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08,紡げ! 一昨日の敵と厚き友情ッ!!《後編》


 清々しいにもほどがある快晴の朝。

 平良(たいら)青果店の店先にて、皿助の圧倒的幼馴染・月匈音(ツクネ)は登校準備を整えて彼を待っていた。時刻が八時になったちょうどその時、待ちに待った皿助が晴れ渡る空にも負けぬ笑顔と共に現れる。


「おはよう、月匈音!」

「はいはい、おはよう……って、あれ。晴華(パッチー)は連れて来てないの?」


 皿助の隣にも背後にも、晴華の姿は確認できない。

 晴華は天狗族の刺客に狙われており、皿助は友としてその刺客から晴華を護ると約束したと月匈音は聞いていた。


 いくら皿助が直感に優れているとは言え。いくら皿助の全力疾走が新幹線を置き去りにできるレベルでも、世の中には法定速度と言うものがある。信号に一切引っかからない想定でも、時速四〇から六〇しか出せないなら学校から美川邸まで五分はかかるだろう。晴華に事が起きたら手遅れになったりしないだろうかと月匈音は心配する。


「問題無い。晴華ちゃんは皿奈絵(サナエ)姉さんに預けて来たからな」


 皿助としては、問題が解決するまで晴華の傍から離れるつもりはなかった。当然、学校にも連れて行くつもりだったのだが……今朝、晴華を連れて家を出ようとした皿助に、美川家次女にして八兄弟姉妹序列三番目の姉・皿奈絵がある提案をして来たのだ。「学校でも刺客を警戒していたら、勉学に身が入らないでしょう? ここは優しい優しい優しい完璧お姉さまが、代わりに晴華ちゃんを守っててア・ゲ・ル」と。

 当然、それは弟想いなお姉ちゃんの善意的行動……などではない。美川家の八兄弟姉妹はそんな美しい相互関係など持ち合わせちゃいないのだ。もちろん、その提案は魂胆あっての事。

 美川皿奈絵は、何を隠そう【スタイリスト】を生業としている。華やかな人種をより美しく、そしてとても個性的に装飾する事に性的快楽すら見出す人種だ。我が家にむちむちナイスバディの美少女がやって来たと聞いて、居ても立ってもいられなかったらしい。当然だ。目の前に最高の食材を用意されて置きながら、包丁を握るのを我慢できる料理人などいない。


 その子の身の安全は保障するから、髪とか服とか色々と弄らせろ。


 それが皿奈絵の提案だった。

 晴華は晴華で「か、可愛いお洋服やアクセサリを着け放題って事ですか……!? お、お化粧まで……!?」とノリノリ。やはり河童と言えど年頃の女の子。お洒落は大好きなのだろう。

 と言う訳で、皿助・皿奈絵・晴華の三者の利害は完全に一致。と言う訳で、現在に至る。


「ああ……皿奈絵さんなら絶対に大丈夫ね」

「うむ。あの人は例えゾンビが跋扈する世界に独り取り残されても、日々を美容と健康とお洒落のために費やして天寿を全うできる人種だ」


 実際、皿奈絵は担当タレントの海外ロケに同行していた最中、事故で海に投げ出されて遭難。三ヶ月ほど行方不明になった事があるが……あの女、漂流先の未開無人島にて「病的な程に肌にハリをもたらす魔法のような泥」を発見し、遭難前よりも一段階ツルテカなお肌で無事に帰国した。しかも発見した泥を解析・商品化して財を一山築いたオマケ付きである。あのバイタリティがあれば、晴華を連れて天狗的刺客から逃げ去る程度、訳も無いだろう。


「それに万が一に備えて、ダイカッパーの皿は俺が預かっているしな」


 そう言って、皿助は肩に担いだ自らの学生鞄を月匈音に見せつける。いざとなったら、ダイカッパーに変身し、背覇皿に乗って飛んでいけば良い。そうすれば数十秒で駆け着けられる。


「万全って訳ね。安心したわ」


 と言う訳で、皿助と月匈音は学校へ向かって歩き出す。


「そう言えば、話は変わるんだけどさ。あんたから晴華ちゃんに関する話を聞いていて、ふと疑問に思った事があるのよね」

「ふむ? 何か説明不足だっただろうか?」

「いやさ、まぁ、すっごぉーくどうでも良い話ではあるんだけど……何でパッチーは川から飛び出して来たのかなって」


 その疑問に対して皿助は思った。

 そう言えば、何でだろう。と。


 当初、皿助は「河童だから」で納得していた。何故ならそれは「河童の生活の中心は川である」と言う先入観に近い知識が根っこにあったからである。しかし、晴華の行動や様子を見るに……別に河童は陸上でも何ら問題無く生活していると言うか、ぶっちゃけ、晴華が水を求めている所など見た事が無い。「お風呂は特別大好き」だとは言っていたが……それは河童だからと言うより、年頃の女の子だからだと考えるべきだろう。そうなると、だ。正味「河童だから」と言う理由だけで「川から飛び出して来たのは自然な事」と言い切るのは、少々納得が行かない感じになってしまう。


 ――と言う訳で、放課後。


 皿助と月匈音は夕暮れ染まるいつもの河川敷へと足を運んでみた。


「二日前、俺と晴華ちゃんが出会ったのはここだ。昨日の朝、ガシャドクロのお姉さんと戦ったのもここだな」


 昨日の芽志亞(ガシア)との戦闘の痕跡、一〇本指の手型クレーターなんかは綺麗さっぱりなくなっていた。いつぞや丹小又(にこまた)が言っていた「妖怪保安局によるアフターケア」と言う奴だろう。


