10章A
警視庁、本庁。太郎は、彼の上司、稲垣に向き合っていた。
彼から呼び出しを受けたのだ。警察が暗殺団の襲撃をやる過ごした後、基地に駆け付けたころには静岡の基地は爆発した後だった。そのため、何があったかを説明する必要があったのだ。
それらの説明を終えた後、稲垣は別の問題を太郎に突き付けた。
「太郎、君は今回の戦いに参加した、一人の少年と市ヶ谷彩矢の顔について見覚えはないかね。」
太郎は言葉を詰まらせた。わかっていたことだった。大手町での戦い、麻薬取引所で見た光景、それぞれがフラッシュバックする。
ゴードンも彩矢も、太郎たち警察が取り締まるべき犯罪者に該当する。彼らは個人だ。赤い鳥のように、相手が組織では最初から歯が立たないのだから、黙認するという手段は使えない。
しかし、太郎は彼らを逮捕するつもりはなかった。
「少年も彩矢さんも、逮捕しようとすれば、赤い鳥が阻止するのではないでしょうか。多意田参次郎、赤い鳥のリーダーならば、そうする気がします。」
そう、ゴードンたちが組織に所属していなくとも、赤い鳥は気に入った者のためなら助けに行く組織だ。そのような相手に警察がわざわざ逮捕しようとしても無駄ではないかとも考えられる。
しかし、稲垣は首を振った。
「何も私は、君と共闘した少年と市ヶ谷彩矢が、犯罪者と確信したわけではない。だからこそ、最も二人の事をよく知る君に判断を仰ごうというのだ。」
「!」
太郎は稲垣の真意を理解した。きっと彼は、彩矢とゴードンが逮捕すべき対象であることをわかっている。
しかし、それではあまりに後味が悪い。だからこそ、太郎に選択を迫っているのだ。警察のルールを選ぶか、ともに戦った仲間を選ぶか。
「俺は……」
太郎は、再び言葉を詰まらせた。
これまで、警察の使命を第一に戦ってきた。しかし、その使命は善良な市民のための物だ。彩矢やゴードンの事情を理解している。
彼らを逮捕することは、決して正義とは言えないはず。そう考えても、やはり太郎が貫いてきた物を曲げることは容易ではなかった。
だが、選択は迫られている。今こそ、殻を破るときなのだ。
「俺はこう考えます。ゴードン・カッターは大手町の激闘で死亡しました。あれほどの瓦礫の崩落で生きている者などいません。よって、俺と共闘した少年とは別人です。」
稲垣の目に疑いはなかった。ただ、淡々と太郎の説明を聞いている。
「また、市ヶ谷財閥の娘である彩矢さんが、麻薬取引所にいるわけがないでしょう。彼女は金に困っていたわけではありませんし、仮に麻薬を使用するにしても、もっと他のルートがあります。よって、これも別人であると考えます。そのため、彼らを逮捕することは、あってはならない冤罪を生むこととなります。」
太郎の額には汗がにじんでいた。目の前にいた、稲垣という男の存在を前に、自分の主張を受け入れてもらえるか不安になったのだ。
しかし、それは杞憂だった。稲垣は太郎の目をみてフッと笑う。
「そうだろうな。私もそう思っていた。よってこの件は以後、検討しない。」
稲垣は太郎を試していたのかもしれない。正義とは何か、市民の幸せというのは何か。これが決して、最善の方法ではないのかもしれない。しかし、太郎と稲垣に後悔の色はなかった。
「いやあ、一時はどうなることかと思ったねえ。」
「しかし、どうして黒い鳥の脱出艇に爆弾が仕掛けてあったのか。」
境川は呑気であったが、立津人はじっくりと考えごとをしていた。そこで参次郎が一つの推測を打ち立てる。
「俺の想像だが、黒い鳥内にバードソンをよく思わないものがいた。そいつが、基地の爆破装置と連動して爆発する装置をつけていた。」
参次郎の知る限り、黒い鳥がいくつかの派閥が存在するらしい。赤い鳥はそのうちの一つの派閥としか戦闘を行ったことがなかったため、詳しくはわからないが。ほかの派閥の者の中に、バードソンをよく思わず、暗殺を考える者がいるのも不思議ではない。
命を危機にさらした戦いであったのにも関わらず、参次郎は満足げだった。この戦いは、彼にとっては久しぶりのいい刺激だったようだ。
「全く、参次郎も物好きだよな。戦いの後でそんな満足気なんて。」
「でも、それでこそ、赤い鳥だねえ。」
参次郎は、ともに戦った境川と立津人に目を向けた。そして、とあることを提案した。
「よし、今日の夜は乾杯でもするか!」
彼の提案に二人は歓喜の声を上げた。
「やったぜエ!」
「酒が飲めるねえ!」




