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01,水神機装・大威禍破安! どうかDay Kapperと発音してください。


 田舎とも都会とも言い難い微妙に小さな町、奥武守(おうもり)町。

 町を一刀両断するが如く走る大河川・燃乃望塊川(もののけがわ)が名物である。


 燃乃望塊川に寄り添う河川敷は、夕暮れ時になると不自然な程に人の気配が少なくなる。これは地域の歴史に理由があった。古き時代、燃乃望塊川はその大きさ故に「神聖な川である」と自然信仰的スピリットで崇め奉られていたのだ。そのため治水施工以外で燃乃望塊川周辺域が開発される事はほとんど無く、現代においても目立った施設や住宅が一切無い。となれば、帰宅目的の通行人もいなくなる時間帯に、人の気が失せるのは極めて道理。


 おかげで自然豊かな景観を残した河川敷はとても物静か。

 茜色に染まる土手や煌く水面は、神秘的な雰囲気を醸し出している。


 だが、そんな素敵なムードをぶち壊すように、茜色の水面がザッパァンと弾けた!

 続けて、虎の合唱コンクールかと錯覚するほどに剣呑で豪快な咆哮が轟く!


「クマァアアアアア!!」


 川を裂くようにして現れ、河原の土や砂利を吹き飛ばす勢いで上陸した巨大な影――川熊(かわぐま)だ!

 東日本を中心に生息する大型哺乳類……黒い剛毛に覆われたその体長は成獣で五メートル前後、体重は二トンに届く。分かりやすく言えば獣の形をした二トントラック!

 特に本日上陸したこの個体はどうやらヌシ級の大物。二足で立ち上がったその頭の高さは三階建て雑居ビルの屋上を覗き込めそうなほど摩天楼――数字にするなら一〇メートル級!!


「ググ……クマクマクマ……クゥマァ……!」


 ヌシ川熊は鼻をスンスンと鳴らし……だらりぼたぼたと粘着質な涎を垂らし始めた。

 熊の嗅覚は犬の約七倍、川熊の嗅覚はその更に倍、そしてヌシ補正を加味すれば、都合このヌシ川熊の嗅覚は犬の一四〇倍である!


 そんな恐るべきヌシ川熊の鼻が捉えた、捉えてしまったのだ……美味しそうな獲物の匂いを!

 ヌシ川熊が滂沱の涎を垂らしながら見据える先――その方角には、隠れた名店だと世界的に話題のハチミツ菓子専門店がある!


「クマアアアアアアアアアアアア!!」


 待っていろマイ・ハニーと言わんばかり、ヌシ川熊が紅い眼光の尾を引いて疾駆――した途端、即座に急停止した!

 何者かが、ヌシ川熊の進路に立ちふさがったのだ!


 それは人間!

 二メートル超の高身長に肉厚の身体……プロレスラーでもそうはいないだろう恵まれボディを学ランに包んだ、とても大きな少年だった。ヌシ川熊が急加速から急停止した事で発生した突風を正面から受けても微動だにせず、少年は仁王立ち!


「……クマァ?」


 怪訝そうなヌシ川熊の問いかけに、少年はニッと微笑を浮かべた。


「やぁやぁ、川の熊さん。お腹が空いているようだな!」


 腹から声を出し過ぎている、そんな印象を受ける声圧で少年がヌシ川熊に話しかける!


「ここで会ったのも何かの縁、たらふく御飯を御馳走してやりたい所だが……すまない。奥武守町は条例で、野生動物への食事提供を禁止しているんだ!!」


 ビリビリと空気を震わす少年の声、大きくかっ開かれた眼球に浮かぶ黒い瞳の圧……!

 ヌシ川熊は思わず後退しそうになるが、鼻孔をくすぐるハチミツ菓子の匂いがその足を前へと引っ張る。


「クマァ、クマクマクマァァァ!!」

「ふむ、『そこを退け人間、さもなくば気は進まないが噛んじゃうぞ!』ときたか……かなり気が立っているな。とてもとても空腹なのだろうと察して余りある!!」

「クマっ……!?」


 え、この人間なんか言葉が通じてるんですけど怖っ……とヌシ川熊は思わず一歩後ずさり。

 対する少年は一歩、ヌシ川熊の方へと歩み寄った。まったく恐れや躊躇いが感じられない!


「だが、やはりすまない。御飯は分けてあげられないし、人里へ行かせる訳にもいかない」

「クマァ……!」

「何故なら、俺は美川(ちゅらかわ)皿助(ベイスケ)、一五歳。世界の平和とみんなの幸せを願う良い男だからだ!」

「クマ……クマママ……クマァオェア!!」

「いや待て、俺に戦意は無い。早合点は良くないぞ!」


 いやだから何で言葉が通じてんだこいつ……とヌシ川熊は呆れた視線を少年――皿助に向けつつも、待てと言われたので剥いた牙を納める。


「奥武守町は野生動物への食事提供を禁じてはいるが、野生動物に食事処の斡旋をする事は禁じていない」


 皿助は学ランの胸ポケットからメモ帳とボールペンを取り出すと、慣れた手つきで何か書き始めた。そしてメモ帳のページを破いてヌシ川熊へと差し出す。


「山の方に穴場がある。そこまでの地図だ」

「クゥママ……?」

「とても甘い蜜がたっぷり詰まった花がたくさん自生している、自然の庭園なんだ。きっとキミも満足できると思うのだが……人里を目指す前にここを試してみてはくれないか?」

