1章F 紙一重の戦い
「これでスナイパーライフルは破壊されたはずだ。俺がビルに隠れている敵を倒す。セレナは、マシンガンを持っている敵を頼む。広山はできすだけ動くな。」
太郎の指示に、広山、セレナはうなずく。先ほどは耳の良い広山の判断で、スナイパー、ゴードンの位置を特定した。
しかし、爆弾を投げ込んだからと言って、スナイパー自身が倒されているとは限らない。
広山の処置のことも考えると、時間はない。太郎は、煙からでるとゴードンが潜むはずのビルの裏口へ走った。いつ、敵に遭遇するか読めない状況。太郎の心臓の鼓動はその速さを増していた。
一方、セレナと広山は煙が晴れるのを待っていた。スナイパー以外の敵の位置が割り出せない以上、どこから弾丸が飛んでくるかわからない。
太郎も、広山たちも緊張状態であることは変わりなかった。
「危なかった。だが、次どこからあの警察官が来るかわからない。油断は禁物か。」
ゴードンは、爆発による大怪我をなんとか避けることができた。
「現状の装備は……これだけか。」
ゴードンはホルスターとポケットを漁り、ピストル2丁と弾薬、ナイフを取り出した。バックに詰めていたマシンガンは先ほどの爆発に巻き込まれ、使えない。スナイパーライフルという相棒を失ったゴードンは、一気に不利な状況に陥った。
ここで、仲間に救援を呼べないかと考えたゴードンは、腕につけたスマートウォッチを起動した。立体映像、ホログラムが映し出したのは、現状生存している仲間の位置だ
「この周囲にいる仲間は……こっちもこれだけ。ほとんどやられている。」
一時は巻き返しを行っていた人民解放共同団も、やはり数の暴力に勝てずその数を減らしている。このままでは、組織の敗北も時間の問題。生き残るためには自分でどうにかするしかない。
周囲は、爆発によって陥落した床、天井、食器が雪崩のように崩れた食器棚。
「この建物の中は障害物だらけじゃないか。どうせこのビルから出るには外からくる追っ手を倒さなければならない。」
ゴードンは次の行動を決めた。ここで警察を迎え撃つと。
太郎はビルの裏口にたどり着いた。ここまで敵に出くわすことはなかった、それは敵が戦力を少しずつ削られていることに他ならない。
「一体どれほどの血が、流れたんだろうな。」
太郎は、争いのたびに消える命の炎を思った。しかし、今そのことを考えても致し方ない。敵はこのビルの中にいる。
「待ち伏せ作戦だっていうなら、受けて立つ。」
太郎は意を決して、裏口の戸を開く。そして、ビルの中に銃を向けて突入した。敵は見当たらない。塗装のはがれた壁、倒れたカウンター。
太郎は警戒を怠らずに、ゆっくりと前進する。
不意に太郎の左側にある3メートルほどのもみの木のオブジェが目に入った。ビルにもともとあった物だろう。煤を被っているが、かろうじて戦闘前の様相を保っている。
「!」
その瞬間、太郎はわずかな気配を察知し、後ろへ飛んだ。そして、すぐに太郎の前方を銃撃が襲う。
ゴードンの攻撃だ。二丁のピストルから銃弾を交互に放つ。弾薬はまだ余裕があるので、しばらくは攻撃できる。
太郎は銃撃を避けるためモミの木のオブジェの裏側に回った。
「待ち伏せされたか……」
この状況では太郎は不利だ。何か切り札はないかと部屋を見渡す。
しかし、太郎の考える暇すらもゴードンは与えなかった。次の瞬間、モミの木のオブジェが爆発したからだ。咄嗟にその場から離れた太郎だが、爆風に巻き込まれてしまう。
「しまった。」
完全に体制を崩した太郎。そこに、ゴードンの銃撃が容赦なく襲い掛かる。この場から動こうにも、地面に打ち付けた体が悲鳴を上げて動けない。
「もうダメかもな。」
太郎は今度こそ死を覚悟した。
だが、次の瞬間、爆音とともにゴードンの後方の壁が崩れる。一瞬何が起こったのか理解できなかった。
「あれは起動歩兵。」
どうやら、コントロールを失った起動歩兵がこのビルに倒れこんだらしい。ゴードンは壁の残骸に巻き込まれ、その姿は見えなくなる。幸い、その残骸は太郎に降りかかることはなかった。
「た、助かったのか。」
間一髪のところで命拾いした太郎。どれほどの実力者であっても生死を分ける最後のラインは時の運だ。太郎は、目の前の出来事にしばし茫然としていたが、立ち上がる。
「良かった。痛みは引いている。」
悲鳴を上げていた体もどうにか動かせる。
周囲に敵が消えたことを確認し、安心した太郎。そこで彼は残骸に巻き込まれたゴードンの事を思った。「あのスナイパー、まだ少年だった。あの年齢の人間が、戦いを強いられるなんて。」
彼は、暗い気持ちのまま、その場を去った。