「ふぅん。良い雰囲気の河川敷ね……私も嫌いじゃあないわ」

「だろう。お前なら絶対にそう言ってくれると思ったぞ。さて、本題は晴華ちゃんが川から出て来た理由だったな」


 皿助と月匈音は土手を降り、ゆったりと流れる川の畔へ。


「単純に、泳いで逃げて来た……と考えると、この上流に、晴華ちゃんの故郷だと言う【河童湖(かっぱのうみ)】とやらがあるのかも知れないな」

「でも、それじゃあ腑に落ちない事もあるわ。何で、パッチーはここで川から上がったの?」


 確かに、それは疑問だ。実際、ここで上がったがために晴華は早々に刺客による攻撃を受ける羽目になった。もっともっと、安全を確認できそうな場所まで流れていけば良かったものを、何故にわざわざこんな中途半端なポイントで川から上がり、皿助と巡り遭ったのか。


「ふむ…………考えても、わかりそうにないな」

「そうね。これはパッチーに訊いた方が早そう」


 わざわざ現場を検めに来ないで、最初からそうしろよ、と思う者もいるかも知れない。しかし、皿助も月匈音も、基本的な行動原理に「万事可能な限り自力で解決」と言うモノがある。なので、ここに来て推理できるならばそれで良いじゃないか、とまず考えてしまった訳だ。結果論で言えば非合理的な行動に終わってしまったが。


「では、ウチへ帰って晴華ちゃんに……」

「なんなら、俺っちが教えてやるぜい?」

「ッ!!」


 その大型の獣の様な低音声に、皿助は聞き覚えがあった。

 急ぎ振り返れば――皿助の脳裏に浮かんだ通り、そこにいたのは浅黒い肌を黒い着物でラッピングした大男。


「お前は、最初の刺客として現れた烏天狗ッ……冠黒武(カンクロウ)ッ!!」

「おー。きっちり覚えててくれてるとは、嬉しい限りだぜい」


 いつの間にか、皿助と月匈音の背後に立っていた大男……それは間違い無く烏天狗の冠黒武!

 手には機装纏鎧の媒介でもある黒鋼の錫杖も握られている。だが、不思議な事が一点。


「な、何か違和感が……はっ!! お前、【翼】と【鼻】はどうしたんだ!?」


 そう、冠黒武の背に烏羽の様な黒翼は無く、鼻の高さも東洋系の民族と大差無い感じになっているのだ。これでは、ただの浅黒い大柄お兄さんである。


「ああ、安心して良いぜい。こりゃあ人間に擬態してるだけだからなぁ。ここに来る前に、人間の店で腹ごしらえをしたんでね」


 美味かったぜ、フライドチキン。そんな事をつぶやきながら、冠黒武は隠していた翼と抑えていた鼻を解放する。


「ふーん……この人が、皿助が言ってた最初に襲ってきた奴なのね」

「ああ、残念ながらお互いに退けないと言う結論になり、戦う事になってしまった仲だ」

「その節はドーモ。今日は河童姫は連れていないんだな。そっちの子は恋人かい? 羨ましいぜい。俺っち、まだ若いとは言え独り身だからよぉ~……ちょいと参考にしたいから、馴れ初めとか聞かせて欲しいなぁぁ~……なぁんて思うくらいには」

「世間話をしに来ただけか? だとすれば大歓迎だが」

「クカカカ……いやいや。いやいやいやいや。流石にそりゃあ無いぜい、当然」


 だろうな。と皿助は少し悲し気に、だが強い決意と共に鞄へ手を入れ、いつでもダイカッパーの皿を取り出せる体勢に入る。この男は天狗族の軍隊に所属している。それもそこそこの役職。ならば、皿助たちの前に姿を現す目的はひとつしかあるまい。


「晴華ちゃんの所には、行かせないぞ」

「ああ、構わないぜい。まずはテメェに用があるからよう」

「何……?」

「ま、その辺を説明するのは、後だ。まず、あの河童姫がその川から飛び出して来た理由が知りたいんだろ? その答えは俺っち知ってるぜい。ついでだから教えてやるさ」


 初めての時にも感じたが、やはり悪い天狗ではなさそうだ。


「そもそも何か勘違いしているようだが、まず河童湖だ天狗山(てんぐのやま)だのの妖怪集落は【妖界郷次元(ようかいきょうじげん)】っつぅ、この人間界とは別の次元にある世界なんだぜい」

「別の次元にある世界……異世界と言う奴か?」

「ま、そんな所だ。そんで人間界と妖界郷にゃあ、いくつもの【道】がある。それを通って俺っちたちは人間界(こっち)に来る訳だ」

「晴華ちゃんが使った道は、たまたまこの川のこの地点に繋がっていた訳か」


 頷く冠黒武を見て、皿助も頷き返す。そういう事なら疑問は全て解決だ。晴華は何か目的があってこのポイントから川を出たのではなく、ただただその【道】の出口がここだった。それだけの話。


「んじゃあ、話を戻そうか。俺っちがテメェに何の用か……まず、俺っちは今回ただの刺客じゃあないんだぜい。【新兵器の試験運用被検体(モニタリングテスター)】としてデータを採り、そのついでに【河童姫を連れ帰る刺客】をこなす。それが俺っちの目的なんだぜい」

「……要するに、天狗族は何かしらの新兵器を作り、それを晴華ちゃんを守る俺との実戦に投入して有意義なデータ収集を行いたい……そして俺を打ち負かし、晴華ちゃんも連れて帰りたいと」