「クマァ、クックマァ……!」

「そうは言っても、キミだって荒事は気が進まないんだろう?」


 ヌシ川熊はしばし沈黙、皿助をじろりと睨み付ける。それを受けた皿助は――萎縮するどころかニカッと笑みを濃くした。

 ヌシ川熊は根負けしたように重い溜息を吐くと、前脚の指を器用に使い、皿助が差し出したメモ書きを受け取る。


「…………クマ、クマァマ」

「ああ、満足できなかったその時は……とても悲しいが、相手になろう。俺は逃げも隠れもしないぞ!」


 皿助は自身の厚い胸板をドンと叩き、今の発言に嘘などあろうはずも無いと強い意思を示す。

 良い度胸だぜまったく……と辟易した様子で、ヌシ川熊は静かに踵を返し、川へと戻っていった。

 川へ去り行くヌシ川熊へ、皿助はブンブンと手を振る。そして姿が見えなくなると、ゆっくり手を下ろした。


「うむ、話の分かる熊さんで良かった!」


 太陽フレアめいた笑顔を弾けさせて、うんうんと頷く。今日も平和でとても満足と言いた気だ。

 そんな皿助の頬を、ふと寒風が撫ぜる。


「おや……まだ一〇月だと言うのに、今年は冷えが早そうだな」


 冬の到来を感じ、皿助の脳裏に浮かぶのは無愛想で寒がりな幼馴染の顔。

 幼い頃から尋常ではない巨体を誇り周囲から恐れられていた皿助に、唯一彼女だけがまったく臆さず接してくれた。口にすると照れ隠しでド突かれるので言わないが、皿助は最高の相棒だと思っている。


「今年も『あんたは体温がやたら高いから丁度良いのよ』とカイロ代わりにされ始める時期――ん?」


 親しい幼馴染とのスキンシップが増える楽しい時節に思いを馳せていると、不意に胸筋のざわめきを覚えた。美川家は巫覡(かんなぎ)の家系、皿助の恵まれボディはその粋を集めた遺伝子で構築されている。美川の細胞は人々を厄災から護るための危機察知機能があり、異変の気配に敏感なのだ。ヌシ川熊の上陸を察知できたのもこのおかげである。


「この近くで、まだ何かが起きようとしている……?」


 皿助が周囲を警戒し始めたその時、川の水面に不自然な波紋が起きた!

 当然、皿助は察知。まさか、さっきのヌシ川熊が「やはりハチミツ菓子の気分だクマァ」と戻ってきたのかと身構える。しかし、直後にその予想が外れである事を知る。


 水面が弾け、皿助に向かって真っすぐ飛来したのは――


「――女の子!?」


 常人の肉眼では飛来物が何かシルエットも判別できない速度なのだが、そこは美川細胞で構成された眼球。

 皿助の眼は、川から飛び出してきたのが「緑地に花柄をあしらった和服に身を包んだ少女である」と言う事を即座に認識。


 瞬間、皿助の脳内に浮かぶ選択肢……回避か、受け止めるか。

 和服の少女は何やらぐったりしている――自力で受け身を取れる可能性は低いとみた!

 であれば選択肢などあってないようなもの。皿助は腕を広げ、飛来した少女を正面から受け止めた!


「ふっ――」


 少女の体に衝撃が跳ね返らないように、皿助は短く息を吐いて全身の筋肉を躍動させる。衝突の衝撃を逃がすためだ。美川細胞は緩衝材にもなるのだ!


「何事か分からないが、大丈夫か!?」


 少女を無事に受け止め切った達成感に浸る気も無く、皿助は少女に問いかける。


「うきゅぅぅ……」


 皿助の腕の中で呻く少女。外傷は無い。おそらく凄まじい勢いで射出されたショックによる軽い失神。既に覚醒しかけている気配も感じ、皿助はほっと胸を撫で下ろしたのと同時――気付いてしまう。少女の和服がはだけ、非常に豊満な御胸がこぼれ出かけている事に。


「――っ」


 美川皿助一五歳。実に思春期である。良い男である前に、男子である。

 いかん、と皿助は視線を逸らす、少女の顔……幼気な雰囲気を残しつつも、悩まし気な表情は何だか煽情的――更に逸らす、ああ、その髪、なんて触り心地の良さそうな――逸らす。しかし健康的太腿ォ!!

 和装の内に秘めた肉体の豊満さに、和の御淑やかさや少女らしい幼気など皆無!!

 思春期男子に対する全身核弾頭!!


「づぅ……!!」


 皿助は心の中で絶叫しつつも、決して少女を落とすなどと言う失態は演じない。奥歯で深めに口内側の頬肉を噛み切ってどうにか理性を呼び戻す。鉄の味を感じながら、少女が早く目覚めてくれるように亡き母へ祈る。

 そして母は祈りを聞き入れたもうた。


「う……えっと……あれ? ここは……」

「気が付いたか……!」


 良かった、本当に良かった。皿助はゆっくりと少女を地面に降ろす。


「……あの、すみません。あなたは一体……?」


 皿助に降ろされ自分の足で立った少女。フラつく様子も無く、はだけた襟を直し始めた。

 やはり一時的ショックで気を失っていただけのようだ。再確認して安堵した所で、皿助は少女の問いに答えようとその顔を見た。そしてある事に気付く。先ほどまでは思春期の暴走により気付けなかった、少女の【ある特徴】が目に止まったのだ。


「あ、あの……どうしました?」


 少女が不思議そうに小首を傾げるのも無理は無い。

 皿助はただひたすらに凝視してしまっている。ぽかんと口を開けて。

 少女の頭の上……丁度つむじの辺りにちょこんと乗っている小さな御皿に目を奪われてしまっている。


「……醤油皿?」

「え、ああ、はい。醤油皿です。だって私は――ってきゃあああああああ!?」

「……!?」


 何故、頭に醤油皿を乗せているんだ……?

