10章C
戦いが終わった後、ゴードンは赤い鳥や彩矢と別れ、とある男の下に姿を現していた。
「黒霧。お前が情報の伝手を用意してくれなければ、俺たちは勝てなかった。ありがとう。」
ゴードンが差し出した手。その手に固い握手で答えたのは、黒霧だった。
「問題ない。お前の望みなら、協力する。」
「しかし、驚嘆した。お前が、たった一人の女性のために、黒い鳥と対立する道を、選択した。」
黒霧が知る限り、ゴードンは常に利己的に動いている人間だと思っていた。実際、人民解放共同団にいた頃の彼はそうだったはずなのだ。
そんなゴードンが、まるで漫画の主人公のような行動に出た。これを驚かない理由はない。
「俺には経験がなかったんだ。見返りもなく、危険を冒してまで見ず知らずの人を助ける優しさに触れることが。彩矢さんはまさにそういう存在なのだ。」
ゴードンの顔は、黒霧が今まで見たこともないくらいすがすがしいものだった。その表情に、ゴードンの中の何かが変わったことを理解した。
「納得した。それで、今後、どう生計を、立てるつもりだ。」
黒霧は話題を、ゴードンの今後に移した。現状、赤い鳥でもない限り、ゴードンを雇い入れる組織はない。これまで、戦闘一筋で生きてきたゴードンに戦うこと以外で生計を立てる選択肢はない。
しかし、ゴードンの回答は意外なものだった。
「実は、もうすでにスカウトされている。スナイパーが欲しいんだってよ。」
ゴードンは、スマートウォッチを起動し、一通のメールを黒霧に見せた。そこには、確かに彼を雇い入れたいという文言が書かれていた。
「ほら、黒い鳥の思惑を阻止したことが高く評価されたみたいでさ。」
ゴードンは、得意げであった。黒い鳥が市ヶ谷彩矢を誘拐したのは、必ず何らかの目的があったはずだ。それが達成されることは、他の組織にとっては面白くない。
それを止めたゴードンが、注目を浴びるのは必然であった。
「そろそろ、時間だ。」
黒霧は名残惜しそうだ。黒霧にも仕事がある。その合間を縫って会ったため、時間は大きく取れないのだ。
「また会おう、わが友よ。」
「ああ、じゃあな。」
二人は、最後に握手を交わした。
「今、戻った。」
黒霧はそういって、部屋の中に入る。部屋には、ゴードンに黒い鳥の基地の場所を教えた、あの男の姿があった。あの時と違い、部屋は電気がついているため明るく、マスクを外した男の素顔もはっきりと見える。
しかし、それは非常に人間離れしたものであった。顔の半分が配線機器むき出しとなっていて、もう半分に張り付けたような男の顔があるのだ。
この異様な存在を、言い表すならば、サイボーグが適切であろう。
男は、黒霧を視認すると、いつも通りの声色であいさつをする。
「ああ、お帰り。ゴードンとは積もる話ができたかい?」
サイボーグである事実が分かった後でもその口調は穏やかである。見た目に反して、とても人間的だ。むしろ、黒霧の方が口調だけなら機械的に感じる。
「短時間だった。しかし、人は、変わるものだと、理解した。」
「そう、人とは変わるものです。自分も君も、君の友達も、絶えず変化していきます。そうやって世界は回っていくのですよ。」
このサイボーグは諭すように語る。内容は一般論でしかないが、その言葉のどこかに、黒霧は重みを感じていた。
「お前は、朽ちない物はない、という世界の原理に、逆らった存在だ。その、お前が、諸行無常を語るとは、皮肉だ。」
「人間とは常に矛盾を抱えています。嘘が憑けるのも、葛藤があるのも、全ては矛盾を抱えるからこそですね。」
二人は、淡々と会話を続けていく。
「ところで、先日は、助かった。黒い鳥の、基地の情報が無ければ、ゴードンは、市ヶ谷彩矢を救い出すことが、できなかった。」
黒霧はゴードンに代わり、黒い鳥の静岡基地の情報を提供してもらった礼を言った。
「いえいえ、構いません。各組織がしのぎを削り、その力を成長させていくのは見ものですからね。」
男は、今の世界を心底楽しんでいた。各組織が己の信念を持ち、ぶつかり、争う世界。これこそを、最高の娯楽としているのだ。
「お前は、本当に、恐ろしい。」
黒霧は一言、そう言い残し部屋を出ていく。黒霧は、この男に信頼を寄せる一方で、彼を化け物として恐れてもいるのだ。
一人になった男は誰もいない空間で、一人、語り始めた。その内容は、この世界の根幹にかかわるものだった。
「自分は、かつて人間であった。しかし、ある男と結んだ契約によってこの世界は一変した。それと同時に、自分はサイボーグの体を手に入れ、不死となった。」
貼り付けたような顔は、不気味な笑みを浮かべている。彼は独り言を続ける。
「世界は混沌と化し、意思と意思がぶつかり合う。このHTの思惑通りに。こんなに面白いことはない。ハハハ!」
凶器に満ちた笑い声が、部屋中に響き渡った。HTとは、この小説の作者の名である。つまり、彼は作者の未来の姿であったのだ。