「そーそー。察しが良い奴ってのは好ましいぜい。話がトントン拍子で疲れない」


 冠黒武は試作品を運用した【戦闘データ】と【晴華の身柄】の両方を入手する必要がある。ならば、晴華を捕まえたまま戦うよりも、戦った後で晴華の身柄を押さえるのが無難。故に、まずは皿助に用があると言う訳だ。


「随分と欲張りな事だ」

「欲を張るのは生物の宿命だぜい、人間の少年。わかるだろい?」

「ああ、よくわかる。だが、知っているか天狗のお兄さん。人間の社会には、こんな戒めの言葉がある……『二兎を追う者は死ぬ』ッ!!」

「似たようなコトワザは妖怪社会にもあるぜい。まぁ、でもだ。コトワザや戒めってのは、あくまで『大体がそうなる』って言う統計学的推論でしかないんだぜい?」


 自分はその統計論の中で【一部例外】になれば良い。シンプルなもんさ。と冠黒武は笑い、黒鋼の錫杖を構えた。

 妙な構えだ。冠黒武は左手で持った錫杖を水平に構えて、右手首の上に乗せている。その右手首には……何やら禍々しい、黒く透き通った謎物質で形成された腕輪が嵌められていた。


「その奇妙な腕輪……まさか、それが……」

「その通りだぜい。こいつが、天狗族が開発中の新兵器……その名も【禍弄魔(カルマ)】」


 冠黒武の笑みが濃くなったのに合わせて、黒鋼の錫杖と禍々しい腕輪が薄ら淡い黒紫色の光を帯び始めた。


「早速お披露目させてもらうぜい……機装纏鎧――禍弄魔(カルマ)共鳴ッ!!」


 冠黒武を起点に、漆黒の色を纏った風が吹き荒れる。


「わっ、ちょっ、スカートが……こんなん聞いてないわよ……!」

「月匈音、少し離れていてくれ。あと、これはお節介かもだが……高校生でトマトパンツってどうなんだ?」

「別にあんた以外に見せるモンでもないんだし、何を履こうが私の自由でしょ?」


 全く、とんだセクハラだわ……と月匈音はちょっと頬を膨らませつつ、しっかりスカートをガードしながら皿助たちから距離を取る。そうこうしている内に、黒い風は巨大な竜巻を形成。川原の草や砂利を土ごと抉り飛ばし、川の水面に荒波を起こし始めていた。


『見さらせ……こいつが、名誉挽回と汚名返上のために、俺っちが得た魔の力……ッ!!』


 黒い竜巻が、四散――内に隠されていたそれが、顕現する!


「ッ!!」


 現れたのはスレンダーなシルエットの鳥巨人型機装纏鎧・漆飛羅天喰(ウルトラテング)――ではない。

 漆黒の黒鋼装甲で全身を覆っている事には変わりないが、もはや共通点はそれだけと言える。まず、かなり巨大化している。少なくとも三〇メートル級はある。次に、体型はスレンダーの対極、非常に太ましい……ダイカッパーにも見劣りしないガッシリとした巨体に仕上がっていた。最後に、顔と腕と翼の数。顔は正面と左右で三面、腕は左右に三本ずつの合計六臂。そして背面の翼は……もはや、翼と言って良いものか。形状は実に烏っぽい黒い翼なのだが……何枚あるのか、数える気にもならない。彷彿とさせられるのはイソギンチャクの触手か、チンアナゴの群れか。


堕天(だてん)咎識(ぐしき)……漆飛羅天喰(ウルトラテング)禍弄魔(カルマ)ァッ!!』

「禍々しい……!」


 我ながらあの黒き異形の巨体を一言で的確に表現できたものだ、と皿助は思う。


『あぁ、禍々しいだろうさ……禍弄魔(カルマ)ってのは、起動者の身を穢してでも力を発揮させる……【魔の兵器】なんだからよぉ!!』

「身を穢す……!?」

禍弄魔(カルマ)はなァ……機装纏鎧と併用する補助兵器ッ。その効果は、起動者の気合を無理やり限界以上に引き摺り出して、機装纏鎧を変質変形・超絶強化するッ!!』


 機装纏鎧のあらゆるエネルギー源は、起動者の気合だ。気合を込めれば込めるほど、機装纏鎧は力を発揮する。だが、機装纏鎧の出力を多少向上させるだけならまだしも、性質や形状を変化させるほどの気合と言うのは、生半可な量では無い。禍弄魔とやらが起動者に相当無理な気合抽出を強いている事は明白。


「そんな事をして、大丈夫なモノなのか!?」

『クカカカ……大丈夫な訳が無ぇぜい。何事も無理をすりゃあ反動ってモンが伴う……サイズの小さい靴下を無理に履こうとしたら、足も痛いし靴下も破けるようにッ……世の中ってのはそう言う風にできてやがるのさ』


 禍弄魔を使用する副作用・対価……それは、


『禍弄魔を使ってる時間が長引けば長引くほど、俺っちの腸内環境は荒れ続けるッ!!』


 気合とは【丹田(たんでん)】と呼ばれる体内器官で精製され、全身に供給されている。その丹田の位置は、へそより少し下。そして丹田のすぐ傍には、消化器官がある。禍弄魔は無理矢理に気合を引き摺り出す。つまり、気合の発信源である丹田に超負荷をかけてしまうのだ。絵の具のチューブと中に入っている絵の具を想像して欲しい。チューブを思いっきりぶん殴れば、中身の絵の具はとんでもない勢いで爆発的に吹き出す。禍弄魔がやっているのは、それ。

 丹田を思いっきりぶん殴って、中身の気合をとんでもない勢いで爆発的に絞り出す。その負の影響(ダメージ)は丹田のみに留まらず、周辺器官……すなわち、消化器官にも波及してしまう。それほどの無理を強いる兵器なのだ!!