 そんな疑問も、誰か悲鳴を聞けば吹き飛ぶ。


「どうした!?」

「いや、どうしたって……あなた、口からめちゃんこ血が出てますよ!?」

「……ああ、これか」


 先ほど頬肉を深めに噛み千切った出血だ。ぽかんと口を開けていたせいで溢れ出し、顎を伝ってボタボタと流血してしまっていた。ちょっと千切り過ぎた。


「まさか……状況的にその、川から飛び出した私を受け止めてくれたのはあなたで……その時の衝撃で、怪我をしてしまった的な奴ですか!?」

「いや、待て。何か早とちりを――」

「ご、ごめんなさい……ふくよかでごめんなさい」

「ふくよかなのは謝るような事ではないと思うが……」

「私が虫に食われたキュウリのように軽ければ、そんな怪我はしなかったはずです!」


 そもそもキミを受け止めた衝撃は完全にいなしたのだが?

 皿助がそう告げるよりも先に、少女は実にスムーズな動きで両手を地面に突き、醤油皿を乗せた頭を深々と垂れた。

 ――土下座である!!


「ちょっ」

「ごめんなさい……ほんっっっとごめんなさい!!」


 土下座なんてやめるんだ、と皿助は止めようとしたが……あろう事か、少女は必死に何度も頭を上げては下げるを高速で繰り返し――その度に弾む御胸が、再び襟を押し退け始めている!!


 理性の死期を直感した皿助は、咄嗟に母の笑顔を思い出す。母はあらゆる煩悩から息子を守ってくれる守護者である。母の事を考えて性的思考を排除する――思春期男子の切り札だ。いわゆるマザーウォール!!


「ふぅ……謝らなくて良い。この出血は、キミのせいではないのだから。断じて」

「ほ、本当ですか……? ミイラにしたりしませんか!?」

「キミは俺を何だと思っているんだ?」


 もし仮にこの出血がこの少女のせいだとしても、ミイラにするなんて責任の取らせ方はしない。おそらくミイラの殿堂と言える古代エジプトでもそこまではしないはずだ。


 皿助はやれやれと溜息を吐きつつ、口内に気を集中。筋肉を収縮させ止血作業に入る。


「いや、だって、人間さんは私達【河童(カッパ)】のミイラを高値で売り買いするとか……」

「…………【河童】?」


 不意に飛び出した単語に、皿助が固まる。


「ほぇ? あ、申し遅れました」


 晴華はゆっくりと立ち上がり、膝や手に着いた草や土を払ってからぺこりと御辞儀。


「私は川道宮(せんどうのみや)晴華(パカ)、【河童】です」


 ……………………。


「…………【河童】?」

「はい。【河童】の晴華です」

「…………【河童】?」

「そう言ってるじゃないですか。もー。ちょっとしつこいですよ?」

「…………そうか。【河童】か。うん。そうか」


 皿助は美川の人間だ。勘はとても鋭い。

 この少女――晴華の雰囲気から、決して嘘を吐いていないと断言できる。


 ――【河童】。

 皿助の記憶が確かなら、【妖怪】……伝承・空想上の生き物のはずだが。


「なるほど、河童だから、醤油皿を頭に乗せているのか」

「はい、トレードマークです。人間と大差無い我々に残された河童感最後の砦!」


 合点が行った。こうして、最大の疑問「何故、頭に醤油皿を?」が解消された。

 ついでに「何故に川から飛び出して来たのか」と言う疑問も「河童だから」でOKだろう。河童は川から出てくる存在(モノ)だ。


 この少女は河童である。その事実ひとつ受け入れるだけで、現状の疑問はほぼ全て解決する。不思議が不思議でなくなる。スッキリする。なら受け入れた方が手っ取り早い。何より、皿助は誰かの言葉を疑うのがあまり好きではない。信じても不都合が無いのなら、疑う理由など無い。


「ところで、あなたの御名前を伺ってもよろしいですか?」

「ああ。俺は美川皿助。美しい川と書いてちゅらかわ、皿のような目をした助平と書いてべーすけだ」

「ベースケさまですか。私に負けず劣らず良い御名前ですね!」

「うむ。我ながら立派な名前をもらったと誇っている」

「奇遇ですね、私もです」


 わーい、と意気投合し、皿助と晴華は微笑み頷き合う。実に平和な異種交流。


「ふむ。河童と会うのは初めてだが……中々どうして。キミとは仲良くなれそうな気がする」

「お、またまた奇遇ですね。私も人間さんと会ったの初めてなんですけど、同じ感想です!」

「ああ。親しみを込めて、晴華ちゃんと呼んでも構わないか?」

「ふふふ、是非!」


 晴華はニパッと満面の笑みを浮かべると、


「私も親しみを込めて、ベーちゃんと呼ばせていただきますね!」

「べーちゃん……良いな。是非頼む」


 初めての呼ばれ方だが、不思議と耳に馴染む気がした。


 思いがけぬ所で良き友ができた――皿助がそう破顔した、その時。


「クカカカカカッ、見つけたぜぇい!」


 頭上から、獣が吠えるような威勢の良い声が降ってきた。しかも獣の中でも大柄なモノをイメージさせる声圧だ。

 皿助の感覚に狂いは無く。空を仰げば、大柄な皿助より更にふた周りは大きな男が、茜色の空に浮かんでいた。


「何っ……!?」


 褐色の肌をした顔いっぱいに笑顔を浮かべる大男……顔毛の少なさと肌の張りやシュッと感から察するに年代は青年か。その大柄青年男性、背から一対の巨大な黒い翼を生やしている。その翼を使って空を飛んでいるのだ!

