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09,美しき脅威! 攻略せよ、白雪の舞姫ッ!!《前編》


 ――妖界郷次元。人間の暮らす世界とは何の比喩も無く次元が違う異世界。この世界で暮らす主な生物は、妖怪。


 妖怪は大体の種族が、種族ごとに集落や大規模なテリトリーを築いて生きる。が、中にはその中からはみ出す者もいる。そんな無法者達が寄せ集まって、どこかの集落を襲撃し、戦争が起こる事もしばしば。そう言った無法者達の寄せ集め集団を【妖怪ヤクザ】と呼ぶ。


 ここ最近、妖界郷で一際大きな妖怪ヤクザと言えば【縦横無尽鬼ヶ島サイクロン・オーガーズ】。無名童子(むみょうどうじ)と言う流浪の【鬼】を首領とする妖怪ヤクザである。構成員の大半が【鬼】や【遠呂智(オロチ)】【(ヌエ)】と言った「彼らを語る上でその戦闘能力の高さに触れないのは無理がある」級の武闘派種族出身者。その戦力はもはや一種族の集落など簡単に攻め滅ぼせるほどだと推測されていた。


 まぁ、とは言っても、だ。


 派手にどこかの種族集落を攻め滅ぼせば、その種族と縁深い連中や妖怪保安局が黙っちゃいないだろう。おそらく、それらが中心となった大規模な種族間連合軍が、因果応報と言う言葉を教えに来る。流石の縦横無尽鬼ヶ島サイクロン・オーガーズも、現状、それは避けたい。故に連中は大仰な戦力を抱えつつも、その所業は余り大騒ぎにならない様な小さな横暴に終始していた。


 ……だが、小さな横暴も、相手を間違えれば命取り。


「……ば、馬鹿、な……この、俺様が……無名童子様がァァァ……ッ!?」


 上空で三日月が細く笑う夜。一面を埋め尽くす白雪のカーペットに半身を埋めたまま、赤銅色の肌をした大男が息も絶え絶えに叫ぶ。この無様を晒す大男こそが無名童子。自慢の剛角や牙がべっきりと根元からへし折られ、全身至る所に凍傷の痕。


「……貴方たちは、天狗の縄張りで好き放題し過ぎた」


 優雅な風鈴の音色めいて、多大な清涼効果を含む静かな声。薄青色の水晶体を嵌め込んだだけのような感情が全くこもっていない瞳が、無名童子を見下ろしている。

 その声と瞳の持ち主は、ただただ白かった。煌く長髪は白銀。先端に向かう程に色合いは薄まり、毛先はほぼほぼ半透明。糸状の氷のようだ。肌の色は「白っぽい」とかではなく完全に白。血管が通っているとは思えないほどに完璧な真っ白。白地に水色の彩色で雪を表現した着物を纏っているのだが、遠目に見るとその着物地の色と肌の色の境界線がわからないほどだった。

 美声と冷たい瞳を持った、ただひたすら白いお姉さん。その足元で、無名童子は無様に喘ぐ。


「ぐ、ぐぞ……こん、な……こんなァァ……俺様たちは……最強の……妖怪ヤクザだぞ……!?」

「そう。それはすごい。だから何?」


 もはや清涼を通り越して相手を凍えさせかねない声で、白いお姉さんは無名童子の言葉を処理した。

 少し辺りを見回せば、不自然に雪が盛り上がって積もっている箇所が無数。その不自然な盛り上がり、目算でも三〇〇はくだらないそれら全てが、縦横無尽鬼ヶ島サイクロン・オーガーズの構成員たち。冷たい暴力に軽々とあしらわれてしまった者たちの成れの果て。


「ぉ、おの、れ……無念ッ」


 冷酷な雪に体力を根こそぎ奪い尽くされ、無名童子はついに伏した。きっとすぐに、無数の盛り上がりのひとつになって、全てが終わるだろう。そのザマを、白いお姉さんが無感情な瞳で眺め続ける。


