6章D 一種の化け物
コンクリート製の建物に入ったゴードンは、廊下を抜け、とある一室に迎えられた。電気のついていない、薄暗い部屋。部屋には窓があるが、北向きなので光は大して入らない。
部屋の中には、大量の機器があった。その様子は何かの実験室である。
そこには、先ほどの黒づくめの少年が立っている。
彼はコードネーム黒霧。単身で、護衛や暗殺の仕事を引き受けており、その腕は高く評価されている。ゴードンとは、とある縁で親しい中となっており、黒霧にととってゴードンは数少ない友人の一人だ。
彼の隣には、ソファに寝そべる、一人の男がいた。マスクとサングラスで顔を覆っており、その顔ははっきりと確認できない。
「よく来ましたね。ゴードン君。このような姿で対面するのは少々失礼かとは思いますが、お許しください。」
この男は、大仰な動きでゴードンに歓迎の意を示す。怪しくも見えるが、ゴードンが気にすることはなかった。人民解放共同団にいた頃も、怪しさ満点の相手と何度も取引している。今更、疑うこともない。
「この男が、俺の、雇い主だ。彼なら、市谷彩矢の位置も、特定可能だ。」
半年前、黒霧はこの男と長期契約を交わした。
その内容はこの男の護衛。一見、大したこともないこの男だが、黒霧は男がただものではないと感じていた。
彼は、本来秘匿されている世界中の反社会勢力の基地の位置情報を握っているらしい。また、世界を自らの思い通りに操っているという発言もしている。
黒霧からこの話を聞いていたゴードンは、この男なら市ヶ谷彩矢の居場所も割っているかもしれないと考えたのだ。
事前に要件を聞いていた男は、ソファから立ち上がり、話を始めた。
「一刻を争う話だったね。では手短に言おう。市ヶ谷彩矢はあと二時間後に黒い鳥の静岡基地に運ばれるらしい。」
「本当か!」
男はゴードンの求めていた情報をいとも簡単にはじき出した。もちろん、これが正しいアック相はどこにもない。
しかし、男が今、ゴードンにうそをつくメリットもないはずだ。
「あくまでも予定なので多少前後する恐れはありますが。ただ、内通者の情報なので嘘ではないでしょう。静岡基地の見取り図は、私が保管しているのでデータでお渡ししましょう。」
完璧なまでのバックアップである。
ゴードンは黒霧から聞いていた内容が、真実であることを突き付けられ衝撃を受けた。どれほどの情報屋をかき集めても、集まらない情報を簡単に持ってくるのだから。
「彼の情報は、信用していい。この男は、一種の化け物だ。」
「まあ、否定はできませんね。化け物と言われてよい気はしませんが。」
男は、両手を挙げて悲しんで見せる。
しかし、黒霧はふっとわらって追い打ちをかける。このような余計なやり取りが、二人の間に、信頼関係があることを感じさせる。
「では、最後に私の持つ戦闘機に基地まで送って行ってもらってください。あくまでも私のできることはそれまでです。あとは、黒い鳥の隊員に成りすまして、市ヶ谷彩矢を救出すればすべて終わりです。」
見事なまでに、救出の条件をそろえてきた男に、ゴードンはただ言葉を失っていた。
しかし、いくら黒霧の口利きがあったとはいえ、ここまでしてくれるのはどうしてなのだろうか。
「見返りは?何を。」
「見返り?そのようなものに興味はありません。まあ、自分の友達の一人が、黒い鳥のバードソンという男に恥を嫌っていてね。彩矢誘拐も彼の任務だったはず。友人の機嫌を取っておくに越したことはないとでもしておきましょうか。」
この言い方では、あくまでも表向きの理由しか語っていない言い草だ。
しかし、ゴードンは、これ以上の詮索は意味をなさないと考え、問い詰めることはしなかった。
「わかった。理由はともあれ感謝する。」
「いえいえ。ああそうだ。君を送る戦闘機との合流ポイントと、黒い鳥基地の情報は君のスマートウォッチに送っておきます。」
ゴードンは頷くと、黒霧と一言、二言交わしたのち、部屋を出た。
彼の後ろ姿を見送ると、男はマスクとサングラスを外した。露わになったその素顔に、黒霧は複雑そうな表情を見せた。
「なぜ、隠した。正体を。」
「別に隠したところでゴードン君が不利益を被るわけでもないでしょう。」
男は不満げな声を上げた、黒霧は呆れたようにため息をつくと部屋を出ていった。
ゴードンは、あのサングラスの男が用意してくれた戦闘機との合流ポイントに向けて走っていた。そんな中、彼はとある考えを思いついた。
「仮に俺の作戦が失敗したとき、第2の切り札が必要だ。頼む、力を貸してくれ。」
彼はスマートウォッチを開き、黒い鳥の基地情報のファイルを開く。
そして、そのファイルの転送作業を始めた。




