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10,美しき脅威! 攻略せよ、白雪の舞姫ッ!!《後編》


「ゃ、やぅぱりお外は寒いれふ……」


 土手上で震える晴華……その姿はさながら布玉か。厚着とか言う次元ではない。

 そんな晴華が見下ろす河原には大人でもくるぶしまで埋まるほどの積雪。皿助と雪吏乃が対峙する。


「雪吏乃さん……いや、雪吏乃。俺は敵に容赦をしないぞ」

「そう。それは私もへくちっ……ぅぶふ……私も同じ。さっさと済ませる」

「ああ、そうしよう」


 白い息を吐きながら、皿助と雪吏乃は互いの意思を確認して頷き合う。

 雪はまだまだ降り続きそうだ。晴華も雪吏乃もこの状況での長期戦はキツいだろう。


「じゃあ、へくちっ…ま、まずは、私から……」


 雪吏乃が袖口から取り出したのは、向こう側が透き通って見える半透明の(くし)。まるで氷で作られているようだ。厚い鉛曇の隙間から薄ら漏れる僅かな陽光に反応して煌めいている。非常に綺麗。おそらくはあれが、雪吏乃の機装纏鎧!


「機装纏鎧……へくちっ。【鬼羅愛雪歩舞姫(キラメキフブキ)】」


 寒さで若干震える雪吏乃の声に呼応し、氷の櫛が風を巻き起こす。風は旋回しながら雪を孕み白く染まり、やがて、白い旋風は失速、緩やかな流れを持った雪煙へと変わる。そして、燻る雪煙の向こうに佇む巨大な影がひとつ。


 ――その機装纏鎧は、ある雪妖精(ジャックフロスト)の貴族が管理していた家宝のひとつ。まるで水晶体(クリスタル)のような妖怪物質で全身が構築されており、兵器とは思えぬ滑らかな曲線が目立つデザインライン。煌く半透明の装甲は、さながら氷で構築された振袖衣装。その姿はまるで、氷で形作られた巨大な和装美女。外見の美しさはもちろん、一挙手一投足も兵器とは思えぬ優美さを帯び、ただ歩いているだけでも華麗な舞踏を見せつけられているような感動を覚える……しかし、その美しさに反して固有特性による【制圧力】は非常に優秀。

 美しさと物々しさを同時に内包する雪水晶の機装纏鎧。それが鬼羅愛雪歩舞姫(キラメキフブキ)だ。


「ほぁぁあああ……綺麗ですぅ……」


 キラメキフブキの美しさに、寒さで凹たれていた晴華もテンションが若干回復。

 美的感覚の疎さを自負する皿助でも、思わず見蕩れてしまうほどだった。


 ……しかし、その直後。


 キラメキフブキがその水晶の袖から大量の雪を放出し始め、更にその雪が機体全体を飲み込んだ。

 やがて、美しい水晶は完全に白雪の内に沈み……。


『……白薄氷の厚化粧(アーマード・ウスライ)……』


 ボテっとした巨大・雪ダルマと化してしまった。優美な姿から一転。庭の隅とかにあると和む姿に。

 ……言っちゃあ悪いが、台無しだ。と皿助も晴華も沈黙の中で同じ事を考える。


「……諸々、測りかねる機装纏鎧だ」


 ともあれ次は皿助の番。晴華や雪吏乃の体調面を考えるならば、速攻からの即決着が望ましい。前回の冠黒武戦同様、最初からシン・ダイカッパーで行く。皿助は媒介となる平皿を合掌で挟み込む形で持ち、叫ぶ。


示祈歪己(シキガミ)発動ッ!! 機装纏鎧、真化巫至極(マカフシギ)ッ!!」


 荒れ狂う緑の輝きとキュウリの竜巻。その緑色の膜を突き破って、緑色の謎オーラを纏った一メートル級の三等身SDロボット、シン・ダイカッパーが白銀の世界へと飛び出した!


『シンッ……ダイカッッッパァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』


 飛び出した勢いのまま、皿助は背覇皿(バサラ)を射出。背覇皿を蹴り付けて、真っ直ぐ雪吏乃――巨大・雪ダルマと化したその懐へと、緑色の流星の如く突っ込む!