 服装は黒の羽織袴一式。手には黒鋼(くろがね)の錫杖。そして、やたらと長い一本歯の下駄を着用していた。


 明らかに、常人では無い。だって飛んでるもの。不思議だ。


 黒い翼をバサッと振るう度に黒羽を散らしながら滞空する大柄青年を見て、晴華が大きく目を見開く。


「なっ……まさか、もう追手が……!?」

「そうだぜい、河童の姫君様よぉう!」


 晴華の呻くような声に応えるように、黒翼の大柄青年が黒鋼の錫杖をぐるぐると回転させ、まるで熟練の歌舞伎役者のごとく堂々たる大見得を切る。


「俺っちァ天狗山(てんぐのやま)の特殊部隊【天狗の鼻は(テング・オブ・)すごく長いんだぜロング・ロング・ノーズ】、通称TOLL(トル)ノーズ所属ゥ……【烏天狗(カラステング)】の冠黒武(カンクロウ)でぇい!」

「烏天狗……?」


 言われてみれば、冠黒武と名乗ったあの浮遊青年……少々鼻が高い様な気がする。欧州辺りの雰囲気を感じるくらいには高い。


「トルノーズって……確か『天狗山最強の部隊』と言われる、あの!?」

「そォともよ。そのトルノーズ、俺っちは第四小隊の副隊長補佐でい!」

「な、なんて事でしょう……いきなり一種族最強部隊、その小隊副隊長補佐クラスが出てくるなんて……!」

「クカカ、状況が分かってんなら話が早いぜい。さァ、観念して俺っちと一緒に来てもらうぜい、河童の姫君」

「……ちょっとタイムだ!」


 ここらで口を挟まないと永遠に置いてけぼりを喰らう気がして、皿助は鋭い挙手と共に声を上げた。


「色々と話が進んでいるようだが、少し状況説明をお願いしても良いだろうか?」

「あァん……何だテメェはこの野郎。人間か?」

「人間だ!」

「巻き込まれたパターンか!?」

「おそらくだが!」

「なら仕方無ェ、説明してやるぜぇい!」


 この烏天狗、多分だがそんなに悪い奴では無い。


「そこにいるのは河童湖(かっぱのうみ)の首領の娘……つまり河童族の姫君なんだぜぇい!」

「はい、私はそんな感じなんです実は!」

「ほう……姫君」


 まぁ、納得の見目麗しさではある。


「そんでその姫君は、近々天狗山(オレっちたち)の首領の娘……つまり天狗族の姫君と結婚する予定なんだぜぇい!」

「だーかーらー! 私は結婚しないって言ってるじゃあないですか!」

「なるほど……いわゆる政略結婚的な奴か?」


 皿助の言葉に、晴華と冠黒武は揃って首を横に振る。


「んにゃ。そんな事は全然ないんだぜい。ウチの姫さんのワガママだぜい」

「そうなんです、でも私にその気は無いんです……だのにテンちゃんってばある日を境に毎日毎日、サカったワンコさんみたいにもう……この前なんて私のキュウリに薬を盛ろうとしましたからねあの子。このままだとマジヤバいと思って逃げて来て現在に至ります!」


 ……天狗の姫は随分とアグレッシブなようだ。


「でもよう。あんたの親父さん……河童一族の長はウチの姫さんに『結婚するもしないも好きにすればいい。青春じゃん』って言ったらしいぜい。んでもってウチの大親父殿も乗り気だ。こりゃあ親同士が決めたいわゆる許嫁って奴じゃんだぜい?」

「御父様は私にも『結婚しないもするも好きにすればいい。それもまた青春じゃん』って言いました。なので遠慮なく逃げてます!」

「……事情は把握した」


 晴華は河童の姫で、天狗の姫にその大きな御胸を狙われているが……晴華にその気は無し。しかし晴華の父はその辺について完全に放任。晴華の貞操を天狗姫から守る者は不在。止める者がいないので天狗姫の求愛行動は日に日にエスカレートし、晴華は自衛のため逃走。それを天狗姫サイドの追手として追いかけて来たのが冠黒武……と言う図式か。


「つぅか河童の姫様よぉ。イマドキ同性婚の一回や二回でグダグダ騒ぐなんざ、現代妖怪としてどうなんだって話だぜい?」

「同性異性云々はまぁ愛があればカバーできるとは思いますよ、私だって。問題なのはその愛が無い事です。だってただの友達同士って言うか、私的にはむしろテンちゃんは鬱陶しくて少し苦手な部類に入りますよ!?」


