7章C 太郎の決意
「こいつは驚いたな。」
参次郎は、秘密裏に送られてきた一つの情報を見ていた。そこに記されていたのは、黒い鳥団、静岡支部の正確な位置だ。富士の樹海の地下に隠されたその基地を、特定することはほぼ不可能に等しい。
それに、特定できたとしても、わざわざその情報を他組織に送り付ける物好きがいるだろうか。
立津人と境川はこの情報に不信感を抱いた。
「罠だろう。わかりきったことだ。俺たちをここにおびき寄せて、倒すつもりだ。」
「どうだろうねえ。俺たちでも想像できるような、安易な罠を仕掛けてくるようには思えないけどねえ。」
確かに、もしこれが罠であるならば、あまりにわかりやすいのだ。赤い鳥は、大きな組織でこそないが、名の通った組織ではある。安易な罠に引っかかると思われるほど、侮られてはいないはずだ。
「送り主は特定できないのかねえ。」
判断材料が少ない以上、送り主の特定は出来るなら、しておくべきだ。参次郎は、ファイルを細かく観察してみる。
「匿名にはなっているが、人民解放共同団から発信されているな。あの組織は壊滅したはずだが。」
思案を続ける参次郎。
人民解放共同団と黒い鳥との関係は、あまりよくはなかったはずだ。組織が壊滅したあとも、生き残ったメンバーが一矢報いるために情報を流した可能性はある。
「壊滅した組織の生き残りが、本当に情報を流しているなら、駆け付けてみる価値はあるぞ。博打にはなるがな。」
参次郎が、口角を上げる。ここ最近、戦闘を行っていなかったため、血が騒ぐのだろう。
「まあ、参次郎がそういうなら乗りますか。」
「そうだねえ。」
参次郎の一声で、立津人も境川も彼の意向を尊重することに決めた。
「そうと決まれば、空中戦艦を出すぞ。静岡の基地に乗り込んでやる。待っていろよ、黒い鳥団!」
「この情報は……」
稲垣に送られてきた基地の情報を見せられた太郎。静岡支部の情報は、警察の側にも送られていた。
「信用できるものではない。しかし、仮に本当であれば、市ヶ谷彩矢の救出が可能になるかもしれない。」
彩矢の救出。仲間たちの命を失ってまでやり抜こうとしたことだ。
まだチャンスがあるというならば、その可能性に賭けてみたい。太郎はそう考え、稲垣に頼み込んだ。
「俺に行かせてください。今度こそ救出を成功させたいのです。広山やセレナが守り抜こうとした人の救出を。」
太郎の意思は固い。稲垣が情報を受け取って最初に太郎を呼び出したのは、そんな彼の意思を尊重しての事だった。
稲垣は太郎の言葉に頷くと、スマートウォッチを起動し、通信回線を開く。その相手は、チョ・ギンルだった。
「私だ。ギンル君。出動の準備をしてくれ。市ヶ谷彩矢に関する情報を手に入れた。」
稲垣は、一刻も早く彩矢の救出に向かうため、招集をかけ始めた。太郎もそのことを理解し、装備を整え始める。
しかし、通信機の向こう側から帰ってきた応答は予想外の物であった。
「稲垣さん。それは難しいと思います。緊急事態です。」
ギンルの顔は険しく、その目には焦りが浮かんでいる。稲垣は、ホログラムに映るその表情を見ただけで、ただ事ではないことを察した。
「暗殺団です。警視庁上空に多数の空中戦艦を確認しました。戦艦から白兵を降下させるものと思われます。」
警視庁本部は、これまで、幾度となく襲撃を受けてきた。決して難航不落とはいえない。そんな、警視庁本部が、これまで陥落してこなかったのは、陥落させる費用対効果が小さいからだ。難攻不落でないにしろ、警視庁の掌握には相当な戦力を要する。
しかし、警視庁を陥落させても、警察その物がなくなるわけではない。このような理由で警視庁はこれまで陥落することはなかった。
そのため、このタイミングでわざわざ襲撃する必要性は薄い。彩矢救出に向かおうとする警察を足止めする可能性を除けば。
太郎はこの可能性に思い至った。
「まさか、基地の情報が漏洩していることに気づいた黒い鳥が、彩矢さん救出の妨害のために。」
太郎の声は、上ずっていた。こんなところで足止めされている場合ではないのだ。
しかし、稲垣は首を横に振る。
「いや、情報漏洩に気づいてから、こんなに早く軍を用意できるはずはない。狙いは、この警視庁の中にあるとみるべきだ。」
情報が少ない中、確実に言えることは何もない。しかし、稲垣の勘を太郎は信じることにした。
「稲垣さん、警視庁を任せます。俺は一人で黒い鳥の基地に向かいます。」
太郎は唐突にそう言った。敵基地に単独で突っ込む。それは、無謀極まりない行為だ。
当然、稲垣はその発言を聞いて耳を疑った。
「何を言っている太郎!?」
「今、死守すべきは、この警視庁です。」
「だが、何も一人で行くことはあるまい。」
稲垣は太郎を引き留めた。太郎の目には何の迷いもない。この無謀な行動の真意を理解できない稲垣は、彼を説得しようと試みた。
しかし、太郎がとある物を取り出したことで、彼の意見は変わった。
「それは……」
「赤い鳥のリーダー、参次郎からもらったんです。あの男は全幅の信頼を寄せられる者ではないかもしれません。しかし、参次郎の心強さはあなたが一番わかっているんじゃないですか。稲垣さん。」
それは、参次郎から受け取ったあのボタンだった。太郎の口から赤い鳥という組織の名が出てきたことは意外だった。しかし、それ以上に稲垣には驚くべきことがあった。
「君は、これまで赤い鳥と戦った経験はないはずだ。なぜ私が赤い鳥に一目を置いていることを知っているのだ。」
太郎の言う通り、稲垣は赤い鳥の理解者である。
しかし、それは稲垣の心の中だけに止め、他の者に言ったことはない。太郎が、その心の内を見抜く事などできるはずがないのだ。
「参次郎に言われたんです。稲垣さんは赤い鳥の理解者だって。彼の言うことは信じられる気がします。」
「そうか。やはり、参次郎には敵わないな。」
稲垣は苦笑して見せた。太郎はその表情をみて、参次郎の言葉がデタラメではなかったことを証明された気がした。
稲垣は太郎の肩に手をポンと置いた。
「ならば行ってこい。そして必ず帰ってこい。赤い鳥は太郎、君を気に入ってくれたのだ。彼らは心強い味方となってくれる。」
稲垣の言葉は力強かった。太郎はその言葉にゆっくりと頷いた。
「必ず、使命を全うし、帰還します。」