『先手必勝ッ!! こちらからやらせてもらうッ!!』

『うん。どうぞ。好きにしていい』


 雪吏乃は静かに、告げた。


『誰も、キラメキフブキとまともな勝負なんてできないもの』

『どう言う意味かわからんが、行くぞッ!!』


 シン・ダイカッパーの両肩覇皿を射出し、両掌へ接続。必殺技を放つ準備は万端。

 雪ダルマが接触距離に入り、シン・ダイカッパーが張り手を振りかぶる。

 ……しかし、何故だろうか。雪吏乃は、雪ダルマは一切動かない。回避も防御も迎撃の雰囲気も無し。ただただ、シン・ダイカッパーの挙動を見守っている。

 皿助は推測する。雪吏乃は先ほど、雪ダルマ状態になった時に「アーマード」と言っていた。言葉通りに受け取るのなら、あの雪ダルマ状態は防御を目的とした形態なのだろう。その防御形態の守備力に余程の自信があるのか。ここは、シン・ダイカッパーのパワーを思い知らせてやるべき時。


『おぉぉおッ!! ドスコイドスコイドスコイドスドスドスドドドドドドド…ッぬぅ!?』


 張り手ラッシュを叩き込む事、ものの数発で、皿助は【異変】に気付いた。ラッシュの手を止め、着地後すぐに後方へ跳ねて雪吏乃から距離を取る。


『……!? …………、……?』

「ほぇ? どうしたんですか? べーちゃん」


 どう見ても直撃だったのだから、あのまま押し切れば良かったのに、何故? と晴華が思うのも無理はない。

 しかし、皿助の鋭い直感はあのまま攻める事を良しとしなかった。


『い、一体、何だ……今の奇妙な【感触】は……!?』

『気付いた?』


 皿助がその【異変】の正体を測りかねて困惑する中……【無傷】の雪ダルマの中から、雪吏乃が皿助に語りかける。無感情な……いや、どこかに哀れみを含むような、静かな声で。


『でも、もう手遅れ』


 次の瞬間。緑色のオーラが爆散し、シン・ダイカッパーの装甲が一瞬にして膨れ上がった。その膨張率、実に二〇倍。等身も八等身へ。つまり、


『なッ……示祈歪己が解けた!? いや、解けてしまったッ!?』


 そう。真化巫至極で機体を圧縮する事で強化していたはずのシン・ダイカッパーが、ただのダイカッパーに戻ってしまったのだ。まだ示祈歪己発動から五秒も経過していない。二〇秒以上の猶予があったはずだのに……!


『……キラメキフブキは元々【祭事用】の機装纏鎧』


 困惑する皿助たちに優しく説くような雪吏乃の言葉。もう、万に一つも皿助たちには勝目が無い。そう決めつけた余裕の行為。


『だから見た目は美しく、戦闘運用なんて考えていない性能に仕上げられている。でもその代わり、【戦闘をしないため】の【固有特性】を与えられた』

『……ッ……なるほど。異変の正体は、その【雪】か!!』

『うん。【白き深淵の底でホワイト・アウト・エンド】。特殊な【雪】を精製する、キラメキフブキの唯一にして最強の武器』


 皿助は先ほど感じた違和感から、その特性の正体について、ほぼ正答に近い仮説を導き出す。

 そして、戦慄した。この仮説が当たっていたとして……一体どう攻略しろと言うのかッ、と。


『キラメキフブキが降らせる【雪】は……あらゆるエネルギーを奪い去る』


 ただの雪が万物から熱エネルギーを奪い去るように。

 キラメキフブキの雪は、熱エネルギーを含むあらゆるエネルギーを削り取る。

 だから、皿助は覚え、感じた。違和感と異変を。あの雪ダルマ……キラメキフブキの雪で構築された塊に張り手をいくら打ち込んでも、全くと言って良いほどに手応え……反動が無いと言う違和感。そして、張り手で触れる度に、自分の中から【何か】が著しく減少していく異変。

 あの雪ダルマ装甲……【白薄氷の厚化粧(アーマード・ウスライ)】は、シン・ダイカッパーの張り手が含んでいた破壊エネルギーも、シン・ダイカッパーが帯びていた示祈歪己的エネルギーも、全て奪い去ってしまったのだ。だから、あの雪ダルマ装甲にダメージは無い。加えて、真化巫至極も示祈歪己的エネルギーが尽きて、あっと言う間に解除されてしまった。


『そして、気付いてる? 降っている雪の【質】が変わっている事に』

『なに……ッッッ……!!』


 降りそそぐ雪が装甲に触れる度、ほんの僅かに、本当に少しずつ、皿助の中……ダイカッパーの中から【何か】……そう、あらゆるエネルギーが減少していくッ!


