表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

11,見るなの禁止! ダイカッパー、川底にて散る!!


 天狗山。ついに蛍光灯の交換が達成されるも、現在大規模な妖怪停電が発生しているため暗闇に包まれた天狗姫の私室。


「はぁ? 晴華を守る人間が、余との直接対決を望んでおるじゃと?」


 世話役お姉さん・娜游(ダユー)から想定外な報告を受け、天狗姫が頓狂なのじゃロリ声を上げる。


「はい。休暇中の冠黒武から上奏がありました」

「そんなのヤに決まっておるじゃろう。面倒臭いのじゃ」


 下賤な人間の要望を聞き入れる義理も無し、と天狗姫は鼻で一笑する。


「……それが、そうもいきません。どうやらその人間……この天狗山に単身乗り込むつもりのようです」

「うっわ、面倒臭ッ」


 今回の晴華の件、天狗姫は父である族長より「可愛い娘のする事だ。当然ある程度は目を瞑るが、あまり一族に迷惑はかけるなよ」と釘を刺されている。もしも報告に聞く通りの強さを持った人間がここに乗り込んで来た場合……天狗山の戦力なら普通に制圧できるだろうが、それでも大騒ぎは必至。そうなれば、騒ぎの原因を作った天狗姫はおそらく父に叱られる。説教で済めば僥倖。最悪……。


「お尻をペンペンされてしまう……!」


 死罪に次ぐ重刑罰。生き地獄。現世の奈落。お尻ペンペン。

 天狗姫としても、当然それは避けたい。


「双方にメリットが無い、と言い聞かせ、今は冠黒武がその人間を抑えているそうですが……いつまでも抑えきれる自信は無い、と」

「……仕方無いのう。娜游、余の機装纏鎧を用意せよ。件の人間……どうせ余の事をおっぱ――晴華と同様に戦えぬ姫だと思っておるのじゃろう」


 度肝を抜いてやろうではないか、のじゃふふふ……と天狗姫が悪役っぽく笑う。


「……姫さま。どうかこの決戦。私に先陣を切らせてはいただけませんか?」

「のじゃ? なにゆえ?」

「かの人間には、思う所がありまして」


 言葉の後、ぶわさっと勢い良く服を脱ぎ捨てる音が響く。

 娜游が意気込みを表すようにワインレッドのジャケットを勢い良く投げ捨てたのだが、真っ暗な部屋の中では見えない。


「元MBF特攻部隊隊長・結女(むすびめ)娜游……【女の敵】を許す訳にはいきません」


   ◆


 いつもの河川敷、夕暮れ染まりカラスが程よく鳴く頃。


「と言う訳で、まずは私と戦ってもらいますよ」


 そう告げたのは毛量やば盛りな赤髪ロングドレッドお姉さん、娜游。普段はワインレッドのスーツに身を包んだ御淑やかそうな秘書っぽい姿だが、勝負服なのか今は紅い着物を纏い、ちょっと艶やかに着崩している。胸元の視覚的刺激が強い。


「……できれば、天狗姫と直接ケリを着けたいのだが」


 娜游の胸元へ向かいたがる視線をどうにか御し、皿助は彼女の背後を睨む。

 そこには特設の移動式玉座が設置されており、


「のじゃふふふ……そう張り切るな、人の子」


 金綺羅の髪、羽毛、瞳――それらに合わせて誂えたのだろう金綺羅の振袖衣装。非常に金綺羅尽くしの幼女天狗が、特設玉座にてふんぞり返り不敵に笑っている。その容姿の幼さと振袖が相まって、何やら過剰に祀られている七五三感がある。


 この金綺羅幼女天狗こそが、天狗族の姫君。名を空穿堂元寺(くがどうげんじ)天跨(テンコ)。晴華の人生をかき乱し、滅茶苦茶にせんとする諸悪の根源。


 その手に持った羽根扇でゆったりと自らを扇ぎながら、のじゃのじゃと愉快に鳴く。


「余は姫ぞ。家臣がどうしてもと言うのにそれを無下にはできぬのじゃ。代わりに、オヌシも家臣なり仲間なりを呼びたくば呼んで良いぞ――もっとも、呼べるような誰かがおるのならのう」