『つまりッ、だッ。禍弄魔を使用しての長時間の戦闘を行えば……お腹を壊し過ぎて、漏らすッ!!』

「ッッッ……!?」

『何を漏らすかって……クカカカ、言わせんじゃあねぇよ。腹を壊した時に出てくるモンはひとつだろうが。最初に言ったはずだぜい。禍弄魔(こいつ)は「起動者の身を穢してでも力を発揮させる」……魔の兵器だってなァァァ!!』

「何故、そんな恐ろしい兵器を……一体、何がそこまでお前を!?」

『何が? 理由か……クハッ。俺っちはよぉ……別に大層な意思とか、無いんだぜい」


 ……冠黒武は、特別な存在ではない。そう自負している。


『俺っちはどこまでも凡庸で、普通の烏天狗でしかねぇ……だからよぉ、普通に【良い暮らし】がしてぇんだぜい。苦しみ少なく楽しみ多い、そんな生き方をしたい。普通だよなぁ。誰だって望む【夢】のはずだぜい。きっと人間で言うプロ野球選手とか飛行機のパイロットと同じくれぇによう! そのためにゃあ、必死に働いて! 良い役職について! 良い給料をもらうのが手っ取り早いッ!!』


 冠黒武の目的は立身出世……つまり――

 皿助はここまでの情報を整理し、苦悶で顔を歪ませた。


「それではお前は……俺に敗れた失態を帳消しにするために、そんな兵器の試験運用を引き受けてしまったのか……!?」

『その通り……だが、別に罪の意識とかは覚えなくて良いぜい。テメェはあの時、間違った事はしてねぇさ』


 先に冠黒武自身も言っていたように、彼はどこまでも凡庸で普通。善悪の物差しだって極めて一般的なそれを持ち合わせている。故に理解していた。


『迫り来る理不尽から誰かを守り、助けた。間違いどころか大正解だぜい。格好良かった、正直、内心では痺れたさ。テメェは間違い無く【良い男】だ。俺っちがテメェに負けたのは……出世に目が眩んで姫さまの命令を二つ返事で引き受けちまった、その末に生じた勝負の結果ッ! そんで、俺っちがこんな方法で名誉挽回と汚名返上を図ってんのも、俺っち自身の選択ッ!! 他に手段はあったろうが、一番これが手っ取り早いと思った!! 愚かだと嗤えば良い!! だぁが俺っちに取っちゃあ自分の利益を最速で上げられる行為こそが最強の正義!! ただそんだけさ!!』


 全て自らが選んだ道。その道が決して褒められたものではなく、対立者が現れ行く手を阻むだろう亊もしっかりと理解している。それでも、冠黒武は己の望みを叶えるための最短ルートを行きたい。そんなワガママでしかない。


『だから、俺っちを叩き潰す事に感傷を覚える必要は無いぜい……まぁ、叩き潰せるのなら、だけどよォォ!!』

「ッ……!!」

『俺っちは何と言われようと、我が道を行くぜい。後悔するかどうかは道の先で決める!! テメェがそれを阻みたいんなら、それがテメェの道。好きなだけ行けよ、そんで来いよッ!!』


 世間が、世界がどれほど否定し罵るとしても。冠黒武はひたすら、己の利益のために動くと宣言した。それが己の信じる最強の正義だと断言した。はっきり言って、唾棄すべき行動原理と所業だろう。だが、その行為に込めた覚悟と信念は、紛れもない本物。

 どうしても辿り着きたい場所があるから。望む世界があるから。欲しい未来があるから。だから冠黒武は、本気で選んだ。それらを全て手に入れるためなら、手段を選ばないと言う選択肢を!


『さぁッ!! 河童姫を守りたいんだろう、人間の少年よぉ!? なら一丁勝負してもらおうか……テメェのダイカッパーで、俺っちのこのウルトラテング・カルマとッ!!』

「…………良いだろう」


 冠黒武が己の望みのために、他人も自分の身も犠牲にする手段を選んだ事……皿助はそれを心の底から蔑む。だが、その姿勢は理解する。素晴らしいとさえ賞賛する。

 この烏天狗は……物事に臨む姿勢や根性は立派だのに、方向性を間違えてしまっているだけだ。だったらば、対処法はッ……間違い続ける限り、阻止する、ひたすら阻止する。ただそれだけだ。そのために、まずは全力で迎え撃つ!


「俺も披露しようッ。見さらせッ!! どんな敵からも晴華ちゃんを守るために手に入れた、新たな力をッ!!」


 皿助は勢い良く鞄から平皿を取り出し、それを両掌で挟んだ。合掌の間に皿を挟み込んだ形だ。


示祈歪己(シキガミ)発動ッ!! 機装纏鎧・真化巫至極(マカフシギ)ッッ!!!」


 叫びの直後、瞬間的かつ爆発的に発生した無数の謎キュウリと緑色の謎オーラが、皿助の周囲で踊り狂う!


