6章B 時が満ちれば
「黒い鳥の動向がつかめないねえ。」
境川は指令室のモニターと向き合いながら、頭を掻いた。黒い鳥と暗殺団による彩矢誘拐事件の発生を知らなかった参次郎たち。
組織規模で言えば、赤い鳥は決して大きくはないからこそ、情報網もそれに比例して弱いのだ。
「どうする参次郎。俺たちの宿敵、黒い鳥は何かをたくらんでいるぞ。放っておくのか。」
立津人は厳しい口調であった。
かつて赤い鳥と黒い鳥は同じ組織だった。思想の違いから分離した二つの組織の運命は、大きく違っていた。
日本最大の暴力団、暗殺団と手を組むまでに成長した黒い鳥。組織の拡大を細々と行いながらも、黒い鳥とは比較にならない程小規模な赤い鳥。
小規模であるから、小回りは聞くメリットがある。しかし、組織の大きさで因縁のライバルに歯が立たないということは、赤い鳥にとって大きな屈辱だった。
「とりあえず俺らにできることをやるだけだ。とりあえずちょっと外出してくるよ。」
参次郎はコーヒーを飲みながら、呑気に答える。その様子を見て、境川も立津人も悩むことをやめた。
「そうだよな、参次郎の言う通りだ。今焦っても仕方ない。」
「時が満ちれば、必ず勝機はあるねえ。今は下準備中だねえ。」
赤い鳥は、備えている。真の戦いのときのために。コーヒーを飲み終わった参次郎は、指令室を出て、地上へ通じるエレベーターに向かって歩いて行く。
「やっとボタンを押してくれたんだ。約束通り駆けつけないとな。」
「大丈夫か、太郎。」
警察署の廊下。太郎の横に腰かけた稲垣は、太郎のことを心配していた。
セレナを殺されたことで、戦意を消失した太郎。バードソンと暗殺団が彩矢を連れ、その場を離れた後も、彼はしばらく動くことができなかった。それでも、今では話ができる程度には、回復したように見える。
その内面の心情を推し量ることはできないが。
「広山もセレナも俺の大事な仲間でした。だからこそ、失ったことに対するショックが大きかったんでしょうね。辛いですけど、俺は俺の使命を全うするだけです。」
いつもと変わりない様子で、話す太郎。その様子を見て稲垣はどこか安心したように微笑んだ。
「大事なのは、失った者を数えることではない。今、出来ることを遂行することだ。」
きれいごとであることは稲垣もわかっている。しかし、太郎だけには前を向いて生きてほしかったのだ。太郎が警官になってからずっと、その成長を見守ってきた者としては。
「ありがとうございます。今日は少し休みます。」
太郎は稲垣に一礼すると、署の出入り口に向かって歩いていく。稲垣はその後ろ姿を見守りながら、拳を強く握った。
「強いな。太郎。私には親しい仲間を失った時、乗り越える力は持っていない。」
稲垣はそう小声でつぶやいた。




