4章B 市ヶ谷彩矢
「お嬢様、そろそろ夕食のお時間でございます。」
戸の向こうから執事の声が聞こえる。清潔な純白のシーツがかけられたベッド。赤とベージュの壁紙。一人で使いきれないほどの広々とした部屋。そこに一人の少女が座っている。
長く艶のある黒髪と芸能人顔負けの美貌。この部屋の主である市ヶ谷彩矢の表情は暗く落ち込んでいた。
「ありがとう、木之元さん。今行くわ。」
執事には悟られないように明るく返事をしたが、正直に言って彼女の頭の中は不安がひしめいていた。
「大学のみんなは私を、何不自由なく暮らしてきたお嬢様って思っているのかな。」
確かに彼女が望めば、家の力を駆使してどんなもので食べることができるし、どんな人間にも会うことができるだろう。
しかし、それではダメなのだ。きっと、本当の自分を知ったらサイフィルの人たちは彩矢の行動を全力でサポートしてくれるはずだ。
でもそれは、自分の力ではない。ただの親の権威にすがって、その権威を振りかざすだけの人間だ。
もちろん、子供は親を頼らずに成長することはできない。しかし、それでも彼女は社長の娘という立場を行使したくはなかった。
「秘密にしなきゃ。自分でやりぬかなければ意味がない。」
彩矢はそう自分に言い聞かせ、部屋を出た。
彩矢のカバンの中には包帯や小麦粉、そしてボロボロの服が入っていた。