『示祈歪己、だと……!?』


 陰陽師の必殺兵器にして最終兵器。当然、妖怪一族の軍部に所属する者として、冠黒武もその名はご存知。


『河童姫を守るために、連中の力をも取り込んだって訳か……よくもまぁ、俺っちに欲張りだなんだと言えたモンだぜい……!!』

『心友のためならば、強欲にもなろうッ!!』


 冠黒武の言葉へ皿助が応えたと同時、謎キュウリが謎オーラが爆裂四散。

 顕現するは、ゆるいちびキャラ風の機動兵器。全高一メートル級、三等身の超高密度スーパーデフォルメダイカッパー。その名も、


『シンッ……ダイッ、カッ、パァァァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!』


 大抵の者は、その見た目の愛くるしさに騙されるだろう。だが、冠黒武はそれなりの役職に就く軍人。瞬時にシン・ダイカッパーの圧倒的密度を見抜き、戦慄する。


『クハハ、こいつは予想以上……そんな力、簡単に手に入ったとは思えねぇ。二・三日の付き合いしかねぇ河童姫のためにそこまでしやがるかァ!!』

『友情の密度は、必ずしも時間に比例しない!』

『やっぱテメェは格好良いぜい、人間の少年よぉ……そう言や、名前、聞いてなかった。聞かせてくれや』

『美川皿助。美しい川に、皿のような目をした助平と書く!』

『改めて俺っちも名乗るぜいッ!! 畔杉(くろすぎ)冠黒武だッ!! お互い呪おうや……こんな状況と立場で出会っちまった、今生最大の不幸をなぁッ!!』


 ウルトラテング・カルマ、その背で蠢く無数の翼を大きく広げ、冠黒武は臨戦態勢。

 皿助もシン・ダイカッパーに片足を引かせ、吶喊態勢。

 シン・ダイカッパーでいられるのは大雑把三〇秒。その三〇秒を使い果たせば、示祈歪己のリロード時間、即ちクールタイムに数分を要する。のんびり構えるつもりも時間も無し。


『行くぞ、冠黒武ッ!!』

『来いやァ、皿助ェッ!!』


 片や機装纏鎧×示祈歪己。

 片や機装纏鎧×禍弄魔。


 機装纏鎧の限界を越えた存在同士が、衝突する。


覇皿(バサラ)コネクトッ!!』


 シン・ダイカッパーの両肩に装備された打撃強化妖術武装、覇皿を両掌に装着し、皿助は張り手を放つ準備を完了。


天刈乱熱風扇(テンガロンホット)、起動ォ!!』


 ウルトラテング・カルマの背に装備された無数の黒翼……そこに搭載されている空気加熱用の炎熱属性妖術武装をフル稼働させ、冠黒武は武器として扱う熱風の生成を開始。通常時のウルトラテングが装備しているそれとは、出力も数も桁違い。その翼が生み出すのは熱風ではない。差し詰め【透明の豪炎】だ。


『おぉおおおおッ!!』


 緑色の謎オーラを纏い、音速の壁を超えてシン・ダイカッパーが突進する。


『クカカッ、当然迎撃ィッ!!』


 冠黒武は生成した透明の豪炎をウルトラテング・カルマの特性で支配。支配権を握った証に、その炎を黒色で……自らの色で塗り潰す。あっという間に、黒き獄炎の完成である!


『【黒焔・禍鳥風囓(カルマ・カルラ)】ッ!!』


 その一撃、もはや黒焔の嵐。空を覆い尽くさんばかりの黒い熱の暴威が、シン・ダイカッパーを飲み込まんと迫る!


『前回と違ってしっかり熱そうだッ……ならば当然、大人しく受ける道理無しッ!!』


 シン・ダイカッパーの頭覇皿はシェルターだ。起動すれば、拡大化してドーム状になり、シン・ダイカッパーを守ってくれる。だが、皿助は既にこの河川敷で学んでいた。頭覇皿は、言うほど防御力が高くない。あの時は相手が悪かった説もあるが……とりあえず、あまり期待すべきではない。ならば、取るべき行動は回避。そして最も効率的な回避方法は、攻める事。


『ドスコイドスコイドスドスドドドドドドドドォォッッッ!!!!』


 覇皿で強化された張り手による軽いラッシュ。緑色の謎オーラが無数の残像の尾を引き、その様相はさながら真横から殴り付ける緑色の豪雨。緑光の雨が、黒焔の嵐を薙ぎ払う!!


 大技を軽くあしらわれた冠黒武……だが、前回と違って動揺は無し!!

 冠黒武は既に皿助に一敗している。侮る事は有り得ない。この程度は折り込み済み。


『それくらいは、当然に出来るよなァ!!』

『なにっ……!? いつの間にか近い!?』


 黒焔を薙ぎ払ったシン・ダイカッパーの眼前には、右側三手の拳を振りかぶったウルトラテング・カルマの姿ッ。そう、先の黒焔攻撃は処理される前提の一撃。黒焔の陰に隠れて、接近するための陽動だったのだ!!


 シン・ダイカッパーはラッシュを放った直後の態勢。次の攻撃を放つまでに、刹那的と言えどタイムラグが発生する。その隙、冠黒武は逃さない。


『ゼロ距離直火焼きって奴だぜいッ。黒焔・禍鳥風囓(カルマ・カルラ)鷲掴み(イーグルハント)ォッ!!』


 ウルトラテング・カルマ三つの右拳、その指の隙間から黒い焔が漏れ出している。拳の内に黒焔を握り込んでいるのだ。その拳たちを発射する直前に指を広げ、握り込んだ黒焔を一斉にシン・ダイカッパーへと叩き付ける!


 黒焔を叩き付けながら、ウルトラテング・カルマはそのままその三つの掌でシン・ダイカッパーの小さな体を地面へと押し倒した。黒焔を浴びせた状態で拘束し炙り尽くす算段っ……シン・ダイカッパーとウルトラテング・カルマのサイズ比は一:三〇、掌一つでも充分鷲掴みにして拘束できる所を掌三つでやっているのだ。これはもはや鷲掴みではなく鷲包み。拘束と言う概念のオーバーキル。ウルトラテング・カルマの手で形成されたドームの中に、シン・ダイカッパーと大量の黒焔が密閉されてしまった!!