「はみ出し者の鬼、か……」


 そうつぶやいた女性の声は、どこか寂し気だった。しばらくの沈黙。


「……へくちっ」


 沈黙を破ったのは、白いお姉さんのくしゃみ。


「……ぅびゅ……(しゃぶ)い…………」


 どうやら、寒いのは苦手らしい。雪の化身みたいな見た目のくせに。

 早く帰ろう、と思ったのだろう。鼻水を啜りながら、白いお姉さんが踵を返したその時、


「相変わらず、すごい有様ですね……昨日まで、ここは年中温暖な気候に恵まれる爽やか草原だったはずですが」


 一面の雪景色の中に響いた秘書っぽいお姉さんボイス。声の後に姿を現したのは、ワインレッドのスーツに身を包んだ赤髪のお姉さん。特徴的なロングのドレッドヘアは毛量が……毛量がすごい。極太の房が無数に、地面すれすれまで伸びている。


「まさしく一機当千。やはり【制圧力】において、貴方の右に出る者はいないでしょう」

「貴方は、確か……いつもお姫さまの隣にいる子」

「元は貴方の部下だったんですがね……姫さまの護衛・兼・お世話役、娜游(ダユー)です。お久しぶりですね、MBF総隊長・雪吏乃(ユリノ)殿」


 MBF総隊長。その肩書きが持つ意味は、ただ「偉い」と言う訳では無い。MBFは天狗山の誇る多種族混成の傭兵部隊。構成員は各種族の【はみ出し者】。様々な理由から、群れを逐われた癖の強い連中である。癖の強さ故に統率性は皆無。部隊と言いつつもMBFに隊律らしい隊律は存在しないのが現状。単純戦力的には優れているが、扱い辛さは半端ではない。上司の命令だから……と素直に言う事を聞く奴は、MBFでは少数派。そんな部隊の管轄を任されている者……それはつまり「その気になればMBFの連中を力づくで統率し、無理矢理にでも言う事を聞かせる事ができる者」と言う事だ。それが、この雪吏乃と言う白いお姉さんである。


「任務は……丁度、片が着いたようですね」

「うん。見たらわかるでしょう。何か用? 私もう帰りたいのだけど」

「姫さまからのご命令でして。貴方に次の任務を伝えに来ました。すぐにでも出向いて欲しいのです」

「ふぅん。姫のパシりで来たんだ」

「その通りですが、言い方を考慮していただけると」


 相変わらずだなこの御方も……と娜游は溜息。


「次の任務は、人間界へ逃げた河童の姫君の回収。我らの姫が彼女の身柄を所望しています」

「……それ、私には向いていないと思うのだけど」

「河童の姫君に付いている護衛が厄介でして。まずはその護衛を【無力化】しない事には二進も三進も……貴方の十八番でしょう。【無力化】は」

「なるほど。じゃあ、わかった。すぐに行く」

「話が早いのも相変わらずで嬉しい。【不戦の白逝鬼姫(シラユキヒメ)】……その異名に恥じない活躍を期待しています」


  ◆


「……今年の初雪は、随分と早いな」


 まだ一〇月末だと言うのに、空は鉛色に塗り潰され、白い雪が降っている。ちょっぴりの降雪ならまだわからなくもないが、ネットニュースによると奥武守町は既に最高で一メートル以上の積雪だそうだ。まぁ、異常気象なんて今時珍しい事もあるまい。地球温暖化の代償、当事者として笑って見ていられるモノではないが、無様に騒ぎ立てても仕方無い。そんな冷静な思考で、皿助は窓の外でしんしんと降りそそぐ白雪を眺めていた。


 今日は土曜日。暇な休日。


 皿助は勤勉な精神を以て勉強机兼用の卓袱台に向かい、学校の宿題を処理していたのだが……今しがたそれも片付いた。

 先に言った通り、今日は暇な休日。予定は無し。次は何をするか。それを思いつくまで、卓袱台に頬杖を付いて物考えに耽るのもまた一興。


「すっかり冬ですねー」


 皿助の隣りで小さな醤油皿を磨きながら、晴華がつぶやく。

 晴華が磨いているのは、彼女がいつも頭に乗っけてる皿だ。「それ外せるのか……」感が否めない。河童……もはや怪力で頭に皿を乗っけているなら河童と呼んで良いのではないだろうか。