 天跨の言葉に皿助は眉間にシワを寄せる。

 皿助の背後、応援に駆けつけていた月匈音(ツクネ)も同様に眉を顰め、晴華は両手を振り上げて抗議する。


「意地が悪いですよテンちゃん! 聞きました、今日に合わせて冠黒武さんに遠征任務を言い渡したそうじゃあないですか!」

「のじゃははは、言いがかりはやめるのじゃ乳……ではなく晴華よ。余はどうしても食べたい菓子があった故、姫として当然行使できる権力を用いて買って来いと命じたまで。いやはや、楽しみじゃのう。本場・伯剌西爾(ブラジル)のブリガデイロなる菓子!」


 ……そう。冠黒武が皿助に助太刀できぬよう、天跨は既に手を打っていた。今頃、冠黒武は地球の裏側で「ぶりがんなんたらって一体どんな菓子なんだぜい……!?」と苦戦を強いられているだろう。


「……どうするの、皿助。一応、凶器に使えそうな野菜はいくつか持ってきてるけど」

「ありがとう、月匈音。だがさすがに、お前の家の野菜でも機装纏鎧には通用しないと思う。代わりに見守っていてくれないか」


 幼馴染の加護はシンプルにパワーに変わる。月匈音が「当然」と頷き、晴華も「私も当然!」と満面の笑みを向けてくれたのを確認し、皿助はダイカッパーの平皿を構えた。改めて娜游と対峙する!


「見事な着こなしのお姉さん、理由は分からないが、目を見れば分かる。絶対に退いてくれない目だ……ならば受けて立とう。俺は美川皿助、この戦いを終わらせる【良い男】なのだから!!」

「私は娜游、【毛倡妓(ケジョウロウ)】です……それにしても【良い男】ねぇ」


 何やら不愉快そうに目を細めながら、娜游が勢い良く両手を振るう。すると袖口からストンと何かが娜游の両掌に落ちた。それは燃える炎を凝縮したような短刀……ではない。娜游は両手に一本ずつ握った短刀を交差させてドッキング――そう、それは大きな紅蓮のハサミ。どれだけ堅く結った髪も首ごとぢょきんといけそうなほどに物騒な逸品!!


「男なんぞに生まれた時点で、良いも悪いも無いでしょうよ。クソガキ」

「なにっ」

「機装纏鎧――【斬髪獰紅(ザンバードレッド)】」


 紅い閃光と共に噴き出したのは――無数の紅蓮毛。毛は巨大な塊となり、しゅるしゅるしゅるしゅると徐々に巨大な何かを象っていく。その姿は上半身は女性的シルエットの人型で娜游と同じくロング・ドレッドヘアスタイル。下半身は完全に異形、腰部が上半身を丸ごと収められそうな大毛玉になっており、その毛玉を中心に左右に三本ずつ、細長い多関節の足が生えているのだ。さながらファンタジーなRPG等に出てくるモンスター【蜘蛛人間(アルケニー)】か。

 これが毛倡妓の特機、ザンバードレッド!


「当然のように強そうだな……だが負けないぞ、機装纏鎧!」


 皿助は普通に機装纏鎧を宣言っ……娜游は言わば天跨の側近。おそらく天狗姫である天跨の護衛も兼ねている強者。決して侮れる相手ではないだろうと理解しているが、この後は天跨との連戦……示祈歪己は温存で行く!


『ダイッ……カッ、パアァァアアアアア!!』


 顕現、翡翠の機動河童・ダイカッパー!!

 意気軒高・威風堂々、今日もダイカッパーは強そう……しかし直後、皿助は驚きの声を上げる事になった!

 ダイカッパーへの変身が完了した瞬間――紅蓮毛の津波が、視界を埋め尽くしたのだ!!


『なっ、なにぃ!?』

『変身中に攻撃しないのは世の理……しかし、そのあとにヨーイドンで攻撃を始めましょうなんてルールはありませんよ』


 娜游、正論。完全に虚を突かれる形になったダイカッパーは為す術なく、ザンバードレッドが放った紅蓮毛の群れに呑み込まれる!!


「ああ!? べーちゃん!?」

「のじゃははははは、良いぞ娜游! もっとやれ!」

『仰せのままに』


 紅蓮毛の波が弾けると、そこには雁字搦めに拘束・逆さ吊りにされてしまったダイカッパー。皿助はどうにか脱出を試みて唸りながらもがくが、凄まじい毛だっ……暴れれば暴れるほど、ダイカッパーの装甲に紅蓮毛がめり込んでいく……しかもこの毛、すごく頑丈!! まったく千切れそうにないどころか、むしろダイカッパーの装甲が切れ始め、皿助にずぐずぐとした痛みが伝わる!!


