか……そういうテーマを決めるのに、由姫さんは違う。
常にテーマは『二次元』なのだ。
「どうよ?」
目の前の美人さん、そうは見えないのに根っからの――オタク。
「感想を述べよっ!」
(設定勝ちだよな、コレ……)
完敗である。
「キャラは、ツンデレですか?」
「そのとーり! 流石! ゲーマーッ!」
お会計は由姫さん持ち、これもいつものことだった。
「あーあ。マンガみたいに、このパルファンで変身出来ればいいのに……」
このボヤキも、いつものことだった。
(あと何回聴けるかな……)
☆
今日は近場のマック。勿論ヘタレのおごり。
「あーあー。由姫さん相変わらずですねぇ」
恐らく、私のハンバーガーの食べ方を言っているんだろう……とは思う。
「うるひゃぃ」
「ハイハイ。お嬢様はあんまり、こーゆーの食べたこと無かったんですもんねー」
私は上手く食べられなかった。その点、庶民のヘタレはこーゆーの超キレイに食べる。
(見事なもんよね~)
今日は最後の就職ガイダンスの日だった。――ちょ~かったるかった。
「そーよっ! 私は筋金入りだから、藤堂のいうことちゃんときいてたもの」
「あぁ、執事さん?」
「そぉよ」
「ふむ。こほんっ……由姫様、ハンバーガーは右手はこう、左手はここを持つのですよ? そのまま、食す」
真似っこ藤堂だった。
「ここー?」
ぱっくん――やっぱり駄目、どーも合わない。
「むっかー! 大体、うちの藤堂はもっと美声なのよっ」
「んなこと言われたって……」
ヘタレの癖に、この頃生意気にすこーしだけ反論してくる。
「アンタはハスキー過ぎるのよっ。――このヘタレッ!」
そう、二次元史上主義の私。無駄な努力はしないし、二次元にかける時間と手間は惜しまない。
文字媒体を含むマンガ・アニメには最高級の敬意を払い、それに携わる漫画家・イラストレーター・小説家、ゲームプログラマー・アニメーター及び声優等などには、毎日感謝すらしている。
でも、三次元は駄目。私には通用しない。
何より美観を損ねるし、舞台化ドラマ化もってのほか。
だから私は周りの皆さんに何度となくコスプレを勧められても、華麗に無視し続けてきた。
「も~。そんなんで由姫さん、社会に出られるんですかぁ」
(年下男子が何人束になって上目遣いにこようが、全く私には影響を与えないのよ~ん)
「そんなの私には関係ないのよ~」
これが本心。ささやかな自立心なんて無視すればいいし、私はどうにでも生きていけるし。
☆
タイヘンな事が起きた。
愛しの漫画家ナオコ大先生が、朝刊のインタビュー記事になっていた。
『ナオコ:1978年生/元薬剤師/座右の銘は‘人の役に立つこと’』
(ウソッ! ほんとーに薬剤師? 私なんて薬剤師国家試験めんどくって蹴ったのに。――しかも人の役に立ちたいなんて……なんて高尚な! 流石、美少女ガーディアンを成功させただけの事はあるわっ……!)
学校で、またタイヘンな事が起きた。
「ちょっと由姫さん。なーに勝手に、学院の住所私物化してるんですかっ」
そう言ってヘタレがDMをくれた。
(ギャー!)
長年ストーカーの如く、ファンレターを送り続けたイラストレーターのマミヤ先生の! お返事ハガキに当たってしまったのだった。
(嬉しすぎて死んじゃう! 何なに?)
‘夢を諦めないで’
(私の夢って何なのよ~~~)
せっかく先生がメッセージを入れてくれても、応えられない……。
「なに、百面相してるんですか?」
ヘタレにまで、クールにあしらわれてしまった。
(うるさいわよ、バカッ)
その日の午後、
(どうしようっ!)
ほんっとーに、タイヘンな事が起きた。
過去最大級の歴史的傑作パルファンが出来てしまったのだ。
(これ、ヤバいでしょう?)
ちょっとフローラルベースに飽きたから、昔懐かしい同人誌を読んでいたらビビッっと閃いちゃったのだ。
二十年近く前の同人作家、京飛鳥の‘リアル・ベイブリッジ’シリーズ。これは横浜が舞台の、ロマンノワールだ。
彼女の作品はトラップ・銃撃戦のダイナミックな描写や、シンプルなラインが特徴的。
ところで、私は――本当のところをいうと――最近まで‘彼’が描いていると思っていた。
「いい作品でした。惜しいですね、彼女が今の同人界にいないのは」
ヘタレはそう言って、本を返してきた。
「彼女? 彼の間違いでしょう」
私はいつものペースで返事をした。
「いや……イラストはアグレッシブですけど、京飛鳥は多分オンナでしょう」
その日のヘタレは妙に、自信を持って言ってきた。
「なによ。何を根拠に?」
確か暇つぶしに、ディスカッションしてあげたんだわ。
「星時の――ボタンの合わせが逆です。他は緻密なのに」
(……へ?)
