6章A 罪悪感からの甘さ
「繰り返しお伝えします。大企業サイフィル社の令嬢、市ヶ谷彩矢が誘拐されたとのことです。」
スマートウォッチが映し出すホログラム画面。そこに、市ヶ谷彩矢誘拐のニュースが流れていた。
当然、彼女の顔写真も映っている。このスマートウォッチの持ち主である、ゴードンは、唇をかんでいた。
「俺が、速く気が付くべきだった。もっと早く。違和感が生じた時。そうすれば、逃がすことだってできた。」
彼の拳は、先ほどまで寄りかかっていた住宅の壁に激突した。
これまで、ゴードンを助けてくれたあの少女こそが市ヶ谷彩矢であったのだ。どうして、大企業の令嬢があんなスラム街にいたのかはわからない。
しかし、なんにせよ、ゴードンは自分を救ってくれたものを助けることができなかったのだ。悔しさをにじませるのも当然である。
「何か、手が、手があるはずだ。俺一人でも、出来ることが。」
ゴードンはそこまで言ったところで絶望した。ニュースによれば、彩矢を誘拐したのは黒い鳥だ。組織単位の誘拐にゴードン一人で何ができるのだ。太郎一人にも勝てなかった、ゴードンが。
「くそ!もう、見捨てるしかないのか。」
己の無力さを呪うゴードン。そんなときだった。ふと、彼の頭にとある友人の姿が浮かんだ。
「もしかしたら、彼なら……」
ゴードンは最後の可能性に、賭けてみることにした。
黒い鳥輸送船。ダークメカ・ベルゼブブ。暗殺団の戦艦、アル・カポネを護衛として空中を駆け抜けていく。
「バードソン?なんでこの男を殺さなかったんすか?」
赤い帽子に、釣り目。ペンキの突いた赤い作業服を着た男、シャンパンノ・パイプ。
バードソンの後輩でもある。彼はバードソンが、戦意を喪失した太郎に止めを刺さなかったことを疑問に思ったのだ。
「さあな。あまりに哀れだったのかもな。俺に匹敵する実力を持ちながら、仲間を守り切れなかったのだから。」
「バードソンも甘いっすね。僕だったら、倒せるうちに倒すっすよ。」
黒い鳥内で、バードソンは団長の右腕として作戦を実行するエースだ。彼と互角である太郎を倒せる状況を逃すのは得策とは言えない。
「甘い?太郎はそうは思わないだろう。むしろ生き地獄だろうな。仲間を守れなかった挙句、自分だけ生き残ってしまったのだから。」
バードソンは、太郎と相対し、彼の性格を理解した。本質的な意味で言えば、太郎もバードソンも同じなのかもしれない。自らの求める正義のために戦い、仲間を守ろうとする。
今回戦死した、暗殺団員たちとはバードソンはほとんど関わりがない。しかし、仮に後輩のシャンパンノを失った時、バードソンはきっと太郎と同じようになるだろう。そう考えていた。
「俺は人質を取り、太郎を追い込んだ。外道その物だ。いくらこの戦争が歪んでいて、理想が通じない物でも、やっていいことといけないことがある。」
彼の心はすさんでいた。死の恐怖に震えるセレナの顔。撃ちぬかれた広山の起動歩兵。それらの怨念が彼の心の中を蝕んでいく。これは自分が課した戒めか、本当に怨念がいるのか。バードソンにはわからない。
しかし、太郎に止めを刺さなかったのは、自らの甘さではなくその怨念が原因なのかもしれない。
「まったく、もう後戻りはできないはずなのだがな。まだ、悪に徹しきれないか。」
この作戦を決行する時点で、多くの犠牲者が出ることは分かっていた。いいや、これからもっと多くの犠牲者を出すことになるだろう。
こんなことでいちいち後悔していてはいけない。自らの手を見つめじっと悩むバードソン。その姿を見てシャンパンノは心配になった。
「バードソンはいつも真面目っすね。でも、いつも気を張っていたら、人間やってられないっすよ。」
シャンパンノの励ましに、バードソンは苦笑した。
「悪いな。終わったことはきっちり忘れることのできる力が欲しい。そうでなければ、今にも壊れてしまいそうだ。」