『ぐぉおっ、これは痛い……そして、抜けられ、ない……!! ぐあああ……!』

『当然でしょう、ザンバードレッドの毛は数多ある拘束系妖術武装の中で比類無きの性能を誇り、そして鋼鉄をも撫で斬りにします。直に触れてなおそれを理解できず暴れるなんて……やはり男。股間に永続デバフがかかっている哀しき命……』


 ザンバードレッドの両手の毛がもわっと膨らみ、絡み合って巨大な円錐を形成。そしてギュルルルルルルルと超・高速回転……ドリルだこれ!!


『ですが同情はしません。良いですか、美川皿助……貴方はただの男ではない。姫さまと晴華さまの百合百合ドッキングを邪魔する忌々しき害虫……【百合の間に挟まる男】。どうして許せましょうか、そんな邪悪。女の敵』

『ぐっ、ゆり……? 何の話だ、雪吏乃さんの事か?』

『ああ、良いですねぇ総隊長の百合……ええ、何度か妄想した事もございます』


 超・高速回転する紅蓮毛ドリルをダイカッパーに向けながら、ザンバードレッドが静かに前進する。まるで皿助を精神的に甚振るように、ドリルの回転音を鳴らしながらゆっくりゆっくりと迫る!


『そう言えば、貴方は総隊長に気に入られたそうですね。惜しい。貴方が男でさえなければ、新たな妄想の一ページが描けたというのに……おや、ちょっと待ってください』


 ……ふと、ザンバードレッドの歩みが止まった。


『……そうです。貴方を女の子にしてしまえば良いのですね』


 不可解な発言と共に、ザンバードレッドのドリルの角度が上向いた。逆さ吊り状態のダイカッパーに照らし合わせると、ドリルがその角度で進んだ場合に突き刺さる位置は――皿助の美川的直感が、凄まじい勢いで警鐘を鳴らす!!


『何だか分からないが、恐いっ……非常に恐ろしい危機が迫っている気がする!?』

『恐がる事はありませんこれは解呪であり祝福さぁその股間の呪いをこの私が解いて差し上げましょう股間さえ削っちまえばどんな男だって女の子になるんですよ決めました美川皿助いいえ皿子ちゃん貴方は今日から私の妹になるんですそしてお姉ちゃんと総隊長との間に挟まってにゃんにゃんどっしゃぁぁああんしましょうねああああもうたまりませんわぁ』

『早口で迫ってくるドリルすごく恐い!!』


 ザンバードレッド、前進再開――それも、先ほどまでの緩やかに死を叩きつけるような歩みとは違う全力疾走!!


『これは――背に腹ァ!!』


 カッとダイカッパーが翡翠の閃光を放ち――機装纏鎧・解除!!

 ダイカッパーの巨体がキュウリ粒子となって散り、中から皿助が吐き出される……つまり、紅蓮毛の拘束から脱出!

 それと同時に、皿助はダイカッパーの平皿を合掌で挟む。その構えは、温存していたはずの示祈歪己(シキガミ)


「示祈歪己発動ッ、機装纏鎧・真化巫至極(マカフシギ)ッ――シン・ダイカッパァァアア!!」


 皿助が再び翡翠の輝きを纏い、変身。一メートル級まで圧縮強化されたダイカッパー、シン・ダイカッパー!!


『機装纏鎧を解除して逃れる……考えの安直さ、所詮は男ですね』


 娜游の余裕発言、その真意はすぐに判明する。何と、先ほどまでダイカッパーを拘束していた紅蓮毛がまるでヘビのようにうねり、シン・ダイカッパーへ四方八方から襲いかかったのだ!!


『ザンバードレッドの毛は、獲物を自動追尾するんですよ』


 元の巨大ダイカッパーを雁字搦めにできる毛量……当然、シン・ダイカッパーの小さな躯体など一瞬で呑み込まれてしまう。そして、シン・ダイカッパーを格に蠢く紅い毛玉へ――ザンバードレッドの巨大ドリルが突き刺さった!!


『的が小さくなってしまったので股間だけを狙うのは無理でしたが……まぁ、どうせ機装纏鎧状態で削っても無駄。まずは戦闘不能にし、生身に戻った所を――ッ』


 勝ちを確信していた娜游から、余裕が消える。同時にドリルの回転が止まった、止められた。


『ぬぅん!!』


 威勢の良い声と共に、翡翠のオーラが炸裂!!