慌てて確認してみたら、確かにそうだった。
(にしても、よくこの小さなワンカットに気づいたな~)
ヘタレは案外、観察眼はあるのかもしれなかった。
「それに女性だと考えたほうが、切ない乙女心ってヤツですか? その辺りの説明がつくと思います……まぁ、あくまで仮説ですけどねー」
(一度見たら、忘れられない作品……)
「――ううん。きっと、そうよ」
痛切ない系は大好きな私。でも、最後にはハッピーエンドじゃなきゃ許せない。
しかしながらこの作品は、思いっきり悲恋だった。
(なのに好きになった)
「こういうトゥルーエンドは、好みです」
「ああ、うん――」
ヒロインは犯罪に手を染めたせいで、主人公に決別される。でもヒロイン的には、兄弟を護るために仕方の無かったこと。
主人公もそれがわかってる……けれども、平和な日本で犯罪者を許すわけにはいかない――何故なら主人公の仕事は警察官だから。
二人は、断腸の思いで別れる。そのラストシーンは、もちろんベイブリッジ――横浜の夜景。
ヒロインの名前はキルシュ――さくらんぼのリキュールの名前だった。
そこからは、華麗なる連想ゲーム!
紅や桜色、バラ科……そして秘密。
出来上がったのはローズが仄かに交じった、イノセントな香り。
キルシュと星時の淡い思い出の地。くすんだローズピンクの壁を持つ、開港資料館も思い描いた。
この香水の名前は《secret roses》にする。私の部屋中、コレで満たしてみた。
究極に近づいたら、私の香水を早く誰かに味わって欲しかった。
忙いで、ヘタレに連絡をいれた。
「――早くねっ!」
「何なんだ、一体……」
オレはオレで学校にカンヅメになって、卒業制作の真っ最中なのに。
フレーバーは大好きな激辛カレーを造ったから早々に終わったけど、フレグランスはちょっと……あんまりセンスがあるとはいえないオレには苦しいモノだった。
「あ~! 閃かねぇ」
はっきりいってこんな追い込みの時期にまで、パシリみたいに呼び出されるのは不服だった。
(偶には行くの、やめようかな)
一瞬、そんな考えがよぎったのは、本人には内緒だ。
ピンポーン。いつもの事ながら、立派なマンションだ。
「ハイ、ドーゾ!」
(めちゃめちゃご機嫌じゃんか!)
「……どーも」
部屋に一歩踏み出すと、既にそこはノスタルジア――心の痛みを甘い香りに閉じ込めていた。それで一杯だ。
「――いい出来ですね。……来て、良かったな」
本心だった。一応ライバル……とかそういう下らないことは、もうどうでもいいくらいに。
「これは、キルシュのイメージで?」
由姫さんは、珍しく静かに笑ってる。
「……この香りが、名誉ある二次元だって、そう判るのはキミだけだからねっ」
ちょっとミステリアス、そんな笑い方だった。
(これだから年上って!)
のせるのが上手い。――いつも一枚上手だ。
「それはそれは、光栄ですね」
思わず笑いが漏れてしまう。気がつくと、オレだけじゃなくて由姫さんも笑っていた。
「……ふふ、どうしたんです? 由姫さんはなんで笑ってるんですか?」
「あんたこそ……」
軽く突っ込まれた。でも、あまり言えた事じゃない。思わず黙り込むオレ。
「まあいいや。私ね、もう独占はやめる! 前からオファーは来てたからね。みんなに、私の二次元香水……《Two dimensional》って名前で売ってあげるんだ」
笑いを堪えてるのか、震えを堪えてるのか――とにかく少しあやふやな声色だった。でもしかしオーラは明るく、爽やかに瑞々しい。
「これからは趣味じゃなくて、本気のイミテーションでいくわ」
「は?」
「模倣、真似っこ? とりあえず仕事は今までの‘ぱふゅーむ’となんら変わりはナシ! 単にプロ意識持って、売り込んでいくわ」
段々解ってきた。震えは、その嬉々としたヨロコビの現れか。
「……はぁ」
「但し、突き詰めるとこまで行けたら、潔く手を引く。――私の香りを作り始める」
(わかった!)
「つまり‘ぱふゅーむ’から、パフューマーに進化するんですね!」
「そーゆーこと」
今日は本当に珍しい。ずっと機嫌がいい。
「カリスマ調香師目指す! 私が自分でヒロインになるのよっ」
なんだか、由姫さんならばなんでもアリな気がする――。
「来てくれて、よかったわよ――」
「そうですかー」
とりあえず、妙にハッピーオーラを撒き散らしてるから、よしとしよう。
「睦月! いつもありがとう」
その一言だけで、何でもできそうだった。
☆
よくみたら、可愛いかもしれない。
(声は趣味じゃないんだけど!)
「――どーせこないだの宣言って、なんかの受け売りなんでしょう?」
「あは、バレた?」
今日は我が家で宅飲み! なのに、大変な事に!