「しかし、すこぶる暇だな……晴華ちゃん、どこか遊びにでも行くか?」

「……え? 正気ですか? 外、絶対に寒いですよ……?」


 本気で正気を疑われている目だ。どうやら、晴華は寒いのが苦手らしい。

 常に適温に保たれているこの素敵な美川邸から一歩も外へ出てたまるものか。そんな意思を示す様に、晴華は醤油皿を磨く手を止めて卓袱台の足を掴んだ。


 河童も寒いのは苦手なのだな。そんな事を考えながら、皿助が窓の外へ視線を戻すと、


「うぉうッ」


 ビックリした。何か、窓の外に白いお姉さんがいる。髪も肌も身に纏っている衣類まで何もかも白い。下手したら雪景色に紛れて見失いかねない。白いお姉さんは、人形のような作り物めいた瞳でじーっと窓の外から皿助たちを眺めていた。


「……………………」


 皿助と視線が交差した事に気付いたのだろう。白いお姉さんはゆっくりと瞳を動かし、窓の鍵を見つめ始めた。

 言葉にされずともわかる。あのお姉さんは今「開けてくれないかなー……」と訴えている。


「……わっ!? べ、べーちゃん……! 窓の外に何か綺麗なお姉さんが! しかも、すごく中に入れて欲しそうに窓の鍵を見てる!?」

「ああ、やはりそう見えるか……」


   ◆


「中に入れてくれてありがとう。私は純白院(すみはいん)雪吏乃(ユリノ)


 透き通るような声と共に、ペコリと頭を下げた白いお姉さん、雪吏乃。


「俺は美川皿助だ」

「河童の晴華です。よろしくお願いします!」

「皿助、晴華。重ねて言う。本当にありがとう。中に入れてくれて助かった。人間界も意外と寒くて驚いた。寒くて死ぬかと思った。雪なんて嫌い。寒い。馬鹿じゃないの」


 驚いた、と言う割に、その声も表情も一切の乱れ無し。

 雪吏乃は頭を上げると、見た目や声の清楚な印象に違わないゆったり優美な所作で、礼の際に前へ垂れた横髪を耳にかけ直した。


「人間界は……と言うと、貴女は……」

「うん。妖怪。一応、雪の妖精……【雪妖精(ジャックフロスト)】」

「へぇ~、雪の妖精さんだのに寒いのが苦手なんですか?」

「河童だって【河の()】と書くのに、泳げずに流される子がいるでしょう? 私の寒がりはそれと同じく個体差的なモノ」

「ところで、雪吏乃さんとやらは、何故に我が家へ?」

「私はMBFの総隊長。そう言えばわかる?」

「――ッ」


 MBF。以前襲来したガシャドクロ姉さん、芽志亞(ガシア)が所属する天狗山の傭兵部隊だ。そんな部隊の総隊長がわざわざ皿助を訪ねてくる理由など、ひとつしかあるまい。


「貴女……いや、お前も、晴華ちゃんを……」

「うん。誘拐しに来た。でもいちいち機装纏鎧を起動するの面倒臭い。寒いし。何も言わずついて来てくれたりしない?」

「そ、そんな期待する様な目で見られても……私にだって、譲れない事はあります!」

「何で嫌なの? よくわからないけど、天狗族のお姫さまはお金も権力も安泰。一緒にいて損はしないと思うけど」

「その、私は純愛派と言うか……とにかく恋愛事に興じるなら少女漫画的な恋愛が良いんです! だのに、体目当てのテンちゃんの所へ、お金とか権力目当てで嫁ぐって全然純愛要素無いじゃあないですか! 私は愛に生きたいんですよう!」