『どうだ動けねぇだろぉッ!? テメェはパン生地だッ!! 最大出力の業務用オーブンに突っ込まれて焦げクズになるのを待つだけの哀れなパン生地なのさァッ!! ジリジリと真っ黒に焼けろォッ皿助ェッ!! おるァ!! ジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリジリィィィィィィッッッ!!!!』

『ぐ、ぐあああぁぁああああッ!! さ、流石に熱いッ!? ぐぅぅぅうううううううう……!!』


 ウルトラテング・カルマが操る黒焔の出力は、並の機装纏鎧なら一瞬で消し炭になりかねないほど。そんなものに包まれ続ければ、流石のシン・ダイカッパー超高密度装甲もヤバい。皿助はさながら「玄人でも数分でダレてくるレベルの超サウナ」に放り込まれたような気分っ……早く脱出しなければ、すぐに熱中症で戦闘不能になってしまう!!


『ぐ、ぅうあッ……ッ、覇皿ッ!!』


 皿助は飛行移動用の背覇皿を起動。背に装着した状態のまま、フルパワーで浮上命令を出す。つまり、シン・ダイカッパーを体ごと押し上げる形で緊急上昇させた!


『こいつッ……!』


 無理に掴み続ければウルトラテング・カルマの腕が千切れかねない。本能的にそれを察し、冠黒武は腕を引かせた。

 押さえつけるような拘束を解かれた事で、シン・ダイカッパーが凄まじい速度で上空へと弾け上げる。シン・ダイカッパーのアイカメラを通して、皿助の視界に青空が広がった。


『危機は脱した――が、不味いッ!!』


 どうにか目の前の危機は脱したが……「飛んでしまった」。空中。そのフィールドはどう考えても……!


『クカカカッ、ウェェェルカムって奴だぜい!!』


 一瞬にして、シン・ダイカッパーと並んで飛翔していた黒い巨体。ウルトラテング・カルマがその無数の翼を振るい、緊急飛翔したシン・ダイカッパーに余裕綽々と追いついたのだ。ウルトラテングは空中における高機動戦闘に特化した機装纏鎧。その強化版であるウルトラテング・カルマも当然、空中戦は十八番。独壇場。


 空中でまともに戦ってはいけない。皿助は即座に判断。

 間髪入れずに背覇皿を分離し、ウルトラテング・カルマへ向けて高速射出!!


『んお!?』


 背覇皿を飛行ユニットとしてしか認識していなかった冠黒武に取って、それは完全に虚を突かれた一撃。空中機動力最強のウルトラテング・カルマでも対応が遅れる。冠黒武は今、数センチの至近距離からいきなり拳銃をぶっ放されたようなモノ。放たれた弾丸、背覇皿に当たりこそしなかったモノの、その緊急過ぎた回避姿勢は歪。


『今だッ!! ドドスドォスコイッ!! ドスドスドス、ドッスァァッ!!』


 今こそが不利の中の好機。皿助はシン・ダイカッパーの身をよじらせ、右斜め下方向へ、数発の突っ張りを放つ。


『ッ、防御だぜい、ここはよぉ!!』


 歪な姿勢から完全回避は難しいと悟り、冠黒武はウルトラテング・カルマに防御姿勢を取らせた。六本の腕を交差させ、自身とシン・ダイカッパーの間に分厚い壁を形成する。いくらシン・ダイカッパーのパワーが凄まじかろうと、ここは空中。ろくな踏ん張りは効かない。加えて、無理な態勢からの苦し紛れの攻撃。この条件下では絶対に大したパワーなど出ないはず。ならば防御し、カウンターを叩き込むも一興……と冠黒武は考えた。いや、考えてしまった。「想定が甘い」としか、コメントのしようがない。


 冠黒武当人に傲りや油断の自覚は無いようだが……禍弄魔と言う大きな力を手にした事で、確実に気が大きくなってしまっている。加えて、禍弄魔が無理矢理に気合を過剰抽出し続けるせいで精神的にややハイになってしまっていたのも、その愚かしい判断の一因だろう。


 ウルトラテング・カルマが空中での挙動に優れるように、シン・ダイカッパーはその超高密度が生む比類無きパワーがある。踏ん張りが全く効かない空中で、無理な態勢からの一撃だろうと、そのパワーは万人の想像を超えていくのが当然の道理。冠黒武はもっともっともっと更にもっとそのパワーを畏怖し、警戒すべきだったのだ。古い御伽噺の中に、「奢り昂った一匹の猿が、子蟹とその友人らに嵌められて死ぬ」と言う内容の話がある。大昔からの必定、相手を軽く見て調子に乗った者はそのイキり具合に相応な酷い目を見るのがお決まり。


『ッッッ!? ぎゃっ、ぐわぐわぐわぐわああああああああああ!?』


 冠黒武の想定を遥かに越えた威力の張り手が、ウルトラテング・カルマの形成した六臂の壁に突き刺さり、砕き、抉るッ。耐え切れず、ウルトラテング・カルマの巨体が黒い残像を引くほどの速度で吹っ飛んだ。眼下の川へと一直線に高速落下。その巨体と速度から、雲に届きそうな程の水飛沫が上がる。飛沫の量も膨大。もはや水飛沫ではなく水柱。


『よしッ、決めるッ!!』


 シン・ダイカッパーでいられる残り時間は二〇秒を切った。悠長に構える道理は無い。何より、禍弄魔の副作用……戦闘を長引かせれば、冠黒武が漏らしてしまう。多少の無茶をしてでも、早期決着を狙いに行く!!