今日はアニメステーションも、カートゥーンチャンネルも、ちょー冴えてなかった。
「ちょーあり得ないラインナップだよこれ……うわー最悪、勇白すらやってないし」
もうこれじゃ、宅飲みの意味がなかった。
あとは睦月のおつまみしか愉しみがないとか!
(つまんね死しちゃう!)
「テレビ見ないんでしたら、DVD見ていいですか?」
「いいわよー。勝手にしてー!」
もお、超やる気なかったから、リビングにごろ寝して待つことにした。
ピッ
音がして、気持ち懐かしいテイストの、映画が始まった。
(ふーん、何かしら……?)
観た事のない奴だった。
ほとんど三次元に興味がないから、観た事が無くて当たり前なのだけど。
「そういえば前もこんな話ししましたけどー」
睦月がジュージュー良い匂いをさせながら話しかけてきた。
「なによー。前もした話って!」
少し‘ノスタルジック’ファン的には、映画が気になったけど、話を聞いてあげることにした。
「ぱふゅーむの定義って、ニ次元をつくるんですよね? なんでコスプレは駄目だったんですかー?」
そう言って睦月は、キッチンに隠しておいた雑誌――コスムーブを丸めてポンポンやりながら現れた。
(きゃー! 私としたことが!)
「わー、オンナノコの部屋のモノ勝手に触るなんて最悪~」
ちょーロウテンションで切り返してみた。
「誤魔化されませんよー、オレは」
(ちっ!)
開き直ることにした。
「~~~。まあそれは! 私の副業よ」
「副業?」
高校の時に通信教育で、暇潰しに美容師免許を取った私。
「免許あるって言ったでしょ? ホントは、手先器用選手権から、出場依頼が来たこともあったわよ」
「マジですか!」
「リアルでーす」
ああ、懐かしい歴史。
「高校の時から、友達のヘアメイクとか、老人ホームのヘアメイクとか……いっぱいこなしてたから得意なの! だから今でもコス友の為に休日出勤してるわよー」
お皿を持って、こっちにきた。タコさんウインナを一個食べる。さっさと。
「由姫さんも、好きな奴……あのポスターのヒロインとか、アレとか……やればいいのに?」
やんないんですか?
いつものカメコ達みたいに、同じ事を聞かれるのも飽き飽き。それが私。
「私は、新規開拓したいしー♪」
「……単に衣装とか、約束がめんどくさいんでしょう」
(ドッキーン☆)
はあ……苦しい……。
恋みたい……。
「そーよー。どーせっ! 私はめんどくさがりですよーっだ!」
ガーッと、一気しちゃう。どーせサワーだし。
「あとね! 私、あんまりくびれがないのよ!」
「は?」
☆
こないだの飲みは珍しくDVD持参で行ったのだが、なぜかそれを由姫さんが気に入ったみたいだったから貸してあげた。――それを今、ごそごそと返してくれるみたい。
「――数カ月後、ジャスミンは‘バグダッド・カフェ’に戻ってきた~!」
「気に入ったんですか? あの映画」
「アンタ、よく生まれる前の映画なんて知ってるわよねー。凄いわ!」
それは当然だった。センスを磨かなくてはいけなかったから。
「ジャスミンが帰ってきて歓喜に包まれた、あの映画のイメージで、香水を造りたいわね」
舌舐めずりでもしそうな勢いだった――あの有名な猫みたいに。
「いいじゃないですか! 偶には三次元にも目を向けましょう」
人間社会復帰には持って来いだと思ったから、オレも乗り気になった。
「大人になった証拠よね~!」
そう言う事言わなきゃスタイリッシュなのに。
(まったく、……由姫さんなんだから)
「今度は兼業庭師になろうかしら……自分で香水の材料も作るの~!」
いいでしょー? て、聞かれても。返答に困る、――というかスケールに追い付けない。
「そんな……簡単に言わないで下さい!」
「なーにご隠居みたいなこと言ってんのよー! っていうか私をなめないでよねー。思い出してよ、私は大学で香草を研究してたって言ったでしょー」
(言われてみれば、そうでした)
「それに元々、此処か造園学校か迷ったのよねー」
「そうだったんですか……」
そこまでは、知らなかった。
この由姫さんという人は、案外物事を段階的に捉えているのかもしれない――。
「神奈川に庭があるのよー。タカハシ園芸っていう」
「神奈川の庭……ですか?」
(ついていけねぇ……)
高橋は由姫さんの名字じゃないし、第一由姫さんは‘信州’のお嬢様のはずだった。
「ちょっと神奈川まで、送ってって! レンタカー借りたげるから♪」
(ちっくしょー)
「帰りに横浜でデートしてくれんならいいですよ」
滅茶苦茶自信無さげな声だったと思う。
なんか、顔色を伺われてる気配がする――。
「いいわよ?」
(……よっしゃ!)
しかしながら、どこまでも高飛車な物言い。
でも、許されてしまう――これが彼女のキャラクターだった。
(ホント、向いてるよ……)
Fin.
はじめまして!
今年の初めからモノカキを趣味にしました、女子学生です。
楽しんでいただけましたら、幸いです。