『キラメキフブキを起動すると……半径三〇〇メートル圏内に、キラメキフブキの雪が降る。あ、でも安心して。晴華はあれだけ厚着してれば、しばらく……しばらくの間は雪の影響を受けないはず。服の寿命は縮むだろうけど』


 キラメキフブキ本体はダメージを吸収無効化する無敵めいた雪の装甲に身を包み、そして広範囲にあらゆるエネルギーを奪い去る雪を降らせる……確かに、キラメキフブキ自体の戦闘力は高くないかも知れない。だが、それを補って余りある防御力と制圧力。類を見ない無力化特化の性能!!

 そもそも、戦う事を目的としていない機装纏鎧。それが、キラメキフブキ!!

 さながら、あの雪ダルマは楽屋だ。出番待ちのための安息所。非情な雪が降り切り、力尽きた敵の屍をも覆い尽くした白銀のステージが仕上がるのを待って、舞姫は優雅に踊り出すのだろう……!


『何と言う機装纏鎧だ……!』


 そんな相手に、一体、どうやって勝てと……いや、まず、どうやって戦えと言うのだ。


『私は純白院雪吏乃……【不戦の白逝鬼姫(シラユキヒメ)】。私は戦わない。そして貴方は戦えない』

『………………!!』


 こちらの攻撃は全く通らず、指を咥えている間にもどんどんエネルギーを奪われ続ける。そして最後には地に伏すしかない。理不尽とも言える無敵システムだ。


 だが、皿助は気付いた。無敵のシステムだと言うのならば!!


『……どうする? キラメキフブキは無敵。大事な事だからもう一度言うけれど、貴方では勝ち負け以前に、敵として戦う事すらできない』

『確かに、打ち震えるほどに無敵……絶望、しかけた。しかし……一見、無敵だからこそッ、俺は付け入る隙があると考える……!!』

「えっ、どう言う事ですか!? べーちゃん!」

『考えてみるんだ、晴華ちゃん。本当に無敵な素敵兵器ならば、一傭兵がそれを保有し、好きに用いる事を世間が許すはずがない……妖怪郷とやらが世紀末じみた無法的世界なら話は変わってくるが……キミの様子や今まで会った妖怪たちの発言から推し量る限り、それは有り得ないだろう!』


 勤務先に絶対の忠誠を誓う社畜的正社員のような兵士ならまだしも、雪吏乃は傭兵。拳銃を振りかざすアルバイトを雇うコンビニなど存在しないように、無敵兵器を保有する傭兵を雇い、内部に迎え入れる軍などないはず。いくら戦力を拡充させたいと言っても、いざと言う時に従わせる事ができなければ、その兵士に存在価値は無い。軍のために働いてくれる保証どころか、裏切って敵に回らないと言う保証すらも無い……信用の無い無敵の兵士ほど、軍に取っての不安要素は無いのだ!


『ならば、あるだろう。【弱点】……無敵を無敵でなくする何かッ。それも、致命的なのがッ!!』


 そうでなければ、辻褄が合わない。


「その通りだぜい、皿助ェッ!!」

『なにっ。この声は!』


 不意に上空から響いた低音ボイス。声の主は巨大な黒翼を羽ばたかせて滞空し、大きなコウモリ傘で雪を防ぐ黒ずくめの大柄青年。先日、皿助とずっ友の契りを交わした烏天狗、冠黒武(カンクロウ)だ!


