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レッドバード  作者: HT
encounter with idiots
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5章D 理想論

 炎。ボロボロの運転手の帽子。瓦礫。目を覚ました途端、目に飛び込んできた景色に驚く彩矢。目の前には,凶悪そうな男が数人いる。ボーグもその中に含められていた。なにやら、ガヤガヤと騒がしい。罵声が飛んでいる。

どうやらボーグたちは言い争いをしているらしい。

「お前ら,何をやっているんだぜ。なんでこんなところに、爆弾なんて仕掛けた?」

ボーグの怒りの原因は、彩矢の捕まえ方の雑さに対する物だった。車に爆弾を仕掛けて起き、彩矢が乗りこんだところで爆破し、運転手を殺害、彩矢を誘拐するというつもりだったらしい。

しかし、この作戦で彩矢が爆発に巻き込まれない保証はない。

結果として、彩矢を無傷で捉えられたからよかったが、一歩間違えれば、作戦は失敗に終わっていた。怒りに震えるボーグ。

しかし、仲間たちはボーグの顔を見て軽く笑う。

「え?お前の顔がウザいから。」

「お前がバカっぽいから。」

「お前のすべてが筋肉でできた細胞だから。」

口々にボーグの悪口を言う仲間たち。いや、完全にボーグの質問の答えになっていない。絶望的なチームワーク。

もともと、荒くれ者をかき集めた部隊で、急遽、ボーグをリーダーにしたのだ。統率など取れるはずもないだろう。

「お前らいい加減にしろ!俺がリーダーなんだ!少しは俺の指示を聞けえ!」

「お,嬢ちゃん起きちゃったよ。」

ボーグの仲間の一人が彩矢が起きたことに気付いた。ボーグは舌打ちをすると、彩矢の方へと視線を向ける。

「起きちまったか。この話はまた今度だ。まずはこの嬢ちゃんを。」

ボーグは私情より仕事を優先できるだけの冷静さはあったらしい。倒れていた体を起こすと、彩矢は周囲を見渡し、呆然とする。

「おーい、嬢ちゃん?大丈夫か?」


その様子にボーグは呼びかける。

「片山さんは…?」

「あ?カタヤマ?誰だぜそいつ?」

彩矢は引きつった顔しながら吐き出した言葉に、ボーグは乱暴に返す。

「車を運転していた人です!無事なんですか!」

彩矢は口調を強める。ボーグのこの状況に不釣り合いな雑な態度に憤りを覚えたのだ。


「ああ、運転手か、死んだよ。」

ボーグはどこか投げやりな様子で答える。しかし、その内容はあまりに残酷である。

「え……?」

「だから、死んだって。あの爆発で無傷だった嬢ちゃんの方がおかしいんだって。こっちも仕事なんだそんな顔するな。」

彩矢の絶望した表情にも、ボーグは態度を変えない。彩矢は、怒鳴った。

「どうして!どうしてそんな口調で死んだなんて言えるのですか!あなたは、人の命を何だと思っているのですか!」

必死に訴える彩矢。ボーグの命を軽視しているようにしか見えない態度を彼女はどうしても許せなかったのだ。

しかし、売り言葉には買い言葉。それまで素っ気なかったボーグが急に、感情をあらわにした。

「命を維持することがどれほど大変なことかわかってもいないような奴が命を語るな!」

ボーグからすれば、生意気な令嬢が正論を語っているつもりになっていることで、腹が立ったのだろう。

「なんにもわかってねえぜ。お嬢さん!俺たちはよ!生きるために戦っているんだ!こっちは他人の命なんぞ気にしている余裕はないんだぜ!自分の命で精いっぱいなんだ。」

ボーグは知っていたこの世界の劣悪さを。ゴードンと同じように、ボーグも元は奴隷だった。

彼の場合、5歳のころスラム街に売られ、奴隷として10年以上生活した。

しかし、ある日、スラム街の近くの刑務所の囚人たちが脱走した。彼らが街で暴れている隙をついて、ボーグはスラム街から脱出したのだ。それからは窃盗や殺人を繰り返し、今では暗殺団という組織に所属している。

財力のある母をもち、何一つ苦労することなく育った彩矢に到底想像もできるはずがない。そう考えたのだ。

しかし彩矢は決して自分の意見を曲げない。

「わかりますよ!!あなた方がどれほどギリギリの状態で生きているか。生きるためには麻薬の業者にもならなければいけない人たちがいることも。大けがをしても組織がなくなって、治療が受けられない人がいることも。あなたのように、そんな歪んだ世界に振り回されてきた人がいることも。」

苦しんでいる人がいる。なのに自分だけ、不自由なく暮らせる。そのことが罪のように思えた時期があった。

いや、今でもそう思っているからこそ、彼女は助けたのだ。スラム街にいる一人の少女となって、弱い立場の人を助け続けた。負傷したゴードンが、回復するまで世話をしたのもその一環だ。

人の手を借りず、自らの力で完結させるために、麻薬の取引も行った。この事実を知っていたのは運転手の片山のみ。彼一人を何とか説得し、他の人間には適当な理由をつけてごまかしていた。そこまでしてでも、彼女は自分だけの力で弱い立場の人間を助けたかったのだ。

彼女の言葉はボーグにすらも届いていた。

「嬢ちゃん……」

何かが違う。理想論を語るだけのお嬢様ではない。ボーグは彩矢に対して抱いていたイメージとのギャップに混乱していた。

「苦しみも、悲しみもわかりますよ。でも、それで殺し合っていい理由にはならないんです。力を振りかざしていい理由にもならないんです。」

彩矢の言葉はこの世界に最も必要な言葉なのかもしれない。そして、その言葉は、現実に甘んじる者たちによって今までかき消されていた。

彩矢の言葉は、ボーグの心の中にある何かに響いていた。しかし、結局のところただの言葉に力はない。重要なのは力なのだ。

「言いたいことは分かった。だがな、嬢ちゃんにはあるのか。人を助ける力はあっても、戦い自体を止める力が。」

その言葉に、彩矢は閉口してしまった。結局、実力が無ければ、抜本的な解決など不可能なのだ。

ボーグは、黙ったままの彩矢に冷たく言い放った。


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