 嫌い、とはっきり言わないのは晴華なりの優しさか。


「それにテンちゃんだってあれ、完全に私の体目的ですよね!? 私テンちゃんと目と目が合った記憶が無いですもん! いっつも私のおっぱいか太腿を見てるあの子!」

「情愛も愛だぜい?」

「私はもっとプラトニックな愛の上で色々と築いていきたいんですよー!」

「ん~……まぁ、その辺の気持ちもわからなくは無いんだぜい。俺っちも純愛派だからよう」


 冠黒武は気怠げに黒鋼の錫杖を担ぎ、ボリボリと首を掻く。


「……でも生憎、俺っちは天狗サイド。それも軍人なんでね。姫さんの命令には逆えん訳だぜい」

「申し訳ないですが、あなたの都合なんて知りません!」

「それもごもっとも。ド正論この上ないぜい……でも、だ」


 ほとほと気は進まない。そんなテンションで、冠黒武は黒鋼の錫杖を天へと振り上げた。


「繰り返すが、軍人なモンで。命令された以上……どんな手を使ってでも連れて帰るぜい」


 黒い錫杖が、薄らと漆黒の光を放ち始める。


「――機装纏鎧(きそうてんがい)、【漆飛羅天喰(ウルトラテング)】」


 その言葉を合図に、漆黒の光は漆黒の風へと変貌。

 錫杖を起点とし猛烈な勢いで噴き出した漆黒の風が、空を覆い尽くした。


「うおっ」


 上空で漆黒の風が吹き荒れる余波が、地上の皿助達にも容赦無く打ち付ける。とてつもない風圧だ。まるで大型の流れるプールの水流を作る水出し口を眼前にしたかのような感覚。皿助は足に力を入れて地面に縫い付けつつ、晴華が吹き飛ばされないようにその肩を押さえる。


「こ、これは一体……!?」

「あれは【機装纏鎧(きそうてんがい)】……最先端の妖怪科学兵器です!」

「よ、妖怪科学……!?」

「すごい科学です!」


 すごい科学の最先端兵器……つまり、すごい兵器を起動したと言う事か。

 漆黒の風はやがて大きな球形にまとまっていく。まるで黒い繭だ。繭はしばらく空中で逆巻き、やがて木っ端微塵に弾け飛んだ。


「ッ!」


 黒い繭の中から姿を現したのは、巨大な黒鋼の塊。ベースは人型で全体的にスレンダー。目測で大体全高一〇メートル以上はあるだろうか。背面には、一枚でその全高を軽く越えてしまいそうな機械質な巨翼が二対で計四枚。頭部の形状は非常に縦長で、両眼は深緑色に発光。頭頂には烏の跳ね毛を思わせる控えめな鶏冠(とさか)の装飾。口元の太い尖りからは嘴の意匠を感じる。全身黒鋼の鳥巨人、と言った所か。


『さァて、河童の姫君。俺っちの機装纏鎧を見て、心変わりとかしてくれっちゃったりしねェかい?』


 拡声器を通した様な冠黒武の声が、鳥巨人……ウルトラテングから響く。


「あ、侮らないでください。こっちにだって、護身用の機装纏鎧はあるんですよ!」


 そう言って晴華が懐の谷間に勢い良く手を突っ込んだ。そしてその素敵空間の奥から取り出されたのは、緑色の平皿だった。表面にはキュウリのイラストと、それに添える形で「でぃす・いず・ふぇいばりっと」と達筆で記されている。


「しかもこの【大威禍破安(ダイカッパー)】は、そんじゃそこらの機装纏鎧とは訳が違います!」

『姫君の護身具として採用される程の機装纏鎧……おそらくは【特機】だろうなァ。対して、俺っちのウルトラテングは汎用配備の量産品。まともにかち合えば、まァ、俺っちに勝目は皆無だろうなァと思うぜい』

「そうそう、その通りですよ!」


 晴華はこれでもかと言うドヤ顔。「理解できたのなら退いてください!」と冠黒武に警告するが――


『だァが、機装纏鎧を起動するには相当の【気合】がいるぜい。少女漫画とキュウリに囲まれてのんびりほんわか暮らしていた河童の姫君じゃあ……満足に扱う所か、まず起動できるかどうかすら怪しいモンだ』

「ふぎゅっ……そ、それはどぅ、どうでしかねぇ~?」


 刹那にして晴華の全身に吹き出した汗の量は、まるで滝。どう見ても図星だ。

 少々の沈黙の後、晴華は踏まれたカエルのような呻きを漏らした。


「う、うぎゅぅぅぅ……ど、どうしましょう……生身で機装纏鎧に敵う訳ありませんし、あんな如何にも早そうな機体から逃げるのも……このままだと、なす術無しですよう!」

「……ふむ」


 皿助は顎に手をやり、少々思案。晴華が持っている平皿へと向ける。


「確認したい。その機装纏鎧とは、人間でも起動できたりするのか?」

『ん~……まァ、妖怪が使うよりも気合が必要になるだろうが、気合さえありゃあどうにかなるはずだぜい?』

「えっと……べーちゃん、そんな事を聞いてどうする気ですか?」

「晴華ちゃん、ちょっとそれを貸してもらえるか?」

「……? はい」


 皿助に言われ、晴華はあっさりと護身具であるはずの平皿――機装纏鎧を手渡してくれた。


「確か……」


 皿助は平皿を受け取り、冠黒武の動作と、先ほど晴華が言っていたこの機装纏鎧の名前を記憶の中で反芻。


「よし」


 そして、平皿を天高く掲げた。


『っ、まさかテメ――』

「――機装纏鎧、ダイ…カッパァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」


 皿助のシャウトに呼応して、天高く掲げた平皿がやかましいほどの緑光を放ち始める。最初は、ぴっかー、くらいの光だったのが、数秒でビャギャアアァアアアアアンッッくらいの豪快な輝きへと変貌。どう言う理屈か、輝きの中から次々に新鮮なキュウリがぽぽぽぽんッと飛び出し、皿助の周囲で旋回飛行。キュウリは爆発的に数を増し、すぐに皿助の姿を覆い隠した。