『冠黒武ッ!? 何故ここに!? 遊ぶ予定は無かったはずだが!?』

「前に姫さまがMBF総隊長を動かそうとしてるって言ってたのが気になってよう……ちょいと遅かった感はあるが、ギリギリ間に合ったようで嬉しいぜい!」

『その口ぶり……まさか……』

「おうよ! 来たぜ……【助太刀】にッ!!」


 冠黒武の言葉に、巨大・雪ダルマ状態の雪吏乃(キラメキフブキ)が可愛らしく小首を傾げた。


『見た所、貴方は天狗みたいだけど……皿助たちにつくの? 大丈夫、それ』

『そうだ……いくら友達と言えど立場と言うモノがある。駄目なんじゃあないか!?』

「おいおい、あんま俺っちを舐めんなよ」


 クヒヒヒ……と冠黒武は悪い笑みを浮かべ、


「当然、取ってきた……有給休暇ッ。それもただの有給じゃあないぜい……休暇希望目的は、『機装纏鎧を保有する友達の所で、機装纏鎧と禍弄魔(カルマ)を用いた実戦形式の自主訓練を行いたい』、だ……!!」

『!!』

「面白いくらいに快く許可が下りたぜい……何せ禍弄魔は天狗山が全力で開発に取り組む新兵器。でも副作用のせいで試験運用に協力する奴はほとんどいねぇ……そんな中、自ら協力を名乗り出る者がいりゃあ、ロクなケチも付けずに快諾もするよなぁ!!」


 つまり、冠黒武はあらかじめ「休暇を取る事」と「休暇中に機装纏鎧や禍弄魔を用いた実戦を行う」ための許可を、天狗山から取って来た、と言う事だ。


『と言う事は……』

「そう……問題無いどころかぁッ!! 天狗山の軍事力増強のために自らの腸内環境を差し出した勤勉な軍人として好印象を得てきたって事だぜぇいッ!!」


 何と言うかコスい。実にコスいが、皿助としては実に嬉しい助け。


「そして、俺っちの機装纏鎧……漆飛羅天喰(ウルトラテング)禍弄魔(カルマ)なら、MBF総隊長……不戦の白逝鬼姫(シラユキヒメ)の弱点を突けるッ!!」


 そう言って冠黒武はコウモリ傘を投げ捨てると、背負っていた黒鋼の錫杖を抜いた。


「行くぜい……機装纏鎧・禍弄魔共鳴ッ!! ゥゥウルトラテングゥ……カァルマァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」


 錫杖を右手の禍弄魔リングに擦り合せる形で構え、冠黒武が叫ぶ。

 一瞬にして、曇天の空に黒い風が逆巻き、そして顕現する。三〇メートル級、三面六臂に無数の黒翼を背負う異形の巨大黒鳥人、ウルトラテング・カルマが!!


 その漆黒の異形を見て、巨大・雪ダルマがほんの少し揺れる。


『……ウルトラテング……』


 天狗族が汎用配備している量産型機装纏鎧、それがウルトラテングだ。その性能や【武装】は、天狗族の軍隊に所属する雪吏乃も大雑把にだが把握している。あれはその強化発展系っぽい外見。そして冠黒武の自信満々な発言からして……。


『理解したみたいだな、MBF総隊長殿ッ!! あんたの機装纏鎧を無敵的存在へと昇華させるその【雪】の弱点は聞いてるぜい……それは!!』


 冠黒武はウルトラテング・カルマが背負う無数の翼を大きく広げ、その内部に組み込まれた武装を起動。空気を取り込んで極熱の黒い焔へと変貌させてしまう妖術武装【天刈乱熱風扇(テンガロンホット)】だ。


『炎熱属性の妖術武装への耐性が、極端に低い事だッ!!』


 それは【妖術的相性】と言う概念。機装纏鎧の固有特性や妖術武装の根本は妖術、妖怪科学技術である。そして妖術には絶対の【相性】があるのだ。氷雪属性の妖術は炎熱属性の妖術にめっぽう弱い。ビックリするくらい弱い。それが妖怪科学技術の絶対原則のひとつ。妖術兵器である機装纏鎧がこの原則から逃れるなどできない。キラメキフブキの【雪】も例外ではないッ。あらゆるエネルギーを吸収・消化してしまうその【雪】も、【炎熱属性の妖術的エネルギー】だけは上手く処理できないのであるッ……つまり、一定量以上の炎熱属性妖術的エネルギーを内包する一撃であれば、無敵に思えた雪ダルマ装甲【白薄氷の厚化粧(アーマード・ウスライ)】を破壊できるのだ。


 まぁ、と言っても。通常のウルトラテングに装備されている天刈乱熱風扇(テンガロンホット)では、その一定量以上と言うハードルを越えるのは到底無理な話。弱点と言っても、そこを突くのは容易ではない。だからこその禍弄魔共鳴ッ。多少の副作用は承知の上ッ。友のためならなんのその。冠黒武は、やる!!