 皿助は背覇皿を呼び戻し、それを蹴り付けて真下の川、ウルトラテング・カルマの落下点へと緊急降下。と、そこでウルトラテング・カルマが水面に顔を出した。


『腕が痛ぇッ、砕けてやがるッ……くそ、なんてパワーだぜい!! 早く空中に戻って優位を――』

『戻らせはしない! もう一回沈めッ!!』

『殺生ぎゃぼるぁッ!?』


 間髪入れず、シン・ダイカッパーが張り手を放つ。水面に現れたウルトラテング・カルマの顔面を張っ叩き、水中へと押し戻した。シン・ダイカッパーもそのまま着水。潜行。舞台は水中戦へ。


『がぼぼぉッ!! ま、不味いッ!! 水中じゃあ風を作れねぇぜいッ!!』


 深い深い川の奥、日の光も僅かにしか届かない薄暗闇の水底……当然、空気など存在しない!

 水中と言う河童優位のステージに持ってこれただけでなく、ウルトラテング・カルマ最大の武器を奪う事に成功した!!


『このまま一気に決めさせてもらうぞッ!!』

『そうはさせたくないって話だが、意地でも俺っちを空へは行かせないつもりと見たぜい……ならば!!』


 皿助の意図、そしてその意図を破る事は至難と悟り、冠黒武は【奥の手】を出す事を決意した。


『できれば、使いたくはなかったけどな……甘えを捨てるぜい』

『……何か嫌な予感がする。冠黒武、お前は今、何をしようとしているんだッ!?』

『何をするか? 決まってんだろ。形振り構わずッ!! 勝ちに行くんだよぉぉ~~~ッ!!』


 異変ッ。ウルトラテング・カルマの全身が、まるで怨霊の呻きのような不気味怪音を上げ始めたのだ!!


『禍弄魔ッッッ……解ッッッ放ッッッ!!』


 禍々しい歪なシルエットが、更に禍々しく変貌する。漆黒の装甲が更に黒々と染め上げられていく。砕けた六臂が完全に砕け散り、即座に生え変わる。蠢く無数の翼が、爆発的に増殖する。


『げ、ご、あ、ぉあああぉ、ぉおおおぐぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!』


 泡立つ泥沼のように。ウルトラテング・カルマの全身がブクブクと膨らんでは弾けて集約して膨らんで弾けて集約してを繰り返し、酷く歪みながら肥大化していく。


『まさか……禍弄魔の出力を上げたのか!? 何て馬鹿な事をっ、そんな事をしたら……!!』

『ぁ、あああッもはや不可避ッ!! 勝とうが負けようが、機装纏鎧を解いた瞬間にゃあ漏れるだろうなァッ!! 感じるぜぇ腹の唸りをッ!! 尻たぶの間に汗ばみをッ!! 今この瞬間、俺っちのフンドシの死は確実のモノとなった!!』

『自ら己の尻にトドメを刺すと言うのか……この大馬鹿が!!』

『クカカカッ!! 俺っちの尻の事を心配してくれんのかよッ!! つくづく優しくて良い奴だなぁおぉぉい皿助ェッ!! 本当ッ! 何の皮肉や冗談でもなく、マジに呪うぜい!! テメェと敵対しちまってる現状をよぉぉぉおおおッ!! 友達になりたかった男ナンバァァァワンだよテメェはァァァアアアッッ!!!』

『!!』

『だが、あんまり俺っちを舐めるなよぉぉ~!? よく考えてみろ、俺っちは自分が良い暮らしをしたいからなんて理由で、河童姫の未来を滅茶苦茶にする行為に助力しているんだぜぇい!? 俺っちだって、感情ってモンがある!! 培ってきた道徳や倫理ってモンがある!! 当然、誰かの未来を踏みにじる行為を軽んじちゃあいないぃぃッ!! だけど俺っちは、それだけの罪を犯してでもッ!! 良い暮らしって奴が欲しい!! つまりは【覚悟】!! 河童姫の未来を奪う覚悟をしているゥ!! だのに、今さらッ……今さらァッ!! クソの一掴みや二掴みを漏らす事に狼狽え臆するとでもぉぉぉ!? いいか皿助ェ!! カッチョ良いテメェにゃわからんだろうが、クズにはよぉ、クズなりの【筋】ってモンがあるんだよぉぉぉお!! そして俺っちの【筋】とはッ!! 誰かの未来だろうと自分の尻だろうと、何を犠牲にしてでも自分の欲望を叶える事だァァッ!!』

『おいッ、言っている事の割に、涙声じゃあないかッ!!』

『うっせぇぇぇぇ!! 覚悟してても辛いモンは辛いんだよぉぉぉぉおおおおおお!! 俺っちもう今年で一八〇歳だぞぉ!! 人間で言えば一八歳だァ!! それが、漏らす!? 良い歳して、漏らす!? 辛いしぃぃ恐いぃぃにぃぃ決まぁってんだるぉぉおおおおおがぁぁあよぉぉぉぉぉおおおおおぅぅうああああおおぉおおぉおおおッッ!!!』


 悲痛。あまりにも悲痛なシャウト。後半は狂った野獣のような勢いすら感じた。


『冠黒武……さてはお前、ヤケクソになっているんじゃあないか!?』

『焔を操るクソ垂れだからヤケクソってか!! 誰が上手い事を言えっつったゴルァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!』