 紅蓮の毛玉もドリルも吹き飛ばして、シン・ダイカッパーが猛る!!


『強烈なドリルだったが……シン・ダイカッパーの装甲を貫けるほどではない!!』

『ぐっ……これが、示祈歪己で強化された機装纏鎧……!』


 恨めしそうに、呪うような娜游の呻き。

 砕かれ解れ飛散する紅蓮毛ドリル残骸の隙間を縫って、シン・ダイカッパーがザンバードレッドに迫る。

 紅蓮毛ドリルはザンバードレッドの最大火力だった。それを余裕で防がれ砕かれた以上、勝ち目は無し。


 娜游は極めて冷静に敗北を悟ったが――その瞳は、怨嗟に満ちた視線でシン・ダイカッパーを刺す。


『百合は滅びない。いつか必ず、お前のような邪悪を挟み潰す日が来る』


 その時は磨り潰された血肉で百合を彩るが良い。そんな捨て台詞を残し娜游(ザンバードレッド)はシン・ダイカッパーのアッパー張り手を受け、遥か空の彼方、夕焼けの向こうへと消えた。


『最後まで何の話だかよく分からなかったが、今まで戦った誰よりも殺意を感じた。恐ろしい相手だった……!』


 勝利の余韻よりも謎の戦慄が勝る……そんな皿助に、拍手が贈られる。手を鳴らしているのは……天跨!


「のじゃふふふ、ここは強者の余裕を以て『よくぞ余の側近を退けた、見事!』と褒めてやるのじゃ」


 あまりにも余裕のある態度……まるで、娜游の敗北が想定内だったとでも言わんばかり!


「おっと。のろのろとしておれんな。報告によればオヌシの示祈歪己には時間制限があったはず。それが解ける前に、さっさと余とオヌシの決戦を始めようぞ」

『何……?』


 天跨の発言に、皿助だけでなく月匈音と晴華も驚きを隠せない。てっきり、皿助の示祈歪己が解けるまでうだうだと時間稼ぎをしてくるだろうと予想していたためだ。


「ふっ……その驚き、何を考えておったかは予想がつく。愚かよなァ……強者のやり方と言う奴を理解できておらぬ。所詮は人の子よ」


 天跨が、ゆっくりとその手に持っていた扇をもたげる。それに合わせて、扇の要に嵌め込まれた薄紅蓮の宝玉が、淡く妖しい光の尾を引いた。それと同時に、手をもたげた事で袖がめくれ――天跨の手首に嵌められていた禍々しい腕輪が露出する。


『それは……禍弄魔(カルマ)の腕輪!?』

「おっと、心配してくれるなよ下郎め。一分以内に済ませれば腹に影響しないのはデータが取れておる。そして、余がオヌシを蹂躙するのに一〇秒もかからぬ」


 羽根扇の要に嵌められた薄紅い宝玉の淡い輝きと、禍弄魔リングの薄黒い輝きが、混ざる。その紅黒く濁った重い光は、不健康なドロっとした血液を思わせる色合い。


「機装纏鎧、禍弄魔共鳴」


 不健康な禍々しい光が弾け、天跨を包み、特設玉座を吹き飛ばす。

 光は膨張しながら夕焼け空へと昇り――異変が起きた。


「ひぇ!? な、なんですか!? いきなり辺りが暗く……!?」

「これは……皿助!!」

『ああ! この影響力……尋常ではない!!』


 機装纏鎧の起動だけで、夕焼け空が闇に覆われた。それほどの影響を及ぼすパワー……元より油断するつもりは無かったが、一層、警戒を強める!


『のじゃふふふ……良いぞ、その反応。余を畏れよ、見上げよ、崇め奉り、そして許しを乞え――』


 闇に覆われた空の一部が、歪む。空間を捩じ切るようにして光臨したのは、闇とは対極、まるで太陽のような山吹色の輝きを放つ機体。大まかな形状はオーソドックスな天狗型。重装甲系で、全体的に太ましくゴタつき気味。通常ダイカッパーよりも肉厚だ。禍弄魔の影響か、黄金の装甲には薄らと黒い蛇がうねるような紋様が浮いている。出現時は神々しい輝きを放っていた翼も、徐々に赤黒く染まり、やがてウルトラテング・カルマよろしく無数の触手のように分裂した。


『これぞ余の専用機、その強化系。禁喰(キング)地獄沌(ペリュドン)――禍弄魔(カルマ)じゃ』


 河童姫・晴華の護身具であるダイカッパーが超強烈な特機であるように。

 天狗姫・天跨の護身具であるキング・ペリュドンもまた超強烈特機……それが、禍弄魔によって強化された姿!!