『に、人間が機装纏鎧をこんなあっさりと……つゥか、おいおい、不味くないかだぜい?』


 先に冠黒武が言った通り、晴華のダイカッパーは当然ながら特機。めちゃんこ強いだろう。一方、冠黒武のウルトラテングは一般量産機。弱くはないが、そこまで強くもない。平時は数を揃えて攪乱要員や単純な移動式砲台として運用されている機体である。


『ッ……!』


 冠黒武が戦慄する中。

 無数のキュウリが軽快かつ爽快な破裂音を伴い、緑色の軌跡を残して四方八方へと飛散した。

 キュウリの壁が消え、顕現する――緑色にぬらぬら輝く鋼の巨人。そのぬらぬら感から察するに、装甲表面が湿気で覆われているのだろう。全高はおおよそ、ウルトラテングの倍以上。推定二〇メートル強。見るからに強靭そうな太ましい肢体。厚い胸板。最早、人型と言うよりゴリラ型と言うべきだ。頭に笠のような巨大な皿を被っているため若干見辛いが、額にはさながら伊達政宗の兜を彷彿とさせる三日月めいた弧を描くキュウリ的な物が引っ付いている。背には亀の甲羅を思わせる分厚く巨大な皿を背負っており、両肩には小型の皿が左右一枚ずつ。


 全身に緑色の装甲と、各所に皿型の武装を装備した巨大ゴリラティック機動兵器。


 これが、河童一族最強の機装纏鎧。


 大いなる武威を以てあらゆる(わざわ)いを打ち破り、安寧を(もたら)す者。


 天下泰平・大威禍破安(ダイカッパア)


 そう、ダイカッパーである!!


『むお……何やら不思議変な感触……』

「その声、べーちゃん!」

『ああ、見てくれ晴華ちゃん。色々と不思議感が拭えないが上手くいったぞ!』


 皿助はロボットの内部に取り込まれてコックピット的な所に乗せられるのをイメージしていたのだが、実際は違った。


 ダイカッパーの目が見た物を、皿助も見ている。ダイカッパーが踏みしめる河川敷の感触を、皿助も足裏で感じている。


 皿助はダイカッパーに乗っているのではない。ダイカッパーへと変身したのだ!


『力が漲る……今なら、何でもできそうだ。あの烏天狗のお兄さんにも、勝てそうな気がするぞッ!!』

「わぉ頼もしい!」

『本気で戦うつもりかよ……どう言うつもりなんだぜい、人間よォう。テメェ、何で河童姫に味方するんだぜい!?』

『何故か……決まっている!!』


 皿助(ダイカッパー)は堅く握った右拳で、自身の左胸を強く叩いた。

 己の心臓に、己の魂に誓いを立てるように、叫ぶ。


『俺が【良い男】だからだ!!』

『……っ……なるほど、道理だぜい。【良い男】なら、困っている誰かを放ってはおけねェよなァ……!」


 衝突は不可避か、と冠黒武は悟った。


『見るからに半端じゃあないマッスル、気合も、戦う理由も充分と来た……俺っちの勝目はほぼ無し――だァがッ。俺っちにもトルノーズの一員として、体面ってモンがあるんだぜい!』


 冠黒武、退く訳には行かない。

 ウルトラテング背面の四翼を大きく広げ、翼内部に仕込まれた【妖怪科学技術的武装】――いわゆる【妖術武装】を起動する。


 その装備の名は【天刈乱熱風扇(テンガロンホット)】。分類は炎熱属性的妖術武装。翼の内部に大量の空気を取り込み、その空気を地獄の熱風の如くめちゃんこ温めて放出するだけ。これ単体では大して役には立たない装備だが……ウルトラテングが誇る【固有特性】と合わせる事で、この装備は真価を発揮する。


 ウルトラテングの特性、それは【風の操作】。


『喰らいな、【凪を燃やす大飛礫ツブテ・ザ・ヴェイリヒート】!』


 冠黒武はウルトラテングの掌中に、熱風を集める。熱風は集約の最中に黒く変色。ウルトラテングの掌で黒い風の砲弾を形成された。


『うる、ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッシャイッ!』


 機装纏鎧のエネルギーの源である気合、それを存分に高め、込め上げたシャウト!

 冠黒武はその非常にホットで熱い黒風の砲弾を、ダイカッパーへ向けて迷い無く投擲した!


 黒い熱風の砲弾が、蒸気を撒き散らしながら駆ける。狙いは正確。弾道は間違いなくダイカッパーへまっしぐら。どんな不思議な事が起ころうと外れそうに無いほどに、完璧な直撃コースに乗っていた。


「わわわ!? べーちゃん、攻撃してきましたよ!」

『ぬ……』


 見るからに熱そうな黒風の塊。当たればタダでは済まなそうな感じ。案外、速度的に躱せなくはなさそうだ……が、回避してあれが土手に着弾した場合、余波で晴華に被害が及ぶかも知れない。


『仕方無しッ!』


 皿助は火傷を負う覚悟を決め、ダイカッパーの右豪腕を振るい上げた。その掌で黒い砲弾を受け止める!


