7章B 記憶という名の悪夢
「助けてあげてよ。明日食べる物がない人がいるの!大切な人が死んじゃう人がいるの!」
自分の声を張り上げて、彩矢は叫んだ。彼女の目の前には、呆れたような冷め切った目で彩矢を見つめる、一人の女性がいた。年齢は、四十代くらい。彩矢の母親、政子である。
「その名もなき者たちを私たちが助ける理由はあるの?何を考えているかもわからない、赤の他人だというのに。」
政子は彩矢の言うことを受け入れるつもりはない。それまで、この厳しい社会を勝ち上がり、大企業の長となった者には、貧困層はただの負け犬にしか見えなかった。
「じゃあ、お母さんは今日を必死に生きようとしているあの人たちが死んじゃってもいいの!?」
彩矢には、政子の考えはわからなかった。
自分たちは、苦しんでいる人たちを救うことができる立場にある。彼らがどれほど苦しんでいるか、わかっている物なら誰しも手を差し伸べたくなるはずだ。そう彩矢は考えていたからだ。
「あなたは何もわかっていない。あなたが今、この家で生活できているのは私のおかげなのよ。あなたがどれほど、その負け犬を助けたいと願っても、実際に力があるのはこの私よ。諦めなさい。あなたはまだ無力なのよ。」
政子のその言葉に彩矢は絶望した。無力な自分には何もできない。自分が今までやってきたことはすべて、母の力に頼ったからこそ可能だったのだと。それが悔しかった。悲しかった。
自分一人ではだれも救えない……
「誰も……救えない……」
夢から覚めた彩矢は、不意にそうつぶやいた。彼女が見ていた夢は、幼い頃の彼女の記憶を再現していた。
3方向を壁に囲まれ、正面には檻。今、彩矢は、黒い鳥の戦艦の収容室の中にいるのだ。
「私を捕まえた人たちは、一体何のためにこんなことをやっているのだろう。ここまでして私を捕まえたい理由って何?」
彩矢には黒い鳥や暗殺団のことは分からなかった。
しかし、仮に彩矢のように人を救いたいと願ってこのようなことをやっている可能性はないだろうか。バードソンを見ていると、私利私欲のために戦っているようには見えない。
仮に彼らが本当に、正しいことのために動いているのだとしたら。彼らに協力すべきではないのか。彩矢一人では何もできないのなら、せめて誰かの役に立ちたい。
彩矢が考え込んでいると、不意に彼女の収容室の鍵が開いた。
「え?」
彩矢は思わず顔を上げる。彼女の前に檻を挟んで立っていたのは、帽子を深くかぶった、あの隊員だった。彩矢にはその隊員の正体が一発でわかった。
「ゴードンさん?なんでここに。」
「あなたを助けに来たんだ。あなたが俺を救ってくれたように。」
帽子を脱いだ、金髪の青年、ゴードン・カッター。彼は彩矢の姿を見て、安心したように微笑んだ。