『そこの晴華(おっぱい)とは違う。余は――普通に強いぞ』

『ハッタリではないだろう事は機体を見れば分かる……だが、敵が強いと言うだけで【良い男】は退かない!!』

『そうか、では残念じゃが……』


 キング・ペリュドンが、動く。その手に黄金と闇が入り乱れた光を揺らめかせ、そして凝縮。


『人間よ、【金色スズメと七つのつづら物語】は知っておるか?』

『有名な御伽噺だな。川から流れて来た光る桃を拾った老夫婦がその桃を割ってみれば、中から元気な金色のスズメが飛び出す所から始まり、老夫婦に保護されて育ったそのスズメがやがて恩返しのため【竜宮城の大秘宝】を老夫婦へ献上するべく冒険の旅に出ると言う……』

『そうじゃ。そしてその物語の最中、竜宮城への航路、七つの島で七つのつづらが金色スズメを誑かす……「絶対につづらを開けてはならぬ。中身を見てはならぬ。もしもつづらを開け、中身を見てしまったなら禍いが起きる」。しかして、つづらはことごとく開けられてしまう。スズメが開ける事もあれば、他の者が開ける事も……典型的な【見るなの禁止】に該当する物語』


 見るなの禁止――何かをしてはならぬ、と明示された禁止事項を登場人物が行う事で話が展開・または終わりを迎える物語形態のひとつだ。「見てはいけない」と言う禁止事項が多い事からそう呼ばれているらしい。


『……それが何だ。今、この戦いと関係があるのか?』

『おおいにあるとも』


 天跨の言葉を肯定するように、キング・ペリュドンの掌で凝縮された黄金と闇の光に変化が起きた。七つに分裂し……黄金に輝く匣――七つのつづらへと変貌したのだ。


禁喰(キング)地獄沌(ペリュドン)の特性はまさしく【見るなの禁止(パンドラ・テラシー)】。禁忌を喰らわせ地獄へ落とす。さぁ、人の子よ……余からの下賜ぞ。そのつづらを開けてみよ』


 そう言って、キング・ペリュドンが七つのつづらを雑に放り捨てた。

 重力に導かれ、黄金つづらの群れがゆっくりと落下していく。


『何を言っている……そんなあからさまに危険なつづら、絶対に開けたりなど……ッ……!?』


 不意に、皿助の心臓がバクンと大きく脈打った。

 理由は分からない、意味不明……だが、分かる。皿助は今、どうしても無性に――あの黄金のつづらを開けたくて、仕方が無い!!


『のじゃふふふ……余に開けてみよと言われ、オヌシはこう思ったはずじゃ。そのつづらは絶対に開けてはならぬと。それがもうダメなのじゃよ。見るなの禁止が成立した。キング・ペリュドンの術中に落ちた』


 ――見るなの禁止は、物語の絶対的ギミック。その禁忌を犯させるために提示される。即ち、強制イベント!!


『相手の拒否を許さぬ、否も応も余は知らぬ。余の意思は絶対なのじゃ。余の命令は、余の望みは物語の約束事のように必ず実現する。それが【見るなの禁止(パンドラ・テラシー)】。これが余のキング・ペリュドン』

『ぐ、ば、馬鹿な……俺の体だのに……俺の意思が、反映されない!?』


 皿助の意思を無視して、シン・ダイカッパーの足はつづらの落下点へ向けて前進し、手は降って来るつづらを待ちわびるように天へと伸ばされる。唸り、吠え、どうにか身体を制御しようとする皿助だが……無情。ひとつめのつづらが、シン・ダイカッパーの手に落ちる。


 そして、つづらが開いた。中から噴き出したのは――青白い、雷撃!!


『ぐ、ああああああああああああああああああああああああ!?』


 つづらを開けると言う禁忌を犯した皿助に、落雷と言う禍いが襲いかかる!!

 それもただの雷害ではない……しっかり妖術武装、機装纏鎧の装甲強度を無視し、神経へ直接ダメージ感覚をぶち込む系の攻撃だった!!