 僥倖か。黒い砲弾は、皿助が思っていた程、熱くない。むしろ、


『存外、温い!』


 そのまま、ダイカッパーは黒い砲弾を握り潰した。

 砲弾がッパァァッンと景気よく爆ぜ散る。


『んなぁッ、そんなあっさりィ!?』

「べーちゃん、すごいッ!」


 砲弾を握り潰した掌上には、焦げ跡ひとつすら残っていない。砲撃の残滓である蒸気が薄らと立ち上る程度。


 ウルトラテングの砲撃がショボかった、訳では決してない。ただただシンプルに、ダイカッパーの装甲の耐熱性能が規格外だったのだ。一瞬で鉄を溶解させてしまう極熱の塊を掴んでも「揉み過ぎたカイロを鷲掴みにした」程度の感覚で済んでしまうほどに。


『くっそ、やっぱ性能差はシビアか……ならば、えぇとだなァ……!』

『ちょっと待った、天狗のお兄さん』

『何だよ人間このヤロウ、ちょっとだけだぞ!』

『他人のふんどし――晴華ちゃんの機装纏鎧で相撲を取っている俺が、こんな事を言うのもあれだが……戦力差は明白。そちらに戦略的撤退と言う選択肢は無いか?』

『……カカカ、なるほど。説得か。良い男を謳うだけはあらァな……』


 冠黒武とて、脳裏を過ぎらなかった訳ではない……回れ右。

 皿助の説得により、それは脳裏から表層へ浮上する――しかし!


『だァが、その優しい気遣いを踏みにじるようにッ。俺っちはこう答えるぜい。そんな選択肢、天狗にゃあ存在しねェ!!』


 冠黒武に取っての幸い、ダイカッパーには飛行機構(フライトユニット)が見当たらない。

 ここはウルトラテングの制空権を活かしてどうにか……などど冠黒武が算段している最中。


『そうか……戦うしかないのならば――目指すは早期決着だ!』


 皿助の意思に応じ、ダイカッパーが背負っていた大皿が離脱。そのままフワフワと浮遊しながらダイカッパーの足元へと移動。


『よいしょ』


 ダイカッパーが大皿に乗ると、大皿はとんでも無いスピードで上昇!

 一瞬にして、ダイカッパーをウルトラテングとの接触距離へと運んだ。


『くえぇぇええッ!?』


 制空権はこちらにありとタカをくくっていた矢先、ダイカッパーが空へ!

 突然の出来事に冠黒武は混乱の奇声!


『さぁ、勝負だ烏天狗のお兄さんッ!』

『ち、ちくしょう……こうなりゃ、け、蹴りだッ!!』


 混乱のあまり、冠黒武はヤケクソの一撃。とにかくダイカッパーを遠ざけようと、ウルトラテングで蹴りを放った。 


『ぬんッ!』


 皿助は極めて冷静にダイカッパーを操り、対応する。手刀を軽く振るい、冠黒武が必死の思いで放ったウルトラテングの蹴りを、あっさりと叩き落とした。


『ぐぅあッ、足が痛いッッッ!!』


 軽い払い落としだったのにも関わらず、ウルトラテングの脚部装甲が見事に弾け飛んだ。先にも言った通りウルトラテングの主な役割は攪乱もしくは動き回る砲台。機動力に重きを置いた軽装型の量産機装纏鎧なのだ。それだのにゴツい見た目通りにパワー重視型かつ特機であるダイカッパーを相手にすれば、撫ぜられただけでも大きなダメージになるのは必定。

 まさしく、鎧袖一触!!