『行くぞオラァッ!! 皿助ェッ!! チャンスを作れるのはほんの少し、一瞬だァ!! 空気を読んで合わせろォ!! テメェの察しの良さと根性なら行けるッ!!』

『応ッ!!』

『………………!』


 ダイカッパー、キラメキフブキ、ウルトラテング・カルマ。曇天雪降りの河川敷、三体の機装纏鎧が同時に動く。


黒焔・禍鳥風囓(カルマ・カルラ)ァッ!!』


 最初に動いたのはウルトラテング・カルマ。無数の黒翼で精製した黒焔をその六臂に纏い、キラメキフブキへ向けて投擲。六つの黒焔弾が、真っ直ぐに雪ダルマへと飛んでいく。


 不味い、と雪吏乃が少し焦る。明らかにあの黒焔弾の群れは、白薄氷の厚化粧(アーマード・ウスライ)を破壊するに充分な威力を内包しているとわかる。そして、雪ダルマ状態で回避できる速度ではない。

 故に雪吏乃は考える。おそらく、冠黒武たちだって雪吏乃が素直にあの焔弾を受けるとは考えていないはず。当然、回避を選ぶと見るだろう。雪吏乃が雪ダルマ装甲を脱ぎ捨てて回避行動を取る事を想定して動くはず。

 ならば。と雪吏乃が選択したのは、不動。その場から動かず、黒焔弾を雪の装甲で受け止めた。


『……ぅッ……』


 衝撃。見立て通り、白薄氷の厚化粧(アーマード・ウスライ)では黒焔弾の猛威には耐え切れなかった。

 そう、見立て通り。雪吏乃は想定済み。破壊され、砕かれ、溶け落ちていく白雪の装甲。そこから現れた美麗なる水晶の巨大姫は……両手を前に突き出して構えていた。その振袖の様な形状の袖口には、キラメキフブキの特殊雪を放出する【口】がある。キラメキフブキが持つ唯一の武器だ。

 皿助たちはきっと、キラメキフブキが装甲を脱ぎ捨て、装甲を再構築するまでの僅かな隙を逃すまいと躍起になるはず。つまり、その一瞬を叩くため、真っ直ぐ全速力で吶喊してくるだろう。

 ならば、迎え撃つ。特殊雪を、直接ダイカッパーにぶつける。そのための構え。


 ――だったのだが、


『……!?』


 雪ダルマ装甲が溶かされた蒸気が晴れた、その先に……ダイカッパーの姿は無かった。


「うぉおおおおおおおおッッッ!!」


 ザッパァーンッッッ!! と言う水飛沫の音が、キラメキフブキの真横、川の方から響く。


『なっ……』


 川から飛び出したのは、皿助だ。ダイカッパーではない、皿助。


『ッ、機装纏鎧を解除して……!?』


 すぐに雪吏乃は全てを察した。皿助は、自分の想定の更に一歩先まで想定していたのだ、と。

 皿助は、全て読んでいた。雪吏乃が自分の思惑を深読みし、回避しないと言う選択をする事。そして、自分が真っ直ぐ全速力でスピーディに決めに来ると想定し、迎撃態勢を万端に済ませているだろうと言う事。

 だから皿助は、冠黒武が黒焔弾を放ったと同時、ダイカッパーを解除して川へと飛び込んだ。ダイカッパーのまま飛び込めば、大きな水音で雪吏乃に気付かれる可能性があったからだ。皿助はそのまま川を潜行。キラメキフブキの横合いまで泳ぎ、飛び出した。雪吏乃の想定の一歩……いや、半歩先。本当の本当、ほんの一瞬の隙を突くために。

 雪吏乃に勝つため。晴華を守るため。そのために、雪が降る寒空の下、刹那の逡巡すらせずに凍てつく川へと飛び込んだのだッ!!