「……愛に生きる……」


 突然、雪吏乃が晴華の言葉にピクリと眉を上げた。何かが引っかかった様子。


「ふぇ? どうしたんですか?」

「別に。お母さんが同じような事を何度も言っていたなぁ……と思っただけ」

「雪吏乃さんのお母さんは、愛に生きたんですか?」

「うん。お母さんは雪妖精(ジャックフロスト)の貴族だったんだけど、流民の【鬼】と恋して駆け落ちして……」

「おお、何やら美しい愛の物語的展開の予感ですよこれは!」

「私を身篭ってから少しして、その鬼に『愛が重い』と言う理由で逃げられたらしい」


 一瞬にして、室温が二・三度下がった気がした。空気が凍てつくと言うのはこう言う感覚か。


「それからは、私がMBFの前総隊長にスカウトされるまでの数十年、一緒に放浪生活してた。結構ハードな毎日だった。その頃の無理がたたったみたいで、お母さんはあんまり長生きできなかった。ぽっくり死んだ」

「………………………………」

「晴華ちゃん、そんな切なそうな顔で俺にすがらないでくれ。正味、俺も想定外のオチでショックを受けてるんだ」


 雪吏乃が「何も思う事は無い」と言った感じの素のテンションで語り出したものだから、流石の皿助もそんなバッドエンドな話だとは予想できなかった。


「母さんは『それでも私は幸せだった』と笑って死んだ。すごく良い笑顔だった。放浪時代の私がどんな気持ちだったのかなんて一度も考えたこと無いんだと思うあの自己中女」


 すごく笑える話でしょ? と雪吏乃は少しだけ口角を上げて鼻で笑って見せるが、皿助たちは全く笑えない。雪吏乃本人も「笑える話」と言うか「笑うしかない話」と言う雰囲気がにじみ出ている。


「だから、ごめんね。正味、愛に生きたいとか言われても、見逃してあげたいとか欠片も思えない。薄情な女で本当にごめん」

「ぃ、いえ、こちらこそ、トラウマを抉るような発言をしてしまい、誠に申し訳ないです……」

「何と言うか……苦労して来たんだな」

「まぁ、ね。……でも、勘違いされたくない事がひとつ。お母さんの事、私は決して恨んでいない。不満は多いけど。……だって、お母さんはその気になれば……他種族との間にこさえた【忌み子】である私を捨てて、自分だけ雪妖精(ジャックフロスト)の国に戻る事はできたはずだから」


 ――雪妖精(ジャックフロスト)はいわゆる純血派思想が強い。故に、他種族とのハーフは【忌み子】と呼ばれ、国に入る事さえ許されない。鬼の血が混ざっている雪吏乃は、国に入れない。だが、雪吏乃の母は純血。雪吏乃さえ捨てれば、家に戻るのは無理でも国には戻れたはずだ。自分だけでも放浪せずに済んだはずなのだ。それでも、雪吏乃の母はそれだけは絶対にしなかった。寿命が縮んで早逝するほどに過酷な放浪生活に晒されても、雪吏乃の手を離す事だけは、なかった。その点に関しては、雪吏乃も前向きな感情で捉えているらしい。


「さ。私の話はこれくらいで切り上げて……とりあえず、素直について来てくれる気は無いって事で良い?」

「あ、はい……あの、ごめんなさい。でも愛に固執し過ぎるのは危険だと言う事は、しっかりと胸に刻んでおきます」


 愛に生きるかどうかは置いといても、天狗姫の元へ嫁ぐのは嫌。それが晴華の答えと言う事だ。


「残念。穏便に済ませたかった。でも仕方無い。と言う訳で皿助。この辺りに機装纏鎧を使っても問題無さそうな、広くて人の気の少ない場所って無い?」

「ああ。ここから五から一〇分ほどの所に、とても広く人がほとんど訪れない河川敷がある。そこなら大丈夫だと思うが」


 実際、皿助はその河川敷で三度も機装纏鎧を使った戦闘に臨んでいる。


「じゃあ、そこに移動しよう。私の機装纏鎧は周囲に与える影響が大きいから、人の気のある場所でやり過ぎると、またあの猫又(ネコマタ)に嫌味を言われる」

「ああ、わかった」


 ……周囲に与える影響が大きい、即ち、それだけ強力な機装纏鎧と言う事か。

 このタイミングで送り込まれたMBF総隊長。少なくとも、芽志亞よりは強いはず。侮るのは危険。覚悟は必要だろう。


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