『ぐ、ぐぇぇッ……こ、こんな、こんなぁぁぁぁぁあああああッ!!』


 痛みに喘ぎ、尚も収まらない混乱に激しく狼狽する冠黒武。

 構わず、皿助はダイカッパーに右平手を振りかぶらせる。瞬間、右肩の皿型武装が外れ、振りかぶった右掌にドッキング。

 ダイカッパーが各所に装備している皿は【覇皿バサラ】と言う名の妖術兵装。肩の覇皿は衝撃を増幅する事で打撃の威力を底上げする代物である。


『喰らえ、必殺……!』


 ――ここで突然だが、河童と言えば、こんな話を聞いた事は無いだろうか。


 河童は、相撲がとてもとても強い。

 河童は怪力豪力の妖怪。子河童ですら、人間の重量級力士を片手で投げ飛ばす事が出来る。


 ダイカッパーの最大の武器・固有特性は、その河童の特徴を実によく再現した物。


 すなわち、膂力。


力士百人力鋼掌破ドスコイ・デストロイヤァァアアアアアアアアッッッ!!!!!』


 皿を装備する事で強化された最強の河童(ダイカッパー)の張り手が、ウルトラテングの顔面に突き刺さる。


『へぶぁっ!?』

『ッシァ!』


 皿助はクリーンヒットの反動を悟った刹那、全力全霊を前へ傾けた。

 皿助は、争いを好まない。暴力を好まない。誰かを傷付ける事が大嫌いだ。

 だから、長引かせない。最速最低限で戦いを終わらせるため、この一撃の張り手に、必殺の心意気、気合を込め、叫ぶ。深く、深く、その一撃を、相手の顔面へとねじ込む。


『ドゥゥォッ、スッ、クォォォォイィィィィイイァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!』

『ぅ、ぼぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?!?!?』


 間抜けな悲鳴と、黒い残像。

 それだけを残し、冠黒武とその機装纏鎧ウルトラテングは、夕焼け空の星となった。



   ◆



「ふぅー……世の中、とんでもない物が存在するな」


 機装纏鎧、恐るべき技術だ。

 夕焼けの河川敷でキュウリが描かれた平皿を眺めながら、皿助は妖怪科学の凄まじさに今さらながら舌を巻く。


「すごいです、べーちゃん……完全にダイカッパーを使いこなしていましたね!」

「使いこなしていた、と言うか……何となくでも使える仕様だったと言う印象だが……」


 ダイカッパー起動直後にも言ったが、不思議な感覚だった。凄まじい力が体を駆け巡り、漲り――同時に、ダイカッパーのできる事とその技の名が全て頭に叩き込まれた。特別な訓練を受けずとも使えるように調整された機体……非武闘派姫君の護身具としてはまぁ当然の仕様なのかも知れない。


「本当の本当にすご…って、あ、お礼が遅れました。偶然に居合わせただけだのに、追手と戦い、そして撃退までしてくれるなんて……本当にありがとうございます! しかしこの大恩、どう返せば良いのやら……」

「どういたしまして。恩返しなら考えなくて良い」

「でも……」

「キミを助けたのは、俺が【良い男】で在りたかったから。つまりはカッコつけだ」


 だのに最後の最後の見返りを求めたら、台無しじゃあないか。

 皿助の言葉に、晴華は頭上で「?」を浮かべつつも「まぁ、べーちゃんがどうしてもと言うのなら考えませんが……」と了承する。


「ところで……」


 皿助は晴華にダイカッパーの平皿を返却しつつ、少々気になった事を問う。


「ひとまずこの場はどうにかなったが、これからどうするつもりなんだ?」

「そうですね……とりあえず、めちゃんこ逃げるつもりです!」


 やる気むんむんと言った所か、晴華は鼻息を荒げ、天へと拳を突き上げた。


「テンちゃんは一時の性欲で血迷ってるだけだと信じたいので、逃げて逃げて逃げまくれば、その内に諦めてくんないかな、と!」

「なるほど。実に理に適っているな……だが、大丈夫なのか?」


 また、冠黒武の様な追手が差し向けられるのでは無いだろうか。


 話を聞いた感じと現状から察するに。

 河童一族は長を筆頭に、晴華を天狗姫の性的な魔の手から守るつもりは無いのだろう。少々放任が過ぎる気がしないでも無いが……晴華がその辺を愚痴らない所を見るに、そのくらいの放任さが河童族の間では一般的らしい。強かな方針である。


「頑張って逃げ切ります。ひたすら!」

「そうか……ならば俺は、ひたすらにその前途を祈る」

「ありがとうございます!」

「それから、これだけは言っておこう」


 皿助が両手を広げる。この世のすべてをいつでも抱き締められますとでも言わんばかりの力強い姿!


「これから先、もし何かに困ったのなら。いつでも俺の所に来てくれて構わないぞ」

「え……いや、でも流石にそれは……」

「先ほど、キミとは仲の良い友達になれそうだと思った。その気持ちに嘘偽りは一切無い。つまり俺たちはもう友達と言っても過言ではない」

「確かにそうですけど、だからと言ってご迷惑はかけられませんよう」

「それは違うぞ」

「へ?」

「河童と人間で価値観に少々差があるかも知れないが……少なくとも人間に取って、友に頼られる事は迷惑ではない。最高の誉れだ」


 皿助が誰かに向ける表情は、基本的に笑顔である。

 そしてその笑顔にも種類がある。今、皿助が晴華に向けているのは親しき者へ向ける笑み。


「残念ながら俺は未熟だ。出来る事は多くない。だが、キミの代わりにダイカッパーを起動する事は出来た」


 だから、


「もし、ダイカッパーの力が必要になったら、またその皿を貸してくれ。友のために、俺はダイカッパーとして戦おう」

「………………べーちゃん!」

「む?」


 突然、晴華が跳んだ。


「私、とっても嬉しいです!」


 感無量ッ。その気持ちを体で表現しようとしたのだろう。

 晴華はまっすぐ皿助の胸を目掛け、地を蹴ったのだ。

 皿助も瞬時にそれを察し「豊満美少女に抱きつかれるとは何たる役得」と、その飛び込みを真正面から受け入れる態勢を取る。


 ……ここで突然だが。

 河童と言えば、こんな話を聞いた事は無いだろうか。


 河童は、相撲がとてもとても強い。


 その伝承は実際ガチ。

 河童は怪力豪力の妖怪。子河童ですら、人間の重量級力士を片手で投げ飛ばす事が出来る。


 河童にはそれだけの膂力がある。

 晴華も例外ではない。


 だって河童だもん。


「ぶげるぁッ」


 体験は無いので断言は出来ないが。

 おそらく新幹線に跳ねられるってこれくらいの衝撃なんだろうな。


 夕暮れの空へと舞い上がりながら、皿助はそんな感想を抱いたのだった。

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[一言] やばい、これ面白い。
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