 そこまでするのか――そう思った瞬間、雪吏乃の脳裏を過ぎった記憶。それはある雪妖精(ジャックフロスト)たちの会話だった。


 ――どうしてそんな忌み子のためにそこまでする。

 ――このままではお前も先は長くないぞ。

 ――そんな忌み子は処分して、帰って来なさい。


 迎えに来た親類たちの言葉の一切を、その雪妖精(ジャックフロスト)は満面の笑みで一蹴した。


 ――この子が幸せになれない世界なんて、興味無いわ。


 故郷を捨ててでも、そこまでしてでも、その雪妖精(ジャックフロスト)は己の意志を貫いた。

 決して、その手を放そうとはしなかった。


『……貴方は本当に良い子だね。皿助』

「褒められても加減はしないぞ、機装纏鎧ッ!! ダイカッパァァァアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 飛び出した勢いのまま、キュウリの竜巻を突き破り、皿助はダイカッパーへと変貌。あっという間にキラメキフブキとの接触距離へ。


 雪吏乃はキラメキフブキに裏拳の要領でダイカッパーを狙わせる。その暴力的な所作すら、水晶の装甲がいちいち煌めいて美しく見えてしまう……だが、美しいだけだ!!


『鈍いッ!!』


 キラメキフブキは非戦闘用の機装纏鎧。特殊な雪を放出できる以外の性能は、はっきり言って低い。その挙動はお世辞にも俊敏とは言えず、威力に関しても御粗末っ……そんな裏拳で、ダイカッパーに立ち向かうなど盲腸並の片腹激痛。

 ダイカッパーはキラメキフブキの裏拳を左手であっさりと掴み止め、右の張り手を振りかぶる。肩の覇皿(バサラ)を右掌に接続。準備は万端。好機は今、目の前に。であれば打つしかないだろう、必殺の一撃!


『……私の負けだね』


 雪吏乃の声に、焦燥や悔しさの色は皆無。むしろ、感心した様に少し微笑むような……そんな調子の声だった。


   ◆


「はぁー……温かい」

「癒しれす……」


 河川敷。冠黒武が()べてくれた黒い焚き火を囲んで地べたに座りながら、雪吏乃は大きな白溜息。晴華も並んでぬくぬくしている。ちなみに、火を焼べた冠黒武は近隣の公衆トイレで格闘中だ。皿助は濡れた衣類を焚き火に晒して乾かし中。冠黒武から借りた羽織りと濡れたズボンのみと言う半裸状態。

 今、皿助の身体は不自然な程に微細に震えている。この震えはスーパーシバリングと言って、その身体を非常に激しく揺らす事で自身の体温だけでなく周囲の温度まで引き上げると言う、シバリングの上位互換的身体機能である。美川的筋肉の面目躍如。


「いやぁ……にしても、負けた。久々かも。皿助、すごいね」

「おおおお褒めめめにに授かりりりこ光栄だがががが……そののの名誉よよ、辞退いいしよううううう。俺れれ一人でではああああ、決しししててて貴女にいいはあ勝てなかああああたああああ」※スーパーシバリング中のため皿助的音声が若干乱れています。


 雪ダルマ装甲には弱点がある。それは正解ではあったが、皿助だけではその弱点を突く事は不可能だった。今回勝てたのは、冠黒武のおかげだ。


「でも、彼が貴方に味方したのは、貴方に好意的だからでしょう。実力と言うのは、その者が積み上げてきた実績に付随する全てを指す。彼を味方に付けたのは、貴方が彼を惹きつけるだけの行動をしてきた【良い男】だったからでしょう?」


 ――いつか必ず、誰からも愛される【良い男】になる。


 雪吏乃の言葉に在りし日の母のそれが重なり、皿助は自身が少しニヤけてしまうのを自覚する。


「それに、彼が来ただけでも私は負けなかった。こんな寒空の中、川に飛び込む事を厭わなかった貴方の胆力も、必要不可欠な勝因だったと言える。貴方は私の賞賛を素直に受けるべき」


 私が誰かを褒めるなんて貴重だし……と雪吏乃はほんの僅かにだけ口角を上げ、皿助に微笑みかけた。


「そそそそうかああああ。ななあああらあばあああ…あああ有りりり難くくくううううそののの言葉あああ頂戴いいしようううう」※スーパーシバリング中のため皿助的音声が若干乱れています。

「……でも、そう喜んでばかりもいられないと思う」

「き、急にどうしたんですか?」

「私が敗れた以上、娜游(ダユー)や天狗のお姫さまが次にどんな手を使ってくるか……想像が付かない。いくらお姫さまの権力でも、せいぜいトルノーズ小隊長クラスを動かすのが限界だと思う。そして大規模な数を私的に動かすのも難しいはず」