『や、やはりだ。完全に錯乱している!!』


 禍弄魔によるアッパードラッグ的過躁(かそう)効果が、冠黒武の精神面を著しく犯している。今、冠黒武の理性は禍弄魔の副作用に食い尽くされようとしているのだ。


『うっじゃあぁああるぁぁぁああああ皿助ぇぇえええええッッ!!! かかか勝つ勝つ勝っつのは、俺っちづぁあぁああああああああああああああああああああああッッッ!!』


 原型を留めていない、ヘドロの塊めいたウルトラテング・カルマ。そんな醜く禍々しい物体から、無数のヘドロ的触手が伸びる。


『そんなザマで何が【勝ち】だ……冠黒武!! お前の勝ちとは一体なんだ!? そんな無様を晒した過去を抱えて、お前は本当に良い暮らしとやらができると言うのか!?』

『うぉぉぉおおあおあおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!』

『もはや今のお前が俺を倒せたって、それは【勝ち】じゃあないッ……そして俺は、そんな無意味な敗北を受け入れる事など当然できないッ!! 言葉にするまでもないと言わなかったが、あえて言わせてもらうッ!! 俺はお前に勝つぞ、冠黒武ッ!!』

『うぼうぼうぼうぼうぼっじゃるぁああああああああああああッッッ!!』

『ドスコイドスコイドスドスドスドスドスドスドスドスドスドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドォォォオオオオオオッッッ!!!!!!』


 薄汚い汚泥の如き触手と、極光(オーロラ)にも似た緑光の張り手が衝突する!!

 そしてッ!!


『ドドドドドドド……ドッスァァアアアッッ!!!!!』


   ◆


「……う、ぅぐ……え、ぁ……?」


 冠黒武は、暗転した視界の中で意識を取り戻した。自分は一体どうしてどうなったのか。記憶が混濁する中、持ち上げた瞼。冠黒武の視界を、満点の星空が埋め尽くした。


「この季節は空が一段と澄む。良いモノだろう。奥武守(おうもり)町の秋空は」

「テメェ……皿助……」


 冠黒武が寝かされていたのは、河川敷の土手、自然由来の草ベッドの上。その傍らで、皿助も寝そべり、星空を眺めていた。


「………………ッ」


 冠黒武は、全てを思い出した。この場所、皿助、鈍く痛む腹……そして……尻に纏わり付く、温かな不快感。温もりに対してこんなにも負の感情を抱く事はそうそうないだろう。


「……そっか。俺っちは負けたか。そんで……漏らした」


 不思議にも、冠黒武の目に映る星空は、滲んでいた。


「……………………冠黒武、よく聞け」

「……あぁん? 何だよだぜい……慰めの言葉なら、要らな――」


 ブボァンッ――まるで、何かが弾け飛んだような鈍い音。


「…………は?」


 その音は、冠黒武のすぐ横……皿助の方から。正確には、皿助の下半身の方から響いた。


「て、テメェ……? おい? ちょ、おま、今、まさか……」

「……ふっ。ああ、そうだな。漏らしたのさ」

「は、な……何で、何でテメェまで漏らしてんだよぉぉぉぉおぉぉぉぉおおおおおおッッ!?」


 理解不能。冠黒武は飛び起き、ただただ驚愕に剥いた瞳で皿助を見る。

 皿助は、ただ微笑。悟りきった様な爽やか微笑。何こいつ恐い。


「確かに……この不快感、この虚無感、この絶望感。凄まじい」

「おぉおおう、そりゃあそうだろうよッ!! 何でテメェ、そんな馬鹿な事を……ッ」

「だが、よくよく考えてみれば、大した話では無い」

「な、に……?」

「こんな事、乳飲み子の頃に腐るほど、経験してきた。そしていずれ、老いればまた経験する事になるだろう。生きる以上、避けようは無い。既に汚れ、そしてまたいつか汚れる尻だ。今汚して、何の問題がある?」

「テ、テメェ……」

「それに、汚れたのならば洗えばいい。そうすれば元通りだ。と言う訳で、俺は洗いに行くが……お前はどうする? もし、お前も尻を洗いたいのなら、一緒にどうだ? ウチの風呂は広いぞ」

「………………ッ……何、言ってんだよ……友達じゃああるまいし……俺っちとテメェは、敵同士なんだぞ……!?」

「なら、友達になれば良い」

「なっ……」

「さっき言っていただろう。俺と友達になりたかったと思う……と。奇遇だな。俺もだ」


 冠黒武は己のエゴのために晴華を脅かす敵で、端的に言えばクズ。だが、皿助は初めて冠黒武と会った時から直感している事があった。

 冠黒武は、きっとそんなに悪い奴ではない。冠黒武は、知らないのだ。彼が望む良い暮らしと言うモノは、決して「出世して裕福かつ不自由なく暮らす事」だけではないと言う事を。この男は性根が腐っているのではない。ただただ、視野が狭いだけ。


「友達になろう、冠黒武。なんとなく直感しているんだ。俺とお前はきっと『共にこれから先の未来を楽しく過ごしていける』……そんな【生涯の友】になれる、と」

「……ッ…………テメェよぉ……馬鹿なんじゃあねぇの……!!」

「友達になりたいと誰かに伝える事が馬鹿だと言うのなら……馬鹿と言う言葉への悪い認識を、改める必要があるな」

「ッぅう……うぅううおおあ……あああああああああぁぁぁ……情けねぇッ……クソの次は、涙かよ、畜生ッ……」

「風呂なら顔も洗えるぞ。どうする?」

「………………風呂、貸してくれ。相棒」

「ああ、良いぞ。親友」


 この日。皿助と冠黒武は、同じ風呂で尻を洗った友となった。

 ちなみに月匈音は「男子のこういうノリって理解できないわー……」と遠くから静かに眺めていたと言う。


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[一言] 美しき(?)友情の誕生に、乾杯!
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