『ほれ、余が与えたつづらは残り六つ。さっさと開けよ』

「ダメよ皿助!」

「そうですべーちゃん! つづらを開けちゃダメです!!」

『わ、分かっている……だが……!!』


 開けてはいけない、開けたくない。そう思えば思うほど、体がつづらに引かれていく!

 そして第二のつづらが開く――次に飛び出したのは、可愛らしいウサギさん!


『なに!? 可愛いだと!?』

「ぴょん☆」


 ウサギさんは可愛らしくウインクした後……その手を、巨大な杵へと変形させた。


「テメェは餅だピョン!!」

『何だコレぶげらァ!?』


 獣害(ウサギさん)の杵ハンドで思いっきりド突かれ、シン・ダイカッパーの小さな体が大空へと舞い上がる!!

 斜め軌道でブッ飛ばされ、川の直上へ。


『づっ……だが、物理的攻撃ならば! シン・ダイカッパーの耐久力で耐えられるぞ!!』

『そうか、思ったより頑丈じゃな。では少し趣向を変えよう』


 キング・ペリュドンが指を鳴らす。

 空へと舞ったシン・ダイカッパーを追って、つづらたちも空を駆ける。

 第三のつづらから現れたのは――見覚えのある黒い炎!


『なに、これはまさかウルトラテング・カルマの……ぐあああああシン・ダイカッパーでも普通に熱い!!』


 そう、つづらから噴き出したのはかつてウルトラテング・カルマがシン・ダイカッパーに浴びせた漆黒の獄焔!!

 黒い焔に炙られるシン・ダイカッパーの元へ、容赦なく第四のつづらが迫り、そして開く。


 中から飛び出したのは、巨大な白骨の掌。指が一〇本……これは、かつてダイカッパーを襲ったドクロアークの握撃(にぎにぎ)!!


『趣向を変えると言ったじゃろう。つづらより出でる禍いを一般的なそれから【オヌシが過去に体験し、脅威を感じた攻撃】へと変更した。肉体と精神の両方を攻めさせてもらうぞ』

『悪趣味な……ぬぅ!?』


 シン・ダイカッパー、白骨の巨大掌に捕まってしまう。だが、ダイカッパーでもどうにか押し退ける事のできた握撃、シン・ダイカッパーならば余裕。シン・ダイカッパーが白骨の指を力づくで押し広げていると――第五のつづらが開く。


 噴き出したのは、雪。瞬間、皿助は血の気が引いた。しかし圧迫してくる指を押し広げる事に全力を割いている現状、回避など当然無理。雪を浴びたシン・ダイカッパーから示祈歪己エネルギーが消失し、通常ダイカッパーに戻されてしまう――あらゆるエネルギーを奪い去る、キラメキフブキの雪!!


『まずい……ぐぅあ!?』


 急にパワーダウンしたダイカッパー、勢い良く白骨の指によって握り締められてしまった!!

 そして間髪入れず、つづらは第六――中から現れたのは記憶に新しい、紅蓮毛のドリル!!


『ぐあああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?』


 白骨の掌ごと、紅蓮毛ドリルがダイカッパーの腹に突き刺さった!!

 ドリドリドリドリとダイカッパーの装甲が抉られ、皿助の脳へ腹の中身を掘削&シェイクと言う筆舌に尽くしがたい痛覚的ダメージが叩き込まれる!!


 このままではドリルが貫通して、皿助が死んでしまう!

 そしてそんな状況でもダメ押しのように、第七のつづらが開く!!

 最後のつづらから出て来たのは――晴華だった。


『――っ――』


 記憶がリフレインする。それは、皿助が生まれて初めて【死】を身近に感じた一撃。


 ――晴華の突進。


 つづらから飛び出したニセ晴華の突進は、ダイカッパーの顔面に直撃。

 同時に、紅蓮毛のドリルがダイカッパーの腹を食い破り――その翡翠の巨体を、腹から二つに裂いた。


『…………ッ…………ぁ………………』


 最期にダイカッパーが力無く伸ばした右手は、一体、何を掴もうとしていたのか。

 ……いや、おそらくもう、皿助に何かを思って身体を動かす余力は無い。その手はきっと、生にしがみ掴んとする皿助の魂がただヤケクソに動かした、無意味な一挙手。


 そんな最期の足掻きとも言える手さえ、ただ虚しく虚空を掴むだけ。


 ……悲鳴も、雄叫びも、呻きすらも無く。


 二つに分割された皿助(ダイカッパー)が静かに川の中へと墜ち、そして消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