10章B
「広山、セレナ。俺は、使命を全うできたのだろうか。警察の力だけで、彩矢さんを助けることはできなかった。」
太郎は、二つ並んで設置してある墓石を見つめていた。セレナと広山の名が刻まれたその墓石は、太郎の心を深く揺れ動かす。仲間を守れなかった後悔から、立ち直れたわけではないのだから。
秋の色づいた葉が静かに散っていった。
「静かな場所だ。そうだよな。ここにいるのは、もう話すことのできない人達だからな。蘇ることはない。命も思い出も。」
立ち尽くす太郎。そこに思わぬ来客があった。
「太郎さん。お久しぶりです。」
彩矢だ。彼女もまた、暗殺団によって殺された使用人の墓があるここに訪れていた。
「ああ。彩矢さん。お久しぶりです。」
彼の笑顔は、どこか作られたようなものであった。
「私は、多くの人に助けられ、今ここにいます。多くの人の犠牲の上に。」
彩矢の言葉は、太郎は言葉を失った。見えた気がするのだ。彩矢の周囲には大量の人間が血だらけになって立っているのを。彼女のために散っていた者たちの亡霊を。
「きっと彼らは見ているのでしょう。私が命に見合うだけの存在かどうか。私は自信がありません。彼らの期待通りの存在になれるか。」
彼女は背負っているのだ。彼らの死を招いた者としての責任感を。彼女が背負った物に比べれば、太郎の後悔などまだまだであった。
「彩矢さんは強いですね。」
彼女が背負っているのは、今回の戦いで出た死者だけではない。黒い鳥があそこまでして、追いかけた存在だ。波乱の人生を送ってきたことが容易に想像できた。
「強さではありません。慣れですよ。人間性を奪ってしまうほどの慣れです。正直、今回少し安心したんです。私をその身を挺して守ってくれた、二人の使用人の死。それをちゃんと悲しんで、怒ることができたことに。人間性がまだ残っていたことに。」
彩矢の言葉は、人の虚しさを語っていた。どのような事実も、繰り返せば慣れてしまう。それが彩矢には恐怖に感じていたのだ。
「人が死んだのに、安心したなんて私は不謹慎な人間ですよね。」
彩矢は、心のそこから自分の慣れを嫌い、疎み、怖がっていた。しかし、太郎は首を振った。
「人は、結局誰でも前に進むことしかできない。どれほど過酷な現実があっても前に進まなければいけない。あなたは、それができる人だ。」
「太郎さん。」
それは、今の太郎に最も必要なものだ。受け入れがたい現実を受けいれようと、受け入れまいと。進まなければいけない。
彩矢は太郎に微笑みかけた。
「そうですね。進みましょう。私たちにはそれしかできませんからね。」
太郎は力強く、その言葉に頷いた。