 いくらお姫さまと言っても、どんなワガママも通る訳ではない。小隊副隊長補佐官や、傭兵部隊の連中ならどうにかできても、それら以上となると難しいはずだ。実力相応に出世している者はそんなに暇ではないだろう。


「何かとんでもない事をしでかすかも。注意と警戒は必要」

「うぅ……そろそろ諦めてくれるとかないですかね……」

「天狗のお姫さまとは何度か会った事ある。あんなに我が強そうな子が、そう簡単に自分の願望を曲げるとは思えない」

「……そうか」


 流石にちょっと疲れて来たので、皿助はスーパーシバリングを停止。


「まぁ、とりあえず」


 ゆっくりとした所作で雪吏乃が立ち上がる。


「皿助、晴華。せいぜい頑張ってね。これも何かの縁だし、応援はしてる。面倒そうだから味方になってあげるのは無理だけど」

「応援だけで充分だ。ありがとう」

「頑張ります!」

「うん。それじゃあ。またどこかで」


 時々くしゃみを交えながら、ゆっくりとした歩調で去る雪吏乃の背中を見送りつつ、皿助は少し考える。


「……天狗の姫……か」

「テンちゃんがどうかしたんですか?」

「……いや、諸悪の根源はやはり【そいつ】だと思ってな」


 晴華が理不尽に晒されるのも、皿助が何度か危機に陥ったのも、冠黒武が漏らしたのも、寒いのが苦手な雪吏乃が寒空の下で戦わなければならなくなったのも、全て天狗姫が原因。

 皿助は基本的に温厚気質。揉め事・争い事には消極的であり、受け身である。

 だが、しかし……。


「あぁ~、スッキリしたぜぇい……やっぱクソは厠で出すのが一番だな」


 と、ここで冠黒武が自身の腹をポンポンしながら帰還。今回の禍弄魔使用時間は短めだったので、少々便通が良くなった程度で済んだようだ。


「……冠黒武。助けてもらったばかりだのに図々しいと言うのは承知で、ひとつ頼みたい事がある」

「んお? いきなりどうしたんだぜい? まぁ良いけど。言えよ相棒」

「俺を、【天狗山】とやらに連れて行ってくれないか」

「……はぁぁ?」

「な、何言ってるんですか、べーちゃん!? 天狗山って……言わば敵の本拠地ですよ!?」

「……俺は、今まで良くも悪くも晴華ちゃんの事しか考えれていなかったのだと痛感した」


 今まで、皿助は未熟故に晴華側の視点でしか発想ができていなかった。だが今は違う。晴華だけでなく、冠黒武や雪吏乃とコミュニケーションを取った事で、刺客として使われる者の視点からも考えが及ぶようになった。


「俺は、天狗姫が諦めるのを待つつもりでいた。晴華ちゃんの身の安全さえ確保できれば、それで良い。それだけが目的だった。だが……それでは、ダメだったんだ。天狗姫は自身の願望のために、周囲を巻き込み過ぎた」


 自身も刺客たちと肩を並べて戦線に出ているのならば、まだわかる。だが実際の所、天狗姫は一度も姿を見せた事は無く、ただただ刺客を送り込んでくるだけ。己の願望を叶えたいがための行為だのに、何と言う怠慢だろう。そんな怠慢に友である晴華や冠黒武、応援してくれた雪吏乃が振り回されているなんて……どうにも、納得がいかないのだ。

 皿助は今、自覚した。自分は久々に【怒り】や【憤り】と言った物を感じているのだ……と。


「諸悪の原因は全て天狗姫……ならば、【ツケ】を払わせる」


 また誰かが奴に振り回される前に……天狗姫に、報いを。

 そして、その周囲に不幸を振りまく歪んだ願望に、更生のきっかけとなる一撃を。


諦める(終わる)のを待つのではない……諦めさ(終わら)せるんだッ」


 気付くのが遅かった感は否めない。もっと早く気付いていれば、冠黒武や雪吏乃が巻き込まれずに済んだかも知れない。自らの未熟さへ、後悔はある。反省もある。だが、今はそれ以上にやる事がある。

 皿助は、決めた。天狗姫との【直接対決】を――


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